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(3)

「ああ、構わない。今は試行期間でね、春先の本格稼働の前に色々意見が欲しい処だ。部屋を用意しておこう」


 レオアリス達の期待も空しく、ベールはあっさりと快諾し、温泉行きは決定した。


「やったぁ! ありがとぉー!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ少女らしい姿は無邪気で微笑ましい。同じ四大公爵の一員として、また、まだ幼いアスタロトの事をベールは妹のようにも見ている。


 はしゃぐ様子にくすりと笑い、ベールは座っていた執務机の引き出しから、書類を取出しながら尋ねた。


「それで、誰が行くんだ? レオアリスと」


 途端にアスタロトが顔を赤くして、牽制するようにベールを睨む。


「何でレオアリスが出てくるの」

「レオアリス以外、アーシア位しかお前と行こうとはしないだろう。違うのか?」

「ち、違わないけど……レオアリスだけじゃないよ! 二人っきりとかじゃないからね! アーシアとロットバルトとクライフと、フレイザーも」

「ほぉ……」


 ベールがにやりと含みのある笑みを浮かべる。何が原因かは知らないが、アスタロトの反応がこれまでと少し変わっているのに気付いたからだ。


「いい進歩だ」

「何っ」

「いいや? これまで全く面白みがなかったからな、お前等は」

「何ソレ」


 首を傾げたアスタロトの顔を眺め、立っているのはまだほんの入り口も入り口かと、ベールは内心で苦笑した。余りからかうと逆効果になりかねない。


 しかも、本気で後押しするには問題がある。大きな――


「……何考えてるの?」


 そろりと聞いたアスタロトに対して、ベールはいつもの口調で答えた。


「別に大した事じゃあない」

「そお」


 アスタロトは疑わしそうな眼を向けているが、まだその問題を真剣に取り沙汰す段階でもない。


 いずれそこに行き当たるとしても。


「まあ付き合わされる師団にも同情するが――とりあえず、その面子(めんつ)ならちょうどいい」


 そう言うとベールは先ほど取り出したスランザールの現地調査報告資料を広げた。


 誌面に載せたのはその抜粋で、スランザールの報告書にはまだ続きがある。


「実は今、ちょっとした問題が生じていてな。ちょうど誰かを向けようと思っていたが、お前達なら充分すぎる位だろう。私としても有り難いよ。行く前に少し説明をしておこうか」


 と付け加えたが、ふと顔を上げればもうアスタロトの姿は無かった。

 扉は閉まったばかりのようで、おそらくアスタロトはほとんど聞いていなかっただろう。


 からかったせいで逃げ出してしまったらしい。


「……耐性の無い奴だ」


 ベールは鋭く理知的な瞳をあっさりと扉から戻した。


「まあいいか。あの顔触れだ、死にはしないだろう」


 国の中枢で物事を動かす者として、余り細かい事に拘っては立ち行かないものだ。


 スランザールの報告書の最後の一枚を捲り、そこに綴られた文字にもう一度だけ目を通した。


『……吹雪が激しくなり、安否の確認の為に我等はシュランの村に引き返した。だが』


 ベールの視線が文字を追う。


「……辿り着けず――」


 書類は少しばかり厄介そうな溜息と共に、再び机の引き出しにしまわれた。








 そして三日後、めでたくレオアリス達は北の辺境へと旅立つ事になった。


(眠ィ……)


 ハヤテの手綱を取り付けながら、レオアリスは欠伸を噛み殺した。辺りはまだ太陽の気配すらなくとっぷりと暗い。


 北の辺境までは、一般的な緑鱗の飛竜で飛んでも一日の行程になる。

 現在は朝というよりは夜更けの三刻――だが、ハヤテだけではなく近衛師団の黒鱗やアーシアの翼、そして今の時期を考えると、着くのはどんなに早くても夕方過ぎになるだろう。


(しょうがねぇ、もう)


 この時間でないと食事の時間に間に合うように向こうに着けないし、あまり文句を付けるとアスタロトが怒るから。


(マジで騎上泊にならなかっただけマシか)


「何だー、元気ないなぁ」


 アスタロトはポンポンとレオアリスの肩を叩き、それから同行者を振り返った。


「準備終わった? 行くよー!」

「行けまーす!」


 クライフが片手を上げて答える。ロットバルトは内心はどうあれ、常に準備の手際はいい。フレイザーはしっかりと防寒をし、首まで暖かそうな布で覆っている。


「アスタロト様も、防寒をきちんとしなくちゃ」


 フレイザーはアスタロトに近寄り、鮮やかな赤と橙色の毛糸で織った布を彼女の首に巻き付けた。アスタロトが嬉しそうに布に頬を寄せる。


「あったかいや――ありがとう。レオアリスは準備できた?」


 レオアリスも手を上げた。


「ハイハイ」

「気合いが入ってなーい! シャキッとしてよね! シャキッと! これから長時間飛ぶんだぞ」

「終わってるよ」


 普段は午前中からなど滅多に動かないアスタロトが、やけに元気だ。まあそれ自体はいい事だ。


「凍らない程度に楽しんで来てください」


 ヴィルトールが笑い、ついでとばかりクライフにからかうような視線を向けた。


「酔っ払い過ぎて宿に迷惑かけないようにね」

「んな事しねぇっつーの」

「――ご無事で」


 一番最後にグランスレイが重々しく告げ、レオアリスの不安を残したまま、珍道中が出発した。









 ちょうどその夕方の事だ。

 出発からほぼ十五刻が経過し、レオアリス達はあと一刻ほどで辺境に着く頃と思われた。


 王都の空は一日中雲ひとつ無く晴れていたが、北の辺境の空模様がどうなのか、ヴィルトールは時折空を見上げては気にしていた。


「ヴィルトール」


 グランスレイは手にしていた封書を机に開き、しばらくその文面を注視した後ヴィルトールを呼んだ。


 唸るようなその声に、ヴィルトールは窓際を離れてグランスレイへ近付いた。

 グランスレイが書状を差し出す。


「ベール大公からの書簡だ」

「大公? 珍しいですね、緊急の案件ですか?」


 内政官房の長官であるベールから近衛師団に書簡が来るなど、滅多に無い。


 当然驚いた様子のヴィルトールの問いに、グランスレイは非常に複雑な顔を返した。


「どうかしましたか、問題でも?」


 心配そうに眉を寄せたヴィルトールへ、グランスレイが書簡を差し出す。


 書簡の文字はさすが流麗だった。内容はともかく。


 その内容が一番の問題だ。


 どんな時でも大体のんびり構えているヴィルトールも、さすがに目を丸くした。


「これは……」




 知らせが遅くなって済まなかったが、と前置きし、ベールはある事件について書いていた。


 例の温泉地で問題が発生している。一度調査団を送ったが、天候が荒れて引き返さざるを得なかった。以来何かと煩雑でまだ対応が取れていない。


 レオアリスとアスタロトには悪いが、状況次第では対応して欲しい――、と。


「――状況次第ではって言っても、上将達が引き返せないのを見計らったような頃合いですが。まぁ大公らしいですね」


 ヴィルトールが苦笑を洩らす。グランスレイは難しい顔で腕を組んだ。


「どうしたものかな。一班程度派遣するか」

「うーん、あまり人数だけ増やしても、却って黒森での遭難が怖いですしね。そもそも問題はそこだし……。とりあえず、伝令使を向けて状況を伝えるのはどうですか? 上将もロットバルト達もいるから、現地の様子と併せて判断するでしょう」


 まだ少し緩い対応なのは、王都と黒森とのあまりの温度差と、遠く離れた地で今まさに何が起こっているのか、彼等に知る術が無かったからだった。


 ベールの書状は意図せず、状況の核心を言い当てていた。


「けど、ちょっとばかりこれは怪奇ですね」




 スランザールの文書は、こう警告している。



『宿を出て黒森を歩く事半日、滅多には踏み入る事のない黒森を満喫できたが、昼過ぎに雪が降り始め、吹雪き始めた。

まだ冬の入り口だというのに、真冬のような雪だ。黒森の変化は著しく、あっという間に樹々が雪を纏い白い彫像を作り出した』


『次第に吹雪が激しくなり、安否の確認の為に我等はシュランの村に引き返した。

だが辿り着く事はできなかった』


『村があるとおぼしき場所を探すも、目に映るのは延々と続く黒森の樹々だけ。村は忽然と消えてしまったかのように影もなく、後は遠吠えのみ』


『この遠吠えは昨夜も聞いた。高く空気を引き裂くような――獣の咆哮のようだ。

遠吠えが次第に近付いて来た為、村を探すのは断念し、ひとまず王都へ戻る事とした。しかしこの咆哮が気にかかる。吹雪が治まったら装備を整え、改めて村とその周辺の安全を確認すべきと考える』










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