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「ただいま~!」


 アスタロトは明るい声と共に正規軍副将軍の執務室の扉を開けた。タウゼンは顔を上げ、素早く立ち上がる。


「公、お早うございます」

「温泉行って来たよ~、はい、おみやげ」

「土産、とは、また」


 タウゼンはアスタロトの配慮への喜びと、どことなく複雑さを交えた表情で手渡された袋を見た。


 アスタロトが黒森へ行ったのはタウゼンも当然承知している。

 彼女が途中問題に巻き込まれた事も、昨夜の内に内政官房長官ベールからの書状で知らされていた。


 と言ってもタウゼンが知った時は、既にアスタロト達が無事館にいた後だったが。


(大公も、もう少し早くお知らせ頂かなくては困る――)


 近衛師団もだ。近衛師団は夕刻には知っていたようだが、正規軍には連絡が無かった。


 しかし一番の問題は、アスタロト自身から何の連絡も無かった事だ。

 確かにアスタロトは伝令使を持たないが、近衛師団に借りるなり、伝えさせるなりしてもらわなくては。


 それに何より――


「有難うございます。――公」


 タウゼンが(いかめ)しく礼を述べ、一言諫言をしようとアスタロトを呼んだが、アスタロトはまだ何やらごそごそと手に持った鞄を探っている。


「それは帰りにカレッサって街で買ったの。だから完全に黒森のおみやげって訳じゃないんだ。黒森におみやげ屋なんてないしね。でもそれじゃ悪いから、温泉で作った温泉卵あげる! 朝食に出たんだけど、美味しかったよ~」


 はい、と真っ黒な卵を一つ差し出され、タウゼンは束の間何かを堪えるように瞼を伏せた。


「……有難く頂きます。――楽しく、過ごされたようで……」

「うん! 色々あったけどやっぱり楽しかったよ。レオアリスも最初は文句言ってたけど、楽しかったに決まってるし」


 ただ少し残念だったのは、帰りが一緒じゃ無かった事だ。


「公」

「帰りはさぁ、あいつ、お祖父さん達のとこ顔出してくるとか言って、私はフレイザー達と先に帰ってきたんだけど」


 タウゼンがじっと見ているのに気付いて、アスタロトは浮かれ過ぎだったような気がしてきた。


「べ、別に一緒に帰らなくてもいいんだけどね」


 余計な事を言い過ぎただろうか。


「とにかく、すごく良かったから、タウゼンも今度行って来なよ」


 アスタロトは誤魔化すように早口で言った。


「いい保養になるよ。あ、でも、これからしばらくは難しいかも。ちょっとだけ問題があってね、多分しばらく宿を閉じるんじゃないかな」

「公」


 何度目か――、タウゼンは無視できない響きでアスタロトを呼んだ。


「……どうしたの?」

「そのお話ですが」


 普段とは違うタウゼンの様子にアスタロトが首を傾げる。

 視線の前でタウゼンは姿勢を正し、はっきりと告げた。


「今回のような事は、あまりなさいませぬよう」

「? 何で? いない間に何かあった?」

「我々の事ではなく、貴方が置かれた状況が問題なのです」


 タウゼンの表情は厳しい。アスタロトは持っていた鞄を卓の上に置き、改まって彼女の副将軍を見上げた。


「私? 全然平気だったよ。それはかなり寒かったけど、怪我は無いし。ロットバルトが怪我しちゃって、あいつはには悪い事したなって思うんだけど」

「貴方はまずは事態について、せめて我々にご一報くださるべきでした」


 決して感情的ではないが、厳しい響きがあった。タウゼンの言いたい事はアスタロトにも良く判った。


「――そうか、ごめんなさい。心配かけたよね」


 素直に頭を下げる。仕事ではなかったとは言え、正規軍はアスタロトの身内のようなものだ。連絡をしなかったというのは確かに良くなかった。


 が、ついついまた余計な事を言ってしまった。


「でも、ほら、レオアリス達もいたし」


 タウゼンはしばらく言葉を選んで躊躇していたが、一つ呼吸を置いて口を開いた。


「恐れながら――僭越な事を申し上げますが、今回のような事は余り好ましい事ではございません」

「――今回のようなって、遊びに行く事? 問題があったから?」

「いえ」


 タウゼンの意図はそこには無い。


「突然行くのがダメ?」


 それにも、タウゼンは答えなかった。


「――じゃあ、何。はっきり言ってくれなきゃ判んないよ」


 少し苛立って尖った声になったアスタロトに対し、あくまで礼節を保ったまま、タウゼンはそれを告げた。


「近衛師団――いえ、第一大隊大将殿には、余り御執心なさいませんよう」

「――」


 何を言っているのか良く判らない。


 瞳を見開き、暫く言葉も無くアスタロトはタウゼンを見つめていたが、やがて言葉が染み込むにつれ、その深紅の瞳に激しい炎を躍らせ、睨み付けた。


「出過ぎた事を言うな。あいつは王に剣を捧げた剣士だ」

「――」


 タウゼンは非礼を詫びるように深く頭を下げたが、それ以上何も言わない。


 タウゼンの沈黙を、アスタロトはレオアリスの過去故だと、そう受け取った。


「お前は、まだ過去に捉われているのか。過去に起こった事が何かあいつの罪になるのか? もう、全て――、失っているのに。これ以上、何の証明が必要だ」


 震えるような憤りを覚えたが、タウゼンは静かに顔を振った。


「いえ。王は、今後彼を重用されるでしょう。おそらくは、アヴァロン閣下の」


 タウゼンはそこで口を閉ざしたが、それはまだ軽々しく口にする類の事ではないからで、言葉はこの先の確たる未来を語るように響いた。だからアスタロトは戸惑った。


「そうだ、当然――」


 今は口には出せないもののアスタロトも、いずれレオアリスがアヴァロンの後を継ぐだろうと想定している。

 そしてタウゼンもまた同じ考えを持っていると、アスタロトにも判った。


 それなのに何がいけないのか。

 今更何故タウゼンがこんな事を言いだすのか、そこがアスタロトには判らない。


「……まだ他に何か問題を作りたいのか」

「公、私の口から詳しく申し上げるのは控えさせていただきます。しかし、貴方には正規軍将軍としてのお立場と責務がある事をお忘れなきよう」

「立場と、責務?」

「左様です」


 アスタロトには判らない。判りたくもない。

 それらを負う事は納得できても、そんなものに縛られるのが、一番嫌いだから。


 そんなものでアスタロトの一番大事な友人を否定されるのは我慢できない。


「ぜひ、ご熟考を」


 タウゼンも言葉が足りなかった。立場を考慮した結果だが、せめて理由を明らかにして諭す必要があっただろう。


 気が付かないままに想いが募れば、その分傷付くのはアスタロトだ。


 ただ、タウゼンはそれ以上を言わなかった。


「――余計な世話だ」


 アスタロトは苛立ちを隠さずそう告げると、踵を返して部屋を出、扉を閉ざした。












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