20歳、キャバ嬢の場合
気分が悪くなるほど、蒸し暑い夜だった。
ただでさえ暑いのに、脂ぎったオヤジに太ももに触れられる。
「もう、やめてくださいよ」
引きつらせた笑いを浮かべながら彼女は客の手を引き剥がした。
ちょうど良くホールスタッフから声がかかる。笑顔と共に「ちょっと」と言い残して席を立った。
彼女の太ももをまさぐったオヤジは口をすぼめて文句を垂れていた。
女はそれに愛想笑いを投げて、ホールスタッフの元へと足を運んだ。
太客の指名。いいタイミングだった。
ここで働く女たちは、自営業と半ば変わらない。
店の指示にはある程度従うが、客は彼女たちについているのだ。
店を辞めれば男たちは女について来る。
この暮らしもそこそこに面倒だった。
今女が務めている店はそれなりに時給も高く、店を辞めたあとに一か月だけ他の店舗で働くことを禁止している程度の縛りしかない。
出勤予定もそれなりに都合してくれる。源泉徴収票もきちんと出してくれる。
だが、女の客にはルールを弁えない男が多かった。
今日の客のように、小金だけ店で使って、女にはなにも寄越さない男もいる。
店が黙認している副収入こそが、女の望むものだというのに、それを察する気配すらない。
またあの客かよ、と彼女は店に備え付けられているバーカウンターの前で内心毒づいた。酒に酔った状態を演じていることなど一目で解る。まったく芸が無い上にそれでも危険が無いと高を括っている態度の気持ち悪さに嫌悪感を覚えずにはいられない。その行動から浅はかな思考と期待が一部始終感じられていることに、彼は永遠に気づかないだろう。
あるいはそれでも許されると思っている。
そうして、こういう男ほど自己中心的なSEXをするのだ。
雇われバーテンダーが出したカクテルグラスを右手に持ち、それを口元へと運ぶ。
彼女は男が馬鹿だと言われる理由がまた今宵も一人の客によって証明されたと考えた。
男はほとんどの場合女を即物的にしか見ない。そしてそれが当然の権利だと思っている節すらある。
確かに平等な恋愛なんてものは妄想の産物で、しかしそれをどこまで互いに信じられるかが何よりの課題なのだと彼女は考える。
それを頭から信じていない男とはそもそも恋愛は成立しない。そして、それはセックスとは別物だが無関係ではない。
女を人間として見ていない男が世の中には多すぎる。
彼女がそんなことを考えていると、また彼女を呼ぶ声がする。それに答えながら彼女はバーカウンターに飲みかけのグラスを置いて席を立った。
無神経な客では無いことを、祈りながら。