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限定天使物語  作者: 憂い帯
底辺天使 転落編
9/20

009:三年目の友人 ―― くたばれ泥棒猫

 毛の先ほども期待はしていなかったが、俺の借りた宿の部屋にはなんとシャワールームが備え付けられていた。 グレーのタイル張りという地味な造りではあるが、新築レベルでピカピカだ。 金属製のコックを捻るとすぐに温水が飛沫となって降ってきた。 温度調整は出来ずとも充分に温かい。 素晴らしい! 素泊まりながら、これで銅貨三枚は破格であると思われる。

 それまで全身を包んでいた磯臭さがみるみる内に消えていく。 思わず笑みがこぼれる爽快感。 俺は労いの意味を込め、両手でしっかりと素体の素肌を撫でて回った。 頬の緩みきった顔から腰まで届く赤い髪、しなやかな両腕、ほっそりとした首筋へと丁寧に手の平を滑らせていく。 どこに触れても剥きたてのゆで卵が白旗上げる玉の肌。 華奢な双肩、セクシャルな鎖骨から、いよいよ美しい稜線を描く二つの


「ぶぼはっ! げふっ、げふぅっ……!」

『むせる天使様とか、レアですねー』

「やかましいわ。 ……油断できんな、さっさと上がろう」


 さすがにバスタオルまでは用意されていないので、ボロボロになった衣服の切れ端を絞ってタオル代わりに使う。 無論両目は固く閉ざしているが、着替えを終えるまでの精神的疲労がハンパなかった。


『言っちゃいますけど、すぐに限界来ると思いますよー? 自分の裸を見られない、まともに肌も触れないんじゃ、どんな生活をするにしても必ず支障が出ます。 潔く諦めて、女性であることを受け入れるのが無難な選択じゃないですかね?』

「……いやだ」

『やっぱり男であることに誇りを持ちたいとかですか?』

「ポニーテールへの愛が目減りする」

『あー……そんな天使(ひと)でしたよねー、あなたって』


 先ほどから茶々を入れてくる音声の発信源――麻袋の底に敷かれていたまな板を枕の横に放り投げ、俺もベッドに腰かけた。 何のことはない、通信機だったのだ。 今は木目のテクスチャが解除され、画面の向こうからリオがこちらを見上げている。 こんなSFアイテムが異世界安宿の一室に転がっている様は、ミスマッチを超越して奇想天外レベルである。


『何はともあれ、ハードな初日お疲れ様でした』

「どっちかって言うと港からここまでのスニーキングの方が難易度高かったけどな。 半裸だったし」

『普通に助けてもらえば良かったのでは?』

「見える範囲に野郎しかいなかったんだよ。 女子供は大事にされてるっぽくてさ、優先的に船に乗せられてた」

『へぇー……で、その必要もなくなった、と。 やるじゃないですか』

「ふふん、心ゆくまで褒め讃えるが良い」

『天使様の中じゃミジンコ未満のポンコツなのに』

「分かってたけど少しは持ち上げて欲しかったよ。 分かってたけど!」

『それでどうするんです? そのまま英雄にでもなりますかー?』

「あ、俺そういうのパス。 注目集めるようなポジションはご遠慮させて頂くわ」

『おや、意外です。 そういうのこそ憧れるタイプだと思ってました』

「見てる分にはいいけど、俺のキャラじゃないだろ」


 遺憾ながら本心だ。 そりゃあ活躍したい気持ちはあるが、多くの人の目に晒されるのはどうしたってトラウマがいらん顔を出す。 異世界無双なんて始めたら、二日と持たずに精神科外来の常連だ。 ここは実力を隠すポジションで暗躍するのが得策である。


『確かに。 あなたって、普段は目立たないけど仲間がピンチになると「やれやれ仕方ないな」とかキザったらしい台詞吐きながら美味しい所だけ掻っ攫うキャラも好きそうですもんね』

「お前俺のこと分かりすぎてない?」

『ともあれ元気そうで良かったです。 ではでは、週一くらいでかけますねー』


 そのままプツンと通話が切れると、通信機は元のまな板に戻った。

 せめて今日の曜日くらい教えていけ。 こっちは週間の概念すら初耳だ。


「……まぁ、寂しくないからいいけどさ」

『あら可愛い』

「おわぁあああああああっ!」


 マジでビビッた。

 女性の声だったから良かったものの、もしリオだったら首吊ってた。

 再びまな板に目を向けるが、変化はない。 サウンドオンリーのようだ。


『ごめんなさい、驚かせちゃった?』

「だだだっ、だだだっ、大丈夫です……えと、館内放送の人ですよね?」


 素晴らしく通る声はなかなか忘れられるものではない。


『覚えててくれたのね。 そうそう、“蒼の性獣”から助けてあげた正義の天使よ』

「どえらい二つ名付けますね、仮にも我らが代表に」

『もちろん尊敬はしているわよ? 性的信用が皆無なだけで』

「わかる。 それで何か御用でしょうか? 一応敵対容疑者なので、天使の人とコンタクト取るのってマズい気がするんですが……」

『いーのいーの、プライベート回線だから』

「論点」


 温和な声だが、軽い人だな。 有名アーティストの楽屋でも覗いてる気分になる。


『ちょっと地上の様子が気になって、ついね。 貴族って体裁繕ってばかりだから、地上のリアルな情報が全然入ってこないのよ。 どう? 元気に繁栄してる?』

「そんなシム系ゲームみたく……。 うーん、まだ初日ですけど苦戦してる印象です。 この町なんか潰れる直前でしたからね」

『あらあら、まだそんな調子なのね。 原因は? 狂獣とか、それこそ……“悪魔”みたいな賊とか?』

「怖いこと言わないで下さいよ。 今回はウェロウの大群でした。 音響兵器ぶっ放す奴」

『ああ、東の大陸だとまだ多いのね。 他には? 凶悪な犯罪者の話とか、聞かない?』

「マフィアでもおるんですか……今の所聞きませんね。 そのうち耳に入るかもしれませんが」

『そう……そうよね、まだ初日だものね。 また連絡してもいいかしら? 寂しがってることは内緒にしてあげるから』

「謹んでお待ちしております!」


 弱みが増えたわ。

 強い女性ばっかりだなこの世界。



---



 宿を出ると、まだ朝も早い時間ながら道は人で溢れていた。 恐らく警戒態勢が解かれ、皆家路についているのだろう。 誰も彼もが世界線を間違えたみたいな顔をしているのが痛快だ。

 向かう先はギルドだが、俺は途中でいくつか露店を物色した。 ボロボロになってしまった靴やタオルといった日用品の補充が中心だ。

 懐に余裕はあるが、散財は控える。 まだ物価を把握できていないのだ。 どこで出費が嵩むかも分からないのに下手な消費はできない。

 一応、日用雑貨や食料品、宿泊費用なんかは銅貨数枚で事足りることは把握した。 金属類は少し値が張り、獣の牙に劣るようなしょぼい武器でも銅貨数十枚に上る。 ちなみに銀貨一枚が銅貨百枚の価値になる。 革袋の中の銀貨は残りが十枚。 金貨も一枚金貨含まれていたが、ちょっと人前で出そうとは思えない。


 ギルドのお食事処はほとんど満席だった。

 装備を整えた探索者たちで混み合い、どのテーブルもヒソヒソ話に余念がない。 軽く聞き耳を立ててみれば「何者の仕業だ?」「情報ミスじゃないのか?」などなどウェロウの団体さんが訪問をキャンセルした話題で持ちきりのご様子。 口元がニヤけるのを我慢するのに骨を折ったものである。

 それはさておき、想定外だったのは窓口が全て閉まっていることだった。 これではアルクス村の情報を聞けない。 メインクエストだと言うのに、どうしてこうも進行に支障を来すのか。 いい加減辟易としてしまう。


「ディーナ!」


 困っていた所で奥の席から声がかかった。 スズルさんだ。

 昨日より重武装だが、その露出度にブレはなかった。 肌色面積にポリシーがあるのだろうか。 尊敬に値する。

 そんな彼女を真似てヒラヒラと手を振り、誘われるまま席についた。 どうせ俺もここで足止めだ、話を聞くのも悪くない。

 などと思った直後に後悔した。 丸テーブルの上には空っぽの大ジョッキが三つ仲良く肩を並べている。 店内がこうも混み合っていると言うのに、このテーブルの回りだけ空席になっている理由だろう……。


「朝から出来上がってますね……」

「だって狙った獲物を攫われたんだよ? 飲むしかないっての」

「え゛っ……変異種(ノイズ)、倒す気だったんですか!?」

「昨日安心しときなって言ったでしょ。 あーもー、稼ごうと思ってたのに! 誰よ、アタシに断りもなくさー! ディーナ知らない?」


 全力でポニーテールを左右に振った。

 確かに何か言われていた気はするが、耳に入ってなかったようだ。

 と言うか、マジかこの人。 アレとやる気だったのか……。


「でも、さすがに二匹は荷が重いのでは……」

「ん? よく知ってんのね。 まだ確定情報は出てないはずだけど」

「っ……という噂を道すがらに聞きまして」

「ふぅん、まあいいけど。 窓口ならしばらく開かないよ。 ギルド総動員で調査中だってさ」

「調査、ですか? 襲撃は無かったんですよね? 一件落着なのでは?」

「どこのどいつがやったのか、名乗りが上がんないのよ。 『人知れぬ死は災いを呼ぶ』って言うでしょ」


 迂闊。 その観点を意識していなかった。

 襲い掛かってくるはずだった軍勢が全滅していたら、そりゃあ幸いではあるが、誰の手によるものか不明であるなら話は別だ。 敵の敵が味方であるとは限らない。

 改めて他のテーブルを見回すと、確かに懐疑的な表情で真剣に話し合っている人ばかり。 あからさまに怯えている様子の人もいる。

 どうしよう……今からでも名乗り出るべきだろうか。


「……ねえ、ディーナ。 ちょっと聞いてもいい?」

「はい?」


 呼ばれて前に向き直ると、スズルさんの視線が微妙に上向いているのに気が付いた。


「アンタさ、もしかして……ああ、いや。 髪、結い上げるの好きなの?」

「それはもう!」

「なんでテンション上げんのよ。 髪紐が切れそうになってるけど、換えてあげよっか?」

「ホントですかっ!?」


 救世主降臨である。

 ここまでの露店でもそれとなく探していたが、髪紐は見当たらずに困っていたのだ。 ポニーテールは生涯エロ禁な俺にとってのライフライン。 装備解除は致命的なバッドステータスになりかねない。


 彼女は腰のポーチから櫛を取り出すと、テーブルを回って俺の背についた。

 ハッとする。 これは、何というか、ものすごく“女子っぽい”のではなかろうか!? 自覚すると正体不明の緊張感に胸が高鳴り、肩がガチガチに強張った。


「いつも妹の髪を結ってるから、髪紐には余裕があるんだよね、何色がいい?」

「お、お任せで」

「なーに緊張してんの。 んー、この赤髪に合わせるなら、やっぱ黒かな……」


 などとやり取りを交わす内にもポニーテールが解放された。

 うおおぉおぅおっ! 何だこれはっ!? 意味不明に気恥ずかしい! 生尻を見られたとか、全裸で吊るされたとかの直接的な羞恥でなく、もっと根源的なナニかが両の頬を熱くさせる。 羞恥心の新境地。 スズルさんは髪に軽く櫛を通しながら「こんなキレーな髪見たことないよ」なんて絶賛してくる。 嬉しいのだが羞恥が勝る。 穴があったらダイブしたい。


「スズル(ねえ)!」


 唐突に、怒気を孕んだ声が飛来した。

 強く伸びやかなこの声もよく覚えている。 横目で入口の方を見やれば案の定、巫女服に身を包んだ女の子が銀杖片手に入店してきた所だ。

 近くで見ると、思っていたよりも小さく見えた。 小学校中学年くらいか? 髪は長い三つ編みで、顔立ちは姉とよく似て猫っぽくも愛らしい……のだが、なぜかだか目つき鋭く俺を睨み付けている。 「シャー!」とか威嚇してきそう。

 そんな彼女が店内を突き進んでくる中、周囲の反応の変化を察知した。 この手の空気に敏感な俺にはよく解る。 どいつもこいつも無関心を装いつつ、こんな小さい巫女少女に対して強い警戒心を放っている。 妹の方も、姉とは少し違うベクトルで恐れられているのだろうか。


「イマリ? もう待機解けたんだ」

「待機どころかもう解散。 それより、その無駄にキレーな人、誰?」


 席につくや、浮気現場を押さえた夫みたいな迫力で問い質してくるイマリちゃん。

 姉とは逆で人見知りする性格なのかもしれない。


「昨日知り合った子。 見てない? 門の前で小さい女の子助けてた」

「……ああ。 それで、どうしてその人の髪、やってあげてるの?」

「もちろん親睦の証。 ほい、完成」

「ありがとうございます」


 さすが、本場の女性はクオリティが違う。 触って確かめてみるも、自分で結ぶよりもきっちりしており、そこはかとなく誇らしくなった。

 スズルさんは席へと戻り「ほら、自己紹介」と妹さんの頭をぽんぽんはたいた。


「……イマリです。 見ての通り術師です」


 恨みがましくも斜に構えた表情で、不愉快甚だしいと公言しているようなボソボソボイスであった。 これほどご機嫌斜めな自己紹介を見るのは初めてだ。

 心の中で「死ね」「くたばれ」などなど罵り言葉を並べていそうな態度だったが、相手はまだ子供。 ここは年上の余裕を見せつけ、誠意を持って接するが吉であろう。 さすればすぐに打ち解けるはずだ。

 実績も積んだばかりな俺は、努めて優しいスマイルを作り、柔らかい声でご挨拶をかました。


「ディーナです。 よろしくね、イマリちゃん」

「子供みたいに言わないでくれますか! 先月で十四歳、もう成人してます!」


 噛み付く勢いで怒られた。

 完全な選択ミス。 十四と言えば大人ぶりたい年頃真っ盛りだ。 ……本当に十四歳? とても中二には見えない。 ちゃんと食べてるのか心配になってくる。


「ごめんね、この子はアタシの自慢の妹なんだけど、人見知りするのが唯一の欠点でさ」

「なによっ、スズル姉まで子ども扱いして!」

「なら、子供みたいに喚くんじゃないの。 ほら、焦がしてる」


 テーブルの上に置いた手を指差され、イマリが「あ」と声を上げてその手を除けた。

 俺の方はギョッとする。 小ぢんまりとした手の平が載っていた場所には、くっきりと黒い焦げ跡が焼き付き、ぶすぶすと煙を上げていたのだ。

 こっわ……周りの反応も納得だ。 大丈夫かこの子? いきなり爆発とかしないよね?


「テーブル代、自分で支払っときなよ?」

「……ん、ごめんなさい」

「次からは気を付けな。 それで何の用?」

「そうだ、スズル姉が哨戒(しょうかい)出たって聞いたんだけど、“犯人”は見つかったの?」


 おだやかでない単語が飛び出し、緊張が走った。

 肩を強張らせる俺に対し、スズルさんは肩を竦める。


「アテはさっぱり。 同行した奴も、こんな現場初めてだって戸惑ってたよ」

「本当に誰かの仕業? ウェロウ同士のいざこざじゃないの? 前にもあったし」

「死体に牙や爪の痕がなかったからその線はないね。 それに、獣は作らないでしょ? “お墓”なんて、さ」


 同意を求めるようにこちらへと視線を寄越すスズルさん。

 これには口元が引き攣りかけた。


 あのウェロウたちが町を襲おうとしていたのは事実だが、亡骸(なきがら)をそのまま放置と言うのは違う気がしたのだ。 結果として朝帰りになり、防衛線が整っている町正面からはとても入れず海水浴を余儀なくされたが、後悔はしていない。 していないが……三つ編み巫女様の激昂は収まらず、ハラハラは止まらない。


「なら探索者だよね? もうこの場の全員並べて尋問しちゃおうよ」

「! ……いや、そこまでしなくてもいいのでは……」

「部外者は黙っててください!」


 すいません当事者です。


「イマリ、いい加減落ち着きな。 ディーナの言う通りだよ、被害も出てないんだから、問題ないでしょ」

「スズル姉、テキトーすぎ! 誰がやったにしても、報酬なしに仕事されたら探索者の仕事が成り立たないじゃん!」


 ばんっと小さい掌でテーブルを叩かれ、俺はビクリと肩を震わせた。

 その発想も欠如していた。 言われてみれば当然のことだ。 獲物を勝手に倒してしまったら、ハンター稼業を生業にしている人から仕事を(さら)うことになる。 だから“犯人”と言うわけか。 考えもしなかった。

 昨日容疑者、今日犯人……この世界はどうしても天使をブチ込みたいらしい。 『天使投獄』――字面はいいが願い下げだ。


「だからってアタシらが出る幕じゃないでしょ、調査はギルドの連中に任せなよ」

「何よ、スズル姉だって怒ってたクセに。 悪いお酒に当たったんじゃないの?」

「かもね。 もうウェロウの話はいいよ、飽きた。 それよりディーナ、アタシはアンタの話が聞きたいな」


 ずいっ、と椅子ごとにじり寄ってくるスズルさん。 さっきまでの不機嫌をどこに置き忘れてきたのか、餌をねだる飼い猫みたいに魅惑的な笑顔で迫る。 おざなりにされた妹が、凄い形相で睨んでこなければもっとドギマギしたかもしれない。 あ、テーブルが発火した。


「ディーナってさ、どこから来たの? マデイド?」

「なに平然と雑談タイムに入ろうとしてるんですか。 消化、消化が先!」

「教えてくれたら消してあげる」

「火災を取引材料にしないで! ほら、周りの人更に距離取り始めてるから! クレーム不可避だから!」

「お・し・え・て?」

「あーもう! 最近田舎から出てきたばかりです!」


 止むに止まれず咄嗟に答えた。

 だが、どうやらこの答えは最悪の部類だったらしい。


「「……はぁあ?」」


 姉妹揃って形良い眉をへの字に改め、理解不能を突きつけてきた。

 先に思考を復帰させた妹が、勝ち誇ったように立ち上がり、小馬鹿にしたように口元を歪め捲し立ててくる。


「ぷぷっ、この世界のどこにイナカなんて呼べる場所があるんです? バカじゃないですか? いいえバカですね。 バカ美人、美人バカ!」

「いいじゃん、面白いよ」

「スズル姉!」

「アンタは黙って火ぃ消しな」


 軽く睨みをきかされるとイマリは悔しそうに唸ったが、それでも姉の怒りは怖いのか、渋々といった様子で黙り込んで腰を落とす。 テーブルの炎はすぐ消えた。 少し気の毒だったが、バカバカ言われたので痛み分けだ。


「それでそれで? 何の用件で田舎から出てきたの?」

「ちょっとした頼まれごとです」

「どんな?」

「えらい食いつきますね……あまり人に言うようなことじゃありませんよ」

「えー、いーじゃん。 勿体つけないで教えてよ、もう友達でしょ?」


 最後に聞えた何気ない一言に、俺は全身に電流が走るような衝撃を覚えた。


 『『『友達でしょ?』』』


 耳の奥へとエコーマシマシで鳴り響くその言葉に、心が芯まで激震する。

 デジタルな意味でもなく。

 イマジナリーな存在でもなく。


 ごく普通の『友達』。


 ぶわっ、と涙が溢れ出た。


「ちょ、ディーナ!? 何? なんで泣くワケ!?」

「ぐすっ、ご……ごめん、なさ……ちょっと……死ぬほど感動して」

「アンタどんだけ友達いなかったの!?」

「三年以上」

「「…………うわぁ」」


 姉妹揃ってドン引きされた。


「イマリ、とにかくハンカチ!」

「ヘンな人……」

「呆れてないでさっさと寄越す!」


 白いハンカチで、溢れる涙をそっと拭かれた。 情けなくも連日だ。 それにつけても嬉しすぎて、なかなか涙は止まらなかった。 涙腺崩壊の継続時間に比例して、友人の心が離れていく気がしたので、必死になって思考を停止したものである。




「――ある人のお墓にお供え物をする約束をしたんです」

「今時お墓参りですか? 酔狂もいいところです」

「イマリは黙って。 いいじゃん、お墓参り。 どこまで行くの?」

「ここから南へ四日ほど行くと『アルクス』という村があると聞いているんですが、ご存じありませんか?」

「聞いたこともありません」

「あ。 アタシ知ってるかも」


 得意げに笑ったのはスズルさんだ。 俺は思わず身を乗り出す。


「マジですか!?」

「少し前にチーム組んだおっさんが話してたんだよね。 昔の廃村なんだけど、レンザルグが再開発して実験都市にするらしいよ」


 やっぱり廃村になってたのか。

 ダオはそんな話していなかった。 館内放送の人――そういえばまだ名前聞いてない――も地上のことを聞きたがっていたし、天使サイドでは地上の状況をあまり把握していないのかもしれない。


「って、再開発?」

「そ。 もう施工には入ってるんじゃない?」


 それはまずい。

 どんな水準の再開発かは知らないが、件のお墓が取り壊されでもしたら堪ったものではない。


「情報ありがとうございます、すぐに出ないと!」


 焦って席を立ちかけた俺の肩が、結構な力で掴まれた。

 その手の先には、不敵な笑みをたたえたスズルさん。


「アタシも一緒に行く」


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