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限定天使物語  作者: 憂い帯
底辺天使 転落編
19/20

019:始まりの702号室 ―― どうあがいても不法侵入

 さすがにこの異変には面食らったのだろう、ダオからすぐに通信が入った。

 が、俺はすぐさま「作戦続行」を断じて切った。 夜の学校が立ちはだかった程度では、この天使の進撃は止まらないのだ。


 校舎は全館消灯のようなので、バトルウェアの手首を軽く捻ってライトを点灯。 やや強めに光量を調整し、警戒レベルを上げつつ桜並木を突っ走った。


 初見こそ驚かされたが、いざ足を踏み入れてみればこの"学校"の中途半端さはすぐに露見した。

 何せあらゆる素材が砂と土だ。 四階建ての校舎も、やたらと大きな体育館も、よくよく見ればその外装は黄土色。 舞い散る桜の花びらにも色彩は皆無である。

 いったいどうやって構造を保っているのか……。 これから侵入する身としては不安に()えない。


 試しに屋外プールの金網に触れてみた。 触り心地は土でこそあれ、ワイヤーでも仕込まれていそうな強度がある。 念のため更衣室のドアも確認したが、こちらもノブを回すのに充分耐えた。 摩訶不思議。

 念には念を入れ、他意なく女子更衣室の中を覗いてみたが……期待したようなものは何も無かった。

 というか、文字通り何もない。 スク水どころかロッカーも蛍光灯も、コンセントの差込口もない。 手抜き工事のがらんどうだった。


 体育館はそれなりに整っていた。

 整然と並んだパイプ椅子が見据える先には、暗幕の開かれた大舞台。 飾られた垂れ幕には「ごにゅうがくおめでとう」の文字がなんとか読み取れる。 小学校だったらしい。


 二つ並んだ四百メートルトラックを横切って、いよいよ校舎へと侵入する。

 少し思う所があったので、俺は最初に中央階段を昇って上階の様子を覗き見た。 案の定、柱ばかりのほぼ空洞。 確か小学校では、低学年の教室を下の階にすることが多いのだったか。


「プール未経験。 入学式。 一年生……」


 小さく声に出しながら、情報を整理していく。

 異世界学校創造主のプロファイリングだ。 何かの役に立つかもしれない。


 もちろん一年生の教室は見て回る。

 苦労せず、周囲より明らかに色彩の精度が上がっている教室を発見。


 『いちねんにくみ』


 教室自体は、とりたてて特徴のない造りだった。

 入学祝いの飾り付け、黒板に教卓、小さい机とイスが懐かしい。


 異彩を放っていたのは窓側席の一番後ろ。

 二次元的には特等席であるその机に、赤黒い染み(・・・・・)の付着したカッターナイフ(・・・・・・・)が、深々と突き刺さっていたのだ。


 氷を背中に当てられたみたいに背筋が冷え、サァッと血の気が引いていく。


 俺は逆再生のように退室し、怪異的な何かを刺激しないよう入口ドアをそっと


 ――カッ。


 何かがドアに突き刺さるような音がしたかもしれないが絶対気のせいなので無視して廊下を引き返した!

 全速力で逆走し、中央階段を転げ落ちる勢いで降り切って、すぐ手前に見えた長椅子の陰に隠れて小さく体育座りする。


 遅れて心臓がバクバクと暴れだした。

 ふざけんな! 異世界まで来て"夜の学校"するんじゃあないっ!


 脳内でまっとうなツッコミを入れた後、数秒もしてから周囲の変化に気が回る。


 今度は“病院”だった。


 並ぶ長椅子の前、外来の受付窓口が並んでいる。

 リノリウムの廊下の先、『脳神経外科』の矢印が案内するように廊下の奥へと続いていた。


「……オーケー、分かった。 あくまでそのコンセプトで来るわけね」


 ここまで分かり易いのならいっそ清々しい。

 俺は一度両手で頬を叩き、「しっ!」と気合を再充填。

 軽く足腰をストレッチして、クラウチングスタートの姿勢からダッシュした!


 襲い来るストレッチャーと車椅子の大群は余さず回避。 ほどなく下りの階段を見つけ、即座に駈け降りる。

 次のフロアは神社だ。 霊験あらたかそうな鳥居を抜けて、畳敷きの一本道をしめ縄に追い掛けられながら走り抜ける。

 お次は道路。 曇天とオフィスビル街のペイントは落書きレベルだったが、向かってくる乗用車やトラックの迫力は満点だった。


 全ての奇妙な道筋は、下へ下へと降りていく。

 終点は、真っ暗な長い道の突き当たり。


「やっぱり、ここか」


 高級マンションの702号室。

 表札には『軌条(きじょう)』の表札があった。

 あれほど霧がかっていた記憶が驚くほど鮮明に蘇り、俺は当時の行動を自然にトレースし始めた。


「こんちはー。 遅れてすみません、お届け物でーす」


 初日初回の配達は、なんと二時間も遅れた。

 それでもエントランスのロックは開けてくれたし、ギリギリセーフ!――などいう激甘思考が完全にアウトだった。


 インターホンもノックも反応がなく、試しに引いてみた戸口には鍵がかかっていなかった。

 だからと言って入っていいはずはないのだが、急がないとせっかくの花が悪くなるという一方通行な思考のままに上がり込む無能配達員。 今思えば立派な不法侵入だ。


「遅れて申し訳ありません! お花をお届けに上がりました!」


 返事はなかったが、奥で何かが倒れるような音がした。


「あの、もしもし? お花を届けに…………」


 なぜか遠慮がちに声のトーンを落としつつ、リビングへ続く廊下を歩む。

 さすがは高級マンション。 内部はかなり広く、廊下は途中で右への曲がり角があった。


 その曲がり角の突き当たり。

 俺はそれ(・・)を発見したのだ。


 無数の魔方陣と、その上に張り巡らされたお札、十字架、よくわからない呪術的な首飾り……悪趣味を通り越してデコレーションの領域に踏み込んでいた。

 もしドアノブがなければ、その向こうに部屋があるとは気付かなかったに違いない。 奇妙で異質なドアだった。


 こんなドア、現実(リアル)にあったらまともな人は近づかない。

 だというのに、頭の悪いこのバイトは思ったのだ。 これはきっと拉致監禁だ、と。 脳内お花畑だろ。


 自身が不法侵入者であることを棚に上げ、張り巡らされた鎖やら南京錠やらを金具ごと引っぺがしにかかる。

 隣の部屋にあった花瓶の横、大きいハサミを手にとって、力任せに部屋の封印を剥がしていく。

 中から声が聞こえたのはちょうどそんな時だった。


『私を、助けてくれるんですか?』


 か細い、女の子の声だった。


 テンションが爆熱して両肩に力が入った。 「助けに来たよ」「もう少し待ってて」なんて柄にもない台詞を連発。 既にヒロインを助けるヒーロー気取りだ。 ただイタいだけでなく、ピンク色の妄想にまで発展していたような気がする。


 そんなことだから、ドアを開くその瞬間まで、背後に人が迫っていることに気付かなかったんだろう。

 最後の南京錠も、それまで同様にテコの原理で強引に破壊した。



 ――意識を、記憶から現実へと引き戻す。



 ドアが開く。

 と同時、俺は部屋の中へ身体を投げ出すように前転。 振り向きざまにハンドガンを発砲した。


 ボッ、と籠った着弾音。

 いつの間にか背後に出現していた人影の胸部に風穴が空く。


 人影、だろうか。

 確かに人の形に見える黒く、暗い闇の影は、疲れた主婦のようにゆっくりと、部屋の中へ歩み入る。

 ……ずいぶんと見覚えのある闇だ。 触れたら時間が止まるくらいには痛いだろう。


 立て続けに発砲。

 頭、首、胸、腹、股間。 どこに撃っても穴が開き、(いず)れにおいても止まらない。

 構わず連射し、両脚首を分断してやった。


 止まらない。


 足と足首が繋がっていないのに、暗闇の影は事実を無視して歩み寄る。


 闇が振りかぶるのは、さも高級そうなデザインの、恐らくはブランドものの包丁だ。

 なるほど、俺を刺殺した(・・・・・・)のは、その高そうな包丁か。


 影が、包丁を振りかざす。

 俺はブレードデバイスを引き抜き、白刃を形成。

 とっさに思い描いたのは肉厚のナイフだった。


 緩慢とさえ言える速度で振り下ろされる包丁。 その刃の横っ腹を、渾身の力を込めて打ち据える。


 ――びくともしなかった。


 目を見開く間も惜しんで、繰り返し刃を打ち付ける。

 高い金属音が繰り返し響くが、包丁それ自体は固定オブジェクトでもあるかのように傷付けることすら敵わない。


 白刃の腹で受け、押し返そうと試みるが、力でどうにかなるものではなかった。

 これは、ヤバい……所詮包丁と舐めていたらこのザマだ。



『案外冴えないわね、王子様』



 機嫌の悪そうな美声は、すぐ横手のベッドから聞こえた。


 心底面倒くさそうに起き上がったパジャマ姿の少女は、闇の手にある包丁を二本の指先でちょんと挟む。

 それだけで、闇の影はその動きを静止した。

 呆気にとられた俺は、まともにリアクションが取れない。


『まあ、いいわ。 約束通り現れてくれたのだし、多少のヘタレっぷりは大目に見てあげる』


 空いた手で目をこすり、『くぁ』と欠伸をかみ殺しながら言う。


 気怠そうな態度とは裏腹に、幻想的なまでに美しい少女だった。

 エメラルドを溶かしたような色合いの髪はふわりと大人びたショートボブ。 CG補正でもかかっていそうな美貌を従える両瞳も、やはり深いエメラルド色をたたえている。

 その瞳の存在感がまたハンパない。 はっきりと見開かれていなくとも、吸い込まれてしまいそうになる。 魔力とか宿してそう。


 そんな美の化身みたいな少女が『あ、そうそう』と世間話でも始めるように前置いてから問い質してきた。


『あなた、わたしのことどう思う?』


 いきなり何言い出したこの人。

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