018:異世界の学校 ―― 異世界まで来てトラウマ追加
「……本当に、心配ばかりさせて」
覚醒とともに瞼を上げようとした所で、聞いたこともない優しい声がした。
声の主は目と鼻の先。 額を撫でる小さな感触がくすぐったい。
……あれぇ? なんだろう、いつもと、こう、空気が――
「でも、無事で良かったです……私の、天使様」
空気を読まずに目を開けた。
案の定、異常に可愛い妖精さんとばっちり寄り目が交差する。
一瞬の時間凍結を経て、リオの顔色はみるみる真っ青に変化した。 わぁ、希少なコントラスト。
やがて精神的ポーズが解除され、「ぴゃー」と悲鳴を上げて飛翔。 なかなか複雑なマニューバを極めるが、動揺のせいかピッチが安定していない。
「おおおおお起きてるなんてー! ひひひひ卑怯じゃないですかーっ!」
今度は小顔を真っ赤に染め上げ、ぴーちくわめくレアなリオ。
ベッドから身を起こした俺が、顎に手を当てニヤリと笑みを浮かべれば、赤妖精はまたもや顔面を変えた。
ククク、普段やり込まれているぶん今こそリベンジの時……などとからかいたいのは山々なのだが。
「リオ、ちょっと重要な案件だ。 関係者に連絡頼む」
「ぅえっ……あぃ?」
肩透かしを食らった顔もなかなかの見ものだった。
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「予備といっても、睡眠状態では素体機能が少なからず有効化するのかもしれませんねー」
白い廊下を駆け足に進みながら、頭上の声に頷きを返す。
「その仮説は俺も支持するが、もう一度寝てみて接続されなかった理由が、な」
「あちらにも余裕がないということですか」
「可能性は高い。 急がにゃならん」
そう、時間がない。
そして俺の心も急いている。
管制室(そう呼ぶらしい)に戻ってくると、来た時と同じ面子が既に顔を突き合わせていた。
二度と会いたくなかった蒼い強姦魔も真面目な顔して参加中。 こちらに視線が向けられる瞬間、俺はふいっと顔を背けた。
「ディーナ」
神妙な声で名前を呼び、ブルーレイパーが寄ってくる。 無視して横を通り過ぎようとしても通せんぼだ。
仕方なしにその顔を見上げると……何やら決意した表情だった。
「まっこと、申し訳なかった!」
叫ぶように言うや否や、ソルはその場で両膝をつき、床に頭を激突させたのである。
その謝罪スタイルはまさかの土下座! ナマで見るのも初めてなのに、それが異世界の天使となれば度肝も抜かれるというもの。 俺は迫力に圧されるように後ずさった。
「な、なぜお前が土下座を知っている……」
「カズサノスケから聞いた。 謝罪の最上級を示す姿勢らしい」
なんと、ご同郷の天使がいるのか。
時代を感じる名前だが、残念ながら聞き覚えはない。
「全て俺が悪かった! 傲慢だった! 反省している!」
一言ごとに額を打ち付け、その衝撃に床が震える。
普段よりハスキーな声からは、確かな必死さがうかがわれた。 本当に、反省しているんだな……。
「ぶっちゃけ役得だと思ってました!」
「台無しだよ」
「度し難いクズね」
「首領……」
後ろの二人も見事に引いた。
誠意を見せたいのは分かるが、限度というものがあるだろうに……。 以前は大きく見えた姿が、今はずいぶんと小さく映る。 代表天使の威厳は見る影もなかった。
俺は腰に手を当て、盛大に溜息。 それだけで土下座天使は肩がビクつくかせる始末だ……もう見てられん。
「ホントに反省してるか?」
「……北の果て、グランルビアの氷結神殿よりも深く」
「リアクションできない地元ネタは控えろ」
頭上でポニテがスイングされたがもちろん無視。
俺はもう一度だけ浅くため息を吐いた。
「まあ、状況が状況だからな。 今回だけ保留にしといてやる」
「本当か!?」 がばっと上げた顔の晴れやかなこと。
「相変わらず話聞かない奴だな……保留だからね? 無罪放免じゃないからね?」
「ストップ。 セクハラ問答はそこまでにしましょう」
ヴェラが場を引き取るように手を叩くと、空気が引き締まった。
いかん、流されていた。 本当にそんな場合ではないのだ。
全員で指令室中央の台座を囲むと、すぐにソルが切り出した。
既にリオから情報は共有されており、状況について整理してくれる。
「発信者はファームで間違いないだろう。 F2が素体の通信機能を使えるなら、他に立ち回りようはいくらでもある。 『完全に』乗っ取られる、と警告していることからも、まだ素体は掌握されていないと思われる。 一応、プラスの材料だな」
そこで俺は軽く挙手。
視線で続きを促され、湧き出た疑問を口にした。
「えっと、ファーム様って、以前エク・リプスの大攻勢で、その……死亡が確認されたんじゃなかったんですか?」
あまり気持ちのいい指摘ではないが、確認しないわけにはいかない。
まっとうな疑問のはずだが、台座向こうの代表天使はその表情を強張らせた。 仲間思いのコイツのことだ、当時を思い出して気分を害したのかもしれない。 彼を気遣ってか、答えたのはヴェラ。
「詳細は不明だけれど、今は生存していたと仮定しているの。 味方であることは間違いないでしょう?」
確かに。 俺は小さく挙げていた手を降ろした。
戦力としては役立たずである俺に通信してくるくらいだ、敵であるとは思えない。 ならば議論は後回しでもいいという判断だろう。 どちらにせよ、本人とは話すことになる。
「それより気になるのは『"この子"を見つけて』という指示ね。 素体のことで間違いないでしょうけど、指示したのがファーム様本人とするなら、自分のことを指して"この子"とは言わないはず」
「まさかF2なわけないですもんね……やっぱり、三人目がいる?」
俺の問い掛けに対し、ヴェラははっきりと首肯した。
「ディーナが転換処理の時に聞いた、ファーム様ではない二つの声と、綺麗に繋がるもの。 ファーム様の素体には魂が三つ、共生している。 転換の際に必要とされたエネルギー量の件もこれで説明がつくわ」
もちろん憶測の域を出ないけれどと続ける彼女だったが、疑いようはないだろう。
『私を、助けてくれるんですか?』が"この子"。
『なぜ、お前がここにいる?』がF2。
ここにファーム様(仮)を含めれば、合計三名。
憶測が認められたことで、俺の中にあった焦燥も加速を得る。
「F2によって素体が掌握される前に、三人目――F3をディーナが見つけて、希望になること。 これがファーム様の指示ね。 だからディーナには」
「待て。 勝手に話を進めるな」
鋭く言い放ったのはソル。
非難がましく目を細めるヴェラが口を開くより早く、ソルは捲し立ててくる。
「ディーナ、おかしなことは考えなくていい。 はっきり言っておくが、君をファーム救出へ向かわせるつもりはない」
「いや、行きますけど」
「だから安心して…………はぁあっ!?」
真面目顔のイケメンが変顔になった。 ざまあ。
「というか、最初からそういう話じゃないんです?」
ソルだけではなく他の二人も呆気にとられた所を見るに、俺だけのひとりよがりだったらしい。
「まてまて、冷静になってくれ。 君は戦闘に関しては素人だろう? こういった現場での判断能力に長けているとも思えない。 気持ちは分かるが、勢いに任せが過ぎるぞ」
やや呆れ気味な口調で指摘され、思わずたじろぎそうになる。
理屈で攻められるとつらい。
「でも……」
「プランはいくつか検討されている。 その中で、君を直接派遣することは含まれていない」
この話は終わりだとばかりにプランについて語り出す代表天使。
耳を貸すつもりはないようだ。
イラッときた。
俺とて厨二病のテンションに流されているわけではない。 危険なのも十分承知だ。 その上で、行かなければならない理由を持っている。
だから気持ちのままに、一歩を踏み出す。
「――この世界で目を覚ましてから、ずっと引っ掛かっていたんです」
ソルの話に、強引に割り込む。
凄みのある視線をぶつけられ、めちゃくちゃビビった。 条件反射的に謝罪してしまいそうになる。
……だが、ここは譲れない。
視線だけは、噛みつく勢いで睨み返す。
胸元に、強く握った拳を当てる。
その中にわだかまる感情を、ひとつひとつ確かな形を与えていく。
「何か、大切なことを忘れてる。 絶対、やらなきゃいけないことがあったはずなのに……バイト初日で気合が入ってたから、勘違いしてたんです。 バカでした、投げ出してきたのはもっと別のことだ」
『私を助けてくれるんですか?』
『この子を助けたあなたなら、きっと希望になれるから』
二つの言葉が頭の中でリフレインする。
言葉の意味だけなら、俺は誰かを助けたことになる。
だが違う。 そんな実感は微塵もない。 胸の奥では、熱い焦燥が増すばかりだ。
だから、俺にはやるべきことがある。
「それはまだ、達成されていない」
言葉にするほどに、心が湧きたつようだった。
「今、そこに、"その子"がいる場所に答えがある。 予感なんてレベルじゃない、確信なんです。 俺はきっと、そのために天使になったんだ。 お願いします。 行かせてくださいっ!」
想いの限りを出しきった。 余す所なく吐き出した。
だが、ソルは言葉を発さない。 いつか見た、何かを見極めようとする蒼い瞳が、心まで覗き込むように凝視してくる。
負けるものか。 こっちも視線を外さない。 ついさっきまで土下座してたクセに、急に威厳回復させてんじゃねえよ!?
「私は、任せて良いと思います」
さらに言い募ろうとした所で、支援の声を上げたのはヴェラ。
「タイムリミットを考慮するなら、"乗っ取られる"のを回避するキー、ディーナを直接派遣するのが最も効率的です。 周辺地形ごと『隔離』してピックアップする手段もあるかもしれませんが、融素霧散によって周辺一帯の砂漠化は免れません。 十年前とは違って、近くには地上人類の町があるんです」
俺は心中で賞賛の声を上げた。
うまい。 地上世界に干渉しないという彼のポリシーを盾にしているのだ。 天使組織の影の支配者は、彼女なのではないかと思う。
だが、それでも代表天使は否定する。 強く「ダメだ」と前置き、説得するように言葉を並べる。
「ディーナの素体は重力子を扱えない、サイキックも行使できない。 そのうえ出力は人間並みだ。 そんな彼女を、いつ敵対するかも分からない副代表天使の前へ向かわせる? 正気とは思えないぞ」
「それでもこの子なら大丈夫」
きっぱりと言い返し、ヴェラは横手からやんわりと抱きついてきた。 言葉の最後に音符がつくほどノリノリな抱擁。
バトルウェアに包まれながらもその感触は大変柔らかなものであったが、この人の場合は母親に抱きつかれているみたいで大変気まずい!
「……それも"占い"の結果か?」
「今回は女の勘です。 けれど、あなただって『感じた』でしょう? それとも、主演を降ろされるのが不愉快ですか? ……まったく男って生き物は、天使になっても変わりませんね」
後半は呆れたように言われ、ソルが押し黙った。 痛い所を突かれた、といった表情。
……え? 今の、説得力あったの?
戸惑って二人を交互に見やるが、よくわからない。
ヴェラはニコニコしたままだし、ソルはムスッとしたままだ。
が、やがてそのむっつり顔が嘆息と共に崩れた。
「……分かった。 無茶だけはしないでくれ」
思わずガッツポーズを取った。 理由は分からんが、ネゴシエート成功だ。
感謝の視線を向けると、ヴェラもニッと笑う。 勝利の笑顔はどこかワイルド。
「じゃあ早速行きましょう、急がないと!」
「分かっている。 ……せめて俺が送るろう、それくらいはさせてくれ」
うげっ、という内心はさすがに隠した。
聞き分けてくれたし、感謝はしているのだ。
小走りで出口へ向かう俺の横手にソルが並ぶ。
何やら、場違いなものを見るような視線。
「さすがに、もう少しまともな装備で行った方がいいぞ」
「あっ、それは助かる! せっかくプレゼントされた服だけど、嫌な思い出が出来ちゃったからなー」
「あまりいじめないでくれ……」
「――いやっ!」
無意識に拒絶の言葉が吐き出され、気が付けば彼を突き飛ばしていた。
軽い調子で肩に触れられたのだと気付いたのは、距離を取った後だ。
自身の急変に、意識がうまくついていかない。 背筋が凍えるように震えているのは、自分でも分かる。 両手で自分の身体を抱きしめ、必死に自制を試みるが、持ち直せない。
勝手に滲む視界の向こうで、ソルの顔が悲しげに歪む。
「違う」と、伝えたいはずなのに、悲鳴を上げそうになる。
「ダオ、保管室に」
ヴェラの声に、巨漢の天使が動いた。
そのまま壁になり、俺は押し出されるようにして管制室を後にする。
――知っている。
俺は、この感覚を知っている。
世界が遠のき、恐怖の時間軸へと心が巻き戻される感覚。
トラウマが刺激された時と、同じ感覚だった。
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「……すまん、また気遣いが足りなかった」
黒いスクリーンの向こうから、やるせないダオの声が届く。
「俺は、苦手なのだ。 察するというか、空気を読むというか……そういったことが。 デリカシーがないと、娘を怒らせてばかりだった」
のしのしと、巨漢があてもなく歩き回る気配。
「そんな俺だから、なるべく不要な発言は控えるようにしているのだが……ままならん」
どうやら、責任を感じてくれているらしい。
セクハラ現場しかり、先ほどの件しかり、行動を起こさなかったことについてだ。
まあ、正直言えば止めて欲しかった。 だが忠義に厚そうな人だし、気持ちとしては辛い所か。
「気にしないで下さい、ヴェラさんが助けてくれました。 あ、もう大丈夫ですよ」
かけた声に応じて、手前のブラックスクリーンが消失した。
「サイズは問題ないか?」
「問題ありません。 ぴったりです」
場所は保管室。
着替えを終えたのは、俺専用のバトルウェアだ。
他の天使が装着する装備は完全にコスプレのそれだが、俺の姿はほぼベースとなる黒のボディスーツのみ。 これから峠を攻めると聞けばギリギリ納得できるデザインである。
見た目はキツそうに見えるが、快適だ。 伸縮性に優れる反面で胸の揺れもあまり感じず、精神的な平穏を保てるのが素晴らしい。 天使として目を覚ました時に着用していたバトルウェアより、ずっと着心地が良いように思う。
しかし、やはりボディラインが出過ぎである。 俺はアニメやマンガのキャラと違って羞恥心を割り切れない。 ので、黒いジャケットを追加で借用することにした。 真っ黒で味気ないが、悪くない。 むしろ良い。 イイよね、黒!
「ある程度の武装携帯も許可されている。 特に自分の知識で使えそうなものはあるか?」
そう、「保管室」というのは名ばかりで、ここは武器の倉庫だった。
広い部屋の壁一面を覆い尽くすガラス張りの棚には、天使の武装らしきデバイスの数々が丁寧に据え置かれている。 見た目からは用途不明な物品も多くあり、まるでSF映画のセットみたいだ。 分かる範囲では、ハンドガンと、剣の柄らしきデバイスがある。 どうしよう、厨二病が爆発しそう。
だが今は興奮している暇も惜しいので、俺の武装は自分の知識の範囲で扱えそうな、ハンドガンとブレード、そして、ワイヤーガンの三種に決めた。
まず吸着式の"ワイヤーガン"。
ワイヤーではなく液体金属を糸状にして射出するのだが、ここはやはり"ワイヤーガン"と呼ぶべきだろう。 元々は地上の物を回収する用途で製作されたものらしく、ダオが俺のことを地上から一本釣りしたのもこの装備だ。 空を飛べない俺にとってはかなりの便利アイテムになるので、最初に携帯を決定。
続けて剣の柄のような"ブレード"デバイス。
想像したのとは少し違い、柄を握って"刃型を想像する"ことで機能する。 出現するのはビームなサーベルではなく、ちゃんと質量を持った白刃だ。
刃は柄に収まっている液体金属で形成される。 汎用的に役立ちそうであり、俺でも扱えた。 声を上げてはしゃぎたくなったが、もちろん後回し。
あとは小型の銃器が一丁。 衝撃波を射出する"ハンドガン"だ。
元々は作業用の工具らしい。 天使素体なら出力も調整できて、無限に使用できるらしいが……残念、こちらは俺の素体では機能させることは出来なかった。 ダオに五十発分をチャージしてもらい、携行する。
それらをスーツ背面に一体化したバックパックに収納し、一通りの準備が完了。
「現場では俺含め、上空で多くの天使が待機している。 何かあればすぐに連絡しろ」
「はい。 お手数かけます」
「……ディーナ」
気遣うように名前を呼ばれれば、続く言葉は誰だって予想がつく。
新人に優しい職場である。 トップ以外。
「大丈夫です。 思考停止だけは得意なもので。 ……あ、でもちょっといいですか?」
俺が握手の為に右手を差し出すと、彼は一瞬躊躇を見せた後、三倍はあろう掌を重ねてくれた。
バトルスーツ越しでも伝わる体温。
……うん。 大丈夫、他の人なら何ともない。
「ありがとうございました。 こっちの問題は、追々何とかします」
備品室を出た所で、頭上に感じる心地良い重み。
おや、と思う間にもポニーテールをまとめる紐が解かれる。
何ごとかと思ったが、どうやら結紐の換装をしてくれるらしい。
「サンキュー、リオ」
「貸してあげるだけです。 ちゃんと返してくださいね」
「……ケチピクシー」
完成したポニテの結い目に触れてみれば、特段に頑丈そうな紐だった。 これならどこぞの音響兵器に晒されたって千切れまい。
俺にとってはどんな武装をも上回る最強装備。 為す術もなく頬が緩むが、帰ってきたら存分にからかってやる予定に変更はない。
更に幾つかの状況について打ち合わせた後、俺は早速現場へと弾丸輸送された。
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そろそろ深夜に差し掛かる鬱蒼と茂った森の中、比較的静かな着地音が闇夜の森を震わせる。
以前と同じく上空二十メートルから投下された次第だが、衝撃はほとんど感じなかった。 さすがは天使の戦闘服。
それにしても、地下坑道での救出劇を終えて数時間後にはもう現地へ出戻りとは……かの姉妹に出会ったら、気まずいなんてもんじゃない。
『問題ないか』
手首のデバイスに受信したのはダオの声。
誰に見られているわけでもないが、口元がニヤけるのを必死に抑えつつ返信する。
「感度良好。 これより現場に向かいます」
『目的地はすぐ目の前だ』
素で返されると恥ずかしい。
言葉通りすぐにも木々の景色は途絶え、だだっ広い平地が出現した。
慎重に、スニーキングミッションのつもりで踏み入る。
拠点を出る前に確認させてもらった分析では、中央付近に入口らしき穴があるはずだ。
「うわ、うわ、ドキドキしてきた……」
真面目にやらねばと思いつつも、どうしたって興奮する。
なにせ銃剣携え迷宮探索だ。 これで心揺さぶられない人類はいない!
「やるぞ、頑張るぞ、気張れよ俺。 目的は、超絶美人の天使救出! そりゃもう、白馬に乗った王子様よろしく颯爽と――」
――瞬間、ドンッ! と盛大な爆音を響かせて大地に激震が走った。
だが甘い! 言動こそ痛かったが、気は抜いていないのだ。 しかもこの展開は二度目。 ぶざまに引っ掛かると思うなよ!
俺は崩落に呑み込まれるより前にバックパックからワイヤーガンを取り出し、後方視界の樹木へと射出した。
幹に吸着したワイヤーを即座に巻き取り、足場の崩壊直前に高速撤退に成功。
手頃な枝に跳び乗り、即座に身構える。
爆発のような音と振動は継続中。 それどころか騒音はより激しくなって、思わず耳を塞いだほどだ。
……いや、これはただの爆発音じゃない。 どこか、親しみのあるような騒音。 削岩、截断、切削などが混ぜこぜの……そう、例えるなら土木工事の大合唱か。
たっぷりと数分は続いた騒音が収まるのを待ってから、俺は再び地面へと降り立った。
土煙が晴れていく。
月下の平地に現れたのは……ありえない、場違いすぎる建造物のシルエット。
俺が頭を抱えて正解をつぶやく前に、"予鈴"のチャイムが鳴り響いた。
「……それ『ウェストミンスターの鐘』って言うの、知ってる?」
無駄な豆知識がお気に召したか、やたらと豪華な正門扉がキィーと金属音を響かせた。
こんな夜分も遅くに"登校"らしい。
「なんだって異世界まで来て"学校"行かにゃならんのよ……」
どんよりとした気分で、俺は満開の桜並木を睨みつけたのだった。