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限定天使物語  作者: 憂い帯
底辺天使 転落編
17/20

017:天使の見る夢 ―― 当て推量に魔改造

「ほら、大丈夫。 もう大丈夫だから……」


 くり返しくり返し、幼い子供をあやすような優しい声が降ってくる。

 温かい胸に抱かれながら、撫でられる頭が心地良い。 ずっと小さい頃、母親がそうしてくれたことを思い起こさせるような、海みたいな抱擁だった。


「……あの、もう大丈夫です」


 いい加減我に返り、気恥ずかしさのままに天使の胸から身を起こす。 既に涙は止まり、身を裂くようだった恐怖も遠のいていた。

 小さく礼を言いつつ顔を上げる。 視界に飛び込んできたのは、大女優もかくやの大人びた雰囲気を持つ美女。


「無理、してない?」


 覗き込むように問いかけられて、俺は反射的に目を逸らした。


 妙だった。

 うつむいていたせいで顔にかかった栗色を、そっと後ろへ流す仕草が艶やかで、気遣わしげに潤んだ瞳も色っぽい。 かなり破壊力のある色香のはずだが、不思議とドキドキはしないのだ。

 「んー?」と微笑みかけられると居心地ばかりが悪くなり、背中まで向けてしまう。 クスクスと可愛らしい笑いが響く。 今度は羞恥で泣きそうだ。


「とりあえず、お茶にしましょう。 いい茶葉が入ったの」


 ぽん、と両手をたたいて、彼女は明るく言い放った。

 ドキドキしない理由が分かった。 母性だ。



---



「本当にごめんなさいね。 あのクソ代表天使、基本的には淫獣だからそっち方面は全方位無制限に天然なの。 ……あ、尊敬はしてるわよ? たまに地獄へ叩き落としたくなるけれど、そこは勘違いしないでね?」


 フォローする気があるのかないのか。

 慎ましくも上品な仕草で紅茶を口へ運ぶ母性の天使は、しかし放つ言葉に慎ましさ皆無だった。

 彼女と二人、通信用らしいデスクで向かい合いながら、既に愚痴でしかない代表天使の評価に耳を傾け続けている。

 まるで俺の心中を代弁してくれているような発言の数々には、ちょっと晴れやかになったくらいだ。 いや、むしろ言い過ぎな感もあり、ゆっくりと手を上げて発言を具申する。


「あのぅ、大丈夫ですか。 アレでも一応代表なのでは」

「えー、うーん……去勢するなら認めてあげなくもないかな?」


 この人は敵に回してはいけないと、男としての本能が理解する。


「ま、女の敵の話は切り上げましょう。 気分が悪くなるし。 ……状況について、話を続けてもいい?」


 ヴェラが少し声を固くして確認する。

 俺が落ち着くのを待ってくれていたのだ。 感謝の念を抱きつつ「もちろんです」と先を促す。


「もう理解してると思うけど、ディーナを(おとり)にファーム様の素体をおびき出す作戦ね。 彼女の素体に巣食う敵対人格、F2がどうやってその席を獲得したのか不明だけれど、あなたを標的としているのは確かよ。 何か、心当たりは?」


 俺は力なく首を振る。


「そもそも私は、エク・リプスの姿形も知りません。 心当たりなんて、つけようがありませんよ」

「そっか、"儀式"を終えて早々に追放されちゃったものね……。 いいでしょう、この機会に奴らについて少しレクチャーしておくわ」


 言ってデスクへと向き直り、まるでピアノを弾くかのような優雅なタッチで指を走らせる。

 そうして奥の大型スクリーンに映し出されたのは月面の一部。

 映像はみるみる拡大されていき、現れたのは……ダークグレーの"円盤"だった。

 天使の拠点ほど洗練されてはおらず、かなりゴテゴテしたフォルムだ。 青白い皮膜のようなドームに覆われているが、バリアだろうか?


「これがエク・リプスの拠点。 要塞って言うべきかな? ここを落とせば私たちの勝利。 とても分かりやすい標的ね」

「はー……あれ? ちょっと壊れてません?」


 よく見ると円盤は所々が欠損しており、内側の基材らしき柱が露出しているのが見て取れる。 素人見解だが、かなりの数の砲撃に被弾したようだ。


「ええ、元々手負いみたい。 見栄も張れないなんて、よほど資源に余裕がないんでしょうね」


 言って再び紅茶を一口。

 現状、劣勢なのは天使側であると聞いているが、敵の台所事情も芳しくはないらしい。


「この円盤から異形の敵性個体が出現しては、地上目がけて降ってくるの。 ……弾切れする様子はないから、培養されてるんでしょうね」


 静かにカップを置き、迷惑そうな表情で言う。 確認されている個体の映像を見せてもらったが……これはグロい。 機械の塊から人間の手や眼球が生え、痙攣するように蠢いているのを見て、俺は頂いた紅茶を吹きそうになった。 ホラーにしたって前衛的すぎる。

 続く画像も似たり寄ったりで、有機物と無機物を当て推量に魔改造したようなキモグロクリーチャーばかり。 どんな神絵師が擬人化したって可愛くなりそうにない。


「見た目は大差ないから、(パレス)(シップ)(ポーン)とサイズで大別しているのだけれど、大きさなんて無関係に危険なのは自殺個体(ブリッツ)よ」


 自殺個体(ブリッツ)――外見からは判別不能で、近接により自爆する個体。

 その爆発の威力は天使素体を破壊するのに充分だとヴェラは言う。 この存在があって、天使側は遠距離攻撃がセオリーなのだそうだ。


「あなたの世界には、こういった人類の敵はいなかったの?」


 ポニーテールが頬に当たるくらいぶんぶんと首を振った。

 こんなのが雨のように降ってきたら、地球なんてひとたまりもあるまい。


「となると……やっぱりディーナの記憶が鍵になるのかな。 何か思い出した?」

「あ、少し思い出しました。 でも完全ではないですね」


 花束のお届け中だった所から先は、まだもやもやとした闇の中だ。


「なるほど。 なら、プランBね」


 不敵に笑ったヴェラが、部屋の入口に視線を向ける。

 待っていたように姿を現したのは、懐かしさすら感じさせる小顔の赤妖精だった。


「指示した通りよ、リオ。 準備は出来てる?」

「万全ですー」


 元気に答えた妖精は、せっかくの再会だというのに早速ポニーテールに跨りおった。

 なに定位置にしてんだコイツ……まあ、いいけど。


「じゃ、行きましょうか、天使ディーナ様」

「やっぱりお前に呼ばれるとなんか……あ、蹴るなお前。 ポニテ蹴るな!」

「がんばってねー」


 天使ヴェラはヒラヒラと手を振って、俺を送り出してくれた。



---



「おおっ、いいじゃん!」


 案内されたのは、新築マンションのモデルルームみたいに豪華な大部屋だった。

 家具もしっかり備え付けられ、壁面は気遣いが小憎らしいオフホワイト。 キングサイズのふかふかベッドが強い存在感を放っている。


「うぉおっ、フライパンがある!」


 部屋の奥、キッチンにまで踏み入ると更にテンションが上がった。

 こう見えても最近は料理にハマっており、ホットケーキとオムレツまでなら習得済みだ。 材料あれば試してみたい。


「どうですー? あなたの世界の文化レベルと合ってますかー?」

「ジャンプとポテチは?」

「リアクションできない地元ネタは控えてくださいねー」


 相変わらず切り返しが鋭い奴である。


「しかしなるほど。 俺が記憶を取り戻しやすいように配慮しての部屋なんだな」

「ご名答。 あなたとの会話から、大体これくらいの文明レベルだと推測して、色々と手を回してみました」

「見事なプロデュース力だ。 称賛に値するぞ」


 えへへー、と頭上でドヤる妖精の声。

 PCとスマホがあれば尚良かったが、いい加減寒いので口にはしない。


「ではでは、思う存分リラックスしてください。 さあ、はやく!」

「変なプレッシャーのかけ方をするな。 んー、そうだな……いっそ寝てみるか」


 リラックスになるかは分からないが、記憶を取り戻す刺激にはなるかもしれない。

 というかこの異世界(レア)に来てからこっち、気絶以外じゃ活動しっぱなしである。


「ほほー、いいアイディアかもしれませんね」

「だろう? じゃあ1時間くらい寝てみるわ」

「オッケーです。 また後で来ますから、ごゆっくりー」


 そうと決まれば大きいベッドに大胆ダイブ!

 羽のような優しい弾力に身を任せ、俺は気合を入れて目を閉じた。




---




 これは夢だということは、すぐに認識することができた。


 何せ眼下に広がるその景色は最寄の駅前商店街。 見知ったコンビニ、馴染みの本屋、いきつけのネットカフェ! 今となっては何もかもが懐かしい。 こういったノスタルジーなら精神衛生上も悪くないので歓迎だ。


 それにしてもリアリティーのある夢である。 夢は記憶の整理という話はネットで見かけたことがあるが、道行く人まで再現されているとは。


 お、あの子ポニテじゃん。

 ……ん? なんだか既視感があるポニテだな、いつ見たんだっけ?


 記憶を辿っている内に、原付バイクがその子を追い越すのが見えた。

 何に気を取られていたのか、ハンドルを誤りそうになって車体をもたつかせる。 危ない奴だ。


 冴えない後姿、ボロくてエンジン音ばかり五月蝿い原付、そのリアボックスに収まっているのが大きい花束であることは、開けなくっても分かってる。


 俺じゃん。


 さすがに見間違えようがない。 テンションMAXなバイト初日の自分の姿だ。

 つまりこの夢は、ちょうど異世界(こっち)に移る直前の時間帯というわけだ。


 これは僥倖。

 このまま視聴を続ければ、容易に記憶が辿れることだろう。


 上からだと良く分かるが、ずいぶんと道を間違えていたようだ。

 あー、違う違う、そこは左折だって。 目的地はほら、あっちに見えるマンションの702号室――



『――繋がった』



 唐突に響いたのは女性の声。


 と、同時。 まるで古いブラウン管テレビが消えるみたいに、マイドリームが空間丸ごと閉幕した。

 なにコレ。 続きは課金が必要ですか?


『時間がないので手短に伝えるわ、よく聞いて』


 暗闇の中、女性の声だけが続く。

 聞き覚えのない声だが、迫力のある、一度聞いたら忘れられないくらい存在感のある声だった。

 その声が、切迫した空気を纏って訴える。


『"この子"を見つけて。 あなたがやるの。 "呪い"が力を増しているから、決して人間に会わせてはダメ。 殺されるわよ』


 話が見えないが、穏やかではないことは理解できる。

 ……これ、俺の夢だよね? 違うの?


『急いで。 "この子"を"助けた"あなたなら、きっと希望になれるから』


 ……え?

 この子?

 助けた?


 背筋がざわつく。

 遅ればせながら、事態の重大さに気づき始める。

 すぐに思い至ったのは『私を、助けてくれるんですか?』の声。


 待ってくれ。

 もっと、しっかり説明を――


『もう時間がない。 私の、ファームの素体が、完全に乗っ取られる!』


 夢の中で息を呑んだ。

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