表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限定天使物語  作者: 憂い帯
底辺天使 転落編
13/20

013:再開発都市 ―― 女子化進行待ったなし

 やべえええええええええええええええッ!


 緊急異常事態が発生した! 地動説が論破され、TDLは自己破産、HXHが週刊連載を約束されたレベルの大事件だ!!

 どうする、どうしたら、どうすればいいのだっ!?


「どしかした?」

「はぁいっ!?」

「アンタ大丈夫? ずっと顔が赤いけど」


 他ならぬアンタのせいぞっ!


 元ニートにあるまじき青春現象、接触行為が発生したのがつい昨晩。 過呼吸で心不全だった長く長い夜が明け、既に午後の時分であるがまるで興奮覚めやらない!!

 俺がこんなにも心中動乱の極地にあると言うのに、真横で歩みを進める友人は、ご機嫌よろしい家猫みたいに穏やかな瞳をこちらに向けて微笑んでいた。

 この猫娘っ、人の気も知らずにのびのびお気楽リラックスかぁ!?

 俺は心のままにその楽しげな笑顔を睨みつけ…………瞬時に柔らかそうな唇へと視線が吸い寄せられた。 いや実際、夢のように柔らかかっ――



「アンタさー……石頭なのは分かったから、勝手に木ぃ倒さないでくれる? 一応禁止されてるんだよね」

「反省してます」


 天使素体、痛みに鈍感なのも考え物だ。

 それにつけてもいい加減に落ち着かなければならなかった。 いくらなんでも興奮しすぎだ。 そろそろ"減る"に違いない。 これほど思考停止に悪戦苦闘を繰り広げたのは、ベッドの下でスタンバイしていた同人誌たちが机の上に転移していたのを目の当たりして以来


 ……別のことで気を紛らわせよう。

 こんな時にスマホがないのは不便でだが、あった所でどのアプリもログインエラーを返すのみ。 詮無きことよ。 ならばと周囲に目をやるも、既に見慣れた森と平原には何の期待もできやしない。 今や我らが歩みを進める「道」は完全に姿をくらまし、草木を生え散らかす森の際でしかなくなっていた。 このまま進んでいいのかと不安になってくるが、スズルとイマリの姉妹が揃って平気な顔をしているし、きっと大丈夫なのだろう。


「あ、そうだイマリ」


 思い当たって声を掛けると、前を歩く巫女少女はピタリと足を止めた。

 恐る恐るといった風にこちらを振り向く三つ編み少女。 昨日よりは態度に軟化は見られるも、言葉はなく、気まずそうに眉を寄せている。 スズル姐の裁縫スキルが遺憾なく発揮されたお陰で破れた袖はリペアされたが、俺との仲は未だ修復されていなかった。

 が、我に策あり。


「私が軽率なせいで、傷付けたんだと思う。 ごめんね」

「ぁ、ぅ……」


 真摯な気持ちで謝るも、イマリはおろおろして銀杖を揺らすばかり。 なかなか素直になれない性格は、既に承知の上である。

 そんな頑固娘の心を解きほぐすため、俺は荷物の中から秘密兵器を取り出した。


「お詫びの品ってわけじゃないけど、プレゼント。 受け取ってくれる?」


 巫女への供物として捧げるは、超絶精巧なアンティークドール。 天使ダオから餞別にと頂いた、赤毛のゴスロリ人形だ。 この世界では演劇が人気コンテンツらしいので、この手のお人形も受けがいいのではないかと思ったのだが……。


「…………………………」


 イマリは放心したように目を丸くし、小さな唇を正三角形に固定したままそれこそ人形のように凝固した。


「……えーと、イマリさん?」


 遠慮がちに問いかけるも、反応は返らない。

 人形を左右にスライドさせてやると視線が綺麗にトレースするので、認識はされているようだ。

 埒が明かないので目の前まで歩み出て、ずずいと差し出してやる。 すると突如、くわわっと目を見開き、杖を放っぽり出して人形に抱きついた。 気に入ってくれた様子だが……杖捨てていいのか、術師。


「………ッ、…………っ!」


 イマリは双肩をわなわなと震わせながら、何やら必死に口をパクパクさせている。

 無表情のまま、ハラハラと涙をだだ漏らす巫女の姿はややホラー。


「ど、どうぞ、差し上げます」


 最後まで言い切る前に、袖口をガッと掴まれた。 奥歯を食いしばり、目だけで感謝を述べてくる。

 ……いい加減なんかしゃべれ。 怖いわ。


 


---




「見えてきたよ」


 スズル姐が指さす先、町の外壁らしき姿が見えたのは夕暮れに差し掛かる前の時間だった。

 立地は高台で、見た目からして防衛に適している。 壁と堀に囲まれているのはクルズと同じだが、ここでは壁上にバリスタのような大型弓が備え付けられているのが目を引いた。 思わず「おぉっ」と声が上がる。 間近で見学してみたい。


 イマリが火球を打ち上げると、壁の上で見張り役らしき人が動き、こちらへ腕を大きく回して応えた。 ややもせずに近くの門から吊り橋が下り始める。 この一連のやりとりにも、橋が下りてくる光景にも、子供みたいに興奮してしまう自分がいるが、そろそろ自制したい所だ。


 門の前もクルズと同じく、衛兵のような人が詰めていた。 スズル姐が認識票を見せただけで全員の入場が許可される。

 足を踏み入れた町は、ガチで再開発作業の真っ最中だった。 住宅が建築される前の、土台のような出っ張りが広い範囲に乱立しており、土や石材を運ぶ作業員が掛け声とともに往来している。 かなりの規模の敷地面積に動員数もそれ相応。 大きい町になりそうだ。


「思った以上に進行してるね、ちょっと急いだ方がいいかも」


 スズル姐の評価通り、俺も不安になってきた。 真新しい石畳のメインストリートを、少し足早になって町の中心へと進む。 その途中でも、古い木材や崩れた石像などが集積されている場所を見かけ、更に焦った。 お墓は大丈夫だろうか……。


「えっと、最初はどこに行けばいいんだろう?」

「そりゃあ現場責任者のトコでしょ。 ここの再開発も失地回復計画の一環だろうから、仕切ってるのは多分貴族だよ。 ……ま、当たりが引けるといいね」

「ちょ、何その不穏な言い方」

「ヘーキヘーキ。 アタシらが交渉するんだから、よほどコトがない限り通るって」


 いかにも楽勝といった風にヒラヒラと手を振るスズル姐。

 ぶっちゃけ不安だ。 拳で解決しようとしたら全力で止めよう。


「そ・れ・よ・り・も・! ディーナさんは、先にやるべきことがあります!」


 俺の前へと回り込み、ズビシッと銀杖を向けてくるのはもちろん三つ編み巫女少女。

 ご機嫌を全快したイマリは、姉以上にグイグイ来る厄介な小娘になっていた。


「せっかく美人なのに、何ですかその服は!」

「えぇ……別に良いよこれで。 動きやすいし」

「絶対ダメです! あなたの不思議さにはもう慣れましたけど、そのみすぼらしさだけは見過ごせません!」

「確かに、アタシも同意だわ」


 うげっ、姉妹で意見が一致した。

 まずいぞこの包囲網。 先の展開が目に浮かぶ。


「いやいや、この服も悪くないんじゃない? こう、親しみやすい雰囲気と言うか」

「交渉に行くって時に、そのカッコはないでしょ」

「そうですよ。 相手するのは貴族なんですから、失礼に当たります」

「うぐぐ……さ、再開発中の町だし、服屋なんてないんじゃない?」

「あるに決まってんでしょ。 生活必需品の店ってのは最初に確保されんのよ。 アタシらがどんだけ実験都市回ってると思ってんの」

「あ、見つけた! ほらほらっ、行きましょうディーナさん!」


 テンションを上げたイマリが俺の手を取り、元気いっぱいに走り出す。

 あぁ……ドナドナが聞こえる。



---



 巫女に連行されて入店したのはガチで女性専用の衣服店だった。 さすがに露店とは違ってそれなりの品揃えだ。

 俺はこっそりと溜め息を吐いた。 もうここまで来たらまな板の上の鯉、元々衣服は調達しようと思っていたし、ちょうど良いと考えよう。


「まあっ、まあまあまあっ! なんて可愛らしい娘さんなのかしら!」


 やっぱり逃げ出したくなった。

 天使(えもの)を目にした店員さんは、狩人のごとく鋭い眼光でにじり寄ってきたものである。


「この人に似合う服を見繕ってください。 綺麗な服と、カッコいい服と、可愛い服がいいです!」

「おまかせください!」


 本人を蚊帳の外にテンション爆上げの二人。 「できればパンツルックで……」との訴えは容易に黙殺され、強引なコーディネートが始まった。

 それはもう、出てくるわ出てくるわ……鏡の前で合わせられた服の数は十や二十ではきかず、どこの世界でも女性のファッションはバリエーションが豊富であると激しく実感させられた。 色合いだ流行だと理解に苦しむ議論がしばらく続き、結局最終選考に残ったのは、ふわふわ、ピシッ、ゴテゴテの三着。 種類? 知らんがな。


 さて、せっかく選んでもらった三着であるが、どれも勝負服であるのは明白。 ゴテゴテ推しのイマリだったが、あまり気合を入れすぎても怪訝に思われるだろうと説得し、俺は普段着を求めた。

 カジュアルなパンツルックを適合に籠に入れ、個室の更衣室に入ってようやっとひと心地。


「ディーナー? 入るよー」


 タイミングを計ったように侵入してきたのは、今まで姿の見えなかったスズル姐だ。

 ……この狭い個室に、二人きり!?


「こら、逃げない。 泣かない。 壁を叩かない! アンタ下着選んでなかったでしょ、持ってきてあげたの」


 言って彼女は手持ちの籠を突きつけてきた。

 おぉう……まぁ、確かに下着も替えがないけれども。


「この町にどれくらいいるか分からないけど、一応三着ね。 アンタ大きいからフルカップのにしといたよ。 サイズは合ってるはず。 ホックは前のがなかったから我慢してね。 あと、アンタ夜はキャミ?」

「………………」

「やっぱりね……そんなリアクションすると思ってた。 ほら、前向きな」


 ……え? なにこの人、脱がしにかかってきたんだけど!?


「どうせダサい下着着回してるんでしょ。 アタシそういうの嫌いだから」

「わっ、分かったから! せめて自分で、お願いだから自決させて!」

「ダーメ、きっちり着付けてあげる」

「横暴だ! プライバシーの侵害だ!」

「ったく、往生際が悪い……またキスされたい?」

「お任せします」




---




 拷問部屋から出て来ると、すぐ手前に姿見が準備されていた。

 俺の選んだ上下はいつの間にやらすり替えられ、鏡の中の天使は想定外の姿に変身を遂げている。

 上はブラウス。 胸元がやや強調されたフリルつき。 下は丈が膝上まで攻め入っているフレアスカートで、趣味の良い刺繍があしらわれていた。

 セクシー方向に振られるのは困るのだが……これは、確かに可愛い。 邪な思いは別にして、とてもよく似合っている。 落ち着いた色合いも赤毛との調和が考慮されているようだ。 ちょっと感動してしまった。

 ついつい、もっと他の服も……と動く思考をギリギリの所で制止して、鏡から視線を引っぺがした。 危険だ、オシャレの魔力恐るべし。

 ちなみに靴まで用意されていた。 これはヒール低めのものを選択。 ハイヒールなんて初心者には辛いし、もしもの時の為に動きが鈍るのは避けたい。


 ようやく店を出ると、そろそろ日も沈みかかる時間帯。

 やりきった笑顔がイラつく店主の言に従って、町の外れへと歩を進める。 再開発事業の拠点はそちらにあるそうだ。


「とっても似合ってますよ、ディーナさん」

「あはは、ありがと……あれ? そういえばこの服の会計、まだじゃない?」

「アタシが済ませた」

「イケメンかよ」

「ちなみにもう適当に宿取って、荷物もそっちね」

「さすがに慣れてるねぇ」

「アンタが不慣れすぎなだけでしょ。 ほら、マシなカッコになったんだから、背筋伸ばす」

「う、ごめん」

「歩幅も大きすぎると思います」

「あ、はい……」


 ……あかん、この流れはマズい。

 天使の拠点でJKみたいな制服を着たことはあったが、あの時はまだ戸惑いの方が大きかった。 今はこの素体にも慣れ、自分の身体であることがしっかり認識できているせいか、女性物の服を着ている感覚が実に生々しい。

 その上で、ぶっちゃけてしまうと…………ちょっとだけ、気分が良いのだ。

 ガチで危険だ。 どこかで是正しなければ……。



---



 ちょうど夕食時だったようで、ナンパの被害に遭うこともなく目的地まで移動できた。

 中心街からは大きく外れ、大型テントやコテージが並ぶ仮設の役場みたいな場所だ。 中でも一番大きいコテージが現場責任者の建物だった。 入り口に立つ衛兵らしき人にスズル姐が話をつけると、すぐに中へと通される。


「――それは前にも言っただろうが!」


 いきなり怒声が聞こえてきた時は驚いた。

 入った場所は待合室で、その向こうの部屋から漏れ出た声らしい。 スズル姐が「ハズレかな」と残念そうにつぶやく。 ドアの前に待機する使用人らしき人もうんざりとした表情だ。 一気に不安が加速する。


 ややあって、奥の部屋から出てきたのは役人らしき身なりの人だった。 ブツブツと文句を垂らしながら、入口ドアを蹴り破る勢いで出て行った……。

 いやな空気だったが、使用人さんは事務的に仕事をこなす。


「ブード様、追加の面会希望者です」

「これ以上面倒事を増やす気かっ!」

「いいえ、探索者の方です」

「……通せ」


 正直入りたくなかったが、逃げ出すわけにはいかない。

 ここが、天使ダオから受領したおつかいクエストの正念場。 俺はひとつ大きく深呼吸して気合を入れ直した。


 通されたのは、執務室のような広い部屋だった。

 仕事用の書類棚があったり、壁に町の図面が貼られていたりと、仕事場感がある。


「ワシは多忙だ。 用件があるならさっさと話せ」


 大きな執務机の向こうに鎮座する、不機嫌にしゃがれた声の主は……丸々肥えた豚だった。

 いや、うーん……鼻と耳の位置から察するに、ギリギリ人類かもしれない。 ギョロリと、不気味なSEが聞こえてきそうな視線が俺の姿を捉えるや、その口元にいやらしい笑みが浮かぶ。 この時点で既に通報したくなった。


「ほぅ、真ん中の娘。 もっと近くに来い」


 臭そうだから嫌です。

 なんて言えるはずもなく、ため息を堪えて歩み出ようとした所で割り入ったのはスズル姐。


「おっさん、ウチの依頼人を下品な目で見るの止めてくれる?」

「なんだ貴様、ワシを誰だと……ん? お前、"奏ノ獣刃"か!」


 ガタン、と椅子を蹴って立ち上がる豚男。

 その顔は怒りに青筋を立てていたが、椅子より短足だったらしく背は縮んだ。 悲しいな。


「へぇ? 最近こっち方面には顔出してないけど、まだ名前売れてるんだね」

「抜かせ、お前たち姉妹が崩壊させたレンザルクの外壁。 まだ修復作業中なんだぞ!」

「はあ? あれは不可抗力だって、証明されたはずでしょ」


 いきなりピリピリとした空気を醸し出す一人と一匹。 このまま放っておいたらやがて暴力沙汰は必至だろう……そう思って、今度は俺の方が割って入った。


「失礼しました。 依頼人は私、ディーナと言います。 本日は、折り入ってお願いがあって伺いました」


 畏まって頭を下げる。

 スズル姐も俺の心中を察してくれたのか、場を譲ってくれたようだ。

 対して豚……確かブードと呼ばれていた中年の貴族は、いやらしい笑みを濃くして前のめり。 せっかく新調してもらった服をこんな男に凝視されと泣きたくなるが、可能な限り無表情を決め込んだ。


「実はこの村のお墓にお供えものをしたいので、墓地の保護を含めて交渉に参りました」

「ほう、故人を大事にするのは良いことだ。 ワシも毎年墓参りは欠かしておらん」


 お前は実家帰省の前に食事を規制しろ、直ちに……などと思ったことが表情にも出てしまったらしく、ブードは軽く肩を竦めた。


「そう眉を寄せてくれるな。 香しい色気が削がれるぞ」

「……申し訳ありませんが、これが地ですので」

「ほほう、ならばワシが色気について教えてやるべきだな。 ディーナだけ残れ。 そうすればその交渉について考えてやるぞ」


 この豚……! さすがに頭に来た。

 思わず睨みつけるが、ブードは下卑た笑みを浮かべたままだ。 完全にこちらの足元を見ている。

 なんて奴だ。 自分の知識が偏っていることは認めるが、やはり“貴族”にはこの手の不純物が混じるらしい。


「そんな必要ありません」


 反論を決めあぐねていた所で、飛んできたのはイマリの声。

 いつの間にか室内の棚から書類を取り出し、目を通していたようだ。


「こらガキ! 勝手に触るんじゃないっ!」

「嘘ついたクセに、何を偉そうに」


 刺々しい口調で彼女が次に吐いた言葉は、衝撃だった。


「村の墓地、とっくに取り壊されてるじゃないですか!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ