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限定天使物語  作者: 憂い帯
底辺天使 転落編
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001:満ちる器と天使の目覚め ―― なにはなくともポニーテール

 白いテーブルの真ん中にぽつんと置かれたガラスの器は、ただのコップよりやや大きい、マグカップ大のサイズ感。 見た所では水を注ぐものは見当たらないが、ぐんぐん水かさが増していく。 地味に珍妙な光景だ。


 いやはや昨今の家電の進歩ときたら目を見張るものがあるね。 電気無水鍋にも蚊取空気清浄器にも驚かされたが、今度はウォーターサーバーの技術革新か。 VRだARだと騒ぐメディアの裏側で、生活家電も日進月歩の勢いをキープしていた証左だろう。 やったぜっ、たった今からところ構わず水分補給だ。


 ――ってんなわけあるかっ!


 と、せっかく盛大に乗ったと言うのにツッコミに声を乗せることには失敗した。

 差し当たっては口がない。 確かめようと伸ばした腕の感覚も曖昧にして透明。 唯一視界だけが浮遊しているというエキセントリックな状態異常だ。

 だが慌てるほどのこともあるまい。 これは夢の中で夢だと解る例のアレ、「明晰夢」という奴だ。 数えるほどだが経験がある。


 願わくばもう少しお色気要素が欲しい所だ。 せっかくの透明人間だというのにどうして四方が白い壁に囲まれているのだ? そこは女湯か女子更衣室であるべきだろう。 消費者の訴求というものを考えろ。


 不満は募るがクレームを入れる窓口も見当たらず、仕方なしにお寒い手品を眺めていると……何となく、意識に引っかかるものを感じた。


 水かさが増していくほどにその感覚は強くなっていく。

 水位が器の半分を超えた頃、それは強い焦燥感であると判別がついた。 この退屈な夢の開幕前、現実世界に大事な用件を置き去りにしてきたようだ。


 俺は不可視の両手を腕組みし、白い天井を仰ぎながら自身の記憶を辿り始めた。

 意識してみて初めて気づいたが、どうにも記憶が闇鍋カオスだ。 ここは落ち着いて、まずは基本情報から確実に押さえていこうと思う。


 住所、氏名、ゲームのアカウントID各種、隠しフォルダのパスワード。

 オールグリーン。 生活の基盤たる情報に問題はない。 記憶障害ではなさそうだ。


 今日の日付……までは怪しいが、月曜日であったことは確実だ。 メンテがあったし。 いつものサーバーにログインし、メインストリートで露天を出してから家を出たのだ。


 は? 家を出た? 非常にレアな出来事だ。

 ネカフェからのログインボーナスが更新された覚えはないから、表紙絵の惹きが強い新刊でも発売されたか。 最近学園モノに傾倒しているのは自覚するところでもある。 そういえば制服を着ていたような気もするな。


 へ? 制服? いやいやいやっ、今度はさすがに有り得ない。

 高校入学したての春先からメインジョブに不登校、サブに引きこもりをジャンクションして無事三年が経過する昨今だ。 今更袖を通す理由がない。


 って違う! 学校の制服じゃない、アルバイトの制服だ。

 だんだん思い出してきたぞ……なんてこった、今日はバイトの初日じゃないか!


 親戚のお姉さんに紹介してもらった割のいい配達のバイトだ。 しかも俺にとっては社会復帰への第一歩、いわばインディペンデンス・デイである。

 確かまだ配達一件目。 道に迷っていた所までは記憶の再生に成功した。


 なるほど、焦燥感があるわけだな。

 ん? そんな状況でどうして夢なんか見とるんだ、俺は。

 まさかとは思うが……盛大に事故って、病院のベッドの上!?


 心配事を付与された記憶を更に続けて辿っていると、不意に視線が引き戻された。


 いつしか器は水で満たされていた。


 それを認識した瞬間、白い世界はぐるんっと裏返るように閉じられた。




---




 酷い頭痛で目が覚めた。


 頭の上で採掘器が地団駄を踏んでいる心地だ。 吐き気も酷い、耳鳴りはキンキン頭蓋に響く。 更には全身が痺れてまともに動かず、加えて凍えるほどに寒かった。

 何だこれは。 インフルエンザとおたふく風邪がうっかりコラボレーションでもしたのか? よそでやれ。


 割と本気で生命の危機を感じたが、助けを呼ぼうにも呼吸すらままない。

 冗談ではない、Dドライブの中身を消さずに死に切れるものか!

 とにかく現状を確認しようと、俺は痺れるまぶたを時間をかけて持ち上げた。


 苦労して展開した視界もギャンブルに大負けしたかのようにぐにゃぐにゃで、状況を判別する役には立ちそうになかった。 辛うじてわかるのは自分が今仰向けになって寝ていることと、高い天井は一面真っ白であることくらい。 まさか本当に病院か? この体調だ、大病院に担ぎ込まれていても不思議じゃない。


 そこで遅まきながら、視界の隅に文字が浮かんでいることに気が付いた。 その文字だけははっきり視認することが出来る。

 見たこともない言語――そう認識した直後、文字はよく見知った日本語に変換された。



 ―― 魂器(デバイス)への新規転換を検出しました

 ―― 素体の伝送回路を修整します



 ……ちょっと何を言っているのかわからない。

 だが、その文字が消えるのと同時に身体から痺れが引き始めた。 加えて体調も戻ってきたが、復調のプロセスがどうにも奇妙だ。


 最初に快復したのは頭痛だった。 冗談みたいに一瞬で消え去った。

 一拍置いて吐き気が治まり、耳鳴りが止み、寒気がどこぞへ吹っ飛んだ。


 不調の一つ一つが事務的に解消されていく現象は、まるで機械の歯車が噛み合わさっていくのを体験しているようで気味が悪い。

 ピンボケしていた視界がキュッと焦点を合わせたのを最後に、身体の不調は完全に解消された。


 ほっと一息つく間もなく視界に映り込んできたのは、明るめの赤い髪。

 心配そうな表情でこちらを見つめる童顔だ。


 黒目勝ちな瞳に卵型のフェイスラインが愛くるしいが、むやみに小さい。 ウズラの卵といい勝負。

 そいつは半透明の(はね)をはためかせ、鼻先三センチの中空に浮遊していた。


 妖精である。


 俺もゲームやアニメ、マンガやラノベは数多(あまた)消化してきた自負はあるので、この手のファンタジーキャラなら理解は容易だ。 ヘッドセットにボディスーツという衣装は課金アイテムか何かだろうか?


 まあ細かい部分は流そう。 おかげで少しばかり気分が落ち着いた。

 これすなわち、未だ夢から覚めていないということだ。 夢のクセに分割二クールとは生意気な。


「――――、――――?」


 赤髪の妖精は心配顔のまま何ごとか喋った。

 聞いたこともない言語だ。 自動翻訳機能なしとは効率が悪い。


 彼(彼女?)は少し高度を上げつつ語りかけて来る。 「起きられますか?」的なことを言っているのかもしれない。


 (おお)せのままに、それまで仰向けに倒れていた身体を引き起こした。

 少し怠さが残るが大したことはない。


 それよりも気になったのは頭が後ろに引っ張られるような感覚だ。

 首を動かせば犯人はすぐ判明。 自分自身の頭髪である。

 えらく長い。 腰の辺りまであることが感覚でわかる。

 横髪も相応に長く、ひと房すくってみたところこれまた艶のある赤髪だった。


 と、そこでまた別の違和感に気付く。


 見下ろした自分自身の身体だ。

 まるで汎用人型決戦兵器にでも乗り込もうかというSFチックな装いには、さすがに絶句せざるを得ない。 色は黒。 劇場版か。


 そして胸元には予想違わず隆起した二つの膨らみが!

 素晴らしいっ! 夢ならやはりこうではなくては。


 思考の余地なく両手でむぎゅっと鷲掴む。

 やや手に余る見事な山峰だったが……着衣が厚いせいか、感覚が分かりづらい。

 まさか、自分の中に存在しない情報は夢の中では再現できないとでも!? 童貞であることを死にたくなるほど後悔する。


 ……いいや、まだだ。 降って湧いたTSを諦めるにはまだ早い。

 プランB。 ヴィジュアル的に楽しむべく長髪をかき分け背中を探るも……チャックの類は見当たらなかった。

 これまた理不尽な! 夢なんだからレーティングなんか取っ払えっ!


 だが、まあ、いいさ、いいもんね。 血涙が滝を作る程度には悔しいが、頭髪が素敵な塩梅なので良しとしよう。 この髪のクオリティならば兼ねてよりの妄想を実行に移せるというものだ。


「――――、――?」


 再び、今度はやや怪訝そうな気配を加味して妖精が何やら問い掛けてきた。

 相変わらず言葉は理解不能だが、こちらの要求は訴えねばなるまい。


「ポニーテールにしてくれ。 話はそれからだ」


 第一声がそれだったことは、あまり後悔していない。

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