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探しモノ

 転校初日にもかかわらず菊乃は淡々と授業をこなし、誰にも愛想を振りまくこともなかったので皆近寄りがたいとでも思ったのか誰にもつかまらなかったが、それを気にすることもなかった。


 ただ早く…長く待ち望んだ我が君をこの目にかかれることを楽しみにしていたからだ。


 唯一、声をかけられたのは同じ主を持つ同胞たちだけで。


 菊乃の心は光に会いたいという思いがあまりにも強かったため、呼び止められる度に『君!!』と、期待に満ちた目で振り返った。


 だから、菊乃が光を一番に大切に思っているのを知っている同胞たちは、それを苦笑するしかなかった。


 懐かしい面々にこの同じ時代に再会できて、菊乃も嬉しく思うから同じく笑うだけだった。


 そして、今現在放課後であるにもかかわらず、菊乃は光がどのクラスにいるのかを知らされていないので、これからどうしようかと、四階にある二年三組の教室に残っていた。


 午前中降っていた雨もやみ、日が落ちるのが少しずつ確実に長くあリつつある4月の教室に、明るく暖かいオレンジの光が差し込んでいて、ずらりと並ぶ生徒の机をてらてらと暖めている。


 一クラス三十人ほどのクラスが二年だけで十七組はあると聞いた。


 一年も同じくらいで三年とは別校舎で一、二階を占領し、三階には図書室と二年の教室…四階も二年に割り当てられている。新校舎の一階・二階は三年が使っており、その他の教室と職員室もそちら側にある。


 ちなみに生徒が多い学年順で言えば二年、一年・三年である。


 そのいずれかに我が君と同胞の八津、奈津・玖珂魅・明継あきつぐがいるという話だが、いちいち回っていたらきりがないし、第一に時間がかかる。


 それに、もし仮に今から探しに行ったとしても、時間も時間…放課後な訳だし、探しに行ったとて残っていなければ時間の無駄遣いだ。


 そんな訳で悶々と、こんなことをぼけっと考えている時点で時間の無駄だとか頭の片隅で思いながらも菊乃は、とりあえず廊下へ出ることにした。


 ちょうど出たとき、桃宮の長に仕える八ある一族中の内最も近い血にある香月次期当主にして八津を双子の兄に持つ奈津と出くわした。


 もともとは一つの家だったが、長い年月の中で分家として散った八の一族とは血の濃い順でいけば、一に華宮かみや香月かづき水無月みなづき望月もちづき文月ふみづき五月さつき如月きさらぎ長月ながつきとなっている。


 実際はもっとあるのだが、大きい一族でいえば挙げられるのはこれくらいだった。


 華宮の家は桃宮と同じくらいの存在であり、香月の親戚でもあるのだ。


 そして、その一族中では巫女とされる少女がいて、桃宮の長である光にさえ敬われている人物だ。


 この大きな八の一族は、強大な力を秘めている光を護るためだけにあるといっても過言ではない。


 だが、本来仕えているといっても長に各一族中で最も優れたもの…七人が一つの塊となって、長を護るということはないのだ。


 桃宮の一族でそのように護られるのはいにしえの呪いを持つものだけと決まっている。


 古の鬼の呪いとは、代々鬼や悪しき魔を討つ払う役を買ってきた桃宮やその他八の一族が束になってもどうしても倒せなかった鬼のことだ。


 人喰い鬼として暴れまわっていたため、見過ごすわけにもいかず、人々の安寧を一に考えた当時の桃宮の長が己の身に封じることで人喰い鬼は終わりを遂げた。


 だが、人の身には強すぎる人外の力…瘴気は桃宮長の強大な力をもってしても抑えられず、その命を蝕む呪いとなった。


 それからというものの、桃宮には人喰い鬼の呪いが受け継ぐ者が死ねばまたひとりと生まれようになった。


 それが施されてからもう千年も近く経とうというのにいまだ一族に受け継がれていた。


 五月の一族でも現在も桃宮の呪いを少しでも軽くするためや一族の災厄をしのぐために鬼を出しているが、菊乃たちにも光と深い縁があるとして呪いの余波が降り注いでいる。


 だが、これは大したことはないと菊乃は思っている。


 それは光はもちろんのこと、華宮の巫女とその付き人も含め成人を過ぎても、成長が止まったときのままの姿でいるというものだ。


 独りなら耐えられないことかもしれないが、同じような者が他に十人もいれば心強いというものだ。


 また、別の意味での鬼もいる。


 それは一族全ての災厄を背負うもので、各一族からある印を持って生れ落ちた存在に課されるものだ。


 だが、そんなものを作っても災厄は防げないにもかかわらず、古くからのしきたりに従うことによってその者は高い地位を与えられるかわりに一族からはじき出される…簡単にいえば、一族ほぼ全員から疎まれる器なのだった。


 それではあまりも可哀想だろうということで時の長が、高い地位とともにその人が望めば、その人を鬼と知らない家に預けられることにした。


 それでも桃宮は上に立つものなのでそんなことをするわけにもいかず、鬼を取り込むということで呪いを抑えようとする。


 それが強大な力を持った光ならばなお更のことで、菊乃たちは光を護る…という名の鬼狩りの同士だった。


 その同士のうちの一人、奈津は菊乃の姿を認めるなり、兄とはまた違った人の良い笑みを浮かべ、話しかけてきた。


 「久しぶり。菊乃も、もうこの学校に転入してきてたんだね」


 「ええ…今日この学校に来たの。八津とは今も双子なのね」


 菊乃も同じく久しぶりに見る同胞の元気そうな姿に、我が君に会いたいという気持ちを落ち着かせて顔をほころばせる。


 「…切っても切れない縁ってやつかな。でも、また前と同じで俺は十歳までしか八津と一緒に暮らせてないんだよな」


 香月の家を継ぐことになったのは奈津が八津よりも優れていたためで、八津よりも一族からの特別扱いを受け、兄と離れた家で暮らす手配を勝手にされた。


 「…あら、そうなの。なら、またあなたが香月の跡継ぎ、なのですね。八津とはこの学校ではもう会って?」


 また、というのは今から約七百年ほど前生きていたときもそうだったからだ。


 香月の本家に長の子として生まれて、同じように十歳で引き離された双子だった。


 そして、本来なら光に仕えるのは八津だけだったのだが、奈津の我侭で同じく仕えることになった。


 それはどうやら現代でも変わらないらしい。

 

 「いや。これから探そうかな〜と思ってたところに菊乃と会ったんでね。あ…そうだ。どう、一緒に探してみるっていうのは?どうせ君を探しに行く途中だったんだろ」


 菊乃のことだからと適当に予想付けておけばやはり案の定だったようで、顔を赤くして常の彼女らしくもなく声を荒げた。


 その反応に、にやりと奈津は笑む。


 「……ええ、そうよ。わ、笑わないでよっ!!」


 「笑ってないよ。それより、どうかな?」


 「まぁ、いいんじゃないかしら。そのほうが七年ぶりの再会も見られるし」


 「君は七百年ぶりかな」


 「……あー言えばこー言う…そんなところも奈津はちっとも変わらないわね」


 「君もね。生まれてきてから直接会えてない光の君の事を、思ってきたんでしょう?」


 「少し黙れないのかしら、奈津さんは。ほら、行きましょう」


 「照れ屋さんなんだね、菊乃は。そんなことしなくても、きっとすぐ見つかるよ…ぁ、ほら。あれって玖珂魅たちじゃないかな?」


 菊乃に背を押されながらも廊下を歩いていた奈津が示したのは、二年三組がある四階の西の踊り場だった。


 「…あら、あれ!」


 ひょこりと胡散臭げに顔を奈津の後ろから覗かせた菊乃はその影を認めるなりきらきらと、目を輝かせるとそのまま奈津を置いて、光たちと思われる人影めがけて走っていってしまう。


 奈津もそのあとを追った。


 その人影との距離が縮まるにつれ、奈津の胸はきりきりと痛みだす。


 その痛みは外傷的なものではなく、精神的なものだった。


 あのときの光景が脳裏に鮮明に描き出される。


 けれど、きっと奈津が何をしたかなんて誰も知らないだろうし、もし仮に知っていたとしても憶えてはいないはずだ。


 兄に会いたい気持ちと過去の記憶が渦を巻き始めたから、奈津はとりあえずかぶりを振って『憶えてはいないだろうから、大丈夫』と己を落ち着かせ、人影だったそれは確信につながった。


 間二人にはさまれた目立つ金糸の髪を持った少年は一番早く菊乃たちに気づき、おもむろに振り向いた。


 そして、その少年はいきなり飛びついてきた菊乃に少々驚きつつもその背に腕を回し、小刻みに震える体をしっかりと抱きしめ、呆然と奈津がそれを見ていれば、少年はほっとしたように相好をほころばせたのだった。


 「おかえり、奈津」


 その表情と言葉に、心臓がはねた。


 決して全てを憶えているなどありえないはずのに、自分の全てを見透かされているような気がした。


 「ご無沙汰しております、光の君」


 だけど、いつものクセで表には何の動揺の見せず、取り繕った笑顔を浮かべた。


 『あなたは何を憶えているのですか?』


 そんな内心の声など、聞こえぬふりをして――…。










 悲痛な声が聞こえた。


 それは一番大切だと思ってきた己の片割れの声。


 『この人のためにならなんだって、してあげる。』


 この言葉は己が大切な人に捧げた言葉。


 そして、それは己と同じようにその人もまたのお方に誓った言葉。


 大事に思うほど壊したくなる。


 …狂気にも近い想い。


 己の手であの日…血に濡れた夜に大切な人を楽にしてあげたけれど、きっとその人は望んでいなかった。


 彼の人の側へ行って、終わりにしたかったのだろう――目の前にある全てを断ち切ってあげたかったのだろう。


 だけれど、手を下せばその人はその後一生苦しみ続けるだろうから…少しの間眠っていて。


 己が何をしたかを知れば、大切な人は何を思うだろうか…――。


 今更過ぎたことに後悔なんて感じはしないけれど、己の大切な人があのことを思い出してしまったのなら…そのとき、己は初めてあの日の出来事に後悔を感じるのだろうか。

 

 

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