我が君
もし、この世が終わることになっても、私は最後まであなたの傍にいましょう。
最後の最期まであなたを護り抜きましょう。
たとえ、この世の破滅からは逃れられなくとも、私は最期の瞬間まであなたを想っていましょう。
私の命はあの日の、あの時の、あの瞬間からあなたに捧げたのだから。
だから、私はあなたのためになら何だって成して見せましょう。
嗚呼、だから、どうか私に気づいてください。
広い空は機嫌がよければ真っ青で、悪ければどんよりとした黒雲を漂わせて…つまりは今朝は雨だった。
それは久しぶりに降る雨だった。
こんな日はあの方を思い出す。
血を洗い流す雨の中にたたずむ、どこか寂しそうで儚い人。
私が最期まで想いつづけ、最期までお慕いし続けた人。
嗚呼、あの方は今何処で如何しているのだろう。
今現在もあの間抜けなままなのだろうか…――なら、心配だ。
この学校にあの方がいるというが、私はあの方と同じクラスになれるだろうか…――なら、この上ない幸せだ。
他の生徒はとっくに登校し終えた正門前で1人、ゆっくりと雨の降る空を仰ぐ。
雨が髪を濡らし、雨が頬を伝って落ちていく。
新しい制服に水滴がしみこんでいくが、ただ雨に身を染め続ける。
ようやく、会える。
また御仕えする事が出来る。
幼い頃からどれほどこの日を待ち望んだか分からない。
嗚呼、ようやくここまで来たのだ…――長かった。
「えー、またこの学校に転校生が来ました。皆さん仲良くしてあげてくださいね」
にっこりと笑む、どこか抜けてそうな女の担任は菊乃を前へ出るように促した。
菊乃は座っていた席を言われた通りに立ちあがり、前に立った。
腰に届くか届かないかほどの豊かな黒髪――だが、実は紫がかかっており、動くたびに揺れて翻る。
女子は綺麗と羨ましげに見て、男子はその可憐な容姿に目を奪われる。
すると、自然生徒の視線が菊乃に集まっていき、少し落ち着かない気持ちにさせられる。
「じゃあ、五月さん、簡単な自己紹介をしてくださーい」
「…五月菊乃です。よろしくお願いします。」
「…はいっ!そういうことで、皆さんでこの学校のこと、色々教えてあげてくださいね」
短い自己紹介終了…――。
ささっと、自分に設けられた席に戻り、途端何か恋焦がれたように机の横にかけてある鞄をまさぐる。
担任がまだ何か喋っているが、聞こうとしなくても人の耳は勝手に音を拾うので、構わずに鞄のほうに意識を集中させる。
しばらく、がさごそと手を動かしていた菊乃はやがて、ぴたりとその動作と止め、鞄から手をそっと抜いた。
その手に大事につかまれていたのは、笑顔で笑う9歳くらいの金糸の少年が写った写真で。
机の上に手を戻した菊乃は、写真をうっとりと頬を桜色に染めて眺める――否、見入る。
「ああ、早くお会いしたい我が君…」
そっと胸に抱き寄せて、菊乃はポツリと呟いた。
「なんて愛らしいのでしょう。さぞかしお美しくご成長なさっていらっしゃるのでしょうね」
目許を和ませて、菊乃はただ愛しい我が主に会うことに想いを馳せていた。