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あの方との再会

 

 不意に覚醒が訪れた。


 辺りは真っ暗闇で、しばらくするとやっと手が見えるくらいに目が闇に慣れてきた今は深夜だと思われる。


 背中が汗でぐっしょりとなっていて、八津にはそれが気持ち悪く感じられたので布団から抜け出すとパジャマを着替えに行った。


 廊下に出ると床は冷えていて、足がひんやりと冷やされた。


 長い廊下を真っ直ぐに進んで階段を下に下りていく。


 そのまま、1階の奥のほうにある洗面所に向かう。


 廊下の明かりもつけずにと内心自分でも思うが、そこはまぁ、節約ということにしておこう(本当は面倒くさいだけ)。


 洗面所に入るとさすがに手元も満足に見えない状態で着替えをするのはどうかと思い、明るいほうがしやすいだろうと明かりをつけた八津はのそのそとパジャマを脱ぎ捨てると、着替えのパジャマに腕を通したときに、ふと浴室に目がいった。


 しばらくそのままの状態で浴室を凝視していた八津は、今度はいそいそと袖を通していた替えのパジャマをも脱ぎだした。


 「ついでだから、お風呂にもう一回入っとこうかな」


 そういって八津は浴室へと消えた。


 







 

 その日は早くに家を出た。


 変な夢を見たせいで(お風呂にも入ったし)、そのあとは眠れなかった。


 どこかわくわくとした思いでいっぱいで、あの方に会える予感がした。


 なら尚更、じっと眠れるのを待っているなど出来なかった。


 だから、朝になるといつもより早く家を飛び出してきた。


 だが、そのせいで今は素晴らしく激しい眠気に襲われていて、目を開けているのがやっとで何も耳には入ってこなかった。


 がやがやと朝にもかかわらず、騒がしい教室がもっとうるさく騒いでくれれば自分の目は開いてくれるだろうか。


 ぼけっとした頭を使って眠気を飛ばそうとしては、必死にどうでもいいことを考える。


 が、そんな思いもむなしく、視界は徐々に確実に狭まってきていた。


 隣で玖珂魅は今にも眠りに落下しそうな仲間をじっと見ているだけで、目を覚まさせてやろうと微塵にも思わないらしい。


 うとうとと閉じては開いていた瞼が完全に下りたとき、教室に担任が入ってきた。


 「おーい、静かにしろ。え〜、今月は本当に転校生が多いな」


 その言葉は八津には最早もはや届いてはいなかったが、起きている玖珂魅はその言葉にピクリと反応した。


 担任が入って開けられたままのドアの向こう――確かに人影がある。


 だが、出入り口からは一番遠いこの席からではよく見えない。


 目を凝らしてみるよりか、その人物に出てきてもらったほうが早いし、いいだろう。


 「転校生、入って来い」


 「はい…」


 転校生のその声を聞いただけで玖珂魅はやっぱりと、ほくそ笑む。


 担任がカカッと黒板にその名を書いていく。


 その派手な外見は一見遊び人のような印象を人に持たせるが、よくよく見ればその顔にはまだかなりの幼さが残されており、顔つきは今、玖珂魅の隣の席で寝こけている八津同様、柔和で人に優しそうなイメージを与える。


 純粋な日本人が元来持ち合わせているはずのない金糸の髪は、染めたものではなく生まれたときからの色で、代々受け継がれてきた特殊な力で魔を払う桃宮の一族中ではもっとも大切にされる強い力を持つ長の証だ。


 過去の長全員が金糸だったかといえば否であるが、金糸の子は本来桃宮の一族でも滅多に生まれることがなく、また持って生まれたものは長の子であろうがなかろうが、強大な力を秘めたものとして即長にされる。


 八津たちの主はまさしくそれだった。


 身長はそれほど高くはなく、玖珂魅よりは小さく、八津とほぼ同じくらいに見えるが実際はそれより少し高いくらいであろうと思われた。


 「転校生、自己紹介をしとけよ」


 担任の気の抜けるような声に促されて、転校生は口を開く。


 「はじめまして。桃宮光ももみやひかるといいます。今日からよろしくお願いします」


 そのとき、完全に眠りに堕ちていたはずの八津の体がピクリと動いた。


 八津の中の遥か昔の記憶から声が聞こえる。


 懐かしい始まりの声だ。


 『今日からよろしく、八津』


 その声が八津を覚醒へと導いた。


 ぺこりと頭をひとつ軽く下げると、光はふわりと笑った。


 八津の瞼がおもむろに開く。


 唇がなにか音をつむぐが、それは空気となって消え、声にはならない。


 「君…俺が代わりにす、る…から…」


 玖珂魅はかすかにそれを聞きとめて、眉をひそめた。


 「――コイツ、寝ぼけてやがるのか…?」


 変なことを口ずさんでいたが、八津は一体何の夢を見ているのだろうか。


 「じゃあ、桃宮空いてる後ろの席に着け」


 「はい」


 担任を肩越しに顧みて、頷いたときだった――段差も何もないのに突然、光の体が傾いたのだ。


 玖珂魅はあーあー、さっそくかと呆れ紛れに息をつくとすばやく席を立った。


 その姿は恐らく人の目には止まらぬ程の速さだったにもかかわらず、玖珂魅の横を更にしゅっとよぎったものがあった。


 玖珂魅は、それがなんなのかを認めて目をむく。


 光が転んだと皆が思った瞬間――だが、光が転ぶことはなかった。


 光が転ぶより先に玖珂魅だけが見たそれは光の許へ行き、光を支え、転ぶことを防いだのだ。


 転んじゃったなぁと皆が(咄嗟に閉じた)目を開けたとき、視界に映った人数は閉じる前よりも増えていて何が起こったんだとざわめく。


 光もさすがに驚きに目を瞬かせていたけれども、自分を支えた馴染みきった顔にすぐに相好を崩す。


 「光の君…お久しぶりにお目にかかれて我、幸せです」


 座り込んだ光を立たせた八津は寝ぼけてすっかり昔の口調に戻っていて、嬉しそうに泣いていた。


 その隣に立つ玖珂魅が呆れたと笑うがその目は優しい色をたたえていて、光はそんな自分より背の高い玖珂魅を見上げる。


 「玖珂魅は僕に会いたくなかったのか?」


 からかいを含ませて訊くと、案の定玖珂魅が困ったような顔を作ったので予測どおりだと更に笑みを深くする。


 「あ〜ね、まぁそれは置いておきましょう」


 「このクラスには八津と玖珂魅の二人しかいないの?他の皆は?」


 「他のやつらはですね…まだ全員揃ってないんですよ、実は」


 八津は涙を目じりに残したまま、再び眠りについてしまった。


 八津は何より睡眠の時間を大切にし、人の倍は眠る。それ故に一度夢の世界へ旅立ってしまうと、なかなか戻ってこないのだ。


 だからもう、八津の今日一日は使い物にならないかもしれない。


 三人の世界に籠もってしまっていて、全く他の人がいるということを――その存在をころりと忘れてしまっている。


そのままカラカラ笑いあう二人と眠るひとりは(八津は玖珂視にかつがれて)教室を出て行った。


 その場に意味不明なまま残された人たち――特に担任は呆然とその背を見送ることになりかけたところで、ハっと我に返り、三人を呼び止めようと声を張り上げる。


 「おい、まだ授業終わってないぞ!おい…お前ら授業はこれからだぞ、まだ休み時間じゃないぞ!おい、戻ってこーい!!」


 教師としての立場を考えると、サボろうとしている生徒をみすみすと見逃すわけにはいかない。


 廊下にまで轟いた声を聞きつけたのか――それとも偶然か――玖珂魅が八津を抱えたまま戻ってくると教室に顔だけを覗かせ、なんら悪びれた風もなく――むしろさわやかに、さも当然という顔つきで言い放った。


 「センセーイ、俺たち腹痛で早退しまーす」


 絶対嘘だ、絶対嘘。


 でなければ、そんなにぴんぴんした体と元気そうな顔は一体なんだ?!


 「はぁっ!?ぇ…おい」


 「じゃ、そーゆーことで」


 それだけを告げると再び背をむけ、ひらひらと手を振る玖珂魅に担任はまた叫ぶ。


 止められそうにないので、こうなればもう半ばやけくその担任だ。


 とりあえず、その歩みだけでも止めさせなくては…。


 「おい、お前らかばんは…鞄持ってないんじゃないか?」


 玖珂魅たちはぴたりとその足を止めた。


 担任はにやりと笑む。


 これからどうもって行くかが問題だが、とりあえずその足を止めることに成功した。

 

 「あ〜、ご心配なっくぅ。ちゃんと持ってきてますんで」


 お前ら、一体いつから休む気だったんだと、これは担任の胸中の声。


 そして、またしても空しく、その足は再び進み始める。


 「ぁ、おい…本当に待てってば。転校生だけは置いてけよ」


 別に玖珂魅が誘ったわけでも、ましてや無理の付き合わせようとしている訳でもないのだが担任は人質解放といわんばかりに叫ぶ。


 その必死な声音に光がおもむろに振り返った。


 担任がどきどきさせられる中――光はしばし担任を凝視するとやがて困ったように笑った。


 「すみません、先生。僕、緊張しちゃうと腹痛を起こすんですよね…だから今日は早退させてください」


 その完璧までな笑顔の前で――転校生にかけた一理の期待も、サボろうとする生徒を呼び止める声も、その気力も尽き果て諦めると、まるで何事もなかったように教室に戻って行った。


 出席簿を開くと――…。


 香月八津かづきやつ桃宮光ももみやひかる水無月玖珂魅みなづきくがみ共に腹痛のため、1時間目開始前に早退。


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