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二人の噂

 

 「よろしくおねがいします。」


 八津は注目される中、笑顔でひとつ頭を下げた。


 「じゃあ、席は分かってると思うけど、窓際から二列目の一番後ろだ。」


 「はい。」


 そういって、八津が席に着かないうちに担任は黒板と向き合って、何やらかかっと音を立てて書き出した。


 「あ」


 八津は小さく驚きの声を上げた。


 ついで指定された席の左隣の人物を無意識に指差してしまった。


 窓の外をぼんやりと眺めていた玖珂魅は、声のほうへ顔をむける。


 「玖珂魅だぁ。…何、お前もこのクラスだったの?」


 とりあえずと席に腰を落ち着かせると、机に頬杖ををついていた玖珂魅はちらりと八津に一瞥をくれると、また視線を窓の外に戻した。


 「ああ。そうだよ。昨日言ったじゃんか…覚えておけよなぁ」


 「はは…。そうだったけか?」


 「そうだった」


 そうしてひそひそ喋っていると、それに気づいた担任に注意されてしまった。


 「おーい。今日の転校生とその前の転校生、くちゃくちゃしゃべってんなよー」


 ――先生、ちゃんと名前覚えてくださいよ。


 「「…――はーい…」」










 昼休みに突入中――…。


 がやがやとざわめく教室の隅っこで、八津は楽しみ楽しみと鼻歌を歌っていて、その隣の玖珂魅はいつかな、いつかなと、ニコニコしているふたりは隅っこにいるにもかかわらず、妙に浮き足立っていて、何気に教室に残っている人たちの視線を集めていた。


 何故かというと二人のその異様な雰囲気と、嬉しそうな表情のせいで。


 八津の容姿は整っており、それは嬉しそうな表情を押さえようと必死な玖珂魅も同様に整っている。


 髪の色は純粋な日本人にしては珍しく生まれつきの栗色で、瞳は稀な突然変異で澄んだ青を宿している。


 顔はひどく柔和で優男。


 性格もそれに倣ったかのように温厚、穏やかで平和主義者。


 玖珂魅の髪は平凡な黒だが、瞳は血のように赤かった。


 だが、本人たちは己の容姿に特に頓着していないのか自覚が足りないのか、その視線にはこれっぽちも気づいていなかった。


 「なぁ〜…。あの人も転校してくるのかな?だったら、僕等と同じこのクラスがいいよね?」


 「ん〜?ああー、そうだな」


 「でも、あの人が来たらそれはそれで楽しいんだろーけど、きっとじゃなくて確実に大変だろうな」


 くすくすと昔を思い出しているのか、懐かしそうに自然目許を和ませる八津に適当に玖珂魅は相槌を打っておく。


 玖珂魅は何とかしてわくわくする気持ちを落ち着かせようと、楽しそうに話す八津に新しい話題を持ちかけた。


 「お前さぁ、嬉々として話すのは別にいいけど――昼飯どうするんだ?」


 「昼飯…――」


 言われて初めて気づいたとでもいうように、八津は目を数回ぱちぱちと瞬かせると、ぽんと手を叩いた。


 「…そうだ!お昼、まだだった!…?玖珂魅はもう何か食べた?」


 「いーや。食べてない!」


 「……なんで、妙に威張ってんの」


 「威張ってねぇーよ。このアヒルっこが」


 けっと鼻で笑った玖珂魅は一言――八津にとっては余計すぎる忘れたい言葉ナンバーワンを玖珂魅の口から発されたことで、思い出したくもない過去の情景が脳裏をかけぬけていく。


 わなわなと肩が震えて、ピキリと額に青筋がたったような気がした。


 けらけらと笑う玖珂魅が憎たらしく映って、ぬっと八津は玖珂魅に顔を近づけさせた。


 「――おい。玖珂魅まだお前、俺のことアヒルっこっていうんだな」


 「そういうお前こそ、まだアヒルっこがだめなのかよ?」


 「うるさいな…。昔にお前等が俺をからかったからだろーが。」


 「あれ?お前1人称俺だったけ?」


 「昔は俺だったんだよ。でも、過去のお前たちがアヒルっこの俺にはこれは似合わないって意味不明なことをぬかして、嫌がらせで会うたび何万回も立て続けにアヒルっこぉ〜って呼ぶから僕になったんだ」


 「はぁ〜ん?そういえばそんなこともあったわなー…。でもな、別に比喩してたわけじゃないんだぜ?八津の肌の色が透けるように白かったていうだけで…――」


 「知ってるよ、知ってる。僕だってすきであんなに白かったんじゃない!僕だって、焼ける試みを何度もしたんだよっ!!だけど…だけど、いくら日差しの強い中にいても、二日くらい肌がジンジンしたってだけで、熱中症にもなったっていうのに日焼けなんかまるでなかったし――!!?」


 「はいはい、もういいよ。俺たちが悪かった、ごめん。」 


 「何その投げやりな謝りかた――?むかつくぅ〜。とにかく謝ればいいって思ったんだろ」


  「いや……そりゃ、全くなかったとは言わないけど。まぁ、もう終わりにしないか?」


 「終わりにしないかって気持ち悪いから言わないでっ!なんか恋人に別れようって言われてるみたいですっごく、やだ」


 恋人みたいでやだ…?


 終わりにしようって言ったのは玖珂魅。


 誰に向かって言ったかといえば八津にである。


 つまりは…――。


 恋人=恋仲・想い人。


 例外を除いて一般的に彼氏+彼女。


 この場合、恋人の二人に当てはまるのは、玖珂魅と八津。


 それに思い当たった瞬間、玖珂魅はくわりと目をむいた。


 そして、それを目にした八津は思った。


 まさに鬼のような形相とはこれのことをいうんだろうなぁー。


 「――ってめーのが、気持ち悪いわっ!誰と誰が恋人だ!たとえが悪すぎる――!俺とお前が恋人とか、別れるとかって冗談でも言うな!!」


 つい想像してしまった玖珂魅は、頭に血が上って、がたりといすを豪快に倒し、ばんと机を叩いた。


 ただでさえ、集まっていた視線と、注目度があがった。


 何事かと瞬間的に、反射的に皆が皆、一様に振り返る。


 「玖珂魅…」


 忘れていたかった過去を引っ張り出されて興奮して、ヒートアップしていた八津も玖珂魅の声で冷静になり、さすがに目を瞠っている。


 そして玖珂魅も八津のその表情にはっと我を取り戻したが、時すでに遅し――。


 玖珂魅がちらとクラス一同を一瞥した。


 そのとき、幾人かと目が合ったが、すぐさま逸らされてしまった。


 キーンコーンカーンコーン…――。


 八津が時計を見つめながらポツリともらした。


 「昼休み、終わっちゃったな…。お昼ごはん、食べ損ねちゃったな…。おなか、減ったな…」


 その日のうちにふたりには最悪的な噂が出来上がった。


 転校初日の内に変な誤解が生まれた八津は――。


 別にどうとも思っていなかった。


 一方の玖珂魅は八津とは正反対の想いでいっぱいだった。







 翌日には、学校のほぼ全員に知れ渡ることになっていた。


 人は人の噂が大好き。


 人の不幸は蜜の味とはよく言ったものである。


 教室の片隅、八津は玖珂魅に笑いかけた。


 「僕たち、恋人同士だったんだってね、知ってた?いつからそんな関係になったんだっけ、僕たち?」


 「知るかよ、もう…。けど、僕たち言うな…――」

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