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新たな誓い



――お前が鬼であっても俺には関係ないよ 誰がなんと言おうとお前はちゃんとした普通の人間だ――


 それは昔、自分がまだ幼い頃側にいた泣き虫に向けて言ったものだ。


 ――じゃあ、俺はお前を信頼できるな――


 そう言って、その泣き虫は涙をこらえた顔で破顔した。


 ――絶対破るなよ…――


 ――守れない事は言わないさ 嘘はつかない――





 あの頃の自分はまだ己の感情に素直だった――。





 









 自分を信頼してくれた人を護りたいと初めて思った。


 そう思わせたのは、とても臆病な奴で。


 自分が護ってやらなければと、よく思ったものだ。


 だけど、自分は護るのではなく、壊すことを選んだ。


 自分を信頼してくれた護りたい者を、自分は己を偽ってまで裏切ったのだ。


 非道だと、己自身でも自分を罵った。


 けれどそれは、一重に何よりも優先させなければならない儚い主のためだった。










 さらさらと風に流れる色素の薄い枯葉色の髪。


 よどみのない足取りだが、その表情――その瞳には迷いが隠されている。


 久しぶりに見たその姿は昔と全く変わっておらず、相変わらず美しいままだったが、しばらく見ないうちにいっそうと、今にも消え入りそうな儚さが色濃くなっていた。


 ゆっくりと、こちらに向かって歩みを進めてくる。


 あれは誰だったか…そんなことに考えをめぐらせても仕方がないほどの時間が経っているにもかかわらず、はっきりと今でも鮮明に思い出すことが出来るほど印象的で――親しく、自分が好意を抱いていた人間が目の前に立っている。

 

 「綾瀬…」


 自分の中で笑う幼い頃のその人の姿が脳裏にはじき出された。












 文月夏目と紫倉しそう綾瀬は幼馴染だった。


 文月家と紫倉家は昔ながらの――それこそ桃宮と分家がまだひとつの一族だった頃からの長い付き合いだった。


 だが、紫倉はあくまでも文月の親戚――分家で、それらを纏める桃宮とは直接的なつながりはない。


 まだ夏目と綾瀬がこの時代に転生する前の二人は幼い頃から何事も一緒に学びこなし、同じ時を十歳まで過ごした。


 だが、ちょうど夏目たちが十歳を迎える年に事は大きく起こった。


 御歳十一になられた桃宮の幼き当主…もとい長に受け継がれた呪いを和らげるための補佐をする者が必要になった。


 それで起こったのが、大きな一族を纏める頂点の桃宮のため、各一族中で競わせ、最も優れている者一人を選び抜く戦い…すなわち同士討ち。


 勝ち残った者は『側近』こと『七人衆』と称され、八の一族中華宮を除いた七つの一族から選ばれた七人が常に側に控え、主の望むことあらばたとえどんなことであろうとも忠実にこなす人材としてたった一人の主に仕える。


 ただ今回異例だったのが、ひとつの一族――香月から二人が選び抜かれたことで、『七人衆』は『八人衆』と名を改めた。


 その戦いにはもちろんのこと夏目も参加を強制され、一族中で競い戦った結果、夏目が八人衆に選ばれた。


 そのため、それまでは兄弟同然で一緒にいた二人は別々の道を歩み始めた。


 夏目は八人衆として主に仕える日々を――。


 綾瀬は鬼として周りに怯える日々を――。


 二人はこのとき、ようやく立場を明確に思い知らされた。


 己を脅かさんとする者から護ってくれる盾を――人を綾瀬は一瞬にしてなくしたのだ。


 それから六年後、二人は敵同士――狩る側と狩られる側として再会した。


 怯える綾瀬に夏目はそのとき、自分の胸の悲鳴を無視していったのだ。


 まだ、約束は…誓いは忘れてなどいないのに。


 『護る』って、『嘘はつかない』って、あの子に誓ったのに。


 まだちゃんと、はっきりと憶えているのに。


 どうして、自分は自分にも嘘をついてそれでいいと、無理に思うのだろう。


 きっと唇を引き結んで、夏目は殺気のこもった冷えた瞳で幼馴染を――鬼を見据えた。


 『我は桃宮光を護る八人衆、文月夏目として鬼を狩ることをここに宣言する』


 










 「…夏…夏目。ひ、久しぶり…」


 男にしては少し高いうわずった声で、自分を寂しそうに見る人。


 「……久しいな、綾瀬」


 自分が言葉少なに答えれば、綾瀬は僅かに瞳の迷いを薄める。


 「…………」


 「…?どうしたの」


 ほんの少し眉のつりあがった自分に気づき、そう訊ねてくる。


 「…苛々する」


 「え…」


 「お前を見てると、苛々する。…昔と全く変わってないな、綾瀬。少しは成長したかと期待したんだが…どうやらしてないようだ。相変わらずおどおどした目で我を見るし、本当に苛々させられる」


 不安げに自分を見つめていた綾瀬が、ぱっと表情を明るくして嬉しそうに頷いた。


 ひねくれた性格が邪魔して皮肉なことしかいえないが、その中には親しい者だけに判るものが含まれている。


 綾瀬は自分の狭い枠組みのうちにいる人間だ。


 綾瀬を懐かしむ自分を知り、瞳の中に潜む己の劣等感を完全に掻き消せば綾瀬に残るのはごく普通の少年が持ち合わせている無邪気さとその外見が放つ中性的な妖艶さだけだった。


 恐らく――これはあくまでも自分の憶測に過ぎないのだが、綾瀬は自分に拒絶されないか不安だったのだろう。


 彼は愛想は良いが自分と同じく人付き合いが上手とはいえない。


 自分はそれでも別になんら支障もないし、むしろ楽なのであえてそういう関係すら持とうとしないが、綾瀬はつくりたくとも臆病すぎる性格が邪魔してつくれない。


 その上、鬼という立場からそのことを知らない者に対しても自分と口を利いたりして不幸にならないだろうかと大げさなことまで考えるかなりの重症者だ。


 幼少の頃から周りに災厄を引き受ける器の鬼というだけでお門違いにも疎まれ、さげすめれてきた心の傷がそもそもの原因で、己を恥じ劣等感から人と仲良くしたいがいつも周りを気にしていた。


 それ故に一度親しい関係になった者に対しても、長い間顔を合わせなければ頭では大丈夫だと解っていてもこうして拒絶されはしないだろうかと不安がったりする――全く以って厄介この上ない種類の人間だ。


 自分がふっと懐かしさから笑みを零せば、綾瀬も同じく相好を崩す。


 「…夏目も、変わってない。昔のままだ。俺の知る夏目のままだ」


 「当たり前だ。我はそうやすやすと変わらん」


 「そうか…そう、だな。そうだった、お前はそういう奴だったな」


 そう何度も繰り返して綾瀬はやはり寂しそうに苦笑した。


 「――…また鬼なんだよな、お前」


 「っ!?」


 「綾瀬…?」


 「…………」


 唐突に投げかけた半ば確信に近い問いに、傍目にわかるほど過剰に反応した様子と、急に黙り込んで俯いたことからしてこれは肯定と受け取って良いのだろう。


 ひとつ、小さなため息を吐き出して、俯いたまま地面とにらめっこをしている綾瀬の頭をぽんと軽く叩き、無表情のまま嘆息交じりに言った。


 「また、鬼なんだなお前。…辛い目にまたあったんだろ」


 「…今回はそんなにひどくない」


 「でも、嫌なことされたり言われたりしてきただろう。多少ゆるくなっても根本的なところは変わっていない。自分達が変わらないように、それもまた昔のままだ」


 綾瀬の方がピクリと揺れた。


 「…そう、だな」


 未だ頭の上に手を置いたまま、堅く瞼を閉じた。


 「…我は八人衆だ。呪いをかけられた主のためにお前達鬼を狩る者」


 それも昔のままだといえば、綾瀬の体が震えだした。


 「…そうだと思った。また俺たちを狩ろうとするのか、八人衆?」


 綾瀬の口調がよそよそしくなり、それは友に向けられるものではなく敵に向ける硬く、自分に怯えるような緊迫した声音だった。 


 「しない。そんなことしなくても良い別の方法があるらしいんだ。だから、大丈夫だ。もう我はお前を傷付けたりしないから…」


 「…そうか。別の方法があるのか…。それは本当なんだな?」


 疑いまなこだがようやく面を上げた綾瀬は絶望の淵から救いの糸が見えたような安堵した表情で言った。


 「ああ、本当だ。我はもう…嘘はつかない」


 綾瀬が目を軽く見開き、そして、そうだなとまた呟き、口元に微笑を浮かべた。


 『―――今度こそ、ちゃんと護って見せるよ。自分を心から信頼してくれたお前をもう裏切ったりしないから――』







 






 「ところでお前…――」


 「ん?」


 夏目が秀麗なその顔に釈然としない…どこか戸惑う表情を乗せて、綾瀬をまじまじと見つめた。

 

 そして、更に困惑色を深くすると、


 「お前って男、だよな…?」


 ぽつりと、確かめるように呟いた。


 「え…――」


 一方、幼馴染に無神経なことを訊かれた綾瀬は――…。


 両目を不快に眇めて、盛大なため息を吐いた。


 「それを言うなら、お前こそ男かよ…?」


 呆れ果てた声とともに、そう吐き出した。


 


 

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