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本題は謎のまま

 知られたくないと気にすればするほど、人は知ろうとその心の内側に入ってこようとする。


 それはひどく僕自身を苦しめる迷惑なことなのに、誰も分かってくれない。


 ――ねぇ、どうしてそんなに君達は僕が大切だというの?















 「――…光様、私は貴方の本心を聞きたいのです」


 光は僅かに驚愕の色を見せて、沈黙にも耐えた菊乃に感嘆した。


 「…これはお手上げだな」


 困った風に言えば、菊乃が申し訳なさそうに顔を歪めたから更に苦笑を浮かべた。


 これは答えるまで、本当に引き下がってくれないらしいな。


 そう検討付ければ、もう気持ちも口も軽かった。


 光は気まずい雰囲気を作り出せば、主思いの少女は折れてくれると思っていたのだがそれは無理そうなので、すっかり逃げることを諦めて朗らかな笑顔とは裏腹な台詞を零した。


 「そうだね。僕は少し寂しいよ」


 そう告げれば、菊乃がはじかれたように頭を下げた。


 その突然さにさしもの光も目を瞬かせ、『頭を上げて』と焦る。


 「申し訳ございません、光様!私はなんという失礼極まりないことを…本当に、申し訳ございませんでした…!」


 その必死に謝る声を聞きつけた同胞達が一斉に振り返り、頭を下げ謝る彼女とその先で動揺しまくりの主を交互に見やる。


 「…?」


 再び奈津を揺すっていた八津が不思議そうに首をかしげ凝視していれば、その視線に気づいた光が困った笑顔を浮かべて、どうにかしてくれと言外に助けを求めてきた。


 『頼れるのはお前だけなんだ』とでも言うような眼だ。


 「……はぁ」


 「兄さんも大変だね」


 奈津は首を絞めんとせんばかりの胸倉を取って小突き回す兄からの攻撃に飛びかけた意識をなんとか引き戻して、かすれた声で呟いた。


 だが、それは兄ににらまれるだけで無視された。


 八津は正直、揉め事などには余り首を突っ込みたくはないのだがと内心で零しながらも、ここはたった一人の大切な主の頼みだと断るわけにも行かずに重い腰を上げた。


 「えーと、どうしたの…菊乃?」


 どちらに声をかけるか迷った末、おずおずと言葉を選んで未だ頭を下げている菊乃へと、躊躇いがちに声をかけることにした。


 菊乃は八津に反応してのろのろと頭をとりあえず上げ、戸惑いがちに視線を泳がせると、数秒後、意を決した風に八津を見た。


 「…あの、その…私、光様にひどいことを聞いてしまいましたの。それで、光様を傷付けてしまったのかもしれないと思うと…私、もう申し訳が立ちません。それにひどく困ったお顔をされていて…」


 苦悶の滲む項垂れたいつもは強気な同胞の姿を、どうして気づかないかなと、八津はくすりと微苦笑して言ってやった。


 彼女を突き動かすその根元にはいつも、光と言うかけがえのない主の姿がある。


 彼女が一番に想うのはその人のことだけ。


 一番大切で、傷付けたくなくて、その存在を危険にさらすものから命に代えても護りたいと強く思っている。


 そういう面で言えば、彼女は一番自分に近い存在だろう。


 だから、こうも可笑しくて、もう一人の自分を見ているような気がしてくすぐったいのだ。


 だから、放って置けないのだ。


 こんなこと、双子の弟にでも知られたら、『自分は?自分だって、兄さんと同じ顔したもうひとりのはずなのにぃぃいいぃぃ!!!』と、嘆かれそうだが。

 

 「菊乃、光はね、君になら…君だからこそ、言ったんだと思うよ。決して自分を裏切らない菊乃だから、本音を教えてくれたんだよ。光をそこまで大事に思ってるのなら、光の心の一部を開いた菊乃だから、誤魔化さずに答えたんだろ。だったら、菊乃が謝ることはない。光は傷付いてなんかいないんだから。己の意思で話す事を選んだのだから。ね、光?」


 八津が微笑を浮かべたまま、隣で苦笑中の光に視線を向ける。


 『お見事だよ、八津』


 その目はそう語っていた。


 菊乃が改まって、じっと主を見つめる中、光は何のためらいもなく頷いて見せた。


 その仕草に菊乃が本当にと、目をしばたたかせ、光が再度頷けばよかったと、強張っていた顔をほころばせる。


 「…ほらね。因みに…光を困らせたって言ってたけど、それは聞かれたことに対してじゃなかったと思うよ。相手が何もされていないと思っているのに、菊乃が急に頭を下げるから困ってただけなんだよ、きっと。だから、今後困らせたくないと思うなら、どんなに苦しい時だって菊乃は光に笑顔をみせていてあげればいいんだよ。分かった?」


 「…うん」


 「よしっ!絶対だからな!僕と光からのお願いだから、この約束は絶対守ってもらうよ」


 ふわりと優しく相好を崩した八津に菊乃は一瞬ドキッとし、頬を朱色にほんのりと染めると、『あらら…どうしちゃったのかしら、私?』と目を瞬かせる。


 菊乃のときめきをその人から五メートルも離れているのに誰よりもいち早く察知した奈津が、むっと眉根を顰める。


 その心の中はといえば…――。


 『何、人の兄さんにときめいちゃってんの、菊乃!大体、菊乃は光の君の事が好きだったんじゃなかったのか?!そりゃ、まぁ、兄さんのかっこよさに気づいたのは褒めてあげるけどさ…』


 …何を勝手な無茶振りを申す子だろう。


 どれだけブラコンなんだ。


 逆に言えば、どれだけブラコン道を追求するのだろう。


 というか、ときめいたってだけで気があること決定。


 全くどこまでも憐れな弟だ。


 八津がニコニコと、これで解決だとほくそ笑んでいれば、菊乃が悔しそうに不貞腐れた表情で言った。


 「見直しちゃったわ、八津」


 八津は一瞬、何のことかと首を傾げたが結局意味がつかめないまま、それでもそういう菊乃に気をよくして、更に笑みを深めた。


 「ありがと、菊乃」
















 「――で。光は鬼を吸収する以外の方法を知ってるんですよね。なら、早く教えてください。のろいは早めに和らげといたほうが良いでしょう」


 八津が意気込み率先して、光に詰め寄った。


 菊乃も八津と同じく身を乗り出して、詰め寄る。


 午前零時を半ば過ぎた頃、玖珂魅は家の呼び出しでしぶしぶと退室し、『あとで教えてくれよ』と言い残すと、水無月の家に帰っていた。


 なんでも、どうしてもはずせない用らしく、菊乃の非難めいた視線を感じながらも、光の許しを得てそそくさとこの場から立ち去った。


 光はその背をじっと、何故か哀れみのこもったような視線で見送り、隣を振り返れば、弟の奈津もそれと似た同情を含む視線を送っていた。


 この二人はまだ自分達に大事なことを隠してはいまいかと、なんとなくその面持ちと雰囲気から感じ取れてしまった。


 一体、この二人はどのようなことを自分達に秘密で、必死になって抱え込もうとしているのか。


 他に関しては、玖珂魅の家の用なら仕方あるまいと、見向きもしなかった。


 「うん…じゃあ、奈津に頼もうかな、説明」


 光が思いついたと顔を輝かせて、奈津を提案した。


 一方、指名された奈津は、


 「…え?何で俺?」


 呆然と聞き返した。


 「なんでって、そんなの君が一番よく知ってるじゃないか。僕より、たくさんの余分な知識を身につけてきた香月次期当主の奈津さん?どうせ、華宮出身にして現香月当主のれんさんから、いっぱい教わったんでしょ。だったら、僕が説明するより君が説明したほうが皆も納得して良いでしょ?」


 にっこり満面の笑みを浮かべる光を前にして、奈津にはもう拒むという選択肢は残されていなかった。


 だが、奈津は拒否というか、なけなしの反論をしてみた。


 「…そんなの俺がしなくても、光の君が言うのなら皆疑わないよ…」


 なんたって、皆、親戚内で激しい壮絶な戦いを乗り越えてここに至る光至上主義者たちなのだから。


 例外は自分と明継の二人くらいか…。


 そうポツリと小さく言ったのだが、光以外の六人にも聞こえていたらしく――。


 「いいや、お前が説明しろ、奈津!」


 「そうです!貴方が説明なさい」


 「…だそうだ。奈津、主のめいに逆らうのか…?」


 「こらこら。夏目、物騒なこと言うんじゃないよ」


 「いいじゃん、明継ぅ〜。かたーぃ…」


 「いや。堅いのは夏目の頭だから。決してなだめてる俺の頭が堅い訳じゃないから」


 「そうだよ、あやめさん。明ちゃんが硬くなるのは夏目と二人きりのときだけだよね」


 「おい!誤解を招くような言い方はやめろ。今、かたいって、どういう漢字使った?」


 「そりゃ、もちろん…石に更。それ以外に何があるって言うの」


 「………もう、いい」


 上から、八津、菊乃、夏目、明継、あやめ、明継、樹、明継の通りである。


 八津と菊乃は真剣に考えてくれていない様子の二人組みを横目でじとーっと睨んでから、光と向き合った。


 夏目に関してはそちらには一切の視線もやらないで、真顔で光をただ凝視している状態だ。


 八津と目が合った光は奈津に一瞥を投げかけて、奈津が頷くと、うんと、同じく頷き、一笑した。


 そして、ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた樹たちをよそに一言言い放った。


 「解散!」


 「はっ?」


 後ろで騒いでいた三人が動きを止め、一同の声が重なった。


 すると、光が『もー、何』と、不満そうに目を眇めて、付け足した。


 「今日はもう遅いし、お開きだ。奈津が早く説明してくれないから…」


 「えっ!俺ですかっ?!俺のせいですかっ?!」


 さっき、頷いたのはなんだったのだろう。


 意思が疎通したのではなかったのか。


 「そうだよ…。君のせいだ。だから、後日各自で無駄に物知りな奈津君に聞いてね。――あ。因みに、一番に聞きだせた人には…その人が嫌じゃなければ、僕の家で一週間お泊りコースをプレゼントしちゃいます!桃宮を内側からじっくりと見れちゃう貴重な体験が出来ちゃうよ。ははっ…誰が一番に奈津から聞き出せるか楽しみだなぁ〜!」


 「………」


 「……八津」


 「…何、菊乃?」


 「私達、敵同士ね」


 「そう、だね。きっと一番のライバルだよ、君は」


 「…我もいるぞ。絶対、一番になる」


 「…手強いな。何人も居るけど、大丈夫」


 「アレー?あやめさんも参加するんだ?」


 「樹は?きっと、面白いことになるよ」


 「ふーん。それもそうだね。俺も参加しよう」


 「…皆が参加するなら、やっぱ俺もやってみようかな。それに光の言ったとおり、内から桃宮を見れる貴重なチャンスだしね」


 「…はーい!と言う事で、明日から皆さん頑張ってくれたまえ!」


 「……なんか理不尽な気がする…」


 奈津の意は誰も聞き入れてはくれなかった。


 というよりも、耳すら傾けてくれずに、かくして『桃宮お泊まり一週間コース争奪戦』の幕が勢いよく切って落されたのだった。

 


 


 


 

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