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ロスト・ワールド~Lost World~  作者: 高橋 彼方
4/5

商談


「残念だけど片桐さん。それは無理な話です。」


 彼方はすぐさまそう答えた。


 「どうしてだい?もしかして、雨森君のことかい?」


 片桐という男は、自分たちのことをどこまで調べているんだ。個人情報なんてあったもんじゃないな。いや、むしろそこまでするほど必死ってことか。

 

 「そうです。結の体調は正直言ってよくありません。それに4人だけで行くというのはメンバー全員考えていませんし、何よりいく理由がない。」


 「理由があれば言ってくれるのかい?」


 「あってもいかないですね。そもそも大前提がL-9は5人チームです。5人がそろわない時点でどんな理由であれいかないでしょう。それにそんな面倒な案件だれも受けたがる人はいないと思いますが。」


 「たしかに面倒ではある。だがこれは一方的なお願いではない。勿論君たちにメリットはある。さすがに何も見返りがない話を持ってきたりはしない。」

 

 「そのメリットってゆうのはなんですか。お金とかでは動く気ないですよ。」


 彼方の言葉に全員がうなずく。たとえ高額を提示されようと、高価なものを提示されようと、即座に断る準備が彼方にはできていた。がしかし、その決意は片桐の発せられた言葉によって、いとも簡単に揺らいでしまった。


 「雨森結の心臓移植。もちろんプレイヤー帰還人数の結果次第ではすぐに手術を受けられる体制を整えておくつもりだ。」


 その場にいた全員が息をのんだ。


 

 心臓移植。

 日本での臓器提供者数は1億人に5人。この国ではあまり考えられないだろう手術ではあるが、だからといって海外ならばというのも間違いである。アメリカですら10万に1人の割合しかいなく、臓器移植・手術を必要とする側に対し、圧倒的に「提供」する側が足りていない。さらに海外での手術は保険がきかない為、1億以上の資金が必要となる。たとえ資金が調達できようと手術は順番まちであり、多くの人々は、何年も待っている間に命を落としている。さらには臓器業界でのオークションも問題の一つとなっている。手術を早く受けるために、臓器提供者が現れたとたんに競争が始まるのだ。もし片桐のいう事が本当であり、数年待つことなく手術を受けられるのならば、少なからず4億近くの資金が必要となってくる。


 こんないい話はないであろう。勿論結の事を考えればリスクはあるが、それでも結果しだいでは最高のメリットといえる。だからこそ、そんなおいしい話にはなにか裏があると思ってしまう。 


「そんな大金があれば、もっと強いプレイヤーを雇うこともできるはずです。大金を払って僕たちに頼む理由が先程の理由だけとは考えられませんが。」


 「これはお願いではなく、ビジネスだからね。私は君たちと商談をしにきたんだ。こちらの提案をのんでもらうなら、それ相応の見返りは必要ではないか。」


 「ビジネスですか。それにしてはこちらにデメリットがあまりないようにも思えますが。」


 「デメリットとしては君たちは時間を失う事だろう。ログインしてもらってから何日かかるかわからない。下手したら1ヶ月以上ログインし続けることになる。そうすれば今務めている会社や予定は全てつぶれる事になるからね。もちろん君たちの勤務先には私たちの方から話は通すよ。」


 それってメリットしかないような…

 4人は同じ思いを描き、それぞれがどうするべきかと思考を巡らせていた…

 そして蓮花が最初に口を開けた。


 「俺はその話のってもいい。もちろん結の返答を聞いてからだ。お前らはどう思う?」


 香、優弥が同じ答えだと大きく首を縦に振るのを確認した彼方は片桐へと目を向ける。


 「少し時間をもらってもいいですか。」


 「もちろん構わないとも。この場で決めろとはいわない。ただ期限は明日の夜まででもいいかな。あまり時間がないものでね。」


 「ありがとうございます。駅の近くアフェリアという喫茶店があるのですが、18時にそこへ来て頂くことは可能ですか?」


 「ふむ。明日の18時だね。では、そうしよう。」


 「はい。ではまた明日。」


 そうして4人は立ち上がり、病院を後にする。

 待合室に座ったままの片桐は、静かに目を閉じる。

 



 片桐 源。


 片桐は現在、役員という肩書を持ってはいるが、元々飛びぬけた能力があったわけではない。むしろ特に目立つことがないサラリーマンであった。彼方と同じように大学を卒業後、社会人となった片桐は、世間的にはブラック企業とよばれる会社で毎日過酷な労働を強いられていた。

 朝7時に会社へ出社し、帰りは終電。会社に泊まるなんてこともよくあった。それでも片桐は黙々と与えられた仕事をこなしていく。文句ひとつ言わずに与えられた仕事をこなす様子から、周りからサイボーグと呼ばれることもあった。与えられた仕事をこなすということは、当たり前のようであるが案外難しいことである。だが片桐は時間こそ膨大に消費はしたが、それを完璧にこなしてみせた。

 頭角を現した始めたのは5年目あたりだろうか。片桐は営業として、駆け引きという才能を開花し始めた。


 商談というのは、ある意味心理戦である。

 片桐は分析能力の一点において、群を抜けて高かったといえるだろう。

 自分の持つ商談材料の内、どれをどのタイミングで提示することが相手にとって効果的であり、なおかつ自分の利益が高いのだろうか。このメリットに対し、相手の反応はどうだろうか。最終提示の勝負どころはどこだろうか。常に頭の中ではこうした思考がめぐっている。そのせいだろうか。片桐は人と会話するとき、こういえば相手はこう返すだろうだとか、この返答がきたらこう返せばいいだとか、きっと相手はこう思っているだとか、頭の中で分析と構成を組み立て会話する癖がついていた。そうしていつしか片桐は、相手の思考を感じ取り、会話の流れを自分の思うようにコントロールできるようになっていた。そして自分の腹の中を決して相手にみせてはならない。営業パーソンが戦う武器を見せてしまっては、それは商談ではない。ただ相手へとお願いをする交渉へと変わってしまうからである。

 

 


 病院を後にした片桐は、彼方達との会話を思い出し、微笑する。


 「社会人といってもまだまだ子供だな。彼らには悪いが…」


 そして先程の表情とは違う真剣なまなざしでつぶやく。


 「もう一度私に見せてくれ…」

  

 片桐の思考は、誰にも読めない。



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