王者L-9
「じゃぁまた明日ね!」
「うん。楽しみにしてる。」
病室を出た4人は笑顔とは遠い表情を浮かべている。
「まさかあいつがアフェリアにいきたいっていうとはな。」
蓮花の言葉に一同が共感する。
L-9の名が有名になってすぐに結の体調が悪化し、このままロスト・ワールドを続けさせることはできないと判断した彼方は、L-9解散を宣言した。
結は解散をずっと認めず、最初は何度もまだみんなでやりたいとだだをこねた。
しかし、痛みなどが感じられるロスト・ワールドでは、実体へのダメージがなくても少なからず精神的な影響が出してしまう。今よりさらに結の病気が悪化することを恐れた彼方はそれを断固として拒んだ。そして、結が諦めるようにメンバー全員がゲームをやめたのだった。
勿論メンバー全員、また戻れるようならあの世界に戻りたいと思っている。
しかし、自分達だけが戻るのは結に申し訳ないという心苦しさが、強く胸を押し付けた。そしてあの世界を思い出さないよう、アフェリアに行くことは自然となくなっていた。
病院の受付を通り過ぎ、出口へ向かうところで、彼方は扉のそばにたっているスーツを着た男性が、こちらをずっと見ていることに気が付いた。
そして目が合うとまるで挨拶をするかのように頭を下げた。
彼方は社会人になってある程度目利きが聞くようになっていた。学生の頃はスーツを着ているイコール社会人、としか判別していなかったが、いざ自分が会社に入ってみると、同じスーツを着ていても違うのだと理解した。
例えば同じスーツを着ていても、あぁあれは就活生だな、あっちは同い年くらいか、あれは役職についてそうだななど、はっきりとわからないまでも、だいたいの感じをつかめるようになっていた。
そして、会釈をしてきた男性の身なりはびしっと決められた真っ黒なスーツに、よく磨かれた靴、髪は白髪でこんな夜であるのにしっかり整えられている。イタリア紳士を感じさせる背筋の伸びたたちすじが、社会人ランクでも上位にいるだろうことが予想された。
「彼方君どうしたの?」
「いや、なんでも」
そういって病院をでようとしたとき、彼方は気のせいだと思っていたことが間違っていたことを確信した。
「L-9」
イタリア紳士がそうつぶやいた瞬間、その場にいた全員が一斉に言葉が発せられたほうへ顔を向ける。
「おっさん。なにもんだ?なんでそれを知ってる。」
蓮花は警戒しながら問う。
なぜなら彼方達がL-9だと、メンバー以外は知らないはずだからだ。
「おっと、驚かせてしまったようだね。すまない。私はこういう者だ。」
すっとジャケットの胸元に手を入れると、イタリア紳士は名刺を取り出し、彼方へと手渡す。
「株式会社LWO…、ロスト・ワールドの運営してる会社じゃなかったっけ。」
そして彼方はすぐに名刺に書かれた役職名へと目が向けられる。
「えっ?!本部長?!役員がなんでこんなところに…」
「まぁいろいろと訳ありでね。君たちに用があってここに来たんだが…少し時間をもらえるかね。」
「あ、だいじょ…かしこまりました。」
「いやなに、そんな固くならなくても大丈夫だ。」
社会人の癖が出てしまった。役職がついた相手を前にするとどうも言葉使いが変わってしまう。
「では…あちらで少し話そうか。」
そして指を指した先にある、病院の待合室へと一行は足を運ばせる。
「さて、もう一度自己紹介をしておこう。私はLWOの本部長を務めさせてもらっている、片桐 源という。君たちの名前は知っているから言わなくても良い。」
口を開こうとした彼方を片桐は止めた。
代わりに隣にいた蓮花が口を開く。
「んで、片桐さんは俺たちに何の用っすか。てか、そもそも何で俺たちがL-9だってことを知ってる。それにここにいるころを…」
片桐が右手を挙げたと同時に蓮花はむっとした顔で黙り込んだ。
「まず最初に話さなければいけないことは、そうだな。君たちは今のロスト・ワールドがどういう状況か知っているかな。」
「片桐さん。俺たちはもう何年も前にやめてます。今どんなゲームシステムだとかはわかりません。」
彼方がそう答えると、片桐の口角が少し上へと上がる。
「いやいや、そういう意味ではなく、現時点、現時刻のロスト・ワールドがどうゆう状況か知っているかい。」
何言っているんだ、そんなものわかるはずないだろう。
彼方が考えていると、代わりに優弥が答えた。
「えっと…。まとめサイトでみたけど、3日前くらいから大幅アップデートのためにメンテナンス中ってみました。なので、現時点ではアップデート中というのが正解…ですか?」
「正解だ…。世間的にはね。」
「どういう意味ですか。」
周りくどい言い方に香は苛立ちを隠せない。
「これは極秘でお願いしたい。世間的には大規模アップデートという名目を鵜公表している。だが実はね、3日ほど前にロスト・ワールドのシステム権限を誰かにハッキングされてしまい、こちらでシステム管理ができなくなってしまったのだよ。」
「えっ?!」
4人が同時に声をあげ、驚愕した。
それもそのはず、ロスト・ワールドは人間の五感を管理するという大それたゲームであり、そのシステムは国家機密級のセキュリティで守られているというのは、誰しもが知っている一般常識であったからだ。
「そしてここからが問題だ。ハッキングされた時刻から、それ以降誰もログインができなくてね。そしてゲームをプレイしていた役4万6千人は逆にログアウトができなくなってしまった。」
その場にいた誰しもが冗談にしか聞こえなかった。もはやそんな話は漫画やアニメの世界でしかなく、現実に起きるはずがないと思っているからだ。
「そんなバカな話があるか!そんなの大事件じゃねぇか!ニュースになってないのがおかしいだろ!」
蓮花が息を荒げる。
「だからこうして内密に私が動いているのだ。しかしいつまでも隠し切れないだろう…長くてあと2日といったとことか。」
「ログアウトできない人達は今どうしてるんですか…?」
優弥の顔は不安を隠しきれない。
「今もなおゲームの中にいる。ただ全員ではない。そのうちの5000人弱くらいはもうこっちへ戻ってきているよ。君たちも知っての通り、HPが0になると強制的にキャラクターが消滅する。データーベースから削除されたキャラクター達の人達がみんな目が覚めているところをみると、どうやら強制ログアウトになるみたいだね。」
「なんだ。それなら向こうでHPを0にすりゃいいだけだろ?全員帰ってこれるじゃねぇか。」
先ほどまでの興奮した様子とは違い、蓮花は少し落ち着きを取り戻していた。
「そう。問題はそこなんだ。未だハッキングした奴の目的はわからないが、とにかく戻る手段はある。だけど3日もたって5000人しか戻らない。これがどういうことかわかるか?」
確かに少ない。彼方は昔の記憶をたどるが、どんなに長時間プレイをしようと頑張ってはみても、1日もやっていると現実世界の方で体がもたない。腹が減れば帰ろうとする。
「つまりは、向こうの人達はログアウトできない事までは知っているけど、HPが0になったら戻れることを知らないとか?」
「それも勿論あるだろう。だがしかし、キャラクター消滅によるログアウトは誰しもがよく考えればわかることだ。無論、痛みを感じる世界で一度死ななくてはならないからな。それが怖くて0にできない奴も数多くいるだろうが。それよりももっと深刻な問題がある。」
「まさかとは思うけど、みんなあっちの世界にいることを望んでいる…とか?」
彼方は冗談まじりの声でそういうが、片桐の顔は真剣であり、そしてこちらの問いに対して無言でいる。
「…まじ?」
「大真面目だ。そもそも君たちがもし仮に同じ状況になったとしたらどうする。同じ選択をしないともいえまい。私だって実際どうするかはわからない。誰も彼らを責められないよ。」
「まぁあの世界にいる人達って大半が、LWは人生だ!っていう人ばっかりだもんね。」
香は当時あっちの世界にいたニート達を思い出し、自分もそのうちの一人であったことに身震いした。
彼方も確かに当時の自分であれば喜んであの世界に居続けただろうなと思いながらも質問をする。
「ハッキングした人は誰だかわからないんですか?」
「それは調査中である…とまでしかいえないが、それなりに大きな組織が動いていることは確かだろうな。とにかく今は時間が惜しい。そろそろ本題に入ってもいいかね?」
「わかりました。」
「単刀直入にいうが…君たちにもう一度ロスト・ワールドへ行ってもらいたい。」
「…どういうことですか?」
未だ片桐の発した言葉の意味を理解できない彼方だったが、片桐はとりあえず最後まで話を聞けとなだめ、語りだした。
「この3日間、私たちは強制的にログアウトする手段を模索したよ。だがね、どうやってもその方法が見つけられなかった。勿論もう一度システム権限を取り戻すために動いているが、それでもまだ時間が足りない。そこで、システム権限を取り戻す時間稼ぎのため、こちらからロスト・ワールドに刺客を送り、ゲーム内にいるプレイヤーのHPをことごとく0にしていこうという案がでた。そして私は君たちに今日会いに来たという訳だ。」
そこまでいうと、片桐は彼方に何か質問はあるか、というような視線を向けてきた。
「先ほどの片桐さんのお話しでは、現在ログインできないということでは?」
「勿論通常のマジックギアからの接続では無理だ。そこで我々はハッキングされたシステム上にない、まだロスト・ワールドが世に出る前の試作品マジックギアを試みたが、どうやらそちらを使用すればログイン可能のようだ。」
「現状の残っているプレイヤーの数は?」
「約4万人」
「そのうちRPGとして遊んでいる人達は?」
「私達の調べでは、約1400人といったところだろう。」
「何故…俺たちなんですか?もう3年もプレイしていないし、俺たちより強い人達はたくさんいるはずです。」
「まず選定の段階で職についていないものは除外させてもらった。そんな者を送り込んでも、そいつらは協力どころかゲームの世界にいることを選びそうだからね。そして次に試作段階であったマジックギアは7つしかない。内2つはすでに、実験としてうちの会社の者が使用中であり、残りは5つ。そこで我々は職についており、なおかつチームメンバーが揃っている、そしてメンバー全員が強者でなくてはならない。私はこの条件に当てはまるチームを1つしか知らないのだよ。もう言わなくてもわかるだろう。第一回LW日本大会PVPチーム戦部門…」
片桐は4人の顔を流すように見渡す。
そして力強く言い放った。
「王者L-9」