プロローグ2
4人は受付を済ませエレベーターへと向かう。
8階のボタンを押し、扉を閉じながら香が呟く。
「ほんとこの病院おっきいよねー」
「まぁ千葉では一番でかいとこだからな」
外の風景をみながらそう返す蓮花の目には、中庭にあたる散歩広場が映し出される。
国際技術千葉先進病院と名付けられたそこは、国内でも有数の最先端技術をいち早く取り入れる病院である。
一部では実験場とも言われているが、世界各国の技術を取り入れているだけあって、館内は見たこともない機器で埋め尽くされている。
彼方達は、828と書かれた扉の前に立ち静止する。
彼方はいつもここへくると、どんな顔をすればいいのかわからなくなってしまう。目線が上がらない。いつのまにか自分の足元を見てしまう。
そしていつも通り、香の一声により心を引き締める。
「みんな笑顔で行くよ。」
「おう」
「はいはい」
「うん。」
彼方達が返事をすると、香は先頭に立って扉を開けた。
828号室。そこはこの病院にある個室の中でも、最もグレードの低い部屋である。グレードが低いといってもこの病院内ではというのは忘れてはいけない。他の病院と比べればいいランクだろう。約8畳ほどの広さではあるが、中庭が一望できるよう扉がある反対の壁は一面ガラスでおおわれている。脇にベッドがあり、そこに腰かけている女性がいた。ゆるく巻かれたふわふわとした髪を肩下までおろし、どこか寂しそうな表情を浮かべる女性。ガラスごしに遠くを見るような視線だが、彼女の眼は何も見えていないかのように光がない。
扉のノックが聞こえ、部屋の扉が開かれる。そしてその音を合図に彼女はいつもの笑顔に戻るのだった。
「おひさー!」
「香久しぶり。いつもより遅いから、今日はもう来ないのかと思ってた。」
「ごめんね。彼方が電車で寝てたせいでこんな時間になってしまいました。」
「いや、だから仕事でしょうがなく…」
彼方の言葉をさえぎるように、ベッドに座る彼女は口を開く。
「私の嫌いな男ランキング。1位、言い訳する男。2位、嘘をつく男。3位、幼馴染を前に元気がない男。」
「くっ…。寝過ごしました…。」
「うん。よろしい!」
雨森 結。互いの親が学生時代の同級生ということもあり、彼方と結は幼少期の頃から兄弟のように育てられた。平凡な彼方とは違い、容姿、運動、勉強、様々な才能を持ち合わせていた結は、中学では陸上部のエースとして全国大会、高校は名門高へ入学を決める。親に期待され、友達に尊敬され、先生に褒められ、結の周りはいつでも人で溢れていた。
彼方は結に憧れていた。
誰かに認められたいわけではない。才能が欲しいわけではない。ただ純粋に、結の目が誰よりも輝いていたからだ。自分の未来を信じて疑わないその瞳に…
「おっす」
「結さん。こんばんわ。」
二人に遅れて、蓮花と優弥が後から続く。
「二人とも久しぶり。てか優弥のスーツ姿初めてみた。あんま似合わないね。」
「僕が一番気にしてることいわないでよ…。最近お客さんのとこいったら、新卒の説明会はこちらですっていわれて傷付いてるんだから…」
「あ、ごめんなさい。」
「まぁ似合わないのは事実なんだけどね。」
優也が落ち込み始めたところで香が話題をかえる。
「そんなことよりっ!結明日外出許可おりたんでしょ?!久しぶりじゃん!なんか行きたいとことかある?!私連れてっちゃうよ!」
「んー。でも特に私は行きたいとことかわ…」
「ダメダメ!勿体ない!折角なんだしどっかいこ!」
「んー。なら久しぶりにアフェリアへいきたい。みんなで…だめ?」
「あっ!いいねそれ!そうしよう!みんな明日いける?!」
男全員が首を縦に振る。
「楽しみだな。」
そう呟く結の目は、少しの活力が沸いていた。
アフェリア。駅のすぐ近くにある喫茶店。いたって変わったところもない普通の喫茶店だが、彼らには特別な場所だった。
チーム名「L-9(エルナイン)」
世間では、青春を最も謳歌する時代を全て捧げた、5人の誇り高き名。
現実世界で初めてチームが顔を合わせた場所。
何度も夜まで語り合い、言葉を交わした場所。
あれだけ通った喫茶店もここ数年いくことはなかった。
行けばまた思い出してしまうから。
また戻りたくなってしまうから。
しかし、結があの場にまた行きたいというのであれば、それを誰も否定することはできなかった。
エスクフリプト心膜病。心臓を覆う膜に炎症がおこり、その後膜の内側から細胞を破壊していく。
10年に1人といわれるそれよって、余命8年と告げられた高校2年の夏。その年から結の入院生活は始まった。
今までできたことができなくなった。
いや、正確にはすることをやめた。
結は毎日ただただ外を眺めるだけとなった。
彼女の時間は、そこで止まった…
勿論入院してからというもの、たくさんの友達が部屋に押しかけていた。
しかし決まって全員が同じ言葉を口にする。
元気を出して。
きっと大丈夫だから。
なんとかなるって。
一緒に頑張ろうよ。
そんな無責任な言葉に最初こそは笑顔で答えていたが、次第に周りの顔を見て苛立ちを感じるようになっていた。
そして、体調はマイナス方向への一方通行だった。
その日も周りにはたくさんの友達が顔を出していた。そしていつもと同じ言葉を同じ表情で同じようにつぶやく。
瞬間。たまっていたものが爆発した。
「もうほっといて。二度とこないで。お願いだから。」
それが彼女の心の叫びであった。
普段から人に対して優しい結から発せられたその声は、いつもと変わらないトーンで室内に響き渡り、そしてその日以降、家族以外顔を出すものはいなくなった。
しかし、彼方だけは違う。彼だけは毎日のように顔を見せた。
会話があるわけではないが、無言でいるその空間が唯一心地の良い時間となっていた。
そんなある日、彼方がおかしな形をしたヘルメットを持ってきた。
「お前毎日暇そうだし、寝てしかいないんだから一日暇だろ。少し手伝えよ。」
少しも気を使っていないその発言に、結は静かに微笑んだ。
そして彼女はマジックギアを被る。
彼女の時間が、再び動き出した…