プロローグ
「あー。たいくつだ。なんか面白い事ねぇかな」
昼食を食べ終え、いつもの公園のベンチに座りながら気のない声を出す彼の名は、一葉 彼方。
今年の4月から社会人として働きだした、世間でいう新卒というやつだ。
彼方は東京の会社に無事内定をもらい、現在3か月の研修期間を終えた彼方は営業に配属され日中は客先をまわっている。
彼方の勤務する会社は、過酷な飛び込み営業ではなく基本的に顧客をまわる。
顧客回りを始めた当初は初めて会う顧客なので多少の緊張はあっても、同じエリアを何度か回っているとある程度の関係性が出来上がり、さほど緊張による疲労もない仕事ではある。
仕事に対しての不満は彼方にはない。これは学生の時から思っていたことだが、彼方は何をするときでもある程度のことはしょうがないと納得してしまう。
学生は学校に行くのはしょうがない。
社会人になれば仕事をするのはしょうがない。
それが何の仕事だろうとそれに見合った給料さえもらえれば、さほど不満もでない。まったくないかといえばそんなことはないが、それでもストレスで死んでしまうようなとこに入社をしたわけではないことは確かだ。会社の雰囲気はいいし、むしろ周りの動機や先輩は面白い人ばかりだ。
しかし彼方には毎日心のどこかで苛立ちを感じていた。
それは一体なにか。
それは誰しもが一度は思うこと。
毎日が同じ繰り返し。
変化がない。
何も起きない。
つまらない。
月曜から金曜までは仕事、土日は部屋でごろごろするか友達と遊ぶ。もちろん旅行などにも行き、いつもと違う雰囲気を味わうこともあるが、それでも中学から高校、高校から大学などの劇的な環境の変化がこの先はない。
変化がない。
つまらない。
学生に戻りたい。
そんなことを考えながら彼方はいつもの公園のベンチで黄昏ていた。
9月も終わりごろになり、ジャケットはいらないまでも半袖だと少し肌寒い。
しかし天気がいいということもあり、外はポカポカと陽気な温度だった。
「あー風が気持ちいいなぁ。このまま一生こうしていたい。」
そんなことを呟きながら、空に浮かぶ雲の形がどこかで見たことあるなとくだらない事を考えていたとき、ワイシャツの左胸ポケットに入れてあった携帯が2度震えた。
「読み上げ」
そうつぶやくと携帯から送られてきたメッセージが読み上げられる。
「今日仕事早く終わりそうだから千葉駅には20時にはつけそう!みんなもそれくらいにはつくって!彼方も早めにきてね!」
携帯から発せられた声は昔から聞きなれた声だ。
「あー。そういや今日は第2金曜日か。パパッと仕事終わらせていかないとな。」
そうつぶやいた彼方はベンチを立ち、公園を後にいつもと同じ方向へと歩き出した。
腕時計に記された時刻は20時半。
「やっべ。遅くなったな。」
彼方はホームを駆け足で進み、いつもと同じ階段を降り、改札へと向かった。
改札が近くなると、その先にいる3人の姿が目に入り、余計に進む速度が速くなる。
「おっそーい!」
声を張り上げながら近づいてくる一人の女性。女性といえば聞こえはいいかもしれないが、まだどこか幼さが残る彼女の名は初芝 香。
身長は彼方が173センチに対して15センチほど低く、輪郭は細く顎はすっとしており、目は二重でぱっちりあいている。
髪は少し茶色がかった色をしており、肩まですらっと落ちたサラサラのストレートヘアからは、名前の通りいい匂いがする。
アパレル業をしているだけあり、服のセンスも良い。白の薄生地のカーディガンをはおり、その下は胸元が大きくUの字に空いた無地のTシャツ、下はスタイルの良さを表す細めのデニムをはいている。外見だけで言えば、道端で誰もが一度は振り返る美人だろう――。
しかしその幼さの正体はその性格にある。
子供のような、もしくはそれ以上に無邪気すぎるせいで、どことなく落ち着かない雰囲気をいつも出している。
落ち着きがない。
悪い表現かもしれないが、その言葉が彼女にはぴったり合うだろう。
「わるい。仕事がちょっとのびちゃって。」
「仕事なら…しょうがないけど…」
社会人の便利な点として、約束に遅れた場合、たいていが仕事で遅れたといえばなんとかなる。
本当は電車で寝てて、終点の千葉駅で起きれなく、そのまま逆方向に進んでました…なんていえるはずがない。
「お前が仕事してる姿は想像できないけどな」
香の後ろに立ち、くすっと笑いながら話しかける彼の名は雪城 蓮花。
少し赤がかかった髪色で、長すぎず短すぎず丁度よいバランスで整えられた髪型。身長は180センチで、前髪をあげ今どきのイケイケ社会人。まぁ俗にいうただのイケメンだ。
香のように性格に難有りならば文句はないのだが、電車で席を譲るわ道端で困っている人を助けるわでむしろ性格がずば抜けていいという完璧な存在だ。
蓮花の悩みは勉強に運動になんでもできるがゆえに、ある程度できてしまうと飽きてしまうという熱しやすく冷めやすいタイプということだ。
「うるせーよ。そういうお前は遊んでるふうにしかみえねーけどな。」
「おぉいうねぇ。社会人になったんだから敬語を使え、敬語を。」
「蓮花様は普段からいろんな女性をたぶらかしてる風にしか見えませんが、異論反論はありますでしょうか。」
「異論も反論もねぇ!」
「ちょっとは否定しろよ!」
4人の笑い声が響く。
彼方と香は今年で23歳になる。
そして蓮花は彼方達の2つ上であり、今年で25歳を迎える。
「みんな時間ないよー。僕は10分前に来てたけど、誰かさんが遅れたせいで時間も押してきちゃってるみたいだしさ。」
口を開いたのはこの場で一番年下の如月 優弥。
彼方の1つ下の彼は、身長160センチという小柄でほっそりとした体型で、少年のような顔だちをしている。スーツを着ていなければ絶対に20歳を超えているとは思わないだろう。
しかし見た目とは裏腹に、このメンバーの中では一番しっかりしており、いざというときの冷静さと判断力があるので、意外と頼りにされている存在だ。
このメンバーで同じ学校に通っていたものは1人もいない。
ではなぜ彼らは年齢が離れているにも関わらず、出会い、仲が深まったのか。
彼らが出会った時まで遡るなら、それはそう…5年程前になるだろうか…
MMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)
大規模多人数同時参加型オンラインRPGといわれるネットゲームは、ひと昔前ではPCの画面上で遊ぶただのスクリーン上でのゲームであった。
家にいながら学校の友達や他県の知人、日本中、世界中と繋がれるそれは、ゲームという枠では収まらず一つのコミュニケーションツールとしても使用されていた。
ある年、目の前にホログラムを作り出し、そこに実物があるかのように錯覚させる「マジックフレーム」という眼鏡がアメリカで開発された。
その眼鏡をかけると目の前に様々な3Dホログラムが浮かび、驚くべきは作り出したホログラムには匂いや手触りを感じる事ができる。
マジックフレームが発売された当初は、現れたゾンビを倒すものや、神秘的な場所を散歩できるものなど体験型ゲームが大流行した。
しかし、所詮はホログラム。出てきた木や動物に触れるといっても、家の中でアルプスの大平原を歩いていればすぐに壁にぶるかるしシューティングはさらに最悪だ。
動き回るがゆえに部屋のあらこちらの物が壊れるといった被害が後をたたなかった。
そんな中世界技術が進み、電脳化が進んだ時代がやってきた。
詳しく公表がされていないため、どのような原理かはわからないのだが、現実世界でホログラムを実体化させるのではなく、ホログラムで作り出された世界を仮想空間上に保存し、その空間に人間の意識を飛ばすという技術が話題となった。
とはいっても、その人間事態が本当に移動するわけではない。
「マジックギア」というヘルメットのような特殊な装置を頭にはめ、仮想空間上につくられたAというホログラムに五感を飛ばすイメージである。
そしてそれから10年。その技術はついにゲーム業界へおりたった。
世界で1億人。日本では約200万人もの人々がプレイしたといわれている、社会現象を巻き起こしたゲーム。
その名は「ロスト・ワールド(Lost World)」。
そこは一度文明が滅んだ大陸。
この大陸では魔法により現実とは違う文明の発展を遂げた5つの国があり、各プレイヤーは好きな国を選択し、自分の所属する国の発展を目指していくという、設定としてはありきたりなものだ。
しかしロスト・ワールドの面白い点、他のMMOとはまったく違う点がある。
まず種族は人間種のみで初期ステータスは全員が同じところから始まる。
そしてこのロスト・ワールドにはレベルという概念がないことだ。
現実世界のように鍛えれば鍛えるだけ強くなるし、魔法に関しても特定の条件を満たせば手に入れられるものから、発想しだいで無限にオリジナル魔法も作れる。
例えば農作物に与えるために、ただ雨を降らすレインという魔法がある。しかしこれに闇属性のダークを混ぜると闇の力を帯びた黒い雨を降らすことができる。
また目の前に鉄の壁をだし、それを透明化すれば見えない壁の完成だ。
これは簡単な例のひとつにすぎない。
もともと特定条件で手に入れられる魔法が1000種以上。
そのうち覚えても一生使うことはない魔法もあるが、オリジナル魔法を入れるとその数ははかりしれない。
魔法上級者ともなれば10種類以上の上級魔法を組み合わせ、チート級の魔法を使用するものもいる。
その分発動までの時間は当然かかるわけだが――
そしてこの世界には職業といった概念がない。
弓も練習すればするほど熟練度はあがるし、剣や斧も使えば使うほど上がる。
これは商人や薬師、貿易でも同じ原理だ。
上限があるとすれば、ゲーム内で一番重い大剣を使用することができればそのキャラクターの筋力はあげる必要がなくなるだろう。
すべての職業ができるというのは魅力的だが、ひとつの熟練度をあげるのには膨大な時間がかかるため、均等に上げようと思うと結局中途半端なキャラに育ってしまうので、あまり効率はよくない。
むしろ雑魚キャラだ。
キャラメイクにおいても課金をすればだがいつでも変更が可能で、その細かさといえばキャラメイクだけに1週間かけるものもいれば、掲示板でキャラメイク代行というスレまでたつくらいだった。
唯一ほかのMMOと何も変わらないとすれば装備品だろう。
ドロップアイテムや洞窟でみつけた希少金属などを加工して防具のステータスをあげていく。
このシステムが変わらない理由はもちろん運営側の都合だろう。
やはり長くプレイしてもらうためにはそれなりのやりこみ要素含めなくてはならなく、作成に時間がかかる貴重な装備を定期的に出せばまたプレイヤーもそれらを作るのに長い間プレイするという仕組みである。
このゲームとして当初から改善されないシステムがあった。
それは脳波を読み取るために、男性が女性キャラクターを選ぶとうまく動かないという点だ。
つまり現実世界と仮想世界の性別は変えられないということだ。
しかしそのせいで、いやそのおかげで、全てのプレイヤーがもう一人の自分、もう一つの人生としてプレイしていた。
日本サーバーでは常時約50000人もの人々がプレイしている。
しかしその中のほとんどは仲良く会談をしていたり、自然を楽しむために散歩しているだけであり、実際にRPGとして楽しんでいるのは5000人弱である。
あれ?RPGとして遊んでる人少なくない?
そう思ったかもしれない。
しかしこのロスト・ワールドが他のMMOと絶対的に違うシステムがその理由だろう。
それはなにか。
このロスト・ワールドは痛みも感じることができるからだ。
つまり切られれば激しい痛みが伴うし、火の魔法を受ければ熱いのだ。
これは当初かなり批判されたシステムではあるが、リアルを追求した運営側は断固としてこれをかえなかった。
そして最悪にして最高のゲームシステム。
「ロストキャラクター」
通称「LC」
自分のHPが0になった瞬間、そのは完全に消失する。
モンスターやプレイヤーの攻撃はもちろん、転落や不慮の事故だとしてもそのキャラクターはデーターベースから消されてしまう。
作成し、せっかく鍛えたキャラクターが消えることは、誰しもが絶望を味わうシステムであった。
つまり実際にRPGとして楽しむプレイヤーはかなり珍しく、そして戦闘にあけくれる者は、ある意味どこかネジの外れた者が多かった。
彼方は後者であった。
現実では得られない、死のイメージを与えられるこのゲーム。
その緊張感が彼方にはとてつもなくたまらなかった。
ロストワールドの人気度の高さはその自由度ともう一つ、PvP(Player vs Player)にあり、そして彼方はそれにどはまりしていた。
ロスト・ワールドのPvPは大きく分けて4つある。
決闘、チーム戦、ギルド戦、国家戦。
それぞれの戦闘システムやルールもかなり手が込んで作られていた。
その中でも彼方が心奪われたのは決闘とチーム戦であった。
今まで画面上でやるゲームとは違い、実際に相手を目の前にし、自分の体で戦うそれは、普段得られない緊張感と高揚感を得られた。
またギルド戦、国家戦では同じギルドや国に属する者が仲間となり戦うが、チーム戦ではギルドと国家の境目がなくチームを組める。
普段戦う相手が仲間となって戦う感覚がなんともいえなく好きなのであった。
1対1での決闘では、たびたび開かれる大会に参加し、その結果に応じてランキングが付けられる。
上位500位以内にもなると名前がちらほら売れ、100以内に入るとランカーと呼ばれ、特別なエンブレムがプレイヤーネームの頭につけらる。
そして50位以内ともなれば特別なエンブレムはもちろん、大陸全土に名前が広がる為、かなりのプレイヤーから顔と名前を覚えられることになる。
5年前、彼方がまだ高校2年17歳の頃。
魔法や装備も満足いくものが揃い、PvPに没頭していた頃。
ランカーであった彼方、香、蓮花、優弥の4人は決闘の場である闘技場で頻繁に戦うがゆえに顔見知りとなり、闘技場の待合室でよく話すようになった。
そしてもう一人仲間が加わり、パーティ戦に明け暮れるようになった。
パーティ戦でも名前が売れた頃、現実世界で実際に顔を合わすこととなり、それからというものゲーム以外でもよく遊ぶようになったのだ。
月明かりに照らされ、夜の静けさが訪れた住宅街を、4人の影がどこまでも伸びていく。