迷子の勇者、不思議な実の樹に出会う
オカザキレオ様による異世界スイーツ短編企画。参加作品です。
詳しくはにゃん椿3号さまの割烹「☆異世界スイーツ短編企画のお知らせ☆」を参照ください。
彼は、仲間とはぐれて一人、山の中をさまよっていました。のまず食わずで二日。もう一歩も歩けないと言う状態です。こんなところで、魔物に出会えばジ・エンド。それでは物語が終わってしまいます。というのも彼はいわゆる異世界からやってきた勇者さまなのです。つまり、この世界の主役です。そんな彼が、こんな危険な山の中、一人で倒れかけていました。
「なんで、こんなことに……」
カサカサに乾いた唇を舐めながら、ぽつりとつぶやくと甘い香りが鼻をくすぐりました。彼はなんだろうと思い、這うようにして匂いに近づいていきます。するとそこには、様々な色の実を付けた小さな樹がありました。実は飴玉一粒ほどの大きさです。彼は迷いもなく、赤い実をちぎり口にいれました。
「ぎゃ!辛!!」
どうやら、赤い実はとてもからかったようです。しかし、のどを潤す水はありません。彼は別の色の実をとりました。今度は青い実です。躊躇はしたものの、口の中の辛さが我慢できず、青い実を食べました。
「冷たい……」
実に味はありませんでした。ただ、氷を食べたときのような冷たさだけが口に残りました。おかげで、口の中の辛さは消えました。そこで、彼はようやくひといきついて考えました。実の色はその実の味をあらわしていて、それぞれ違うのだと理解しました。彼は頭の中にいろんな味のイメージを思い浮かべます。そして、色と味を結び付けてみました。
「無難なのはオレンジか?」
そういって、オレンジの実を一つ食べました。
「あっつ!!」
どうやら、かなり熱い実だったようで、口の中を火傷してしまったようです。あわてて、青い実で口の中を冷やしました。次に手にしたのは緑の実。エメラルドグリーンと表現できそうな透き通ったおいしそうな飴のような実です。
「ミント味かな?」
彼は半信半疑になりながら、匂いをかぎました。かなり慎重さを取り戻いしたようです。匂いは涼やかな甘い匂いでした。これなら間違いないだろうと確信した彼は、緑の実を食べました。
「ああ、旨い」
どうやら、予想以上においしい実だったようで、彼はいくつか緑の実をとり、食べました。最後に無性に食べたくなったのは、一番甘い匂いをした黒い実でした。
「きっとチョコレートだな」
彼は確信をもって黒い実を食べました。しかし、それはとても苦くそして恐ろしい実でした。彼の体はあっというまにチョコレート色に染まりました。それだけなら、まだよかったのですが……。
「嘘!!なんで!!」
座り込んでいた彼の足は、いつの間にか大地に埋まっていました。もがいてもあがいても、体がうごきません。そして意識も遠のき始めました。
「異世界なのに……。俺が主役なのに……どうなるん……」
彼はあっという間に樹になってしまいました。まるで、何かをつかもうと手を伸ばした人間のような形の樹に。そして、たくさんの実をつけていた樹は人の姿になっていました。
「なるほどね。誰かが実をたべてくれないと元の姿にもどれないってことだったのか。誰だかしらないけどたすかったよ。さあ、冒険を続けるとしよう」
人の姿になった樹。彼もまた異世界から召喚され勇者として、この世界の主人公として活躍していた人だったのです。そして、この世界は勇者が迷子になるたびに、新たに異世界から人を召喚していました。彼らが山の中にいた、そのとき新しく異世界から呼び出された少女が一人。 また、この世界の新たな一ページを開こうとしていたのでした。
【終わり】