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異世界で黒い悪魔と呼ばれています  作者: 空地 大乃
第一部 ゴッキー先生との出会い編
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第七話 勇義士の少女

 少女はその後も、彼女曰く黒い悪魔の話をかなり長いことヒカルに話し続けた。


 しかし当の内容は、彼女がいうところの悪魔その人であるヒカルからしたら、尾ひれをつけるどころじゃない程に誇張されまくっていた。


 何せ彼女がいうにはその昆虫にもにた悪魔は、体長が優に五メートルを超え、地獄からやってきたような黒光りする鎧を身にまとい、口から無数の牙を伸ばし彼女に襲いかかってきたというのである。


 正直自分の変身した姿は確かに傍から見れば気色悪いといえるのかもしれないが、それでも彼女がいっているバケモノよりはマシだと思えるほどだ。


「そ、それにしてもそれだけの化け物が現れたのによくご無事でしたね」


 ヒカルは疲れたような困ったような、なんともいえない面持ちのまま笑顔を取り繕い彼女に告げる。

 自分でも下手な愛想笑いだなと思ってしまうが。


「それが不思議なのよね。う~んもしかしたらそのままあのオークと闘いになっ――て、そうだ!」


 細い腕を胸当ての前で組み、可愛らしく唸った後、弾けたようにヒカルに背中を見せ走りだす。


 その足先はオークの死体に向けられていた。


『ヒカルどうする気だい?』

 

 彼女の後ろ姿を眺めていたヒカルに、ゴッキー先生が語りかけてくる。

 どうするとはこの後はという意味だろう。


『暫くは彼女の様子をみつつ、機会を見て町の場所を訊こうかなって思ってます』


 ヒカルは流石に今回ばかりは念による会話で先生と接した。

 他に人がいる前でひとりごとは流石に怪しいだろうと思ってのことだ。


『街の場所ってそれなら――』


「ねぇちょっといい?」


 ゴッキー先生が何かを言おうとすると、オークの死体を調べていた少女に声をかけられる。


 ヒカルは、あ、はい、と素直に返事し彼女のもとに駆け寄った。


「そういえばまだ名前も訊いてなかったね」


 ヒカルが彼女の斜め横に立つと首を巡らせ頭を擡げるようにして尋ねるようにいってくる。

 上目になった碧眼は、淀みのない湖面を思わせる蒼で、みるものを思わずドキリとさせる。


「ひ、ヒカル、ヒカル クロクが俺の名前」


 何か少し辿々しい自己紹介になってしまったが、ヒカルが名前を告げると彼女がそうと口元を緩めた後立ち上がり、毛並みの柔らかそうな狐耳を撫でながら自分の名前を伝えてきた。


「私はフォキュア、フォキュア・スレイプ宜しくね」


 言って更に笑みを深くさせるフォキュアに、こちらこそ、と少し照れくさそうに返すヒカル。


 だが照れくさそうなのはフォキュアも一緒に思えた。


「それにしてもヒカルって珍しい名前だね」


 フォキュアが口にし、ヒカルは黒目を斜め上方に上げた。頬を指で掻きながら、日本名だからそれも仕方ないかなと考える。


 ちなみに咄嗟に氏名を逆に伝えたのは、好きだったWeb小説の影響だ。

 だがどうやらその認識で間違いなかったらしい。


 ヒカルの少し返答に困ったような表情をひとしきり眺めた後、彼女は、それにしても、と小さく呟いて今度は骸の反対側に移動して膝を折る。


 そうすることで片膝立ちのような状態となるが、逆側に移動したことでスカートの絶妙な隙間がどうしても目に入ってしまう。

 その上さらに健康的な太腿が目立つ状態となり、見るなと思っていても視線が下を向いてしまうのだ。


 中身こそ見えてはいないが、だからこそ究極のチラリズムといって差し支えないであろう。


「ねぇ」

「はい! ごめんなさい!」


 フォキュアに再び声を掛けられ思わず肩をビクッとさせ謝ってしまう。


 しかしそんなヒカルをおかしなものを見るような目で見上げ眉を顰めながら、

「なんで謝ってんの?」

と怪訝そうに尋ねられてしまった。


「いや、ははっ」


 愛想笑いで誤魔化すしか出来ないヒカルに首を傾げながらも、フォキュアはオークの死体、細かく言えばオークの胴体の断面を指さした。


「これ、そうとう鋭い武器で斬られなきゃこうはならないわよね。断面とか全く潰れてないし切れ味が見事すぎると思うの」


 と、言われてもと思わず顔を眇める。


 確かに斬ったのは自分だが、死体の見方などは検視官でもないかぎりわからないなと考える。


 斬った時の感触を考えれば見事であったのは確かなのだが――


『ふむ、少しはこのフォキュアという女も判るようだな』


 脳裏に先生の声が木霊する。どうやら先生は自分の同士で斬ったそれの鋭さがよく判ってるようだ。


「それにこの魔剣も見事に粉砕されてるわね。本当悔しくなるぐらいよ。大抵魔剣というのは堅強なものなんだけど」


 特にヒカルの返事を待つことなく今度はナルムンクの残骸をみながら口惜しそうに述べた。


 その表情から察するに、既にヒカルが片付けてしまった相手だが、本来なら彼女が自分で片を付けたかったのかもしれない。


 そしてフォキュアはヒカルに質問しているのではなく、ただ聞いて欲しいのかもしれないとも考えた。女の子にはそういうとこあるよな等とひとり頷く。


「それにしても本当、誰がこれをやったのかしら――」


 そこまでいって錦糸のような細い髪を揺らしながら、フォキュアがヒカルを振り返り、まじまじと見つめてきた。


 ヒカルの胸が大きく波打つ。


「やっぱどうみても貴方な筈がないわよねぇ……」


 見上げてた瞳を伏せるように下げ、ひとつ溜め息を吐く彼女。

 どうやら再度ヒカルの可能性を検証したようだが、それはあっさり否定されたようだ。


「あのさ、その化け物がやったという可能性はないのかな?」


 彼女の会話が一旦途切れたところでヒカルはそう訪ねてみた。

 冷静に考えたらその答えに行き着きそうなものである。


「確かにそれが一番らしいんだけど、だとしてオークを倒しただけというのがね――」


 腕を組み得心のいっていない表情を見せるフォキュア。


「た、例えばだけど、その化け物が君を助けようとしたとか……」


「はぁ? ないないそんな事。あり得ないわよ、あんな凶暴そうな奴に限って!」


 言下に否定された。この嫌われよう……やはり彼女に本当のことは話せないなと苦笑いを浮かべる。


「……まっ、考えてても仕方ないわね。不本意だけどこの死体と魔剣を回収してギルドに報告するとしますか」


 思い立ったように腰を上げ、肩を竦めながら誰にともなく彼女がいった。


「ギルド?」

  

 思わずヒカルから疑問の声が発せられる。

 とはいえここでいわれたギルドに全く心覚えがないわけではない。


 何せ無料だったWeb小説にはその名前が良く出ていた。男のロマンを刺激する――そう冒険者ギルド。


 ファンタジーで異世界でギルドとなればもはや疑う余地のないとテンプレなものである――のだが。


「そう。勇義士ギルド。いくらなんでも聞いたことぐらいあるでしょう?」


 全くなかったのである。


 これはヒカルにとって耳馴染みのない言葉であり、思わず勇義士ギルドという言葉を頭のなかで反芻してしまうのだが。


『勇義士ギルドってのは、名前こそ違うけど内容はヒカルの知ってる冒険者ギルドとほぼ同じだよ』


 そこへ思わぬところから助け舟が。そうヒカルと一体化したゴッキー先生である。


『知ってるのですか先生?』


『当然だ。この世界で長年生きてきた私をあまりなめるでない』


『そうですか……でもなんで冒険者のことまで?』

  

 そう、ヒカルにとって不思議なのはそこだ。この世界に冒険者ギルドというのがないのなら、先生が冒険者と勇義士が一緒と判断するのは少しおかしい。


『別に不思議なことではないぞ。私はお前と融合して力を与えたが、その見返りというわけでもないが私はお前の記憶を自由に探れるのだ』


「えぇ!?」


 思わず素の声で叫びあげてしまった。その様子にフォキュアが首を傾げどうしたの? という目を向けてくる。


 ヒカルはすぐに両手で口を塞ぎつつ、な、なんでもないなんでもない、と取り繕った。


『それにしてもお前の記憶にある物語は面白いな。これだけでも融合した価値があるというものだぞ』


 先生が楽しげにそう頭のなかに語りかけてくる。それで合点はいったが、自分の記憶を覗かれるというのは何とも気恥ずかしいものだ。


『既に私とお前は一心同体のようなものだ。記憶ぐらいで狼狽えるでない。それに私だって常識はわきまえてるつもりだ。確かにやろうと思えばヒカルの黒歴史や本人が忘れてることも引っ張り出すことは可能だが、そんな事はするつもりはない』


 そのセリフに思わず身悶えそうになる。まるで丸裸で歓楽街に放り込まれたようなそんな気にさえなった。


「ねぇ大丈夫?」


 恐らく今、ヒカルの表情は百面相のごとく変化を繰り返していたのだろう。


 その事に怪訝に思ったのかフォキュアが眉を寄せつつ訪ねてきた。


「だ、大丈夫大丈夫! ちょっと思い出してただけだから! てか、あれだよね勇義士って人々の依頼を受けて解決するっていう」


「え? あ、うんまぁそうね。大体それであってるわ」


フォキュアは目をパチクリさせながら答える。


「という事はフォキュアは依頼でここに?」


「そうね。この森は禍物(マガモノ)が多いから良く依頼が舞い込むのよ」

 

 マガモノ……と思わずヒカルは繰り返す。


『ヒカルの知ってる類いでいえば魔物や妖魔ってとこだな』


 直ぐ様ゴッキー先生のフォローが入る。成る程とヒカルは一人納得した。

 こういう面では先生の存在はありがたい。


「それで私はここで依頼されてた薬草採集をしてたんだけどね。そこでこいつに襲われたってわけ」


 いってフォキュアは細く白い首を竦めてみせた。


「まぁ本来ならオークぐらいは私でもそれほど苦戦はしないんだけど、今回ばかりはちょっと想定外だったわね」


「それは相手が魔剣を持ってたから?」


「うん、まぁそれもあるんだけど――」


 会話が途切れどこか言い淀んでるような雰囲気。狐耳も感情に伝導しているように折り畳まれる。


「でもどんな形であれオークが倒されてるならもう問題無いですよね」


 ヒカルはあまりその事に追求すべきでないなと思いたち、話を区切ろうと笑顔でいう。


 するとコクリとフォキュアが頷いてスカートの横……あの尻尾のアクセサリーがついてる方とは逆側に掛けられていたポーチに右手を持っていった。


 大きさは彼女の右拳より一回りほど大きいぐらいである。留め金を外してかぶせを開きその中かから小さな水晶を取り出した。


(これは……?)


 そう疑問を浮かべるヒカルであったが、肝心のゴッキー先生のフォローがない。

 彼女に訊いてもいいが異世界であたり前のものであるなら、知らないのは不自然かもしれないので躊躇われる。


『先生、先生ちょっと』


 仕方ないのでヒカルから念でゴッキー先生に問いかける。


『うん? なんだいまいいとこなんだが』


『いいとこ?』


『そうだ。今丁度ヒカルの世界でいうところの学校とやらからクラスメートが異世界に――』


 ヒカルは思わずズッコケそうになったがなんとか耐える。


『先生! それよりあのフォキュアが取り出した水晶について教えて欲しいんです。おねがいしますよ』


『うん? あぁあれは魔晶だね。あの中に色々な魔法の効果が詰められていて、魔術師の類でなくてもあれがあれば似たような事が出来る。以上! ちょっと集中したいから暫く呼ばないでくれるか?』


 どうやらゴッキー先生はよっぽど日本の小説が気に入ったようだ。


 しかたがないので判りましたと通信を切る。


「それ魔晶ですよね? それで何かするんですか?」


 ヒカルは教えてもらった情報を頼りにさも知っているかのように話した。


「えぇ、確かに依頼は薬草採取だけだったけど、このオークのせいでギルドの勇義士が何人もやられてるからね。一応依頼の中にはその原因を突き止めるってのもあったから、死体と魔剣を回収してギルドまで運ぼうと思う」


「運ぶ? この大きいのをですか?」


 ヒカルは率直な疑問をぶつけた。オークは半々に分かれてるとはいえそれでもかなりの大きさだ。重量もあるだろ。

 

 とてもこの線の細い少女が担いで運べるようには思えない。


「そのためにこれがあるんじゃない」


 フォキュアははきはきとした声で返し、そして魔晶をオークの上で翳す。


 すると水晶が輝きだし――なんとオークの身体を吸い込んでしまった。


「う~ん流石にオークともなると一体で一杯か」

 

 彼女はオークの骸を吸い込んだ水晶をマジマジと眺めながら誰にともなくいう。

 水晶は先程までは透明感のある銀といった色合いであったが、それが黒色に変化していた。


 そして色の変わった水晶をポーチにしまって、別の水晶を取り出しそして同じように魔剣の破片を取り込む。


(これは……アイテムボックスみたいなものか)


 ヒカルは目の前の現象からそう解釈する。ただ魔晶という媒体が必要なのは違う点でもある。


 しかし先生の話では魔法の効果が込められてるという話なので、この世界にはそういった自由に収納が出来る魔法を使えるものもいるという事かもしれないが。


「さてっとこれで任務完了。ところで私はこのまま街に戻る予定だけど貴方はどうする?」


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