最終話 旅立ち
「馬鹿な! この私が、こんな小娘に!」
デボラの身体を乗っ取りしジェラシスが吠えた。
その眼前では彼女の周りを縦横無尽に跳ねまわるフォキュアの姿。
クッ! と呻き、ジェラシスは炎は発生させようと杖を掲げるが、その一瞬の隙を見逃すことなくフォキュアの剣戟が叩き込まれる。
「くそ! また!」
「貴方、やっぱり大したことがないわね」
余裕の表情で語られたフォキュアの言に、ジェラシスの顔が歪む。
「炎を発生させるためには、多少なりとも精神を集中させる時間が必要となる――それさえ判れば黄狐族の私なら隙を突くことなど容易いわ!」
フォキュアの言う通り、デボラはその能力を使用する際にどうしても杖に意識を集中させる必要がある。
その為、俊敏性に長けるフォキュア相手ではそもそも分が悪いのである。
本来なら、前衛に直接戦闘が得意な者を置いておくべきだった。
それこそ、サルーサを乗っ取ったグリーディルが相応しかったのだが、互いが勝手な行動を取ってしまった為にこのような事態を招いてしまう。
結局彼女は初見でみせた炎を最後に、一度足りともそれを発生させる事を許されていない。
「私が、この、私が! あり得ない! あり得ない! カース様に創られし呪いの魔器たる私は、絶対に負けない! 私は炎の支配者よ!」
言って距離を取り、杖に向けて一気に精神を集中。
しかし事を焦るばかり、フォキュアの動きには全く意識が向いていなかった。
刹那――デボラの首が宙を舞う。
愚か者の最後はかくもあっさりとしたものであった。
「やったニャン! フォキュアたんの旋風狐剣炸裂にゃん!」
「その名前やめてよ!」
ガルル、と歯牙を剥き出しに吠えるフォキュア。
しかし、脳裏に一瞬だけヒカルとサルーサの顔が浮かぶ。
「あいつら大丈夫かな……」
「ママー凄いなの! 流石ママなの!」
しかし、直後に耳朶を打つレオニーの声に、少しだけ頬が緩むフォキュアでもあった。
◇◆◇
ヒカルは屋根の上から街の様子を感じ取っていた。
城壁の外側では、沢山の兵や勇義士がアンデッド化した者やマガモノを相手に奮闘している。
しかしその数に差がありすぎる。犠牲になった数もどんどんと増すばかり。
「ギラドルさん頑張っているな……」
ふと、そんな事を呟く。元騎士のギラドルは流石というべきか、やはり他の皆とはその腕が一つ抜きん出ていた。
しかし、それでもこのままではとても持ちそうもないだろ。
閉じた街門も放っておけばいずれ破られる。
「先生、俺に出来るだろうか?」
『ぶっつけ本番だしな。だが、今のヒカルならきっと可能であろう。自分を信じるのだ』
先生の言葉に頷き、ヒカルは天に向けて両手を上げ、仲間たちに呼びかけた。
『大陸中の仲間達よ、俺に力を貸してくれ――』
ヒカルの願いが触覚を通じて、円状に一気に広がっていく。
そして――ふと遠くから鳴り響くは、まるで荒れ狂う波の如く。
「やった……成功だ――」
思わずヒカルが呟き、街の人々の顔が驚愕に染まる。
それは外で戦う者たちも一緒だったであろう。
黒い津波――そう一〇〇〇メートルを優に超える、大津波が今正にマガモノもアンデッドも纏めて街ごと飲み込もうとしている。
そして、勿論これはただの津波ではない。
【ゴキブリビッグウェイブ】――そう名づけられたヒカルのこの技は、大量のゴキブリをその名の通り津波上に変化させ、軌道上の全てを飲み込み敵だけを貪り食う。
そして大津波と化したゴキブリが通りすぎた後には、アンデッドもマガモノも骨の一片すら残すことなく、殲滅した。
ただ、この技には欠点がある、それは。
「ひ、ひぃいいぃいいいいい! ゴキブリがぁああああああ! ゴキブリが全身をーーーー!」
「いやぁあぁあ! ゴキブリまみれになんて、お嫁にいけないいぃいいぃいい!」
「ふぇぇえぇえんママーパパー、ゴキゴキゴキゴキゴキ、うわーーーーーーん!」
「…………」
それは生き残った人々にも軽いトラウマを植え付けることである。
ヒカルの命令で敵以外は一切傷つくことのないこの技だが、それでも津波に飲み込まれた瞬間には全身ゴキブリまみれになってしまう。
その悍ましさたるや、想像するだけで総毛立ちそうな程だ。
「見ろあの屋根の上を!」
「あれがゴキブリの大将か!」
「この悍ましい現象は奴の仕業か!」
「黒い悪魔よ! あいつはきっと黒い悪魔なのよ!」
街の人々の辛辣な言葉がヒカルの胸に突き刺さる。
折角人々を救ってもまったくもって報われない。
しかし、それも仕方がないのかもしれない。石を投げられたりもしたが、ヒカルはその辺に関しては既に諦めている。
それに、まだ戦いが終わったわけではない……だからヒカルは、屋根を蹴り、大きく跳躍し、ゴキブリダッシュで街の外へ向かった。
「きゃーー! ゴキブリよ~!」
「この糞虫が!」
「この街をこんなにしやがって! おい! 勇義士はどこだ! さっさと捻り潰せ!」
そんな罵声を浴びながらも、ヒカルはふたつの悪意に向けて急ぐのだった――
◇◆◇
「まさか、貴様が生きているとはな」
ヒカルは森を抜け、少し開けたところでそのふたりと対峙した。
相手のひとりも驚いていたが、それはヒカルも一緒だった。
「ほう、ギュリアもこいつの事を知っているのか?」
「え? というとカース様も?」
「あぁ、呪いの魔器を通してな。街を襲ったのもこの男に興味があったというところも大きい」
「……サルーサもあんたの名前をいっていたな。つまりあんたが今回の元凶ってわけか」
ヒカルが問い詰めるように言うが、含み笑いで返してくるだけである。
「カース様。このような男、貴方様が気にかける程の相手ではありませんよ。それを今、証明してみせる!」
刹那、ギュリアの姿が消え、ヒカルの背後から彼の持つ剣が迫る。
が、しかし――
「何!?」
驚愕――そして今度はヒカルの気配を断った蜚丸の斬撃が迫った。
ギュリアはそれを身を低くし躱すが、距離を取り明らかな動揺をその顔に宿す。
「どういうことだ……私にも気配が読めないなんて」
『当然だ。元来ゴキブリは気配を断つことにかけてはどんな生物より優れている。人の目を盗んで残飯を漁るその実力、舐めてもらってはこまるな』
『先生、なんかあまりそれすごそうに思えないのですが……』
久しぶりにヒカルの突っ込みが入った。
「おまけに、前は全く反応が出来なかったはずが、完璧に、まるで動きが読まれているように……」
『それも当然だな。ゴキブリは学習能力が何よりも優れている。一度引っかかった毒入りの餌には二度と引っかからず、的確に良質な残飯を漁るその逞しさを舐めてもらっては困る』
『先生、例えはもう少しなんとかなりませんか?』
出来れば残飯からも離れて欲しいヒカルである。
「クッ! だがこの私は貴様などに遅れをとるわけにはいかないのだ!」
気勢を上げ、ギュリアが剣戟を振るうが、ヒカルも負けじとそれに応対する。
蜚丸とギュリアの剣戟がぶつかりあい、火花を散らす。
その実力はいまや互角、いや、学習能力が高い分ヒカルの方が凌駕しつつあった。
そして――
「ぐぁ!」
ヒカルの撃剣に競り負けたギュリアが地面を舐めた。
「どうやら勝負あったようだね……」
ギュリアを見下ろしヒカルが告げた。
すると悔しそうに顔を歪ませる。
その時――
「やめて! ヒカル!」
叫びあげ、フォキュアがギュリアを庇うようにヒカルの前に飛び出してきた。
それにヒカルも驚愕する。
フォキュアがギュリアを庇ったこともだが、今のヒカルの姿を見てその名を呼ばれたことにも戸惑いを隠し切れない。
「パパ……ごめんなさい――」
しかし、その理由はすぐに判明した。
トコトコとヒカルの横にやってきたレオニーが申し訳無さそうにそう言ったからだ。
レオニーはフォキュアがデボラ夫人を打ち倒した後、彼女と一緒に街に出た。
その時たまたま、事を終え、街の人々に罵声を浴びせられ石を投げつけられるヒカルの姿を目にしたのである。
そして思わず叫んでしまったのだ。
パパを虐めるな! と――
しかしヒカルはその事を責めなかった。遅かれ早かれフォキュアには伝える必要が有るだろうとヒカルも考えていたからだ。
ただ、今はソレよりも気になることがある。
「フォキュア、お兄ちゃんって?」
「ずっと探していたの。私、行方不明になったお兄ちゃんの事を……」
瞳を伏せフォキュアが告白する。
そうだったのか、とヒカルは彼女の背中側にいるギュリアに目を向ける。
それであれば、あの時彼がフォキュアの名前で動揺を示したことにも得心がいく。
「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だーーーー! フォキュアなんて知らない! 俺に妹なんて、イナイ!」
しかしギュリアが蹶然し、そして顔をかきむしりながら否定の言葉を発した。
だが、それはどこか不自然でもある。
まるで無理やり記憶をすり替えられているような――
『ヒカル、あの剣だ。あの呪いの魔剣に奴は支配されている』
え? とヒカルは眉を顰めた。
もしそれが本当なら、これまでの所有者と同様、もう助ける術がないかもしれない。
『たすからないの、ですか?』
『わからない。ただハーデルやサルーサよりはまだ可能性は残っているかもしれない。どちらにせよ武器を破壊しないとわからないさ。やるなら急ぐことだ、シンクロされたらもう手遅れになる』
「フォキュア! ギュリアの剣を壊せ! 彼はそれに支配されているんだ!」
「剣……わかったわ!」
ヒカルの言葉にフォキュアが頷きギュリアの持つ朱色の刃を狙う。
「くっ! させるか!」
だが、ギュリアもそれを良しとしない。
フォキュアとギュリアの一進一退の攻防。
だが、ギュリアの剣筋には迷いが見られる。
(これはもしかしてフォキュアを気にして? だとしたら、チャンスはある!)
ヒカルの右腕が変化した。
そう銃口の形にだ。
狙うはギュリアの剣。ブラックショットウェイブで破壊する。
勿論これまでのような散弾では、フォキュアやギュリアの本体を巻き込みかねない。
だから、散弾ではなく、一点を集中させるように仲間に願い――照準を定め、撃つ!
刹那――パキィーーーーン、という破砕音。
すると、フォキュアと剣戟を重ね続けていたギュリアの動きが止まり、そして、その場に崩れ落ちた。
「お兄ちゃん!」
フォキュアがギュリアに駆け寄る、すると彼は頭を振り。
「あ、お、俺は一体……それに、フォキュア?」
お兄ちゃん! とフォキュアがギュリアに抱きついた。
そして涙する。
どうやらギュリアも無事正気を取り戻したようだ。
ヒカルもそれに安堵する。
すると――この事件の元凶であるカースが拍手し、いやぁ見事見事、等と発する。
「随分と余裕だな。仲間も全て失ったというのに」
ヒカルがカースを振り返りそう告げると、ふっ、と不敵な笑みを零し。
「それぐらいで腹を立てたりはしないさ。寧ろ感謝している、私の考えが正しかったことが証明されたのだからな」
カースの言を受け、ヒカルが怪訝に眉を顰める。
「判らないかな? そこのギュリアが証明してくれたじゃないか。呪いの魔器は武器として持たせても仕方ないと。やはり効果的なのは肉体そのものを魔器に変えてしまうことだ。その点グリーディルはいい働きをしてくれた」
「……意味がわからないな。あんたの言ってるグリーディルは……俺が倒したぞ」
「あぁ、そうだな。あれの間違いはサルーサという男の精神を完全には支配できなかった事だ」
え? とフォキュアの声。
ヒカルはそれに胸が痛くなる思いだったが、今は目の前の相手に集中すべきだろう。
「そもそも、無理やり身体を奪ったのがいけなかったのだ。やるなら自ら望んで呪いの魔器になるものをみつけないといけない」
「……そんな変わり者がどこにいると言うんだ」
「いるさ……いま、目の前にな!」
カースが黒ローブを一気に捲り上げ、そして放り投げる。
その中から姿を見せたのは、色の抜けきった白髪を有した長身痩躯の男。
だが、その体中には握り拳大の黒真珠が大量に埋め込まれていた。
「パパ……怖いよ」
「大丈夫だレオニー。ただ危ないから少し離れていて」
「でも……」
「レオニー」
ヒカルがゴキブリのマスクの中から強い口調で言い聞かせる。
すると、レオニーはフォキュアの下へと駆けていった。
大丈夫だからね、と兄の事を気にかけつつも、フォキュアが慰めるようにその頭を撫でる。
「くくっ、あの獣人には判ったようだな。何せこの黒真珠の一つ一つが、呪いの魔器を使用し集めた瘴気の塊。瘴気はそのままでは害でしかないが、魔力を込めて加工することで強力な力を宿す」
「……そこまでして、お前の目的は一体何なんだ?」
ヒカルは確信をつく質問を言い放つ。
「ふふっ、お前は災厄の魔女の事を知っているか?」
「災厄の魔女?」
『…………』
その言葉を聞いた時、ヒカルは僅かに先生の感情に反応があったのを感じた。
「……災厄の魔女、呪いの魔器をこの世に生み出した張本人の名だ。そうとう昔の話だから伝説と化してはいるが、彼女の残した魔器を手に入れたバルサン帝国の皇帝が、あと一歩で大陸全土を制覇するまで上り詰めたのは有名な話だ」
「お兄ちゃん、あまり無理しちゃ……」
「大丈夫だフォキュア。ありがとう」
ギュリアの説明で得心がいったヒカルは、その容体を気にしつつも、カースに意識を集中させた。
「そう、それが災厄の魔女。そして私の目的は、災厄の魔女が残した呪いの魔器以上の魔器を作ること――そしてその答えがこれなのだ!」
そういって自らの身体を誇示する。何が面白いのか高笑いまで決め込んだ。
『何が答えなのか判らないな。全く、未だそんなものに拘る馬鹿がいるなんてな。本当にとんだ負の遺産を残してしまったものだ』
え? とヒカルがその眼を見開く。
なぜなら先生の本体が、いつの間にかヒカルの胸部から顔を出していたからだ。
「え? 先生どうして? それに、負の遺産って……」
「……まさか――」
すると、カースが驚愕をその顔に貼り付けさせ。
「貴方は、災厄の魔女!?」
「えぇえぇええぇえぇ!」
ヒカルが驚きの声を上げる。なぜなら災厄の魔女と呼ばれた先生は、どっからどうみても人間ではないからだ。
「まさか、こんなところで災厄の魔女に……しかし何故そんな姿に……いや! そんなことはどうでもいい! これぞ僥倖! さぁ災厄の魔女よ! 今こそそんな脆弱な人間から抜け、私の中に来ると良い! 貴方と私が同化すれば、最強の魔器が完成する!」
え? とヒカルが狼狽する。まさかそんな事をこの男が言ってくるとは思わなかった。
だが、もし先生がそれを呑んだら――
『何故だ』
「……え?」
『何故私が貴様なんぞの身体に移る必要があるのだ。全く意味が無い馬鹿らしい』
「な、何を言っている。話を聞いていなかったのか? 私と組めば最強の魔器が完成」
『アホかお前は。なんで私がそんなものになる必要があるのだ。大体貴様はキモい。お前なんかといっしょになるぐらいなら、ヒカルの中でラノベを満喫したり黒歴史を覗いている方が楽しめる』
「勝手に黒歴史を覗かないで下さい先生!」
全力でヒカルがツッコミを入れた。
「……あは、ははっ! 馬鹿が! 馬鹿が! 馬鹿が! 馬鹿が! ふん、所詮災厄の魔女と言っても古代の遺物か。この研究の素晴らしさもわからないとは」
『この研究? それがか? その見苦しい物を埋め込んだそれがか? 馬鹿らしい。大体かつての私がその程度の事に気がつなかったとでも本気で思っているのか?』
先生の発言に、何? とカースが眉を顰める。
『全く、その程度の事で得々とおめでたいことだ。いいか、一つだけ言っておいてやる。貴様が辿り着いたその場所は――既に私が五〇九一年前に通過した場所だーーーー!』
先生がきっぱりとカースにいい放つ。
ヒカルは、一体先生は何歳なのか? と疑問に思ったが、とりあえずカースは相当ショックだったのか愕然としている。
「くっ、か、かかっ、あ~っはっはっはっはっはーーーー!」
かと思えば突如カースが大口を開けて笑い出す。
その不可解さにヒカルも戸惑うが。
「面白い! だったらこの私が証明してみせる! 貴様ごと魔女を倒し、どちらが優れた呪いの魔器かをな!」
(そもそも俺は呪いの魔器扱いなのか……)
そんな事を疑問に思っているヒカルに、先生が語りかける。
『ヒカル、もういいからケリを付けてやれ。今のヒカルなら、この意味が判る筈だ』
先生の言葉の意味を完全に理解したとは言い難いが、それでもヒカルはカースを見据え、腕を蜚丸に変化させた。
「ふん! 貴様の戦いは全て見てきた。そんなもの今の私には通用しない! さぁいくぞ!」
眉間に皺を刻み、射抜くような炯眼でヒカルを睨みつけ、そして構えを取る。
邪悪な瘴気がその身に集まりだし、腕の中の漆黒の塊がどんどん膨れ上がり、その瞬間――スパパパパァアアァアン! という快音を残し、ヒカルの身がカースの横を通り過ぎた。
「……へ?」
「あ、ごめん。なんか隙だらけだったからつい……」
振り返り、左手で後頭部をさすりながら、思わず謝罪の言葉を述べるヒカル。
しかしこれで先生の言っていた意味は理解することが出来た。
あまりにこの男は弱すぎたのだ。
「うそ、全然見えなかった……」
「むぅ、私にも二十四回までしか――」
「四十八回だよ」
「え!? レオニーちゃん凄い!」
そんな会話がヒカルの耳に届き、そして。
「あ、あぁあ、あ、ば、馬鹿な――」
ヒカルへと振り向いたカースの身体に埋め込まれた黒水晶が、パリン! パリン! と次々に砕け散っていき、そして、彼の身が大地に沈み込んだ。
「……そんな、私は、死ぬのか――」
『そうだな。貴様の致命的な敗因は魔器を作る才能はあっても、それを使いこなす腕と戦いのセンスが致命的に欠けていた事。でも、死ねるだけいいではないか。貴様の行き着いた答えの先にあるのが――今のこの私だ。まぁ今となっては、私もそれなりに楽しくやってるけどな』
「……それが、呪いを追い求めた代償って奴か……だけどな、私は諦めない。例え私が死んでも、私が作った呪いの魔器は大陸中に散らばっている。それらを手にした誰かが、いずれ私の意思をきっと引き継ぐ、だ、ろう――」
こうして呪いの魔器を作りし元凶は、最後には灰となって消え去った。
瘴気を糧とする呪いの力を自らに取り込んだ代償なのだろう――
◇◆◇
「フォキュア、今まで黙っていてごめん」
ヒカルは変身を解いた直後、フォキュアに対して深々と頭を下げ謝罪した。
勿論、黒い悪魔と称されていたのが自分であった事を隠していたためだ。
「……別にいいわ。サルーサのことは残念だったけど、ヒカルも街の皆を助けるためにこれまで動いてきたんだし、怒る理由がないわよ」
フォキュアのこの言葉で、ヒカルは少しは救われた気がした。
だが――
「ありがとう。それでフォキュア、こんなことになっておきながら、更に図々しい願いかもしれないけど、れ、レオニーの事――」
「でも、もしレオニーちゃんを私に任せて旅立つなんて一言でも口にしたらぶっ飛ばすからね」
え!? とヒカルが驚き身じろいだ。
はっきり言えば図星であり、フォキュアのジト目が怖い。
「はぁ~、やっぱりね。どうせヒカル、さっきあのカースが言っていた事を気にして、呪いの魔器を全て破壊しようとか思ってるんでしょ?」
『ヒカルすっかり読まれてるな』
「う、うぅ……」
ちなみに先生は今は普通にみんなの前に姿を晒している。
「パパぁ、レオニーのこと嫌いになったの? ママにパパの秘密話したから? ならごめんなさい。もう、二度と秘密を話したりしないから、だから、だからレオニーを、すて、すてないで、ぇ」
グスグスと涙を流すレオニーに、更に罪悪感が押し寄せるヒカルである。
「あ~あレオニーちゃん泣かせちゃって、ヒカル最低。第一ヒカルは、レオニーちゃんのパパになるってしっかり約束したんでしょ! だったら無責任な事をいってないで最後まで責任持ちなさい!」
「で、でもこれからどんな危険が待ってるか」
「だったらちゃんとパパとして守ってあげなさいよ! 折角それだけの力も持ってるんだから!」
ビシッ! と指をつきつけられはっきりと言いのけられ、ヒカルは返す言葉もない。
『ヒカルの負けだな。それにレオニーだってヒカルと一緒にいる事を望んでいるだろ』
フォキュアと先生の言葉で、ヒカルは自分が間違っていた事を痛感する。
「……そうだね、うん、レオニーごめん。パパが無責任だった。レオニーのことはこれからもパパが守るよ!」
「うん! パパもママも、ずっと一緒だね!」
「……へ?」
そう間の抜けた声で返すヒカル。何よりレオニーが、あれだけ泣いていたにも拘らず随分と明るい。
「あぁレオニーちゃんとも話してたんだけど、私も一緒についていくから」
「ええええぇえええぇえぇえ!?」
「何よその顔。不満なの?」
ぐぐぃっと整った顔を近づけ、責めるように訊いてくるフォキュア。
それにヒカルも何も言えず。
『すっかり奥さんの尻に敷かれてるなヒカル』
「だ、誰が奥さんよ!」
フォキュアが吠えた。そして――
「ヒカルくん、だったかな。その旅には私もついていっていいだろうか?」
「え?」
「お兄ちゃん……」
「その、調子がいいと思うかもしれないが、でも私はいくら呪いの魔剣に精神を操られていたとはいえ、掛け替えのない命も沢山奪ってしまった……本来なら自ら命を断つべきかもしれないが」
「ちょ! 馬鹿言わないでよ!」
「そうですよお兄さん。それに貴方が命を断ったからと死んだ人が戻るわけでもない」
「……あぁ判ってる。だからせめてその罪滅ぼしに、呪いの魔器を滅する旅に付き添いたいんだ。いい、だろうか?」
真剣な眼差しで問いかけてくるギュリア。
それに対するヒカルの答えは決まっていた。
「……はい、勿論です。フォキュアも一緒に来てくれることですし、それにお兄さんの剣の腕は頼りになりますから」
それを聞き、よかったと安堵するギュリア。
そしてその直後、ところで、と続け、ちょっといいだろうか、とヒカルをフォキュアから離れた位置まで引っ張っていき。
「パパとかママとか、一体ふたりはどんな関係なのかな~もしかして……」
魔剣を持っていた時以上の殺気で詰め寄られ震えが止まらないヒカルである。
そして、その誤解をとくのにかなりの時間を要したりもしたが――
「さて、それじゃあ出発しようか」
「レオニーずっとパパと一緒なの!」
「お兄ちゃん、ヒカルとはその、別になんでもないんだからね」
「本当にか? 私がいない間にあんなことやこんなことや――」
「待ってにゃーん! フォキュアたーん! 私も一緒についていくにゃーん!」
こうして、それぞれの思いを胸に、一行はチャンバーネの街を後にする。
そんな姿を眺めながら、先生は呟くように言うのだった。
『……全く、随分と賑やかになったものだ。まぁでも――これならゴキブリも悪くない』
終わり
これにて異世界で黒い悪魔と呼ばれていますは完結となります。
読んでくださる読者様のおかげで完結まで導くことが出来ました。
ここまでお読み頂き本当にありがとうございました!