表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で黒い悪魔と呼ばれています  作者: 空地 大乃
第三部 呪いの魔器編
51/59

第一四話 瘴気溜まり

 村から離れ、フォキュアからも見えない位置まで来たのを確認し、ヒカルは蜚を身に纏い変身を遂げた。


 例のごとく触覚を駆使し、逃げたウルフェンの足取りを確認する。

 フォキュアのつけてくれた匂いはゴキブリの姿になることでしっかり感じ取ることが出来た。


 どうやらウルフェンはどこかに向けて移動を続けているようだ。


『ふむ、この方向は恐らくアース山地ある方向だな。村まで来るときに見た川の源流がある場所だな。麓にはそこそこの規模の森が広がっていたはずだ』


 ここでヒカルの脳裏に先生からの情報が入る。

 だとしたらマガモノが現れた原因がその森にあるのかもしれない。

 

 ヒカルはゴキブリの加速力をフルに活かし、それでいて上手く相手からは悟られないよう付かず離れずで後を追った――






「ここか――」


 ヒカルはウルフェンが逃げ帰ったと思われる闇穴を覗き見ながらぼそりと呟いた。

 先生の言っていた通り、マガモノが逃げた先は麓の森の中であり、それから更に奥に進んだ先、比較的木々の密の濃い位置に不自然に出来た穴の中であった。


 そしてゴキブリ化したヒカルの触覚には確かに穴の奥からウルフェンの気配が感じられる。

 そして――


『ヒカルも気がついていると思うが、この穴の奥――かなりの量の瘴気が渦巻いている。瘴気溜まりというやつだな。恐らく人間であれば間違いなく正気を保てなくレベルの量だ』


 先生の言うとおり、この奥から感じられる禍々しさは確かに尋常ではなかった。

 大袈裟でもなんでもなく、こんなところに生身のまま足を踏み入れたならヒカルとてすぐにどうにかなってしまうことだろう。


『でも、俺もこの状態なら影響を受けずにすみますよね?』

『確かにその装甲でいる間は問題がないだろう。だが油断は禁物だぞ。マガモノにとっては瘴気は寧ろ活力剤のようなもの。それに瘴気が濃ければ濃いほど自己再生能力も上がり興奮作用もある。先ほどとは比べ物にならないぐらい手強くなっている可能性もある』


 なるほど、とヒカルは一つ頷くが。


「でもさっきとは違うという意味では俺も一緒ですよね?」


 仮面の下で薄い笑みを浮かべながらそんな事を口にする。


『ふむ、確かにそうであったな。だが、それでも油断大敵だ。それにこの中には――』

『えぇ判ってます』


 ヒカルはそう述べると地べたに這いつくばるような体勢のまま、一気にダッシュ!

 今のヒカルはクロガネゴキブリの下にウスラゴキブリを纏っている状態なので、以前より更に動きは俊敏だ。

 時速にするなら三八八kmの速度を瞬時に引き出すことが出来る。


 瘴気漂う穴の中は少し進むと先太りになっており、ヒカルが立ち上がってもまだ少し余裕があるほどの広さとなった。

 

 そして更に先に進むとちょっとした空洞になっており――そこにウルフェンと別の誰かが存在していた。


 どうやら穴はここで行き止まりのようだが――その恐らくはこのマガモノ達の主であり、瘴気が生まれた原因とも思われる存在はヒカルに気が付き、顔を上げた。


 それはかつては人間であったのだろう。見た目にもそれは間違いがない。

 ただ、瞳の奥から感じられる淀んだ光は、完全に正気を失ったものだ。


「マガモノ化しているのか?」

『……いや、近いともいえるが、原因はその手に持っているナイフだ。ほぼ間違いなくあれは呪いの魔器であろう』


 先生の話を聞き、ヒカルは彼の手元に神経を向ける。

 触覚から感じられる禍々しい気配は、確かに以前戦った相手が持っていた武器に近いものだ。

 直近ではハーデルの武器がそれであり、あのオークが持っていたのもそうだろう。


 ただ、それらに比べると、確かに禍々しいが違和感も覚えた。


 だが、今は目の前の相手より先に退治して置かなければいけない敵がいる。

 ヒカルの存在に気がついた途端、周囲を囲い始めた八匹のウルフェンだ。


 ヒカルはゴキブリの右腕を蜚丸に変化させ、更に左手は鞭へと変化させた。

 

「ウォオオォオオオオン!」


 遠吠えを上げ一斉に襲いかかってくるウルフェン達。

 その動きは先生の言っていた通り明らかに外で戦った時よりも素早く、爪の鋭さも増している気がする。


 だが――


(鞭、必要なかったかな――)


 一閃――ヒカルが蜚丸を構え竜巻のように回転しながら薙払ったその一撃で、襲いかかってきたウルフェンは結局ヒカルに触れる暇さえ与えられる上下に分かれ地面に臓物をぶち撒けた。


 そしてヒカルは改めて呪いの魔器を握りしめた男に目を向ける。

 すると男は徐ろに立ち上がり――


「うーーーーーあ"あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"あ"ガァ!」


 呻くような叫ぶような、そんな異様な声を発しながら、男がヒカルへ飛び掛ってきた。

 呪われたナイフを片手に握りしめ一気に振り下ろす、が、既にそこにはヒカルの姿はなく、すれ違いざまに放たれた剣戟によって、離れ離れになった男の胴体が地面へと落下した――






「本当に鞭は必要なかったな……」


 空洞内に転がったマガモノと、人であった者の成れの果てを眺め回しながら、ヒカルが言った。

 これだけの正気あふれる中での戦闘であったが、蓋を開けてみれば一分も待たずに決着がついた形であり、ヒカルからしてみれば少々肩透かしを食らった部分もある。


『ところで先生。この瘴気の原因ってやっぱりその呪いの魔器という奴ですか?』

『原因という意味ではそうなるが、瘴気そのものの発生源はその男だろう。その魔器はきっかけを作っただけだ』


 ふむ、と顎に手を添え、地面に転がったナイフを見やる。

 男は完全に息絶えているが、呪いの魔器はそのままの形で残っていた。

 問題は――


(やっぱ破壊すべきだよな……でも依頼が依頼だけに残して置いたほうがいいのだろうか?)


 物が物だけに人への悪影響を考えれば放っておくわけにもいかない。

 しかしウルフェンの発生源でもある魔器を勝手に壊していいのかという迷いがヒカルにはあった。


『この瘴気自体はこの男が死んだことで消え去るのですか?』

『一度生まれた瘴気が自然に消える事はない。ただ、恐らくこの溜りはまだ生まれて間もないだろう。そうでなければとっくに外に漏出していてもおかしくないからな。そういう意味ではまだ被害は最小限に留められるかも知れない』


 先生の言葉に一人納得するヒカル。

 

『それよりもヒカル。この状況はこれからどうするつもりなのだ?』

『え? どうするというと?』

『……ここに入る前に言っておいたと思うが、本来これだけの瘴気あふれる中、このままでは人は足を踏み入れることが出来ない。そんな状況でこれだけの事をやってのけたのだ。まさかヒカル一人で全てを倒したと言うわけにもいかないであろう』

 

 あ! と思わずヒカルが声を上げる。

 確かに先生の言うとおりであった。

 思わず単独行動で中に入りウルフェンや元凶となっていた男も倒してしまったが、本来なら人であるヒカルがこの穴に足を踏み入れるなど不可能なのである。


 腕組みし、う~ん、と唸るヒカル。

 一体どうしたものかと頭を悩ませていると――


「随分と奇妙な生き物がいたものだな……」

「!?」


 突然の声に思わずギョッとしてヒカルは振り向いた。

 当然であろう。何せヒカルの触覚にもそれは全く反応を示さなかったのだ。

 

「――どうやらマガモノとも違うようだな。かなり変わっている。魔器を回収しにきたが思わぬ掘り出し物に出会えたかもしれない」


 ようやくヒカルの触覚が機能を発揮した。それによって目の前の男の姿が鮮明に脳内に浮かび上がる。


 そして――


「黄狐族――」


 そう、目の前でどこか楽しそうな笑みを零すは、フォキュアと同じ種族の男――だが。


「丁度この剣も血に飢えていたところだ。少し楽しませてもらおうか――」


「ッ――!?」

 

 刹那――男の持つ刃がヒカルの首に迫った。

 

『気配なき一撃!? ヒカルまずいぞ!』


 先生の警笛。首に触れた刃――驚愕。


 その瞬間、ヒカルの身は吹き飛び土壁へとその黒い身体を打ち付けた。

 

(自動防御が効かなかった!?)


 なんとか首から上は繋がっていたヒカルだが、仲間たちは確実に失っている。

 その証拠に刃をうけた部分は完全に装甲が剥がれ落ち、肉肌が顕になってしまっているからだ。


「へぇ、結構丈夫なんだね君――少しは楽しめそうかな」


 そういって男は手にした剣に舌を這わせる。

 まるで夜空に浮かぶ三日月を思わせるような湾曲した形状、そして不気味な紅紫色に輝く刃。


 そう、この男が手にしている剣もまた、呪いの魔器であった――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ