第四話 金獅子
最初に相手にしたグレイルウルフは五匹であったが、どうにもヒカルの鞭に散々打たれたおかげか、完全に萎縮してしまっており、その五匹はあっさりと撃破する事が出来た。
ただ数が増え、森を出て畑を荒らしたり人に襲いかかったりという被害が出ている為、勇義士ギルドに託された依頼である。
そういった経緯がある以上、五匹程度を狩ったところで仕方がない。
事実、依頼内容としても最低二〇匹の駆除が条件として上がっている。
ただ、グレイルウルフは個体でみるとそこまで手強いマガモノではない。
一般の狼より凶暴性が増し、牙も長く鋭いが、ある程度手慣れた勇義士なら問題にならない相手だ。
しかしグレイルウルフは基本群れで行動する上一匹でも逃してしまうと仲間を引き連れ戻ってきてしまう。
その為か、中級以上の勇義士でなければ本来は単独で挑むのは推奨されていない。
つまり、この依頼自体は解放依頼で条件こそないが、通常であればまだ見習いがこなせるような依頼ではない。
尤もゴキブリの力をかなり使いこなせるようになったヒカルの今の実力は、下手な中級勇義士よりは確実に上だが。
ちなみにそのヒカルだが、バストの話では現在査定中でそれが終われば、下級への昇格が通知されるだろうとの事。
色々とあったが、一応パラキャロットの採取という依頼は完了していたからだ。
ただ、もしこれであのハーデルを倒したのがヒカルであると伝わっていたなら、恐らくは中級への昇格も間違いなかったであろう。
そう考えると少々勿体無くも思える。
五匹のグレイルウルフを倒したヒカルは、残りの討伐も熟そうと更に森を移動する。
戦いで色々試みた事で少し時間が経ってしまった為、変身状態で感じ取っていた位置情報はもう役にはたたないかな、等と思いつつ歩いていたが、流石に数が増えてるとあってかそれから程なくして再度五匹のグレイルウルフに囲まれた。
これはヒカルからしてみれば願ったり叶ったりだが、マガモノからしたらいい餌がやってきたといったところなのだろう。
ヒカルは、今度は最初からアイオスサーベルを構え、そして瞬時に囲んでいたマガモノの間をすり抜け背後に周り、一匹の胴体を撫で斬りにする。
ゴキブリの力のおかげか、以前よりぬるっと刃が肉に食い込み、そして特に抵抗を感じることもなく、軽々と斬り裂く事が出来た。
グレイルウルフの一匹はこれであっさりと絶命する。
それから更にヒカルは軽い足取りでマガモノの外側を旋回しながら、ズバズバと斬りまくった。
グレイルウルフは、全くヒカルの動きについていけていなかったようで、倒すのに要した時間は一分と掛かっていない。
そしてヒカルは骸からその毛皮を剥ぐ。
グレイルウルフの討伐を証明する部位が毛皮だからだ。
ヒカルは毛皮を剥いだ後も、森を探索しグレイルウルフを見つける度に即行で片付け、太陽が中天に差し掛かった時には達成条件だった二〇匹を軽く超え、六〇匹分の毛皮を採取していた。
ちなみにこの毛皮は事前に購入しておいた魔晶に取り込んだ。
このグレイルウルフの討伐依頼は二〇匹を倒した時点で銀貨五枚、そこからは一匹増えるごとに銅貨二枚が追加される。
つまりこの時点でのヒカルの稼ぎは銀貨五枚に銅貨八〇枚。
金貨の価値も踏まえて換算すると、金貨一枚に銀貨三枚分という事になる。
ヒカルは軽々とやってのけてしまっているが、通常勇義士なりたての見習いの稼ぎなどは、雑用をこなして一日銅貨三枚稼げればいいほうだと言われており、それを考えれば相当なものである。
ちなみに今回は森の外周付近で増え始めたグレイルウルフの駆除なので、あまり奥の方にいく予定もない。
この森は奥に行くほど強力なマガモノが多くなる傾向にあるため、今ヒカルが探索しているあたりにはそれほど脅威となるマガモノもいないため、探索としては楽だ。
ただ、これだけ駆除すると、流石にもう森を歩いていてもグレイルウルフの姿が見つからなくなる。
探索中はグレイルウルフ以外にもアルマジロンやホーンラビットと、以前フォキュアと森を抜ける途中で出会ったマガモノも出てきたりしたが、今のヒカルの敵ではなかった。
しかしこれらのマガモノは素材に価値がない。ホーンラビットの角は他のマガモノの角に比べると脆く、肉は兎肉と変わらなく、兎肉はこの王国でも普通に食べられている食材だが、わざわざマガモノの肉を食べなくても一般の肉で事足りる。
ましてマガモノの肉はそのままでは食べれなく特殊な処理が必要なため、よっぽどのことがない限り手間なだけだ。
それはアルマジロンも似たようなものである。
それで考えれば、このあたりで今稼ぎになるのはグレイルウルフだけだ。
しかし午前中にヒカルが結構な数を狩ってしまった為、一休みしてからも暫く踏破し続けたが、結局それからは一匹も出会える事がなかった。
仕方ないな、とヒカルはもう戻ろうかと踵を返そうとしたが――
「くそ! 無駄に抵抗しやがってむかつくぜ!」
「お、おいあんま声をあげんなって……」
「いいんだよ。こんな森にくんのはそんなにいねぇだろ!」
(これは……?)
『男の声だな。結構近いようだぞ、ヒカルどうする?』
頭に響く先生の問いかけ、だが当然ヒカルの応えは決まっていた。
『行ってみましょう』
ここは念で返事し、ヒカルは藪をかき分け声のするほうへと進んでいった。
◇◆◇
――グルルゥゥウ……
「はぁ、はぁ、畜生め! もう身動き取れねぇだろ!」
「それにしても手負いの相手に、仲間こんだけ殺られちまうとは、流石は金獅族ってとこか……」
「感心してる場合かよ! くそ! この雌ももう持たねぇだろうし、稼ぎが減っちまうぜ」
「仕方ねぇだろ。まぁ子供だけでも売ればいい金になるしそれでいいですよね頭?」
「ふん! まぁそうだな。確かにもうこいつは助からないだろうし、でもガキはしっかり回収するんだぞ」
「へい!」
「いや、いやだぁ、嫌だよママぁ、ママぁ~」
中々凄惨な現場に来てしまったな、と茂みの中から様子を探りながらヒカルは思考する。
ヒカルからみて大体二〇メートル程先では、蹲るようにして相手を睨み続ける獅子と、それに刃を向ける男四人の姿。
そしてその周囲には一〇を超える屍が転がっていた。
見たところ全員、それなりの装備で身を固めている連中だが、今立っている四人を残して、装備と四肢を一緒に抉られたり、首を引きちぎられたりといった感じで絶命している。
傷痕を見るに獣の爪や牙で殺られているのは間違いなく、状況を見るに、四人を威嚇し続けている獅子が殺ったという考えで間違いはなさそうだ。
鬣がない事から雌の獅子だなと考えるヒカルであるが、連中のいう金獅族というのが気になった。
そして、その名の通り獅子の毛並みは黄金色で、また太い牙が上顎から飛び出ていたりと、ヒカルの知っている獅子と少々異なる様子も見受けられる。
この状況は一見すると獅子に人が襲われているようにも思えるが……しかし金の獅子は何かを守るように伏せの体勢で残った連中を威嚇し、更にその身体の下からは幼子の声が何かを叫びつつけている。
ママぁ~ママぁ~という悲痛な叫びだ。どう考えても母親を求む声だ。
そして当然だがそれが四人組であるとはどう見ても思えない。
そもそも連中は男だ。
『ヒカル、金獅族といったら獣人の中でも絶滅されたとされている希少種だぞ』
そして脳裏に響いた先生の言葉でヒカルは得心がいった。
それであれば連中の言っている意味が理解できる。
ただ、今見ているのは、どうみても獣人というよりは獣そのものだが――とは言え。
(そうなると……放ってもおけないか)
ヒカルは様子見の状態から意を決して、連中の前に姿を晒し、声を上げる。
「あんたらそこで一体なにをしてるんだ?」
横から発せられたヒカルの声に、四人がギョッ! とした顔で振り向いた。
「な、なんだてめぇ!」
先ず最初に誰何してきたのは、連中が頭と呼んでいた男だ。
全身これ筋肉といった様相であり、革の胸当てこそ装備しているがミチミチといまにも弾け飛びそうである。
頭の男は上背も高く、右手に肉厚でごつい角型の剣を肩に乗せている。
顔の厳つさもあってその迫力は中々の物、その大男は射るような炯眼をヒカルに向けてきている。
「こんな森に入ってくる奴がいるなんてな」
「てかこいつも武器持ってんな」
「まぁこんなところ武器なしで来る奴はいないだろ」
この頭の取り巻きであろう三人も、ヒカルを見て思い思いの言葉を吐いてくる。
三人共装備は革製の鎧や胸当てで、手持ちの武器は頭が持つものほどごつくはないが、幅が広めの曲刀である。
「俺は通りがかりの勇義士だ。ちょっとした依頼でマガモノを狩ってまわっていたんだが、その途中でこの有り様を目にしてな。気になって声を掛けさせてもらった」
ヒカルの言葉に基本的に嘘はない。
「ほう勇義士さんかい。なるほどな、それはそれはご苦労なこった。でもそれなら理解できんだろ? 見ての通り俺達は被害者だ。この獅子に仲間も多く殺られちまってな。危なかったがこうやってなんとか追い詰めた次第さ」
頭の言葉を白々しいなと思いつつも聞いていると、件の金獅子の眼がヒカルに向けられた。
そこに敵意は感じられず、寧ろ助けを乞うようなそんな視線を向けてきている。
「追い詰めた、ね。まぁそれはそうみたいだけど、ただ理由は仲間を殺されたからじゃなくて、その獅子を捕まえる為ではないのかい?」
ヒカルの言葉で、頭の表情が僅かに曇る。
「なんで、そう思う?」
「そこの獅子は金獅族だろ? それを踏まえれば、これだけの数の連中がここで何をしていたのか、なんとなく察する事が出来る」
取り巻き三人も眉間に、より深い皺を刻み、ヒカルを睨み据えてきた。
得物を握る手に力が入り、臨戦態勢をとりはじめる。
「……そいつはあんたの気のせいだ。これはただの獅子さ。だからあとはこっちで処理しておくからてめぇはさっさと消えろ!」
頭はヒカルを脅すような眼と声音で告げてくるが、当然受け入れられる話じゃない。
「それは無理な相談だ。俺は勇義士としてこの問題を解決する義務がある。だから獅子の事は俺でなんとかするし、あんたらはとりあえずギルドに突き出すとするかな」
「……全く、ついてないな」
その言葉が諦めによるものでは無いことは、ヒカルにも直ぐに理解が出来た。
「折角捕らえた金の卵に逃げられただけじゃなく、馬鹿な勇義士を一人始末しなきゃいけないってんだからよ!」
冷徹な眼をヒカルに向けそう口にすると、取り巻きの三人が動き始める。
「たった一人で一体何が出来るとおもったんだかな」
「勇義士かなんかしんねぇが、まぁ運が悪かったと諦めろ」
「せめて苦しまないよう一思いに殺してやっから」
武器を構え、殺気をその瞳に宿らしヒカルへと近づいてくる。
その様子に、もはや戦いは避けられないか、と溜息をつき、ヒカルも武器を片手に身構えた。
すると三人が一気に間合いを詰め、左右と正面から同時に斬りかかってくる。
それは避けようのない攻撃にも見えるが――その瞬間ヒカルが加速し左の男の脇をすり抜け、瞬時に三人の後ろをとった。
ヒカルの視界には、見事に攻撃を空振りした三人の戸惑う姿。
きっと連中には、ヒカルが消えたように思えたことだろ。
変身状態のとき程ではなくても、今のヒカルの身体能力は相当に高い。
この三人組程度の相手では、ヒカルの動きを目で追うことすら敵わない。
「悪いが殺しにくるなら俺も容赦は出来ないんでね」
ヒカルはそう言い残し、次々と三人の背中をアイオスサーベルで貫いていった。
「ば! ばかな!?」
地面に倒れ物言わぬ骸と化した三人を見て、頭が驚きの声を上げる。
「さて、あんたはどうする?」
残った頭との距離は、ヒカルの歩幅で七、八歩分といったところか。
頭は緊張した面持ちで手持ちの剣をヒカルに向け続けている。
「なぁ? ここはお互い利に繋がるよう取り引きといかないか? どうせ勇義士なんてそんなに儲かるものじゃないんだろ? この金獅族の子供を売れば、金貨五〇〇〇枚はくだらない。そこから金貨一〇〇〇枚をあんたにやるよ。どうだ? 悪い話じゃないだろ?」
と、ここで頭がヒカルに取り引きを持ちかけてきた。
仲間が一瞬にしてやられたのを目にし、出来ればまともに戦うのを避けたいという思惑があるのかもしれない。
そして、多少なりともこの世界の物の価値に触れてきたヒカルには、金貨一〇〇〇枚がどれだけ大金なのかが判る。
今自分が装備しているアルラウチュニックでも金貨一六枚。
そもそも宿を取るのにも三日で銀貨一枚だ、金貨一〇〇〇枚もあれば暫く仕事をしなくても十分暮らしていけるだろう。
だが――
「悪いが汚い金に手を付ける気はないんでね」
ヒカルが左手を振り上げつつ、取引に応じる気はない旨をはっきり口にした。
その答えを聞き、頭は眉間に深い皺を刻むが、諦める事なく更に言葉を続けた。
「そんな固いこといっていたら、上手い儲け話なんてすぐに羽が生えて飛んでいっちまうぜ? それに獣人の奴隷取り引きなんて珍しくもない」
「それが正規のものだって言うならいきなり襲いかかってなんてこないだろ? 最初からそう説明すればいい」
「はっ! 正規の奴隷取り引きで金貨五〇〇〇枚もいくかよって。こんなの闇取引にきまってるだろ? 闇市で売るんだよそれぐらいわかんだろが!」
闇市なんてあることも知らなかったヒカルは怪訝そうに眉を顰める。
どちらにせよ後ろめたいことがあるからこそ、ヒカルの言うように勇義士と知りながらも襲いかかってきたのだろう。
そして当然だが、そんな事を知ったところでヒカルの気持ちに変わりはない。
「もういいだろ? どっちにしろ俺は取引に応じない。とりあえずあの獅子の事も気になるしもう――」
しかし言葉の途中で、だったら! と頭が叫び背中を見せ金獅子の方まで駆けていく。
「こいつを盾にするだけだ!」
どうやらヒカルはこの手負いの獅子に手は出せないだろうと判断したようだ。
そして少なくともここまで弱った獅子にならやられる事はないと――だがそんな頭の脚に鞭が絡みつき、その身が盛大に地面へ倒れた。
ヒカルは瞬時に左手を鞭に変え、男の脚に絡めたのだ。
そして頭へと近づき、上半身を起こしたその首を右の刃で斬り裂いた。
太い首筋から鮮血が吹き上がり、頭の上がりかけた上半身は直ぐに地面に沈み込み、そして他の取り巻きと同様、物言わぬ骸と化した。
その死を認めた後、ヒカルは一つ息を吐き出し、その目を金獅子に向け近づいていった――
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