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異世界で黒い悪魔と呼ばれています  作者: 空地 大乃
第三部 呪いの魔器編
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第二話 謎の男からの贈り物

「一体どういうつもりなのだ!」


 アルミス・デボラ伯爵は、ムスッとして目の前のソファーに座り続ける妻に向けて怒鳴りあげた。

 妻の横では、どこかオドオドした様子で奴隷の少年ネックが控えている。


「あら貴方、珍しくこんな夜にやってきたかと思えば、開口一番何を怒っていらっしゃるのか、私には理解が出来ませんわ」


「白々しい事を……ギラドル卿が赴いてこられてな、お前の事を知らせに来たのだ。全く前も言ったであろう! 今の王国内では獣人差別は許されていない!」


 指を突きつけ怒声を上げる伯爵に妻は舌打ちして見せた。

 その態度に、くっ! と呻き伯爵が歯噛みする。


「大体何故お前はそこまで獣人を差別するんだ? 以前から確かにいい顔はしていなかったが、ここまであからさまではなかっただろう?」


 伯爵は額を軽く押さえながら頭を振り、ほとほと困り果てたような表情で問いかけた。


「……それも、判らないというのですか貴方は」


 呟くような夫人の訴え。だが伯爵は何のことだ? と思案顔である。


「私が知らないとでも思ったの? 貴方が……メイドのミャーチュに入れ込んでる事ぐらい、こっちはお見通しなんですよ!」


 語尾を強め、少し刺のある言い方で口にする。

 その話を聞いて、伯爵の顔色が変わり唇を結んだ。


 デボラ夫人の言うミャーチュとは、屋敷でメイドとして雇っている黒猫族の女である。 

 そして伯爵に対して向けられている疑惑、というよりはほぼ確信を持って言ってきてると思うが、しかしこれは決して間違いではない。


 伯爵から見て、ここ数年の夫人の変わり様は凄まじい。

 かつては、数多の名ある貴族たちからの求婚が絶えないほどに、それはそれは夫人は美しい女性であった。

 

 だからこそ、数多のライバル達を蹴落とし、彼女の心を射止めた時には、もうこれより先、彼女以外の女を愛することなどないだろう、と、そんな事さえ思ったほどだったのだが――


 時の流れとは残酷なものであり、今のその肥え太った身体からは、かつての美しかった妻の姿など欠片も感じられず、マガモノの住まう森に潜むというオークを家で飼っているかのような、時折そんな気持ちにさえ陥ってしまうほどなのである。


 だからこそ、自らが愛したはずの妻に、歳を重ねるごとに絶望していくだけの伯爵にとって、その出会いは衝撃的であったのだ。


 今から数ヶ月ほど前の話である。新たに募集したメイドの中に、黒猫族の彼女はいた。

 そしてその美しさに、伯爵は身体中を電気が駆け抜けたような、そんな感覚に陥った。


 彼女は名をミャーチュと名乗り、その名すらも甘美な響きに思えた。

 そんな伯爵がミャーチュに溺れていくのに、それほどの時間は必要としなかった。

 ミャーチュはスタイルもよく綺麗であり、男心を擽る何かも併せ持っていた。


 その結果ミャーチュに完全に心を奪われた伯爵は、今でも彼女にせがまれると、ついつい宝石類や高級な絹糸で仕立てたドレスなどを貢いでしまっている。


 この伯爵の行為は――実は本人以外は、誰から見ても、好意があるのも含めてばればれであり、屋敷中の使用人はその事を当然のように知っていた。


 実はバレていないと思っているのは、領主であるアルミスだけなのである。

 しかし、にも関わらず彼は、バレたのか! と焦りを滲ませ、だが決して認めまいと表情を取り繕い言い放った。


「馬鹿なことを! お前はそんな下らないことで嫉妬し、獣人差別を繰り返してきたのか。本当に仕方のないやつだ。よいか! 私が使用人のミャーちんに入れ込んでるなんていう話は事実無根である!」

 

 指をデボラ夫人に突きつけながら、強い口調で言う。

 なお、ミャーちんとは彼が普段ミャーチュを呼ぶときの愛称である。

 どうやらついつい口に出してしまったようだが、当の本人は気がついてない上、なぜかドヤ顔である。


「とにかく私からの話は以上だ。今後は街なかで揉め事は引き起こしてくれるなよ。これ以上は私とて庇いきれぬからな」


 アルミスはデボラ夫人の反論を待つことなく、そこで話を打ち切り、妙にそそくさと部屋を後にした。


 どんなに取り繕ってみせたところで、態度にでてしまっているのが悲しいところである。





「あれでごまかせると思っているのが腹ただしいわね――」


 そう呟き、デボラ夫人がぎりりと奥歯を噛みしめる。

 正直な話、彼女が言及できそうな隙はいくらでもあった。

 だが、それを強く言えないのがつらいところでもあり、常に苛々が募る要因でもある。

 そして獣人達を見るたびに、つい差別的発言をしてしまうのも、普段の苛々が原因でもある。


 それならば、いっそ夫であるアルミスに全てをぶちまけた方がよほど楽であろうが、デボラ夫人には彼に強く言えない負い目があった。

 

 一つは自分の変わり果てた容姿。彼女だって馬鹿ではない。 

 姿見に映る自分の姿を見れば、かつての美貌など影も形も感じさせぬ、一般的には醜女とさえされる様相に成り果てた事ぐらいは理解してる。


 そのせいで、ここ何年も夫に夜の相手はしてもらえていないのだ。


 そしてもうひとつの負い目は――子を授かれなかったこと。

 そう、デボラ夫人がまだその美しさに自信が持てた頃、その頃はそれこそ毎晩のように愛し合ったものだが――しかし、にも関わらず子を授かる事が出来なかった。


 多くの人びとにとっても当然そうではあるのだが、事貴族にとっては、子供というのは特別な意味を持つ。

 世襲によって家名を継がせ、血を絶やさないことが何より大事とされているからだ。


 しかし、その子供が彼女と夫との間には出来なかった――本来ならばこの時点で、アルミスは側室を娶ることも考えてもいいぐらいだったのである。


 だが、アルミスはその選択を選ばなかった。

 生涯正妻以外を決して愛すことはない――その誓を彼は律儀に守り続けたのである。


 子供なんて出来なくても、いざとなったら養子でもとればいいさ、笑いながら優しく言ってくれたアルミスの顔が、今でもデボラ夫人の脳裏に過る。


 そこまで言ってくれて、側室も取らずにいてくれた彼を、メイドに心を奪われたからと本気で責められようがあるはずもない。

 

 だが、だからといって許せるはずもなかった。

 ましてや相手は獣人である。せめて人であったならまだ割り切れたかもしれない。

 しかし、獣人相手では純粋な人の子は生まれない。

 望んでも望んでも得られなかった愛すべき夫の子を、獣人などに産ませるなど以ての外だ。


 尤も――実際に夫が子供を産ませる気があるのかどうかなど、知りようがないし知りたくもないのだが……

 そして街で獣人を目にする度にデボラ夫人はその事を思い出し、頭に血が上り、今回のようなトラブルを引き起こしてしまうのである。


「……ネック。私の足をなめな」


 デボラ夫人は、すっかり太くなった自分の脚を突き出し、ネックに命じた。

 イライラしてる時には、いつも奴隷にこれをやらせている。

 

 ネックは、はい――と細い声を発し、その芋虫のような指に舌を這わせていく。

 

「この下手くそ! 一体いつになったらまともに舐められるようになるんだい!」


 デボラ夫人が喚き、もう片方の足でネックの顔面を蹴り飛ばす。

 勢いに耐えられず、彼のその身が傾倒した。


 だが、デボラ夫人は心配する素振りも見せず、とっとと起き上がってやり直しだよ! と怒鳴り散らす。


 言われた通り起き上がったネックは、隅々まで余すことなく彼女の指を嘗め尽くす。


「ふん、やればできるじゃないか――だったら」


 デボラは、そこまで言うとネックの行為を一旦中断させ、ガウンを脱ぎ、己の醜い裸体をネックに晒し、来て、と一言呟いた。


 ネックは否定することなく、ベッドに横たわるデボラに覆いかぶさり、今度は全身を余すことなく舐め回し、そして彼女を満足させるべく、その駄肉の中に埋もれていった――





「こんな事したって……虚しいだけね」


 ベッドの下で寝息を立てるネックを一瞥した後、デボラ夫人は自虐的な笑みを浮かべ、そしてベッドから立ち上がりガウンを羽織直した。


 そして再び姿見の前に立ち、自分の姿を見る。

 しかし何度見なおしたところで、そこにいるのは醜い自分であった。

 その姿に思わず嘆息する。


「かつての美貌を取り戻したいですか?」


 その時、彼女の耳に見知らぬ声が届く。

 思わず、ぎょっ! とし、声の主を探し顔を巡らせ、自分から見て右の壁際にそれを見つけた。


 それは、見るからに怪しい人物だった。

 声の質から男性であることは理解できたが、黒いローブで姿を隠し、目深にフードを被せたその状態では、詳細な年齢や容姿は掴めない。


「誰よあんた! 勝手にこんなところまでやってきて人を呼ぶわよ!」


 誰何しながらも、荒ぶる声で言い放つ。

 突然見知らぬ人物が部屋に現れたのだ。

 これも当然の反応と言えるが――


「……もし貴方がどうしても嫌だというなら、直ぐにでも立ち去りますが――でもいいのですか? 後悔する事になりますよ?」


 謎の男がデボラ夫人に近づきながら、そこまで話したところで、うぅんと軽く呻き、そして眠っていたネックが目を覚ました。

 瞼を擦り、そして夫人とその前に佇む男へ目を凝らす。


 すると男がネックを一瞥し、ほぉ……と一言漏らすが。

 ネックが固まったようになって動けないでいるのを認めると、構わずデボラ夫人との話に戻った。


「後悔するって……どういう事よ?」


 本来なら、この時点で大声を上げていてもおかしくはないが、何故かデボラ夫人は男の言葉が気になり、反問した。


「私の力があれば、貴方はまたかつての美しさを取り戻せる」


 はん! と鼻で笑うようにし、あまりの訝しさに眉根を寄せた。


「美しさを取り戻せる? おかしな格好をしてるかと思えば、まさかあんた、私は偉大な魔法使いです、とでも言うつもりかい?」


「ふふっ、あながち間違っていないさ」


 意外な返しに、デボラ夫人が目を丸くさせるが、すぐに顔を歪め。


「そうかい。だったら私をすぐに、あの頃の美しかった自分に戻しておくれよ」


 やれるものならやってみろ、といった様子で男に伝えた。

 

「……ならばこれを持つが良い」


 すると男は、ローブの中から一本の杖を取り出し、夫人に向けて差し出す。


「……何よこれ?」


「貴方の願いを叶えるための杖、ジェラシスロッドさ」


 デボラ夫人は、男の取り出したそれをまじまじと眺める。

 長さは一二〇cm程度で、柄は黒く、先端に炎の形を模したような朱色の水晶が取り付けられていた。


 その煌めきはどこか妖しくもあり、人の目を惹きつける何かが宿っているような、そんな気さえした。


「ふ~ん……」


 デボラ夫人は、一見何の興味もなさそうな態度を取りながらも、腕を伸ばし男の手から杖をもぎ取った。


「……まぁまぁ綺麗じゃないの。なるほどね、あんた行商だったわけ。勝手に入ってきたのはどうかと思うけど、まぁ大目に見てあげるわ。それでいくらな――え!?」


 杖をひとしきり眺めた後、デボラ夫人は男に目を向け直すが――既にそこに姿はなかった。

 デボラ夫人はきょろきょろとあたりを見回すが、確かにローブの男はいない。

 まるで霞のように消えてしまっていた。


「なんなのよ一体――」


 不気味に思い、呟く彼女であったが、その時また別の声がその耳に届いた。


『ねぇ貴方、美しさを取り戻したいんでしょ? だったら私の言うとおりになさいな』

次の話からヒカル登場です



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