第一八話 横取り
周囲には犯人とはいえ三人の冒険者の遺骸。
そして横たわるは未だ気絶したままの半裸のフォキュア。
更にヒカルはゴキブリを纏ったままの黒い悪魔状態。
そして目の前に目を剥いてこちらを睨め続けるサルーサの姿。
(最悪だぁあああああああああぁ!)
思わず叫びあげたくなる。
そもそもなんでこのタイミングでこいつが現れるのか? と恨み事の一つでも言いたくなるが。
「てめぇフォキュアから離れやがれ!」
激昂し、両手に二本のナイフを構え問答無用で襲いかかってきた。
超反射で巧みに操られるサルーサの刃はヒョイヒョイと躱し続けるか、その所為がより火に油を注いだのか更にムキになって襲い掛かってくる。
『ヒカルどうする?』
と、先生に訊かれるが、その答えは決まっている。
『当然――逃げます!』
「あ! 待ちやがれコラ!」
ヒカルは超反射で躱したタイミングで後方に飛び同時にクルリと反転し、一目散に逃げ出した。
後ろからサルーサの呼び止める声が聞こえるが、待てと言われて待つような状況ではなく、ゴキブリダッシュでとにかく一度洞窟の外まで走り抜けた――
「はぁ、はぁ、畜生! 逃げ足の早いやつだ!」
全力ダッシュで黒い悪魔を追いかけたサルーサであったが、相手の動きが速すぎて追いつけず、結局取り逃がしてしまった。
息切れをしつつ悔しい顔で語気を荒らげる。
近くの壁を裏拳で殴りつけた。パラパラと土塊が地面に溢れ落ちるが、その壁の異常に気がついたのサルーサはナイフを脇に収め、表面を指でこする。
(焼けてんのかこれ?)
表面はまだ熱をもっているので、これがサルーサが洞窟に入る直前に変化したのは確かだろう。
フォキュアを探すのに夢中で入ってきた時には気づくことも無かったが……改めて周囲を見やるとこの場所にはかなりの異常が見て取れた。
そこかしこに転がる肉片は、その形状を見る限り人の物だろう。
それに何かの破片も散らばっている。
一体ここで何があったんだ? とサルーサは顎に指を添え頭を捻る。
可能性があるとしたらやはりあの黒い悪魔が何かをしでかしたのかといったところだが――
「うん?」
ふとサルーサは破片の中からキラリと輝くそれに目を向けた。見たところ水晶のようにも思えるそれが、妙に気になりその場に屈みこんで手を伸ばす。
「痛っ! くそ、切っちまったぜ――」
ただでさえ苛ついているのにこんな事で小さいとはいえ傷まで負ってしまい、悔しさに顔を歪める。
ペロリと血の滲んだ人差し指を舐めつつ再度目を向けようとすると。
「サルーサ?」
背後からよく知る彼女の響き。
ガバリと振り返り、目を丸め声を上げる。
「フォキュア! 気がついたのかよ!」
安堵の表情で語りかける。
すると、うん、と一つ頷き。
「私、随分と気絶させられていたみたいね。情けない……でも……もしかして私を助けてくれたのってサルーサ?」
え? と一瞬戸惑う。気絶しているフォキュアを見つけたのはサルーサだが直接助けたわけではない。そもそも何が起きていたのかまだ完全に理解していないのである。
サルーサは頭を掻きつつ仕方ないな、と口を開こうとするが。
「……ッゥ!」
頭を押さえる。突然の痛みに呻き声を上げる。
それにフォキュアが大丈夫? と駆け寄ってくるが。
「いや、あぁ大丈夫だ。大丈夫……ちょっとお前を助けるのに無茶し過ぎちまってな」
そういってフォキュアにむけてサルーサが微笑を浮かべる。
それにフォキュアは目を丸くさせ、続く確認の言葉。
「え? じゃあやっぱり――」
「あぁ俺が助けた。全くあまり無茶するんじゃねぇぞフォキュア」
◇◆◇
「フォキュア! サルーサ!」
ヒカルは一旦洞窟の外に出た後、変身を解き急いでまた洞窟内に引き返していった。
フォキュアが寝かされている空洞までいくつもりだったが、その途中でサルーサとフォキュアのふたりをみつけ声を掛けた。
そしてその直後に、ここがさっきヒカルがあの呪いの魔斧グリーでィルアックスを倒した場所である事に気がつく。
改めて見ると現場はひどい有様であった。元々はハーデルであった男の肉片が散らばり、斧の破片も残っている。
流石にこんな状況ではここで何があったか、相当調べられる可能性が高いかもしれない等と考えてしまうが。
「なんだテメェ。今更のこのこ現れやがって。で、ギルドには連絡したのかよ?」
サルーサの言葉に、うっ、と喉を詰まらす。そもそもヒカルは今さっきまでここでフォキュアを助けるために戦いを演じていたので、そんな暇があるはずもない。
「それが、やっぱりフォキュアが心配で俺も探しまわっててさ」
「あん? ざけんな! てめぇ!」
「ちょ、サルーサ。いいじゃないヒカルだって心配して助けに来てくれたんだし。ありがとうねヒカル」
フォキュアにニコリと微笑まれ照れるヒカル。
顎を指で掻きつつ目線を逸らし。
「で、でも無事で良かったよフォキャア」
ちょっと白々しいかなと思いつつも、ヒカルはフォキャアの無事を喜んだ。
「うん。サルーサがね、助けてくれたみたいなの」
「え!?」
思わずヒカルが素っ頓狂な声を上げる。それを訝しげにみやり。
「なんだよ? 何か文句があるのか?」
「え? いや別にないけどな……ただこれだけの相手を一人で?」
「はん! フォキュアと一緒にいながら手も足も出ず、呑気に眠ってるような奴とは違うんだよ」
「ちょっとやめなって。ヒカルだって助けようとしてくれし、それに私だって手も足もでなかったんだから」
そういってフォキュアが目を伏せる。
自分の不甲斐なさを悔やんでるかもしれないが、しかし……
「でもサルーサ。派手にやったわね。多分この辺に散らばってるのが私を気絶させた奴なんだろうけど……」
「あん? あぁフォキュアを攫った奴らだと思うとつい血の気が多くなっちまってな」
『……こいつ吹かしたな』
『え、えぇ……』
先生の言葉にヒカルも同意する。つまりサルーサはヒカルが行った所為を自分がやったと言っているのだ、これには正直納得がいかないヒカルでもあるが、ただ現状ヒカルはそれを否定することが出来ない。
何せヒカルは、いまフォキャアを助けにきたという体で振舞っている。
それなのにサルーサの言っている事を嘘だといっても証明する術がない。
『どうするヒカル?』
『どうするもこうも仕方ないです。フォキュアが無事だっただけでも由とします』
『なんとも損な役回りだな』
先生に同情の言葉を投げかけられた。ヒカルとて溜め息でも吐きたい気分である。
「それにしてもフォキュア。その何だ……」
「うん? どうかした?」
「いや、その格好そろそろ何とかならねぇか? 俺も落ちかないんだけどな」
サルーサにいわれ、改めてフォキュアが自分の姿を確認した。その瞬間――
「きゃっ、きゃぁああぁあぁああ! 何よこれぇええぇええぇ!」
瞬時に顔と美肌が真っ赤に染まり、その場に屈みこんで両手で自分の身体を覆う。
そう彼女はまだ半裸の状態だった。どうやら意識を取り戻した後、自分の状態を確認せずここまで歩いてきていたようだ。
まぁこれに関してはヒカルも目のやり場に困っていたりもしたが――やはり本人が一番恥ずかしいようで。
「ふ、ふぅうえぇえぇん、何でぇえぇ、もう嫌だぁ~~~~」
狐耳もすっかりへたり込み、半泣きになりながら恥ずかしがる。
普段とのギャップにグッとくるものを感じるヒカルだが。
「おいてめぇ! いつまでも鼻の下伸ばしてないでさっさとフォキュアの装備取ってこい!」
え? 俺? とサルーサをみやるヒカル。勿論取りに行くのは構わないが、それをサルーサに命じられるのに納得がいかない。
「てめぇ以外だれが取りに行くんだよ! このまま辱めておくつもりあてめぇ!」
「わ、判ったって」
とはいえ確かにこのままにさせておくわけにもいかず……ヒカルはとにかくダッシュで奥まで装備を取りに向かうのだった――
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