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異世界で黒い悪魔と呼ばれています  作者: 空地 大乃
第二部 勇義士の黒い悪魔編
33/59

第一六話 呪いの魔斧グリーディルアックス

「ぐっギイイィイイがぁ"あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"! ちっくしょうがぁあ! 俺の! 俺の腕がぁあぁ~~~~~!」


 声を張り上げ苦悶の表情を見せるハーデル。その顔には脂汗も滲んでいる。

 一閃――ヒカルが瞬時に間合いを詰め、斬り上げた一撃で、男の太い腕が一本、宙を舞いボトンっと地面に落下する。


「がっ! がぁああぁ!」


 ハーデルは斧を持ったまま後方に大きく跳ね除けた。

 ヒカルは冷たい視線を向けたまま追うことはしない。

 ただじっとハーデルを見据え口を開く。


「少しはてめぇの殺した人間の痛みが判ったか?」


「くっ、くそが! 奪うだと! 俺から腕を! てめぇは奪いやがった! ふざけやがって! 奪うのは俺だ! てめぇじゃねぇ!」


 ヒカルを睨めつけ怨嗟の言葉を吐き出すハーデル。だがその表情にはすでに焦りの色が滲んでいた。


『――メッキが剥がれたな』


 ふとその時、ハーデルのものとは全く別の声が鳴り響く。

 低く押しつぶすような声音。

 それにヒカルとハーデルの目が行った。


 視線の先はハーデルの右手に握られし斧。

 声の主はまさにこの斧である。


「斧が喋ったのか……」

『魔剣が喋るぐらいだ、珍しいものじゃない』


 先生の言葉に確かにとヒカルも納得するが、それにしても何故今になってという思いもある。これまでは一切口を出すことはなかったようだが。


「て、てめぇ! 主人を差し置いて勝手に語ってんじゃねぇぞこら!」

『主人?』


 そう魔斧が聞き返す。酷く冷たい声音だった。


「そうだ! てめぇは俺のものだ! 黙って俺に殺した相手の能力だけよこしとけばいいんだよ!」


『……貴様はどうやら勘違いをしてるようだな。だが、まぁいい。どうせお前はもう用済みだ。もっと良さげなのがみつかったからな』


 何!? と目を見開くハーデル。

 すると――突如魔斧に施されていた腕型の細工が伸び、男の切断された左腕を掴む。


「な、なんだこりゃ! てめぇ何を!」


『言ったはずだ。用済みと。お前はせめて最期ぐらい我に肉体を寄越して消えろ』


 その瞬間伸ばした腕の力で魔斧が左腕まで移動し、その柄が腕の断面に喰い込んだ。

 ぐがぁ! と顔を歪めるハーデル。


 そしてその光景に目を奪われるヒカル。


「そ、そんな斧が――腕を喰ってる?」

『違うなヒカル。あれは私達と同じ融合……いや寧ろあれは侵食といったほうがいいか』


 侵食? とヒカルはハーデルの様子に注目するが。


「ぐ、がぁ、な、お、俺様の、記憶が、き、消えて、能力も、何もかも、い、嫌だ! おれ、は、奪い、いつだっ、て、そうやっ、て、なの、に、奪われ、るの、は、い、や、だ――」


 腕を侵食し呪いの魔斧はハーデルの身体と一体化した。左腕そのものが長い柄を持ちし不気味な斧に変化する。

 斧と化した腕から肩にかけては、奇妙な管のようなものが何本も生え繋がっていた。



 そして――ハーデルの顔が正面を向き、ヒカルの姿を捉える。


「待たせたな。我が名はグリーディルアックス。強欲を掌りし呪いの魔斧――」


 強欲? と眉を顰めるヒカル。


『この間のナルムンクとかいう魔剣は恐怖といっていたな。どうやら呪いの魔器には何らかのテーマがあるみたいだ』


 テーマか……とヒカルは目の前の変化した敵に目を向ける。

 それにしても――その腕以外には見た目ハーデルと何ら変わらない。

 さっきと違い声も元のそれに変化している。

 だが――纏われる気配は明らかに違う。

 触覚にひしひしと伝わる禍々しさは、並の人間ならばそれだけで気を失ってしまいそうなほどだ。


「お前の目的はなんだ?」


 ヒカルは目の前の魔斧に直球で訊く。

 下手に遠回りに訊くような相手ではないと思ったからだ。


「目的か……そうだな、取り敢えずは我が理念に基づき奪うことを主としている。だからこの男に協力はしたが……所詮は力でしか物を考えられない馬鹿だったな。最後に化けの皮が剥がれた。奪うどころか奪われ更に恐れまで抱くとはな」


 元は持ち主だった男だが、今の魔斧の表情は侮蔑の色が色濃く滲んでいる。

 確かに最低で最悪の男だった事は確かだが。


「その点お前はいい。その力、我を受け入れるに相応しいものだ。どうだ? 我の持ち主になるつもりはないか?」


 前の魔剣にもそんな事を言われたなと思いつつ。


「あり得ないな。お前らの所業をみせられて、なんでそんな気になると思う?」


「ふむ、あの男や女を襲い殺したことをいっているのか? まぁ我もあんな何の役に立つのかも判らん連中から奪う必要はないと思ったのだがな。基本こいつに任せてしまっていたからな」


「その考え方自体論外だ。役に立つ立たないの話ではない」


 ヒカルが鼻持ちならぬといった面持ちで言い捨てると、グリーディルアックスは、くくっ、と含んだ笑いをみせ。


「だったらしかたないな。強制的に奪うしかない」


 一体化した斧を構え殺意を込めた表情に瞬時に切り替わる。


『ヒカル。さっきとは桁違いだ、気を引き締めろ』

『判ってます』


 心のなかで先生に頷くヒカル。すると――


「ほぉ。お前も何か持っているのか? ふむ、形は違えどやはりお前は同類か――」


 その言葉にヒカルが目を剥き、更にゴッキー先生も確認するように言葉を発す。


『私の念が判るのか?』

『判るさ。我らとよく似ているしな』


 よく似ている? とヒカルは若干疑問に思うが。

 しかし確かに同化と侵食という違いはあれど、今の状態はよく似ているとも言えるか。


『そうかもしれない。それに思念自体はヒカルの世界でいう電波みたいなものだ。波長があえば傍受出来たりもするのだろう』


「傍受? 電波? ふむ、よくわからんが、興味は湧いた。どの程度かじっくり見極めるとしよう」


『ヒカル即効だ! 相手が何を思おうが今のヒカルなら負けるはずがない!』

 

 ヒカルはそれに返事はせず、脊髄反射で地面を蹴りゴキブリの超速度で魔斧に迫ろうと駆ける。


 だが、その動きとほぼ同時にグリーディルアックスが振られ、かと思えば螺旋状の竜巻に似た突風が洞窟内を支配する。


「ぐぅう!」


 ヒカルが右腕で正面を隠すようにしながら、その動きを止めた。

 いや、正確には止めさせられた(・・・・・・・)

 吹き荒れる風の勢いがあまりに凄まじく、ヒカルのダッシュといえど、前に進むこと叶わなかったからである。


「ひとついっておくが。さっきまで持ち物であった時は、使える能力はあの男が手に入れたものに限定されていた。それに対し、今の我であればこれまで手に入れた全ての能力を使うことが出来る」


 そういって右手を差し上げ、更に言葉を紡げた。


「この技は【トルネイドアックス】。見ての通り竜巻に似た暴風を起こす能力だ。この風は暫くは留まり、この洞窟ぐらいであれば全体に及ぶぐらいの範囲は余裕で起こせる。そしてこの中ならお前の自慢の機動力も生かせまい」


「くっ! くそ!」


 悔しそうに声を絞り上げながら、一歩一歩と足を進ませるが、これでは正直近づくこともままならない。


「さて、見たところこの技だけでは流石に倒すまでにはいかないようだ。だがそれにこれを加えるとどうか?」


 言って魔斧は突き出した右の掌に灼熱の炎を纏わせる。

 轟々と燃える真っ赤な炎は、全てを焼きつくす地獄の業火にも感じさせた。


「さぁ行くぞ。炎よ風に乗れ! 【ブレイズトルネイド】!」


 声を上げ、魔斧が右手の炎を暴風の中に叩きつける。

 刹那――ヒカルの触覚を灼熱と爆風が蹂躙する。黒い装甲ごと引きずられるように後退りし、黒い悪魔の表皮が剥がれ、焼け、消し炭と成り果てる。

 あまりの業火に、ヒカルの素肌にまで熱は及び、肉の焦げたような匂いが鼻腔をついた。

 

 そのあまりの熱さに悲鳴を上げたくなるが、それをぐっと堪え耐え忍ぶ。

 それは時間にすればほんの一瞬の出来事であっただろう。

 

 しかし、完全に炎が消え失せた後のヒカルの本体には、焦げた匂いがすっかり染み付き、プスプスと煙すら上げていた。


「ほう、これを喰らってもまだ立っていられるとは中々のしぶとさだ。まるでゴキブリのようだな」


 相手は恐らく皮肉のつもりで言っているのだろうが、それ自体は的を射た話なので、ヒカルも思わず自虐的な笑みを零す。


 しかし――決して平気とはいえない状況だ。さっきの岩の集中砲火は、ガードを固めていれば厚い装甲により全てを防ぐことが可能だった。


 だが、今のまるでバックドラフトにでもあったような炎撃は、確実にヒカルのボディを打ち砕き、先生の仲間も多くが消し炭に変えられた。


 それでもまだ装甲が残っているように見えるのは、消失した分を他の仲間が補ったからに過ぎない。

 だが確実に今のヒカルを形作っているクロガネゴキブリの数は減少している。


 それを判っているのかどうかは定かではないが――魔斧グリーディルアックスは再びブレイズトルネイドを使用し、ヒカルの身体を蹂躙していく。


 爆轟と共に炎の渦に飲み込まれたヒカルの身は、更にボロボロと崩れていき、仲間の数を減少させた。


「さて、どこまで持つかな。ブレイズトルネイド!」


 更に三度、四度と業火の責め苦は続く。それに対しヒカルは何の対策も講じれず――


「これだけ我の技を喰らっても立っていられるとはな。尊敬に値するぞ。だが――平気なようにも見えないがな」


 肩で息をするその姿に、明らかな疲弊を感じたのだろう。

 実際ヒカルは装甲が薄くなり始めているというのもそうだが、熱によるダメージも相当蓄積されていた。


 幸いフォキュアのおかげで手に入れた、アルラウチュニックの耐熱効果は中々のものだったらしく、それで覆われている部分にはこれといったダメージも無かったのだが、それ以外の特に肌がむき出しになっている部分は無傷とまではいかない。


 所々が黒ずみ大怪我とまでは行かないが、それなりの熱傷の後も見受けられる。

 どうする――どうする――と焦りだけが先立つ。

 頭をフル回転させ、この状況を打破する手を考える。


 そんな時だった。先生よりヒカルの脳裏に声が届く。


『ヒカル駄目だ。諦めてここは逃げろ――』

 


 

 



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