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異世界で黒い悪魔と呼ばれています  作者: 空地 大乃
第二部 勇義士の黒い悪魔編
32/59

第一五話 呪いの魔斧を持ちし者

『呪いの魔器なのか……オークのあれは魔剣だったけど、つまりこれは魔斧、呪いの魔斧ってところになるのか――』


『まぁそうなるな。とにかく気をつけろよヒカル』


 ヒカルは天井に張り付いたまま顎を引く。そして一旦様子を見た。

 あのハーデルという男がどう動くか、だがフォキュアに危害が及ぶようならすぐにでも出ないといけないが。


「んあ、やっぱこいつらじゃ何の足しにもならなかったなぁ~つまんねぇ。まぁいい女でも頂くとするかな」


 その声に、フォキュアがやばい! とヒカルは瞬時に腕を蜚丸に変える。

 が――


「まぁでもその前に――」


『ヒカル!』

『判ってます!』


 その瞬間けたたましい轟音。揺れる洞窟。

 ヒカルの張り付いていた場所が断裂され、パックリと細長く歪な口を広げている。


「んぁ~何かいやがると思ってたがなぁ、何だお前? 随分とおかしなものが釣れたぜぇ」


 ハーデルは己の背後に移動していたヒカルを振り返り、けったいなものを見るような目を向けてくる。

 

 手に握られた魔斧はだらしなく下げられ、一見やる気がなさそうな雰囲気も感じさせるが、軽く振り上げただけで天井にアレだけの傷を残せるのだ。


 実際の実力はかなりのものなのであろう。


「で? お前なに?」


 怪訝そうにそれでいて粘りつくような笑いはそのままに、男はヒカルに問いかけてくる。


「――フォキュアを助けに来た……黒い悪魔だ」


 黒い? と不思議そうな目を見せ、そして顎を余った方の手で擦る。


「で、フォキュアってのはこのネェちゃんか。なんだ? 正義の味方気取りか? そのなりで? てめぇはどっちかというとこっち側ぽいけどなぁ」


「黙れ。とにかくフォキュアは返して貰うぞ」

「嫌なこった」


 動く気配は全くなかった。だがいつの間にかその男は隣にいた。

 そして再び振るわれる巨大な刃。首を刎ねる水平の軌道で淀みなく風を切る。


 が、ヒカルの反射が機能し、その一撃を躱し太刀を振るう。 

 この男は鎧を着ていない。どんなに筋骨逞しい男でも蜚丸の切れ味は一級品だ、捉えれば確実に命はない!


 空間に斜めに刻まれた黒い残閃。振り切られた刃。あたれば一撃必殺。しかし――手応えがない。


「おらぁ!」


 後ろから響く気勢と暴音。軽く頭を上げた目の前に狂気の刃。


(マジか!)


 だが――優秀。ヒカルが思っている以上にゴキブリの能力は高い。

 意志とは関係なく半身を翻しその一撃すら躱してしまう。


 そしてヒカルはバックステップで一旦距離をとる。

 様子見の視線を外皮の赤い瞳にのせ、ハーデルを見据えた。


「くっ、くくっ、くくくっ、いいねぇ! 面白い! 面白いよお前~。本当になぁ、俺様はお前に俄然興味が湧いてきたぜぇえぇ!」


 ハーデルの口端から涎がダラリと零れ落ちる。その瞳がご馳走を前にした獣のごとき喜びに満ちる。


『先生これは……』

『あぁ今ヒカルが思っているとおりだな』


 だとするならこれはいかさないといけない、とヒカルは考えを巡らせ――


 かと思えばハーデルが前に出てヒカルに迫る。


「お前のそれ寄越せよぉ。俺に、全て!」


 猛る声と同時に振るわれる斧。

 だが、ヒカルはそれを躱しながら再度後方に飛び退き――ハーデルはそんなヒカルを追い詰めようとやっきになって接近し、斧を振るう行為を繰り返した。


 そして――


(大分離せたな――)


 巡る思考。相手の攻撃を避けながらヒカルはなんとかフォキュアからこの男を離そうと試みた。

 触覚に伝わる空気で、今この男がヒカルに尋常でない興味を抱いている事が判ったからだ。


 ならば自分に集中させておけば、上手くおびき寄せられるかもしれないと考えここまできた。


 この洞窟は入り口からフォキュアの寝かされている空洞まで結構な距離がある。

 大体七~八〇〇メートルといっったところだ。


 そしてその中間地点まで誘き寄せた。この洞窟はフォキュアのいる空洞手前で右側に湾曲した作りなので、ここなら戦っても問題はなさそうにも思えるが。


「いっておくがあのネエちゃんなら、てめぇから奪った後にやるつもりだからなぁ、心配することじゃねぇぜ」


 気づかれていたか、とハーデルに視線を向け動きを止める。

 どうやらここで決着を付ける他なさそうだ。

 今、彼我の間合いは五メートル。ここから空洞手前の壁までで三〇〇メートル。

 後方の洞窟入り口までで四〇〇メートル。


 左右の幅は六メートル。高さは五メートルといったところだ。

 それがこの闘いを行うバトルフィールド(闘技場)


「俺は今、お前が欲しい。欲しくてたまらないぜぇえぇえ」


 男にだけは言われたくない台詞である。ヒカルの背中に悪寒が走った。


「くくっ、折角だ。いろいろ試してから奪ってやる――先ずはこれだ……」

 

 そう口にしたかと思えば、男は何かを呟き始める。


「大地よりいでし貫け、ストーンブリンガー!」


 え? とヒカルの頭に疑問符が浮かんだ瞬間。その足下に何十本もの岩の槍が生まれ、ヒカルを貫こうと伸び上がる。


 それを反射的に後方宙返りで躱し、数メートル程距離をとった位置に着地した。


「ストームレイン!」

 

 しかし間髪入れずにハーデルの二手目が作動し、天井から尖った岩の破片が降り注ぐ、そこから更に――


「ストームスパイク! ランス!」


 左右の壁が文字通り長大な槍で埋め尽くされた。かと思えば、ショット! の言葉と共にスパイクが一斉に飛び出しヒカルを狙う。


 上と左右からの広範囲に及ぶ攻撃。

 そして轟音と共に土煙が上がり視界が塞がる。


 その様子を顎に指を添えながら、満足気に眺めるハーデル。

 だが――煙が霧散し、姿を見せたのは、両腕をクロスさせガードを固めている黒い悪魔であった。


「先生助かりました……」

 

 思わずヒカルが呟く。


『あぁでもやはり防御に徹して正解だったか』


 そして先生の声。

 ヒカルはその周囲から迫る攻撃を感じた瞬間、全てを超反射に任せようと思っていた。

 だが、それは先生によって止められた。寧ろガードを固めろと。

 ヒカルが強く望めば尾角の超反射が作動することはないのだと先生はいった。


 ヒカルは戸惑いながらも自分の装甲を信じろ! の言葉で決意を固め、防御に徹したのだが――


 今ヒカルの前後には岩で出来た長大な槍が、地面より背中と腹部を貫けるような斜角を保って設置されている。


 これもハーデルが生み出したものだろう。

 そして上からと左右からの広範囲に及ぶ攻撃。

 この場合超反射を使った回避行動はある程度限定される。

 もっといえば前後のどちらかだ。ヒカルの超反射は発動した瞬間に最高速である三〇〇キロオーバーの動きで回避行動をとってしまう。


 つまりそのまま何もせず我が身を任せていたなら、ほぼ間違いなくこの岩の槍に自ら突っ込んでいた事となったはずだ。

 

 三〇〇キロを超えるスピードでそんな事をしたならば、いくら鋼鉄の装甲を誇るボディとはいえ只では済まない。


 先生はいち早くそのトラップを察して、ヒカルに教えてくれたのだ。

 全くますます頭が上がらなくなる思いのヒカルである。


「避けるだけが脳じゃないっていうことかよ。随分といい装甲してんじゃねぇか。ますます気に入ったぜ」

 

「お前に気に入られても嬉しくはないな」


 そう言いつつ、太刀で前後の槍を斬り裂いた。


「それにしても魔法を使うとはな……」


 思わず呟く。ヒカルもこれには心底驚いた。何せ見た目には全くそんなタイプにはみえない。


「んぁ――だったらもっと色々見せてやるぜ」


 何かを企んだような顔を見せ、ハーデルはガサゴソとズボンのポケットを弄る。


「ジャ~~ン。これが判るかぁ?」


「……魔晶だな」


「へ~お前、生意気にも人間様の使う道具が判るのかよ?」


 人間だからな、と思ったが口にはしなかった。


 そして、まぁいいか、といって、ハーデルはそこから弓矢と矢筒を取り出した。

 どうやらフォキュアが持っていたのと同じタイプだったようだ。


「ふんふふ~ん。これをみせるのはお前が第一号なんだぜ?」

「……」


 そんな事を言われてもどう返していいか判らない。というか鼻歌交じりで気味が悪い。


「さぁいくぜ」

 

 言って男は弓を引き絞る。なんだ? と思ったが、ハーデルはその弓に矢を五本同時に番えていた。


「マルチショット!」


 何か技名のような物を叫び、弓から矢が放たれ、五本同時にヒカルに迫る。

 だが、正直これはさっきの攻撃に比べて全く大したことがない。

 

 罠かとも考えたが、詠唱の様子もないのであっさりとヒカルはそれを躱した。

 そしてハーデルをみやる。一体何を考えているのかいまいち掴めない。


「チッ――だったらこれでどうだ! ショットラッシュ!」


 矢継ぎ早に繰り出される矢弾の連射。しかしこれとて避けるのは造作も無いことであり、ハーデルの矢筒に収まっていた矢もあっさりと底をつきた。


(なんだ? なんのつもりだ?)


 ヒカルは攻撃の終わったハーデルを見ながら怪訝に眉を顰める。

 すると男は一旦首を傾げ。


「チッ、やっぱこないだの勇義士から奪ったこれは外れだなぁ。たく使えねぇ」


 言って弓を叩き割り矢筒ごと興味なさげに放り投げた。

 だが、ヒカルには男のいった言葉の方が耳に残る。


「おい、どういう意味だ。奪った? そういえばさっきからそんな事をいっているが……」


「んぁ? んなのは読んで字の如くだよ。俺はなぁ相手の力を奪えるんだ。さっきの魔法も奪ったやつさ。気配を消したりもな」


「奪う――だって?」


「そうさ奪うんだ。この斧で、あぁ確か【グリーディルアックス】といったなぁ。これを持っていれば殺した相手の力を奪えるのさぁ」


 ヒカルの身体に戦慄が走る。その説明通りなら――


「それにしても使えない技だぜ。最近奪ったばかりなんだけどなぁ」


「最近? 勇義士を、か?」


「あぁそのとおりだぁ。そうだそうだこの森を出たところだったなぁ。夜だったなぁ依頼でも上手く達成できたのか、男女二人で嬉しそうに歩いていたから、どうにも奪いたくなってなぁ、襲ってやった。男の方は使えない奴だったからあっさり首刎ねて殺して、女の方も見ての通り使えない技で挑んできたからあっさり返り討ちにしたぜ」


「……つまり殺したのか? ふたりの勇義士を?」


 するとハーデルは思い出したように好色な笑みを浮かべ。


「あぁそうだ、でも女は能力はクソみたいだが身体は中々楽しめたぜぇ。若かったしなぁ、いい感じに泣き喚くのがまた堪らなかった。やっぱり女は無理やり喰うに限るよなぁ」


「……もういい、判った」


「おいおい、こっからがいいところなんだからちゃんと聞けって。女をな、こういいかんじに蹂躙してな、暴れまわるから手足切断して、死なないように奪った魔法の力も使ってな、女の全てを喰ってやった。そしたら先に死んでた男の名前を口にして涙ながらに助けてェ助けてェいいやがるから、優しい俺様は男の持ってた剣を使って女を楽しませてやったのさ。だけどよぉ、ち~とばかり勢い余っちまってな。気がついたら女の身体を男のそれで貫通させちまってたってわけだ。ウケるだろ? ぎゃはっははっははははははぁああぁああ」

「黙れゲス野郎」


 瞬刻の間に肉薄したヒカルの太刀は――その怒りを勢いに乗せ、ハーデルの左腕を斬り飛ばしていた――

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