第一四話 フォキュアを探して
ヒカルは変身を遂げると、即座に触覚の力を頼りに辺りを探り始めた。
そこで判ったのはサルーサの位置。
だが流石に彼は素早い。どんどん距離が離れていくが、その方が逆に有難いか。
ただ肝心のフォキュアとあの連中の位置は掴めない。
気絶している間にかなり離れてしまったのか……悔しさで奥歯を噛みしめる。
『仕方ない。仲間の力を借りるとしよう』
脳内に響く先生の声。仲間? と問い返し、以前自分が操ったゴキブリの事を思い出すが。
「それでもいいけど、もっと調査に向いているのがいる。イメージを送るから、それを呼び出す感じにやってみるといい」
先生よりイメージを受け取る。名称はウスラゴキブリ。ちなみにゴキブリには種類によって名前があり、ヒカルが装着しているのはクロガネゴキブリである。
日本の名称とは色々異なるが――ただウスラゴキブリに関しては見た目はほぼ、チャバネゴキブリである。
『そのゴキブリはこの大陸では一番体躯が薄っぺらくて小柄だ。だけど動きはクロガネよりも素早い。小さいって事はどこにでも潜り込めるって事でもある』
確かにとヒカルは頷く。因みにクロガネゴキブリは見た目かなり日本のクロゴキブリに近いタイプだが、実際はよく見ると僅かにことなっていて、胴体の部分は完璧な扁平ではなく、真ん中あたりがぷっくりと山形に盛り上がっていたりもする。
まぁ僅かな差だがその分だけ調査能力に差が出るのだろう。
と、思っているうちにそのウスラゴキブリが大量に集まってきた。
『先生。これももしかして装着が可能なんですか?』
『可能だな。でも今はそのままでいた方がいい。ウスラゴキブリはクロガネよりは素早いが装甲は弱い。元が小さいから見た目にもほっそりした感じになる』
なるほど。どうやら異世界のゴキブリはそれぞれ特徴があるようだ。
ヒカルは納得し、集まったウスラゴキブリの軍勢にフォキュアのイメージを伝え、調査に向かってもらう。
万を超える薄茶色なゴキブリの群れが散開し、フォキュアを探しに向かってくれた。
瞬時に消えるその素早さは、確かに今ヒカルが装着しているクロガネゴキブリ以上と言えるだろう。
後は無事フォキュアの居場所が掴めるのを望むだけだが――
◇◆◇
仲間のウスラゴキブリから連絡が入ったのは、彼らが調査に乗り出してまもなくのことであった。
まさかここまで早くとは、その調査能力の高さに舌を巻く思いだが、とにかく彼らの案内にしたがって、ヒカルはゴキブリ走りで、その距離を一瞬にして移動した。
それはヒカルがいた場所から北に数キロ程離れた位置にあった。
小高い岩山が並び立つ地帯で、その一郭に大きな口を広げた洞穴があった。
どうやらゴキブリの情報によるとこの中にフォキュアと連中が潜んでいるらしい。
なるほど、確かに中々目立ちにくい場所だ。岩山の並ぶ地帯の比較的影になる位置。
おまけに途中の道は険阻だ、中々こんなところまでやってこようとする者もいないだろう。
ヒカルは慎重に洞窟の入口前の壁に背中を付け、感覚を研ぎ澄ませる。
仲間の情報だと、この洞窟の最奥にいるらしい。
実際触覚でも近くには連中の反応はなかった。
洞窟は細長い通路で奥まで続いているらしい。
急がねばとヒカルは洞窟の中に進入する。
ゴツゴツとした地面は通常なら歩きにくそうだが、今のヒカルには関係がない。
先に進むほど天井が高くなっていく作りだ。情報通り道は一本道である。
『ヒカルここはゴキブリらしく移動した方が目立たずいけると思うぞ』
ふと、先生の助言。
ゴキブリらしく? と一瞬頭を捻るがすぐに言っている意味を理解した。
ヒカルは近くの壁に手を置き――かと思えば四肢を使いシャカシャカと壁を上り天井に辿り着いた。
逆さまになった状態は中々妙な気分だが、触覚の情報が全ての今は、そこまで違和感はない。
ヒカルは、待ってろフォキュア! という思いを胸に、まさにゴキブリの如き軽快さで天井を疾走した――
「おいおいこの雌狐、獣の癖にいい身体してやがるぜぇ」
「全くだな。見ろよこのエグい谷間。くぅううぅうう! たまんねぇ!」
「たくっ、粗末なもんおっ勃たてやがって。下品なやつだ」
「だったらおめぇはどうなんだよ!」
「俺のはてめぇより立派だ!」
「おい、そんなことより残りもさっさと剥いちまおうぜ」
気配を消し、じっと天井から俯瞰するヒカル。
この空洞は天井が更に高い。連中の頭蓋から更に五メートル程頭上にヒカルの姿はあった。
ヒカルからは触覚の力で相手の動きが丸わかりだが、奥まった位置の洞窟は、かなり薄暗い。
この状況であれば天井に張り付いていても連中は中々気づかないだろう。
それにしても――と、ヒカルはフォキュアを感じ取る。
ゴツゴツとした岩場に仰向けに寝かされた彼女の身体はすっかり半裸――ようは下着意外には何も身につけていない状態だ。
元々身につけていた胸当て等の装具は、岩壁の辺りに纏めて放置されている。
そのおかげで男心を擽る魅惑のボディーが露わになり、小汚い男どもの性欲を掻き立てる要因となってしまっている。
その様子を俯瞰するヒカルは、欲情よりも当然怒りが先立つ。
フォキュアにこんな辱めを! と今直ぐ飛び降り全員叩き斬りたい気分に駆られるが――
『ヒカル少し待て』
『待てって先生そんな悠長な事は!』
『落ち着け、それにあの娘もまだ交尾は達成させられてないだろ』
『……いや交尾って』
『それにどうしてもあの男が気になる』
あの男――そうヒカルを素の状態とはいえ、一発でのした男。
兄貴と呼ばれていた男は壁に背中をつけ黙って瞑目を続けていた。
他の連中の下品な会話には混じっていないが、纏う雰囲気はとにかく薄気味悪いの一言である。
特に――彼の横に立て掛けられてある斧は、妙に禍々しい空気を辺りに散らしていた。
「もうたまんねぇ!」
「あぁ! 剥いてさっさと突っ込んじまおうぜ!」
「くぅ~辛抱たまらねぇ!」
ヤバい! とヒカルは焦る。先生のいうことも判るが、だからといってこのままではその交尾が達成させられてしまうかもしれない。
しかも本人の意志とは関係なくだ。
『もう出ます! 先生』
『待て! 奴が動く!』
奴? とヒカルが思考した直後、確かに男は動き出した。その手に斧を携えながら、重圧感のある足取りで、一歩一歩三人とフォキュアの下へ近づいていく。
「やっぱり駄目だなぁ――」
「え? 駄目って、あ、兄貴そんなもんを持って突然どうしたんですか?」
直前まで興奮しきっていた三人は、男が近づいた事で急に怯えたような表情に変わる。
「俺はよぉ。自分が奪うのはいいが、他のやつが奪うのを見てるのはやっぱり我慢ができねぇんだ」
「え? あ、そうですよね。いや! 勿論最初は兄貴が味見していいんで!」
「くひぃ、と、当然だぜ。俺達は兄貴が終わってからでも十分でさぁ」
「さぁハーデルの兄貴。存分にお楽しみください」
三人のゴロツキ勇義士が一旦フォキュアから離れ、整列し雁首並べてハーデルという男に譲ろうとする。
フォキュアを何だと思ってるんだ! と腹立たしくなるヒカルだが――
「おれはよぉ。どんな奴からでも奪いたいんだ。お前らみたいに大したものを持ってないと判っててもなぁ。だからお前らも俺に寄越せよぉ」
粘りつくような声に不快感を覚えるヒカル。
だが、仲間を奪いたいとは――
「いや、兄貴申し訳ないんだが、俺にそっちの趣味は――」
――ブォォオォオオン! グシャッ!
それは一瞬の出来事であった。まさに刹那の時。
これがもし素の状態のヒカルであったなら、何が起きたかすら理解が出来なかったであろう。
触覚による優れた知覚が働いているからこそ理解が出来た。
このハーデルという男は右手の力だけであの巨大な斧を振った。
まるでそのへんの棒切れでも振るうように軽々と、だが、その威力は腰から上が粉々に砕けたふたりの様子から推し量れる。
しかも仲間に対しまるで躊躇がない。いやこの男からしたらそもそも仲間ではなかったかもしれないが――
「ひっ。ひいいいぃいいいぃいいいぃい! どうして! 兄貴! どうしてこんな!」
残った一人が悲鳴を上げながらぺたりと尻を地面に付け、両手だけで後ずさる。
圧倒的な恐れ。恐怖で震え黒目が激しく蠢いている。
この男が助かったのはその背の小ささゆえ。振られた水平の軌道にいなかったから。
だがその拾った命も僅かに長引いただけにすぎない。
ハーデルがゆっくりと残った仲間に近づき、狼狽し、逃げる手もままならない小男の頭上に刃を掲げた。
「許して、あに――」
全ての言葉が口を継ぐ前に、振り下ろされた狂刃で、その身は只の肉塊に変わり果てた。
その様子を触覚で余すこと無く知ったヒカルの背中に、刺すような顫動が駆け巡る。
躊躇いもない、容赦もない。それどころか嬉しそうな笑みさえ浮かべている。
こいつは異常だ――そう感じ取ったヒカルに先生の声。
『全く厄介なのに出会うなヒカル。この男の持ってる斧は、あのオークと同じく呪いの魔器だ。しかもあれよりも遥かに強力な、な――』