第一二話 再び森へ
「どうなってる! まだ犯人の情報は掴めないのか!」
ガラムドの怒号が飛び、部下の肩が縮こまる。
ひとりの騎士が前に出て、申し訳ありません、と頭を下げた。
「こちらも色々と聴きこみを続けていますが、何せ事件の起きたのは完全に陽が落ちてからのようで、そのような最中に外を出歩くものもおらず――」
アルミス・デボラ伯爵領にて騎士団長を任されているガラムドは、部下の報告を聞きながら苦みばしった顔を見せ、組んだ腕の中で指をトントンと鳴らし続ける。
相当に苛々が募っているようだ。だが実際騎士や兵士を数多く投入し、街中を駆けずり回らせているが、これといった情報は全く集まらない。
尤も被害者についての情報も、事件の詳細も伏したままでの調査だ。
その為か情報の集まりが悪いというのもあるのかもしれない。
だがガラムドにも意地がある。
それに今回の、【クリステル子爵家令嬢殺害事件】と称されたこの一件を、解決に導けばガラムドの名声も上がるだろう。
クリステルといえば、ここデボラ伯領にてアルミス・デボラ伯の補佐官を務めていた男だ。
ガラムド自身は数度顔を合わせたぐらいで、これといった印象もない平凡な男といった感想をもったが、生真面目な性格で仕事熱心なのがデボラ伯に評価されているらしい。
その信頼の置ける補佐の愛娘が殺されたのだ。デボラ伯とて気が気ではないだろう。
その事件を解決したとなったなら、必ずその話は王都にまで及ぶ。各領土には定期的に王国から視察の為の使者が送られてくるからだ。
その時にガラムド指揮の元、無事事件が解決されたと耳に入れば、場合によっては王国騎士団に配属される可能性だって十分にある。
少なくとも出世の足掛かりにぐらいはなるだろ。
ガラムドは自分の腕に絶対の自信をもっている。
だからこそこんな地方領地の騎士団長程度の器に収まり続けるつもりもない。
団長等といえば聞こえはいいが、所詮五〇人にも満たない騎士を束ねる程度の身分だ。
総勢二〇〇〇の騎士と一〇〇〇〇を超える兵を束ねる王国騎士団の師団長とはレベルが違いすぎる。
王国騎士団は兵士や騎士であれば憧れの対象だ。騎士も選りすぐりの人材を集めたエリート集団だ。
そしてその為か、部下によってはガラムドよりも只の兵長でしかない、チャンバーネのギラドルに尊敬の念を示すものすらいる。
ギラドルからすれば、あんなのは只の馬鹿でしかないのでそれがまた腹ただしい思いだ。
何故王国騎士団でそこそこの地位にもいた男が、わざわざこんな地方領主の元にやってきて兵長等という任についているのか。
兵長なんて物は本来、兵士を長年勤めたものが、お情けで与えられる役職に過ぎない。
どうせ何か大きな失敗でもやらかして、左遷されたに決まっている。
しかしそんな男でも時折デボラ伯爵に直接面談したりもしている。
ガラムドでさえ、こんな地方の領主相手ですら、一対一で話す機会などそうはないというのに。
冗談じゃない! とガラムドは拳を強く握りしめる。
俺は出来る男だ! 機会さえ与えられれば、チャンスさえあれば、必ず上にあがれるのだ! そんな思いが腹の底で渦を巻く。
ガラムドはギラドルとは真逆の男だ。
誰よりも出世を望み地位を渇望し名誉を求める。
そんなガラムドにとってこの事件はチャンスだ。
彼からしてみればよくぞ殺されてくれた! というべき案件だ。
これといった大事の少ないここデボラ伯領では、なまじ騎士よりも細かな雑用をよくこなす勇義士の方が重宝される。
だが勇義士等という野良犬連中はその程度の事で満足していればいい。
今回も仲間の勇義士が殺されたなどとしゃしゃり出てこようとしていたが、上手く立ち回り、大きな動きは出来ないよう封じ込めている。
(この事件を解決するに相応しいのはこのガラムドなのだ。勇義士等に横から邪魔されてなるものか!)
「とにかく再度街に出向き洗い直せ! 近辺の捜査も怠るな! 草の根分けてでも犯人を探しだすのだ!」
◇◆◇
「ギョギョ! ギィッフ!」
今ヒカルの目の前には獣の皮に適当に穴を空けて羽織っただけのような、非常に原始的な格好をした一〇匹のマガモノがいる。
距離的には三~四メートルといったところか。それぞれの手には、ボロボロのナイフや、手斧、錆びた剣等が握られていた。
「そいつらはゴブリンね。一匹一匹は大したことないんだけど、集団でこられると少しやっかいね」
ゴブリン――ヒカルの読んでいた小説では定番のモンスターだった物だが、マガモノと呼ばれるこの世界でも、その実力は……まぁ似たようなものらしく、一匹一匹でみるなら雑魚らしい。
『ま、これぐらいなら軽くあしらってもらいたいところだな。数は多いけど連携するような知能も持たない連中だし』
先生からもそんな事を言われ、とりあえずヒカルは剣を構え睨めつける。
因みに借りていたナイフは返そうと思ったのだが、同じのがあるからと借りたままだ。
場合によってはマガモノから素材を取ることもあり、その時はナイフの方が便利だろうとの事。
そして昨日買ったばかりの剣を正面に構えて様子を窺う。
ゴブリンは薄茶色の体色をしたマガモノで顔は若干面長。瞳がまんまるで黒目が小さい。そして鼻がまるでピノキオのように長いのが特徴。
上背は昨日戦ったリトルグリーンよりは高いがそれでも一四〇センチ程である。
その為、相対しているヒカルを相手は見上げ、ヒカルは見下ろしている形だ。
右隣、というか若干斜め後ろに位置するが、そこではフォキュアも武器を構えて身構えている。
ただ積極的に動くつもりはないようだ。
最初に森で出会い一緒にマガモノと戦った経験から、この程度ならヒカル一人でもいけると思ってるらしい。
その為気持ちの上ではこのゴブリンは全員ヒカルの相手と思っておく必要がある。
と、そこへ、グギョ! という掛け声のような響きと同時に前にいた三体のゴブリンが飛びかかってきた。
流石に態々個別に襲ってくるような親切な展開は無かったかと思いつつ、ヒカルは魔力を込め魔法の盾を現出させつつ、フォキュアを庇うような動きで横にずれる。
尤もフォキュアであれはこんな相手に万が一にも遅れを取るようなことはないであろうが、それでもやはり男としては女の子の前でナイトを気取りたい。
ゴブリンは背が小さい為当然その分リーチも短い。
手持ちの武器も長物の類は一切手にしていないため、少し避けるだけでも十分回避が可能だ。
二匹の攻撃は見事に空を切り、一匹だけは盾で受ける。
そのまま体重を掛け、地面に押し付けるようにしてやると、いともたやすくカエルのようにべチャリと地面に叩きつけられた。
身長差から跳躍しての攻撃を選んだのだろうが、宙にいれば当然バランスは崩れやすくなる。
しかも元から体重が軽いのか盾で受けても殆ど手応えはなかった。
ヒカルは地面に寝そべるゴブリンへ容赦なく刃を突き立てる。心臓を狙おうかと思ったが喉にしておいた。
人と同じ位置にそれが存在するかわからないからだ。だが息をしている生物なら喉を突かれれば種族に限らず一溜まりもないだろ。
そして案の定ゴブリンは目を剥いたままあっさりと絶命した。
予想通りである。
仲間の死には多少なりともゴブリンも同様したようである。
それは仲間を思う気持ちなどではなく、ヒカルを手強い相手と認識しての事だと思われた。
そしてその一瞬動きを止めてしまっていた目の前のゴブリン二体に一歩踏み込み、右から左に振るった剣で先ず一体の首を跳ね、そこから上段の構えに移行し、唖然としているゴブリンの脳天をかち割った。
あっさり三匹を仕留めた事で、残りは七匹だ。
フォキュアが口笛を吹き、やるじゃないヒカル、と口にする。
褒められるのは純粋に嬉しい。個人的には変身がなくても彼女を守れるぐらいの強さが欲しいところだが。
まぁとにかく――今度はヒカルから気勢を上げゴブリンへと切り込んで行く。
明らかに相手のほうがこちらにビビっている状況なら、大声を上げて飛び込むのも有利な手だ。
それで相手を竦み上がらせ反応を鈍らせる。
それに腹の底から声を出すことで力も乗る。
この戦法はこのゴブリン相手にはかなり有効だった。間合いを詰め射程内に捉えたゴブリンを袈裟斬りにし、パニックを起こしデタラメな振り方で反撃してくる他のゴブリンの攻撃は危なげなく躱しつつ、さらに二閃、三閃、と剣を振り続け、気がついた時にはゴブリンの骸の山が築き上げられていた。
一つの闘いが終わり、ヒカルは折り重なる遺骸から距離を置き、刃を振って血を払った。
「やったわねヒカル。大丈夫だとは思ってたけど、こんなにあっさり一人で片付けちゃうなんて、ちょっとびっくり」
そういいつつ振り撒かれた優しい微笑みに、ヒカルは癒やされる思いがした。
「でも、折角これだけ相手しても、使えそうなのは持っていないわね。まぁゴブリンじゃ仕方ないか」
フォキュアが腕を組み嘆息混じりに口にする。
ゴブリン自体は素材になるようなものは一切持ち合わせていないが、手にしてる武器などには価値があるのが混じっている事もあるようだ。
ただこのゴブリンは折れかかった剣や、錆びたナイフ等しか持ち合わせていない、つまりがタクタ同然の物なので全く価値がないのである。
つまり相手をしてもくたびれ儲けなのだが、勇義士はマガモノに関しては逃がさず討伐! が基本なので、金にならないからと無視するわけにもいかない。
「まぁいいわ先を急ごう。依頼を達成することのほうが大事なんだし」
確かにそうだなと思いつつ、ヒカルはフォキュアと先を急いだ。
二度目に訪れる森は、昨日はまた向かう先は異なるが、木々や草葉の密集度はそれほど濃くはない。
その為森にしては比較的視界も良好だ。時折吹き抜ける風も心地よく、フォキュアも気持ちよさそうに狐色の髪を靡かせ、耳もそれに合わせるように揺れ動く。
マガモノさえいなければ、ハイキング気分のデートという気もしないでもないが、ただそう甘くもなく、移動中は数度ゴブリンやグレイルウルフに行く手を阻まれた。
それらを退治しながら、ふたりは同道を続けていく。
ゴブリンはともかくグレイルウルフは毛皮なんかが素材にならないのかと思ったりしたが、フォキュアの話では毛の質が悪くて使えないそうだ。
つまり途中の闘いは全て蔵びれ儲けでしかない。
ヒカルにとってのご褒美はフォキュアの可愛らしい横顔ぐらいだ。
サルーサのいないおかげか割と堪能している。
『横顔だけじゃなくて胸もだろヒカル』
『そ、そんな事はない!』
断じてない――
「あった! これだよヒカル。ほらこっち~」
キャロウッドの樹の前で屈みこみながら、フォキュアがヒカルを手招きした。
それを見てヒカルも小走りで近づいていく。
フォキュアの目の前に聳え立つキャロウッドの樹は幹がフォキュアの腰回りほどの灌木で、色も人参に近いことから、みようによっては樹木自体がでっかい人参に見える。
その喬木から飛び出た根は地面に三本、まさに逆さまになった人参といった様相で伸びていた。
樹木も根も普通に目立つせいか、探すのにそこまで苦労するとは思えない。
「これをね、地面を少し掘って……と、ほらここ、採取する根意外に細かい根が沢山ついてるでしょ?」
確かに少し掘った先には人参のヘタがそのまま伸びたような根が沢山付いている。
「それをね、ナイフで上手く切って――はいこれでオッケーと。判った?」
特に難しくもなさそうなので素直に頷く。
そして言われたとおりヒカルも一本掘り出してみた。
改めてそれほど大変ってものでもないなと思う。
フォキュアが残りも掘り上げこれで三本ゲットである。
「これだったらそんなに大変そうではないかな?」
「ふふん。甘いわね。きっと目立つ樹だから楽勝と思ったんでしょう?」
確かにそのとおりだが、フォキュアはどこか意地悪な笑みを浮かべる。
「だったらヒカルまわりを見てみて。他にこれと同じ樹はあるかしら?」
フォキュアの問いかけで改めて周囲を見回すが――
「無いね……」
「でしょ? 確かに見つけちゃえば早いけど、このキャロウッドの樹は固まっては生えないからね。それぞれが個別で結構バラバラに生えてるのよ。だから探すのは結構たいへん。手分けして頑張らないとね」
そういってニッコリと微笑む。
こんな笑顔を魅せられては頑張る他ないヒカルである。
こうしてフォキュアとは別々にヒカルもパラキャロットを探すことになったが――ただヒカルには奥の手があり……
「六〇本ってヒカル凄いわね……」
太陽が中点を過ぎた頃、一旦フォキュアと合流し、其々の採れた数を見せ合った。
因みに量が多いため、位置を決めてそこに集める形を取ったため、結構手間は掛かったが、それでもゴキブリの捜査能力の高さで、フォキュアが驚くほどの量を採取する事ができた。
因みにフォキュアは三〇本である。
「う~ん、これは一〇〇本超えも夢じゃないわね――」
確かに現状で合計九〇本、十分手の届く数だ。
「でもこれを全部持っていかないと駄目だよな。俺そういえば魔晶買ってなかった――」
うっかりしてたなと頭を掻く。まぁどっちにしろ持ち合わせも少なかったが。
「大丈夫よ私まだ持ってるから。これで運ぼう」
言ってフォキュアが魔晶を取り出し集めた九〇本を吸い込んだ。
「ごめん。今度俺も買っておくよ」
そうね一個銀貨五枚ぐらいから買えるし、あると便利だと思うよ」
ヒカルは頷いて応える。
今回の依頼料は折半って事で決めているので、現段階でも金貨四枚銀貨五枚といったところか。
これからの働き次第ではもっと増えるだろう。フォキュアに返さないといけない分もあるので、更に頑張りたいところでもある。
「じゃあどうしようか? 再開する?」
「うん、でもその前に――お腹すいてない?」
フォキュアが可愛らしく小首を傾げるようにして訊いてきた。
そういわれると確かに――
「減ってるかも」
「でしょ? お弁当作ってきてるんだ一緒に食べない?」
ヒカルは勿論即効でオッケ~した。
自然と顔が綻んでいるのが判る。
ラッキーイベント発生! とまで思った。
食事は森の適当な空いている場所を見つけてそこで摂ることにした。
一際大きな大樹が聳える場所で樹木に背中を付けて隣り合って座る。
なんとなくドキドキする自分に、中学生か! と突っ込みたくもなったりしたが、はい、と照れくさそうにサンドイッチの入ったバスケットを差し出され身悶えそうになる。
森は今や静かなものだ。採取を始めたばかりの時はそれでもまだマガモノが現れたりしたが、退治してるうちに全く顔を見せなくなった。
恐らくヒカルとフォキュアに恐れを抱き関わるのをやめたのだろう。
午前中に頑張ってて良かった。
この幸せなひと時を邪魔などされたくないものである。
サンドイッチをひとう摘んで食べた。フォキュアがじっとヒカルを見つめてくる。
綺麗な碧眼にどぎまぎしてると、どう? と上目遣いに聞いていた。
その姿勢はズルすぎると思いつつ。
「うまい! 凄い美味しい。俺こんなに旨いの生まれて始めてかも」
と笑み混じりに応える。
大げさだな~、と返事するフォキュアの顔が嬉しそうだ。
喜んでもらえてよかったと思える。
でも実際味はかなりの物だ。中身の具は野菜と燻製にした肉のようだ。
豚肉系だと思う。塩だけのシンプルな味つけのようだが、素材の味が生きている。
他にも果物の果肉を使った物もあった。心地よい甘酸っぱさが疲れた身体に染み渡る。
それらを次々と口に運んでいると、フォキュアがヒカルを眺めながら微笑を浮かべているのに気がつく。
ゴクリと口に含んだサンドイッチを喉に流す。
「どうかした?」
ついその眼をヒカルが見つめてしまい、フォキュアが不思議そうに訊いてきた。
それに、いや、と堪えた瞬間――
「ヒカル! しっ!」
人差し指を立て、抑えつつも緊張した声を発す。
ヒカルも瞬時に頭を切り替える。
なぜならどこからか数人分の足音が聞こえてきたからである――