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異世界で黒い悪魔と呼ばれています  作者: 空地 大乃
第二部 勇義士の黒い悪魔編
24/59

第七話 不穏

 二人の男女が駆けている。夜の闇に包まれた平原を、男が女の手を引きながら、必死の形相で走り続ける。


 その格好からふたりがただの平民でないことは見て取れる。

 男は革の鎧を身に着け、腰にはロングソード。

 女は男に比べれば軽装だが、背中に矢筒を下げ、その中には弓と矢が収められていた。


 騎士や兵士の類ではない彼らは、恐らくは勇義士であると推測出来る。

 そんなふたりが逃げているのだから、その相手は只者ではないに決まっている――


「追いついたぜ」


 一つの影が男の隣に連なり、並走しながらうす気味の悪い笑みを浮かべた。

 その手には禍々しい形状をした斧が握られていた。

 

 両刃の斧だが逃げる男の身体よりも幅広で、赤茶色の柄には何かを掴むような手の形の細工が施されている。


 かなり重そうな斧であるが、それを扱う本人も筋骨隆々の大男である。


 しかし――人間だ。マガモノでも獣でもない。

 だがその眼はどんなマガモノよりも、猛獣よりも鋭く、恐ろしい。


「くっ! アーニャ! お前は先に逃げろ!」

「で……でも」

「いいから早く!」


 いって男は鞘から剣身を抜き出し、大男を食い止めるように脚を止めた。


「た、助け、ギルドにいって必ず助けを呼んでくるから!」


 女はどこか躊躇してる様子も感じられたが、無事でいてほしいという願いを込めた視線を残し、街に向かって単身駆ける。


 それを横目で認めた男は、その人の形をした化け物に向かって剣戟を振り下ろした。

 いい太刀筋であった。素人のものではない熟練された無駄のない動き。


 だが、一閃――重々しい斧を片手で払うように振り、その刃を粉々に打ち砕いた。


「そんな、俺の剣が――」


 狼狽の色を顔に滲ませつつ、男は腰に帯びていたもう一本の長剣に手を伸ばすが――


「お前はつまらん」


 口にされた言葉が男の耳に届いた直後、首から上がなくなっていた。

 歪な固まりが地面に落ちゴロゴロと転がる。


「終わりか。まぁこいつを剥くのは後だな」


 呟くようにいって、逃げた女の背中を見る。その姿はまだ視界に収まる位置にあった。


「お~い、今からそっちに向かうからな」


 その声に、そんな――とアーニャが細い声を上げ、そして仲間の惨たらしい有り様に涙を滲ませる。


「ゆ、許せない!」


 考えを改めたのか、逃げきれないことを察したのか、女は矢筒から弓を取り出し、更に矢を五本、同時に番えた。


「マルチショット!」


 声を上げ、同時に射掛けた矢弾が五本、波状に広がり男を狙う。


 だが薙ぎ払われた斧の一撃で全ての矢は打ち落された。


「くっ! だったらショットラッシュ!」

 

 アーニャは諦めること無く手を動かし続け、高速で矢を射立てていく。

 だが、それでも射白ます事無く、男の身が彼女の眼前に迫り――


「それいいな。俺にちょっと寄越せよ。お前の全ても含めて」


 ひっ! という短い悲鳴。その恐怖に引きつった表情に男は舌で唇を拭い――


「さぁ、頂くぜ」






◇◆◇


 詰め所に連れて行かれる形となった三人であったが、ギルドル兵長は先の宣言通り、彼らを席につかせた後、お茶を用意するといって、いったん奥に引っ込んだ。


 詰め所は街の東西南北の門近くにそれぞれ建てられており、彼らがついて行ったのは西門の側である。


 建物は石造りの平屋で、近くに井戸があるため、水はいつもそこで汲んでいるようだ。

 兵長が姿を消した奥には簡単な台所のようなものがあるらしい。

 詰め所はシンプルな作りで、兵士が詰める六人程が眠れそうな広間と、数人を閉じ込めておける牢屋。そして今ギラドルがお茶を用意してくれている台所といった間取りであった。


 そして広間の中心には白塗りの木製テーブルが置かれている。

 四人掛けの長方形のものだ。背もたれ付きの椅子も木製で、クッションなどは敷かれていないが、それほど座り心地は悪くもない。


 因みにこの詰所に来た時、二人衛兵が座っていたが、ギラドルがやってきて、三人が知り合いだと教えられると、気を利かせてか外へと出て行った。

 

 ただ嫌われてるという雰囲気は感じられない。どこか尊敬の眼差しみたいなのも感じられるし、敬服してる様子でもあった。


「ほら茶だ。安物ではあるが中々いい味だぞ」


 ギラドルは随分と砕けた口調で三人に接してきた。

 トレイに乗せたティーカップを、それぞれの前に置く。

 カップは陶器で底と持ち手の付いた半球状の形。特に装飾のないシンプルなものだ。


 すると先ずサルーサが手を伸ばし、粗雑な掴み方で口に持って行き、ズズズッ、と上品とは程遠い啜り音を奏でた。


「で? 旦那はこれから俺らを説教かい?」


 片目を瞑り、伺うような目つきで対面の彼に尋ねる。

 今の配置はサルーサの横にフォキュア、その横にヒカルという形。

 本来はテーブル挟んで向かい合い、ふたりずつ座るものだろうが、流石にギラドル兵長の隣に座るのも気が引けたので、ヒカルは椅子をテーブルの横に移して座っている。


「全くお前は嫌味なやつだ。あんなのは便宜的なものでしかない話さ。嘘も方便って奴だ」


 フォキュアが、それでは? と形のよう睫毛を上下させ首を傾ける。


「まぁ折角だしな。少し話し相手にでもなってやろうかと連れてきたにすぎんよ」

 

 紅茶のカップを受け皿に置き、口元を緩める。

 その姿にヒカルも安堵の表情を浮かべた。


「話し相手になって欲しいんだろ?」


「ふんっ。口の減らない奴め」


 そんな事を言い合いながら、ふたりの表情には笑みが溢れている。

 どうやらだいぶ気心の知れた間柄のようだ。


「それにしてもデボラ夫人にも困ったもんだ。今回も大方あの差別思想からきた事だったのだろう?」


 ギラドルの言葉に思い出したようにサルーサから笑みが消え、フォキュアもどこか影のある顔でひとつ頷いた。


「あの――」


 そこへヒカルが顔を向け声を掛けようとするが。


「ああ、そういえば君とは初めてだったな。私はこのチャンバーネで兵長を務めているギラドル・ムシュバーンだ。確かヒカルという名前だったかな? 宜しく頼むよ」


 親しみを込めた笑顔に思わずヒカルも笑みを返す。

 最初見た時は厳しい雰囲気を感じたが、改めて話してみると人柄も良さそうで接しやすそうである。


「ヒカル・クロクと申します。こちらこそ宜しくお願いします。一応フォキュアやサルーサと同じく勇義士をやっています――とはいっても今日登録したばかりですが」


「なるほど。道理で立派な装備をしているなと思ったよ」


 そういって笑う。別に嫌味などでいっているのではなく、本心からの言葉なようだ。


「装備だけは立派なんだよ。腕もねぇくせに」


 嫌味ではなくてサルーサも本心だろうが、だからこそ腹も立つなと、ヒカルは顔を眇めた。


「サルーサはこういってるけど、彼結構やるのよ。あの樹海で彷徨ってたんだけどね。イエーレとかもひとりで倒しちゃうし」


 イエーレの話題はちょくちょくヒカルの実力を示す指針として取り立たされる。

 確かに倒したのは自分だが、変身の力を利用しているので少しずるいかなって気にもなる。


「イエーレか、それは凄いな。あのマガモノはここチャンバーネの騎士でも苦戦するぞ」


「まぁ俺なら楽勝だけどな」

「いちいち貼り合わないの」


 フォキュアがジト目でサルーサに言い返す、


 しかし騎士でも苦戦するとは中々の敵をヒカルは相手していたようだ。


『仲間の協力がなかったら間違いなく死んでいたな』

『えぇ感謝してますよ』


 むしろその力がなければオークにだってやられていた。あの感じであれば後ろをやられることはなかっただろうが、どっちにしろ命拾いした事に改めて感謝するヒカルである。


「あの、それで差別思想といわれてましたが、そういうのは多いのですか? 自分はあまりこの辺りに詳しくなくて」


「うん? あぁそうだな。今はそこまで多くはないよ。あまりいい顔をしない連中というのは、残念ながらまだ少しはいるようだがな。ただ夫人の最近のやり方は露骨すぎるがな。前はここまででもなかったのだが、ここのところさっきみたいに因縁というか濡れ衣のような物を着せられて連れてこられる者も多い。その誰もが獣人だ」


「そうなのか? それを聞いたらますます腹がたってきたぜ! あのババァ!」


「ちょっとサルーサ。一応領主様の正妻にあたる方なんだし……」

「なんだよフォキュアは悔しくないのかよ? 俺達の仲間が酷い目にあってるのによ」

「それは悔しいけど……」

 

 フォキュアが眼を伏せる。その表情にはどこかやり切れないような思いも感じられた。


「サルーサの言い方は聞かなかった事にしておくよ。ただ私以外の前でそんな言葉は使ってくれるなよ。さっきだってその言い方だけでも本来はかなり危ういのだからな」


「ちっ、結局説教かよ」


 舌打ち混じりに文句を言うサルーサだが、これは言われても仕方ないだろうなとは思う。


「とは言え最近のデボラ夫人の言動は目に余るしな。衛兵も上には逆らいづらいからと、事情も聞かず牢にいれたりなどしてしまった事もあるのは事実だ。それは済まないと思っている。とにかく今回の件も含めて夫であり領主でもあるアルミス・デボラ伯爵にお伺いを立てるつもりだ。あの方はそこまで獣人を毛嫌いしているわけでもないからな」


「お伺いって旦那が直接いくのかい?」


「まぁそのつもりだな」


「そのへんの融通が効くのは、流石元王国騎士といったところね」


 おいおいよしてくれよ、と少し困ったような笑みを覗かせ。


「元王国騎士と言っても、大して武勲もあげていない男爵止まりの騎士だよ私は」


 そういって静かに紅茶を啜る。

 ヒカルはこの世界の貴族制度にはまだ全く明るくないが、どうやら彼は兵長という立場でありながらも爵位を授かる騎士でもあったようだ。


 尤も頭に元とはつくようだが、衛兵達が妙に畏まっていたのもそれが要因なのであろう。


 そしてその後、暫く三人は思い出話も混じえた談笑に移り、時折ヒカルとの話も間に加えながら、穏やかな時を過ごした。


「さてそろそろ私も仕事に戻らねばな」


 その言葉で皆も暇のタイミングとしり席を立つが。


「久しぶりに話せて楽しかったよ。……あぁそうだ、最近何か怪しい人物を見たとかギルドで聞いたとかはなかったかな?」


 帰り際思い出したようにギラドルが訪ねてくる。ヒカルが見たものの中では覚えがないが。


「みました!」

「みたぜ!」

 

 ふたりが詰め寄るようにして応えるものだから、ギラドルが少し仰け反る。


 そしてその後ふたりが説明したのが――やはりヒカルのことであった。


「むぅそんなものが出現していたのか……」


 話を聞き、腕を組んで唸るギラドル。それを眼にしながら別の意味で唸るヒカル。


「でもそれがどうかしたのですか?」


「うん? あぁ、いやなんでもない。ただそんな化け物がいるなら三人とも気をつけるんだぞ。仕事でもないかぎり夜もあまり出歩かないことだ」


 妙に真剣な表情で忠告の言葉を告げてくるギラドルに怪訝な顔を見せるフォキュアとサルーサであったが、取り敢えずはそこで別れの挨拶を済まし、三人は帰路につくのであった――

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