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異世界で黒い悪魔と呼ばれています  作者: 空地 大乃
第二部 勇義士の黒い悪魔編
23/59

第六話 最悪の展開?

「ちょ! 止めてヒカル!」

 

 フォキュアがサルーサに向かって飛び出し、それを聞き受けたヒカルもダッシュし、その褐色の肌めがけて飛びかかる。


「て、てめぇ放せ! こいつ絶対許さねぇ!」


「落ち着きなさいサルーサ! そんな事したって何もならないし、逆に罪に問われるだけよ!」


 ヒカルがなんとか彼の腕を掴み、その後フォキュアも逆側を抑えこみもつれ合うような形になる。


 だが、なんとか手を出すのだけは止めさせたのだが。


「ふ、ふん! こいつ、こんな汚らしくて卑しい家畜が手を出そうなんてね! 身の程知らずもいいとこだよ!」


 暴れるサルーサに嫌悪感を露わにした目を向け、夫人は声を張り上げる。


「さ、サルーサの無礼は謝ります。でも貴方だってその言い方はあんまりでは? 私達がこうやって普通に暮らしていく事は、今上陛下によって認められています」


 サルーサが少し落ち着きを取り戻したようで、暴れるのを止め荒ぶる息を整いだした。


 そしてフォキュアの訴えを聴き、目を細めるデボラ夫人。

 するとギリリと奥歯を噛み締め。


「何が普通にだい。ふざけやがって――」


 そんな事を呟き、かと思えば息を大きく吸い込んで。


「衛兵! 衛兵のものはいるかい! 助けて! 助けておくれ! 獣人が! 獣人がこのデボラを襲おうとしているよ!」


 突如デボラが周囲に向かって助けを呼ぶように叫びだした。

 これにはヒカルも驚きを隠せない。


『全く厄介なのに目をつけられたなヒカル』


 先生の同情の声が脳内に響く。

 フォキュアも困惑気味で、サルーサも再び怒りの色を濃くし始めている。


「何かありましたか!」


 と、するとどこからともなくチェインメイル(鎖帷子)を着衣し剣を腰に帯びた衛兵がふたり駆けつけ、デボラの傍に辿り着くなり目を丸くさせる。


「こ、これはデボラ伯爵夫人! そ、それにしてもこれは一体?」

 

 衛兵が敬礼のようなポーズを取った後、黒目をきょろきょろさせて夫人に尋ねた。

 もうひとりも、どことなく緊張した面持ちだ。


「これはも何もないよ。そこの獣人が私の奴隷から荷物を無理やり奪おうとしたんだ! それを見つけて咎めたら、そこの猿と仲間の男がやってきてね。更にそこの猿は私に向かって暴力まで振るおうとしたんだよ! こんなの許されることじゃない! あんた達さっさとそいつをひっ捕らえて頂戴!」


 この女の言っていることが無茶苦茶すぎて、言葉も出ないヒカルである。

 

「ババァ! 適当な事いってんじゃねぇぞ!」


「キャッ! 嫌だ怖い。この猿人ときたら本当人の一人や二人は平気で殺しそう。全くこれだから獣人は野蛮で粗暴で――ほら! 私の事をしっかり守って頂戴!」


「は、はい! おいお前! それいじょう夫人に近づくな!」


 衛兵が腰に帯びた剣を抜き、威嚇するようにサルーサに向ける。

 これではこちらが完全に悪人だ。


「ちょ、ちょっと待って下さい! さっきもデボラ伯爵夫人には伝えたけど、私はただ落ちたりんごを拾っただけです! 荷物を奪おうとしたなんて事はありません!」


 フォキャアが必死になって衛兵に弁明する。


「フォキュアの言うとおりだ。彼女は何も間違ったことはしちゃいない」

 

 ヒカルもそれに追随した。衛兵のふたりはデボラを守るように前に出ているが、どこか戸惑った表情もみせている。


「ふん! よくいうよ!」


「だったらその奴隷の子供に訊いてみろ! フォキュアがりんごをひろって渡そうとしたのをみてるんだからな!」


 サルーサの訴えを訊いた衛兵の一人が奴隷を振り返り、どうなんだ? と問いただす。


「え、え、え~と、その――」


 しかし奴隷の少年は口篭ってしまいはっきりしない。

 その様子にサルーサが苛々を募らせ。


「おいてめぇ、はっきりしやがれ! お前の証言にかかってんだぞこら!」

「ちょ! サルーサ! そんな言い方しちゃ!」


 サルーサの乱暴な物言いに少年は肩を震わせ怯えた表情を見せる。

 その様子にヒカルは頭を抱えた。


「あらあら可哀想に。私が大切に可愛がっているネックがこんなに怯えて。それだけ怖い目にあったということね。衛兵の皆さん、この怯え方が無理やり荷物を奪われそうになったという何よりの証明じゃなくて?」


 大切にとは一体どの口がいっているのか? とヒカルはデボラがネックと呼ばれた少年にいっていた乱暴な台詞を思い出す。

 それにしても雲行きがどこか怪しい。このままでは状況は悪化するばかりな気がする。


「あの、このまわりにいる方々達がもしかしたら証人となるかもしれません。皆最初から俺たちの事をみてましたから」

 

 ヒカルは少し考えてそんなことを提案する。

 だが――


『ヒカルそれは駄目だ。私には判る。連中はみんな領主には逆らわない』


 ゴッキー先生の言葉にヒカルは、ハッ! となった。

 確かにこういう世界では平民が領主に逆らうなどもってのほかとされており。


「ふん! そうかい、だったら訊いてみようか? さぁ皆さん! このデボラが嘘を言ってると、この不届き者達はいっておりますがどうでしょうか? この者達の言っていることのほうが正しいと思うようなものがいれば遠慮無く前にでるといい!」


 おまけに完全にデボラに先手を打たれてしまった。

 この呼びかけで敢えて自分から証言しようなんて奇特なものなどいやしないだろう。


 そしてそれは正にそのとおりとなり、誰一人として前に出てくる人物などおらず。


「――決まりだね」


 デボラが嫌らしく口角を吊り上げる。

 衛兵ふたりもお互いに顔を見合わせ頷きあった。


「ちょっと三人共詰め所まできてもらおうか」


「はぁ!? おい! ふざけんなよ! なんで俺達が!」

「私達嘘なんていってません!」

「そうだ。サルーサもフォキュアも何も悪いことはしていない!」


「うるさい! とにかく話は詰め所で聞く! 大人しくついてこい!」


 衛兵ふたりが剣を抜き、三人に命令してくる。

 従わなければ実力行使も辞さないような構えだ。

 状況は最悪ともいえる。逃亡すれば自分たちがやったと認めるようなものであるし、だからといってこちらも力で反撃すれば犯罪者として追われる身になってもおかしくないのだ。


 こうなったらあの力を使うか? というゴキブリを使った考えもヒカルの頭を過ったが、それでは根本的な解決は望めない。

 

 その場しのぎの方法では逃げるのと大差がないからだ。


 どうしたらいい! と頭を悩ませるヒカル。

 すると――


「一体これは何事だ!」


 周囲の住民も含め、その全ての耳に届くような、厳つ声が響き渡る。

 ヒカルやフォキュア、サルーサに衛兵やデボラと奴隷までも一斉に声の方へ振り向いた。


「ギラドル兵長!」

「ギラドルさん!」

「ギラドルの旦那じゃねぇか!」


 その姿に衛兵とフォキュア、そしてサルーサが同時に声を上げる。

 それによってヒカルにも名前を知ることが出来たが、呼び方はそれぞれが別であった。


 そしてデボラ伯爵夫人も、チッ、と舌打ち混じりにギラドルの奴かと零す。


「何だ、フォキュアにサルーサじゃないか。それにデボラ伯爵夫人?」


 ギラドル兵長と呼ばれた男は、フォキュアとサルーサに気づき近づきつつ、デボラに怪訝な目を向けた。


 彼は他の兵士とは格好も異なり、チェインメイルではなく銀色のプレートメイルで身を固めており、腰に差された剣も兵士よりも一回りほど大きい代物だ。

 柄も長めなので両手でも扱えそうであり剣身の収めれている鞘は銀で縁取られている。


 身長はヒカルと同じぐらい高く、面長の顔立ちをしている。

 眉は太めだが整っており、精悍な顔つきをしている。年の功は四〇代そこそこといったところだろう。


「一体何があった?」


 ギラドル兵長は改めて、衛兵に事情を訊く。

 衛兵ふたりはどこか畏まった様子でギラドルに事の顛末を話して聞かせた。


 雰囲気と言い兵長という役職といい、このギラドルという男が衛兵より立場が上なのは間違いなさそうである。


 そしてそのギラドルに話されてる内容は、衛兵がデボラから聞かされた事項をそのまま話してるに過ぎない。


 つまりヒカル達にとって不利な事に変わりはないが――


「事情は判った。それでフォキュアとサルーサに、え~と……」


 ギラドルがヒカルをみて言葉を詰まらせる。初対面なのでそれもそうかと、ヒカルです、と簡単に自己紹介を済ませた。


「ヒカルかありがとう。それで三人がデボラ伯爵夫人に粗相を働いたと、そういう事でしょうか?」


 ギラドル兵長はデボラに顔を向け問いかけるようにいう。

 それにしても粗相とは、いやそれもどうかとは思うが、犯罪者扱いだった直前の状況よりは言い方は随分緩くなっている気がする。


 ただそれでもフォキュアは納得してないのか、何かを言おうとするが、それをギラドルは手で制した。


「粗相? 馬鹿言ってるんじゃないわよ。そんな生易しいことじゃないわ。こいつらは私の大切な奴隷から荷物を奪おうとした上に私に暴力まで働こうとしたのよ!」


 喚き出すデボラ。またこれかよと三人も辟易とした表情を見せる。


 するとギラドルは、ふむ、と顎を押さえ考える仕草をみせ。


「しかしデボラ夫人。その荷物の件に関しては、もしかしたら何か勘違いをされている可能性はありませんかな?」


 ん? と思わずヒカルは彼の横顔を見る。

 真剣な顔つきだが、どこか穏やかな様子も感じられた。


「馬鹿言ってるんじゃないよ! あんたはこの私が嘘を言ってるというのかい!」


「いえいえそんな、滅相もございません。ただですな、夫人が荷物を盗られたとしては少々不可解な点がございまして――」


 不可解? とデボラの眉がピクリと反応する。


「はい。例えばこのフォキュアの手に握られているりんごですな」


 そういえば彼女はそれを持ったままだったな、とヒカルはその手をみやる。


「それが何よ。だから荷物を奪おうとしたからりんごを持ってるんじゃない。何よりの証拠よ!」


「はぁ、いやしかしですね。普通もし荷物ごと窃盗を働こうとしたならば、りんごを一つだけ持つというのはおかしい。袋ごともっているのなら判りますがな」


 その言葉に若干デボラが喉を詰まらせた。


「更に夫人の大事にされている奴隷は、両手に沢山の荷物を抱えております。この状況で荷物を奪おうとしたなら、恐らく何らかの痕跡が残るはずですが、例えば荷物があちこちに散らばるなどですな。ですが少年の手には袋が大事そうに抱えられたままです」


 そういえばそうだな、とヒカルは彼が抱えてる袋にも目を向けた。


「あんた! さっきから聞いていれば一体何が言いたいのよ! 私がこいつらに因縁をつけてるとでもいいたいわけ!?」


 更に語気が荒くなる。しかしそれは正に本人が言ってるとおりだ。


「落ち着いてください夫人。私がいいたいのは、これはほんの些細な勘違いから起こった他愛もない出来事ではないかと、そう思いましてな」


「か、勘違い?」


 デボラが目を丸くさせ、衛兵ふたりも顔を見合わせた。


「左様です。私の予想では、恐らくデボラ夫人が大事にされている奴隷の少年の袋から、物のはずみでりんごが一つ、この道にころころと転がったのでしょう。それをフォキュアが見つけ拾った」


 そのとおりだと、ヒカルは感心したように頷く。


「ただこの後の彼女の行動がよくなかった。フォキュアは恐らくそのりんごを黙って少年の荷物に戻してあげようとしたのだろう。それを目にし荷物が盗られると思ってしまった――フォキュアはここで本来りんごの持ち主であるデボラ夫人に声を掛けるべきだった。そうしておけば夫人も勘違いなどされなかったものを、お前もそれは反省しなければ駄目だぞ」


 そこまでいって厳しい目をフォキュアに向ける。そうであると確定したような物言いだが、夫人が勘違いしたという点を除けば概ねあたっている。


「は、はい申し訳ありませんでした……」


 そしてそれに関してはフォキュアも素直に謝ってみせた。

 だがそれでデボラ夫人が納得してるようにも思えず。


「何言ってるんだい! 冗談じゃないよそんなことで!」

「夫人――」


 ギラドルが呟くように言ってデボラに近づく。


「お気持ちは私にもよく判りますが、これ以上ここで言い争いをしていても、伯爵の名を貶めるだけかと――それよりもここは一つ寛大なお心を示されたほうが民の信頼も増すというもの――」


 囁かれたその言葉にデボラ夫人は目を剥くが。


「彼らに関しては私自ら詰め所まで連れて行き、しっかりと注意させて頂きますゆえ。どうか今回のところはこの私めに免じて、処分お預かりとさせて頂ければと」


 ギラドルが深々と頭を下げた。

 するとデボラが、チッ、と舌打ちし。


「わかったわよ。でもあまり私の街で獣人風情が偉そうにしないよう、しっかり教育しておきなさい! さぁいくよネック!」


 ネックを叱るように声をあげ、デボラは踵を返し、のしのし、とその場を後にする。

 後ろをついてあるくネックはヒカル達を一顧し、そしてデボラに見つからない程度に軽く頭を下げ、すぐに顔を元に戻し、荷物を抱えながら必死にその後について行った。


 それを認め、これでとりあえずのところは最悪の事態はさけられたと安堵するヒカルだが。


「あのギラドル兵長……」


 衛兵の一人がおずおずと彼に声を掛ける。

 するとギラドルが顔を向け。


「あぁお前たちは通常の任務に戻っていいぞ。しっかり街を警護してくれ。この者達は私のほうで引き受ける」


「え? しかし兵長自ら――」


「いいんだ。少なくともふたりはよく知る顔だ。だから私自ら詰め所で対処しよう」


 ギラドルにそういわれ、衛兵は顔を見合わせるも敬礼をしてみせ、それでは任務に戻ります! とそそくさとその場を後にした。

 

 だが、この様子だとどうやら詰め所に連れて行かれるのは変わらないようだが――


「さてと――それじゃあお前たちには詰め所まで付いてきてもらうとするかな。まぁ茶ぐらいはだすぞ」


 言ってギラドルがにっこりと微笑んだ。

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