第三話 報酬と装備
「鑑定した結果、確かにこの破片は魔剣のものである事が判りました。銘はナルムンク――強力な呪いの込められた魔剣のようですね」
眼鏡の男から話を聞いた受付嬢が、その内容を説明する。
黄金の瞳には真剣さが滲んでいた。
「魔剣に残された痕跡から――依頼の為に森にはいった勇義士を次々と殺していったのもこの魔剣によるものとみて間違いなさそうです。魔剣は魔器の中でも多い方ですが、ここまで強力なのは久しぶりですね」
「やっぱりかなりのものだったんだね……それで使い手のオークは?」
「はい。オークに関してはこれまでのマガモノと何ら変わらないですね。中級勇義士であれば本来は特に問題とならないはずです。逆にいえばそれだけ魔剣の影響が強かったという事ですが――」
そう……とミャウが目を伏せる。その表情にどことなく影を感じた。
「それでこの魔剣はどう? アーティファクト系? それとも――」
フォキュアはそこまでいって口を閉ざし、窺うように受付嬢をみやる。
「……お察しの通りですね」
その言葉にやっぱりそうか、とフォキュアが親指を噛んでみせた。
それにヒカルが疑問の目を向けていると彼女は、はっとした表情になり。
「まぁいいわ。それでコラーゲル草は問題なかったのよね?」
「はい、これは依頼どおりで量も完璧ですね。流石フォキュアさんです」
ありがとう、と彼女の笑みが戻る。
「まぁどうせあの若作り女なら、すぐに使いきってまた依頼が来るんだろうけどな」
「サルーサさん一応依頼人ですので」
流石の受付嬢もこれには若干苦笑気味だ。
「え~と、それで報酬ですが、本来のコラーゲル草の採取の分が銀貨五枚、そして手配のあったマガモノの討伐報酬が金貨三枚。今回は更に原因となる魔剣も見つけていただいたので、それに更に金貨三枚を上乗せしてあります」
「おおすげぇ! そんなにもかよ。俺のなんて銀貨七枚だぜ?」
先生に教えてもらったとはいえ貨幣の価値がそこまで詳しくは判らないヒカルだが、サルーサの興奮した様子を見る限り中々の大金なのだろう。
「う~ん、でもオークは私が倒したわけじゃないしね。ちょっと複雑……」
「フォキュアさん、今更何を言っているのですか。今回のような討伐依頼の場合は、それも常識ですし」
受付嬢の言葉にヒカルが僅かに首を傾げる。その姿に目を向けたサルーサが、仕方ねぇな、と口を開き。
「いいか? こういう討伐依頼ってのはようは対象のマガモノなり猛獣なりがしっかり駆除されたかどうかが重要だ。だからこそこういったものは開放依頼として扱われる事が多い。つまり討伐した証明として死体を持ち帰りさえすれば、倒した本人でなくても報酬は貰える。そうでないと例えば対象を倒したはいいが、その帰り道に倒した勇義士が死亡したなんて時に対応できないからな」
早速先輩風を吹かすサルーサだが言ってることには納得が出来た。
ただ若干気になるところもあるが――
「サルーサさん! 私の代わりに説明頂きありがとうございます。助かりました」
頬を染めお礼をいう受付嬢。
「まぁこれぐらいはな、先輩として当然よ!」
と得意がるサルーサ。
そんなふたりを半目でみやっていると、フォキュアが受付嬢に訊く。
「それでヒカルの倒したイエーレの角はどうだったかな?」
「あ!? そうでしたね。あの角は状態が良かったので二本で金貨二枚での買い取りとなりますが宜しいでしょうか?」
思い出したように口にし、確認を取ってくる受付嬢。
ただ、いいかと言われてもヒカルには相場が判らない。
「金貨二枚なら上等だろ。いきなり俺より高い報酬稼ぐとはな」
「はぁ」
納得がいかないと言わんばかりに顔を歪めるサルーサにヒカルは気のない返事をし。
「そうね。私もいいところだと思う」
「判りました。それでいいです」
フォキュアの言葉には直ぐに反応し、換金を申し出たヒカルであった。
しかし誰だってむさ苦しい男の言葉よりは、可愛らしい美少女の言葉を信じるであろう。
「はい、それではこちらが買取金額の金貨二枚となります」
ヒカルは受付嬢から金貨を二枚受け取り、それをジーンズのポケットに入れる。
フォキュアからは不用心といわれたが、今のところしまっておくものもないので他に手はない。
「ところで本日は何か依頼を請けていかれますか?」
「どうする? 私はとりあえず先に装備を揃えたり宿を取ったほうがいいと思うけど」
受付嬢とフォキュアに言われ、一考するヒカルではあるが、確かに何の準備もせず依頼を請けるのは無謀かもしれない。
「とりあえず今日はやめておきます。明日にでもまた見に来ようかなとは思うけど」
「そうですか。確かにそのほうがいいかもしれませんね。どちらにしても今日はもう遅いですし」
受付嬢からもそう言われ、ヒカルは別れの挨拶を済ませ、フォキュアとギルドから出た。
何故かというか、やはりというかサルーサも付いてきたが――
◇◆◇
「とりあえず宿はここがオススメかな。ギルドから近いし値段も手頃で食事もついてるしね」
フォキュアお勧めの宿は、ギルドから東側に歩いて七軒ほど過ぎた先にあった。
木造二階建てでそこまで大きくもないが、見た目には中々小綺麗な感じだ。
位置的にも確かにここであればギルドからそう遠くはない。
宿には風の導き亭という看板が入口の前に掛けてあった。
なんとも旅人に似合いそうな名称である。
「俺も昔はよく利用したな。ここは風呂も付いていて部屋を持たない勇義士にも人気だしな」
お風呂があるのか、と少し驚いたヒカルだが、個別にではなく一階に浴場が用意されてるらしい。
そもそもこの世界では蛇口などから水が出るようなことはなく、基本的には井戸水で賄ってる事が多いようだ。
この井戸に関しては地下を掘るタイプではなく、ヒカルが目覚めた森から流れてきた川を延長し、そこから石の管で街まで引っ張り更に分岐させて各井戸に水を溜めている形である。
こういった理由もあり全ての部屋に風呂が付いているなんてことは殆どないらしい。
井戸から汲んで全ての部屋で風呂を提供するなどとてもやってられないからだろう。
尤も高級な宿であれば、魔晶を利用した設備で個室に風呂が付いている場合もあるそうだが、そういった宿は一泊でも金貨二、三枚とられるそうなのでヒカルには手が出ない。
宿の一階には共同のトイレも設置されてるとの事。
勿論水洗ではないようだが、基本的な設備があるのは嬉しいところだろう。
「ここは一泊銅貨四枚で泊まれて値段も手頃だしね。前払いで三日予約すれば銀貨一枚にもまけてくれたりするのよ。暫くはここで依頼をこなすことになるでしょうし、考えてみてもいいかもね」
銀貨一枚で銅貨一〇枚分であることを考えれば、三日分を前払いしておけば銅貨二枚分が浮くことになる。
確かにどうせここに暫く滞在するであろう事を考えればお得と言えるだろう。
フォキュアの勧めであればきっと間違いもない。
ヒカルは宿はここにする事に決め、早速中に入りカウンターにいた女宿主と話をした。
年は結構上なように思えたが、中々整った顔立ちをした美人女将であった。
フォキュアの事も知っていたようで、ヒカルとは当然初めてであったが話はすんなりまとまった。
部屋も丁度空いており、二階の奥の部屋をどうぞと鍵を渡された。
青銅製の小さな鍵だが、宿によっては鍵がなかったり、集合部屋のみなんてところもあるとの事なので、鍵があるだけ有難いといえるのかもしれない。
ちなみに鍵は持ったまま出歩いてもいいそうだ。
というよりは完全に自己管理である。
紛失した場合は弁償代を取られるので気をつける必要があるだろう。
料金を支払った後、ヒカルはその脚で先ず防具屋に向かった。
特に荷物も持っていないので、部屋を見るのは後で構わないと思ったからである。
フォキュアの教えてくれた店は、ギルドのある通り沿いから小道に入り、更に奥まったところに存在した。
位置的には東門よりの方である。
二階建ての石造りの建物で、住居軒店舗といったところなようだ。
看板には鎧のマークと防具屋キルユーの文字。
防具屋なのにキルユーとは物騒な気もしたが、ヒカルの知ってる意味とはまた感覚が違うのだろう。
「キリングさんいる?」
フォキュアが先に入り、誰もいないカウンターに呼びかけた。
てかキリングかよ! とまたもや突っ込みたくなるヒカルだが、ぐっと堪えた。
「なんだあの親父、また奥に引っ込んでんのかよ。たく、しゃあねぇな。おい! 親父! 客が来てんださっさと顔出せギャッ!」
突如奥から飛んできたハンマーがサルーサの頭を打ち、彼が悲鳴を上げて蹲った。
頭を押さえて痛そうにしている。
「たく、うっせんだよ! でけぇ声出さなくても聞こえてんだこら!」
部屋の奥から姿を見せたのは恰幅のいい中年の男であった。
丸みを帯びた顔で、理由は判らないが目のところにゴーグルのようなものを掛けている。
そして髪が薄い。
「お前いま俺の事をハゲだと思っただろう?」
「え!? いや、思ってませんよ!」
「ふん! いいかこれはハゲじゃねぇ! ちょっとだけ薄いだけだ!」
何も言っていないのだが不機嫌そうにヒカルに近づき、自らの頭を指さしながら自虐的な事をいってくるキリングにヒカルは面喰らってしまう。
しかしサルーサの時といい、異世界住人に絡まれることの多いヒカルである。
「んなもんハゲとかわんねぇじゃねぇか」
サルーサがボソリというと、キリングが先ほど投げたハンマーを拾い、そして彼の脛を打った。
片足を抱えながら彼が痛そうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
こういっちゃなんだが、とんでもない店だ。
「で、今日は何のようだい?」
「うん。実は彼にあう装備品を探しに来てね」
これまでのくだりがまるでなかったかのように普通に話しだすキリングにやはり戸惑いつつも、ヒカルは彼に自己紹介した。
「ヒカルといいます。彼女にこちらを紹介されたもので」
「ヒカルは今日、勇義士ギルドに登録したばかりでね。それで彼に似合うの見立てて欲しいんだけど」
ヒカルがキリングに頭を下げると、フォキュアが補足するように防具屋の主人に伝える。
「ふ~ん、勇義士ねぇ。だがあんま頼りがいがなさそうだが、つとまんのかねぇ」
「まぁ今のままじゃ難しいぜ。危なっかしいからな。だからせめて防具はしっかりしたものが欲しいんだろうよ」
痛みから立ち直ったサルーサが寄ってきて、偉そうな事を言った。
それにしても自分では結構逞しくなったつもりのヒカルだが、衛兵の時の事も含め、この世界の住人からみるとそうでもないらしい。
少しだけ気持ちが凹むヒカルである。
「でも彼、こうみえて一人でイエーレを倒したりもしたのよ」
「何? イエーレをか? 中級勇義士でも単身じゃ無理と言われてるあれを一人でかよ。それは結構なもんだな」
「あ、いえあれは偶然みたいなもんなので」
「そうそう、こいつはなんか運だけはいいみたいなんだよ」
ヒカルが謙遜するとサルーサの横槍が入った。
彼はいちいち茶々をいれてくる。
フォキュアに睨まれて黙ったが。
「イエーレは偶然や運がいいだけで倒せるもんでもないと思うがな。まぁいいや、とにかく新しい客なら歓迎だ。で、どんな防具がいいんだ?」
ゴーグルの中に見える瞳でヒカルを見上げ、訪ねてくる。
が、よく考えたら一体どんな防具がいいものか、いまいちヒカルもイメージが沸かない。
『ヒカル、防具を買うならあまり厳ついのはやめておくんだ。いざというときの変身で邪魔になる。全身鎧とかは選ばないほうがいい、というより金属系は避けたほうがいいだろうな。軽くて身体によく馴染み動きやすく丈夫なものがオススメだ』
先生の助言になるほど、とヒカルは頷き。
「そうですね。あまり動きの邪魔にならない薄手のタイプで、軽くてよく身体に馴染み、それでいて丈夫なものがいいです」
顎に指を添えヒカルが先生から聞いた条件をそのまま告げると、皆が沈黙し、ポカーンとした表情でヒカルをみてきた。
「あれ? どうかした?」
「どうかしたじゃねぇよ! そんな夢のようなもんがあったら誰も苦労しねぇだろうが! 見習勇義士がいきなりどんだけ贅沢言ってんだこら!」
サルーサが胸ぐらを掴むようにして怒鳴り散らしてくる。
唾が飛んでくるので思わず片目を閉じるヒカルである。
「う~ん確かにその条件はなかなか厳しそうよね。まぁ薄手はともかくそれなら革の――」
「あるぞ」
フォキュアも苦笑気味に口にするが、その言葉の途中でキリングの意外な返事が割って入り。
「え? あるの?」
フォキュアが目を丸くして問い返す。
店主は深く頷き。
「丁度今日入ったばかりだけどな。ちょっとまってろ」
そう言って店の奥に入り、少しの間を置いて両手にそれを手にして戻ってきた。
「うん? なんだこりゃチュニックじゃねぇか」
サルーサが怪訝な表情で口にする。
チュニックはヒカルもなんとなくは知っていた。ファンタジーでは平服としても良く着られているもので、防具というよりは日常服って感じのイメージが大きい。
実際かれの手にしているそれも、布造りの服という感じであり、腰から上は長袖のタイプで若干ゆったりとした作り。
下の部分は裾が広がっていて、付属品として太めのベルトがついている。
話によると腰より上で留めるタイプらしい。
「あぁ確かにこいつはチュニックだがな、ただのチュニックじゃねぇ。【アルラウチュニック】っていってな。マガモノのアルラウネから採れる繊維で仕立てた至高の逸品だ」