第一六話 勇義士への誘い
「これはあの黒い悪魔ってのがやったのか?」
イエーレの死体を覗き込みながら、サルーサが口にする。
するとフォキュアが首を横に振り、違うと応えた。
「この傷跡はナイフによるものよ。あの化け物がやったとは思えないわね。と、なると――」
「ア~、フォキュア、サルーサ、ヨカッタサイカイデキテ」
と、そこへヒカルがわざとらしく藪の中から姿を見せた。
できるだけ怪しまれないようにと振る舞ってるつもりだが動きが固く、台詞はどこか棒読みだ。
『全く難儀だな』
『仕方ないでしょう。バレると面倒な事になる予感しかしないし』
念でそんなやりとりをしつつ、ぎこちない笑みを浮かべふたりに近づいていく。
するとサルーサは怪訝そうに眉を顰め。
「なんだお前。どこにいたんだよ」
「あ、いやちょっとヤバイな~、と思って身を潜めてたんだよ」
ヒカルは身振り手振りを添えつつ、なんとか怪しまれないようにと思いついた台詞を並べ立てた。
「ねぇヒカル、もしかしてこのマガモノはヒカルがやったの? この傷口私が貸したナイフの物な気がするんだけど」
するとフォキュアがイエーレの死体からヒカルに視線を移し、確信めいた口調で訊いてきた。
ナイフの跡でそこまで判るとはと思いつつ。
「え!? あ、そ、そうそう、そうなんだよ。ナイフを首に突き立てたら絶命してね」
ヒカルは一瞬焦ったが、元々自分で倒したと見せるためにわざわざナイフで倒したわけだからそれを否定する理由はない。
「なるほどね。つまりヒカルがこいつを倒した直後に、あの化け物、黒い悪魔みたいのがやってきた――そうなんでしょ?」
「ふぁ!? あ、いや、うん! そう! そうなんだよ! いやぁ~驚いたよ。あんな化け物がウロウロしてるなんて思わなかったからついつい逃げちゃって――」
自信を覗かせるフォキュアの口ぶりに戸惑いつつも、話を合わせるヒカル。
しかし変身した本人が自分を化け物扱いとは――ヒカルはどことなく自虐的な笑みを浮かべる。
「それにしてもこいつを本当にお前がやったのか? ナイフ一本で? こういっちゃなんだが、このイエーレは下手したら俺達が相手したマガモノより手強い相手なんだぞ?」
「いや、まぁ多分運が良かったと思う。しがみついたまま無我夢中でナイフを振ってたらそこに突き刺さってね」
「ここに? 確かにこいつはこの首の上が弱点だが、その分一番守りが堅いんだけどな……」
サルーサは訝しげな目つきでじろじろとヒカルをみてくる。
そうとう疑ってる様子だ。
まぁヒカルにしても自分が倒したということに間違いはないのだが、それでも変身した能力に頼るところが大きかったのは事実だ。
今の状態ならば、先生のいうように、とても敵う相手ではなかったであろう。
「でも私はそこまで不思議には感じないわね。リトルグリーン相手にも怯むこと無く立ち向かっていったし、グレイルウルフ相手にしてもいい感じに立ち回っていた。ヒカルは結構実力あると思う」
フォキュアに褒められヒカルは照れくさそうに頬を掻く。
だがサルーサは面白く無い様子で、ふんっ、と鼻息を荒くさせた。
「リトルグリーン程度なら俺だったら一〇〇〇匹相手にしても余裕だぜ」
「そんな事で張り合ってどうするのよ」
フォキュアがジト目をサルーサに向けた。
「でもヒカル。それだけの腕があるなら本気で勇義士ギルドに登録してみない? かなりいい線いけると思うけど」
「勇義士か――」
ネット小説の、特に異世界ファンタジーを好んで読んでいたヒカルからしてみれば、冒険者のような職業だという勇義士は魅力的な響きだ。
それにこの先どうしていいか判らなかった事を考えれば、勇義士になることは悪い話ではないかもしれない。
今後お金だって稼ぐ必要はある。
「でも勇義士って簡単になれるものなの?」
そこでヒカルはとりあえず気になってることを訪ねてみる。
「う~ん簡単でもないし、誰でもってわけでもないけど、でもイエーレを倒せたりリトルグリーン相手でも怯まなかったりで資格は十分よ。やる気があるならギルドについたらあたしからの紹介って事にしてもいいわ」
話を聞く限りでは、フォキュアに紹介してもらう形を取れば、ヒカルでもなることが出来そうである。
「まぁ乗りかかった船だ。俺もそんときゃ推薦してやるよ」
ヒカルがフォキュアと話を進めているとサルーサも横から口を挟み、任せろといわんばかりに言ってきた。
フォキュアが紹介してくれるといってるのに彼の助けが必要なのか? とも思ったが親切でいってくれてるなら拒む理由はないだろう。
「それじゃあチャレンジしてみようかな」
「そう、じゃあ決まりね。これから森を出て街に戻ればまだ登録は間に合うかな」
顎に指を添え、考えるようにしながらフォキュアがいう。
「うむ、それにしてもお前が勇義士か……因みに紹介でも推薦でも初めのランクは見習からだからな。つまり俺は先輩って事になる。その辺はしっかり踏まえておけよ」
その言葉で、何故彼もが推薦してやるなどと言い出したのかがわかった。
ようはこの男、先輩風を吹かしたいのである。
それが判りなんとなく肩を竦めるヒカル。
「全くあんたは……」
フォキュアもため息混じりにいう。
彼の考えは彼女にも伝わったようだ。
「安心しろよフォキュア。俺はただこいつに勇義士のなんたるかを教えてやろうかなと思ってるだけさ」
「別にあんたに教わることでもないと思うけどね」
それには同意のヒカルである。
「まぁいいわ。じゃあヒカル。このイエーレの角だけ回収してしまいましょう」
「え? 回収?」
その言葉にヒカルが眼を瞬かせる。
「そうだ。いいか? このイエーレの角はお前も戦って少しは判ったと思うが、すげぇ頑強だ。だから材料としてギルドが買い取ってくれるのさ」
サルーサは早速先輩風を吹かせてご教授してくる。
「ヒカルは魔晶もってないでしょ?」
「あぁ、俺はそういうのは持ってないな」
「だったら街にいったら買っておくといいわよ。今回ので報酬はヒカルにも入るはずだし、この角を売却すれば結構なお金になるからね」
ヒカルは同意し頷いた。
確かにあの魔晶は持っていて損はないだろ。
「とりあえず今回は私のを一つ譲ってあげる」
ヒカルがなんか悪いね、と軽く頭を下げると、気にしないでと彼女は笑みを浮かべる。
そしてフォキュアはポーチから水晶を取り出し、こっちに来て、とヒカルを呼び、角の採取方法を教えてくれた。
フォキュアの指導の下、借りていたナイフで角と頭蓋との接合部を切り離していく。
彼女の話では、このイエーレは死亡した時点でこの接合部がかなり脆くなるらしく、それで切り離しが可能なのだとか。
「取れた……」
「うん、上出来上出来。じゃあこの水晶にそれを吸い込むイメージで取り込んで」
フォキュアから魔晶をひとつ受け取り、彼女のいうように角を取り込むようなイメージを持つ。
すると角が水晶の中に瞬時に吸い込まれた。
改めて自分でやってみると中々不思議なものである。
「出来たわね。あ、ちなみに魔晶は吸い込める量に限界があるから注意して。どれぐらい入るかは魔晶の色の変化でわかるわ。完全に黒く染まったらもう一杯だからね」
成る程、とヒカルは頷きつつも、水晶に目を向ける。
下の端の方が少し黒く染まっていた。
彼女がオークを吸い込んだ時には真っ黒になっていた事を考えればそれぐらいが限界なのだろう。
「これは何回でも使えるの?」
「本当お前は何も知らないんだな」
サルーサに聞いているわけじゃないのにな、と眉を顰める。
「そいつは使いきりタイプだから、一度中に突っ込むと出そうが何しようが色はそのままだ」
中とか突っ込むとか出すとか妙に卑猥だな、とヒカルは考えるが。
『それはヒカルが単純にむっつりスケベってだけなのじゃないのか?』
先生の嫌な突っ込みが入った。
さっぱりプライベートが守られていない気がする。
「で、当然完全に黒く染まったら後は出すことは出来ても、もう入れることは出来ないんだよ」
「そうなのか」
「まぁそれは大体の魔法が込められた魔晶が一緒だけどね。攻撃魔法が込められてるタイプだと一回しか使えないなんていうのも珍しくないし」
フォキュアの説明でいけば、魔晶というのはこの収納系だけではなく、色々と魔法の効果が込められているのも多いようだ。
「まぁ中には永久に使えるってタイプもあるにはあるけどな。目玉飛び出るほど高いから普通は変えねぇよ。小さな城なら買えるレベルだ」
どんだけ高いんだよ! とヒカルは突っ込みそうになったが、そもそも城が幾らかが判らなかった。
と、いうよりはこの世界の貨幣の単位が判らない。
「実は俺全くお金を持ってないんだよね。街にいったら早く換金しないと何も出来ないかも」
「金がない? 銅貨一枚もかよ」
「ない。銀貨も金貨も全く」
ヒカルは銅貨と聞いて一応鎌を掛けてみた。
「まぁ金貨は平民だと中々持ってる人もいないけどね」
どうやら予想はあたったようだ、とヒカルは心のなかで笑みを零す。
『ヒカルのいた世界との具体的な価値の差は私にも判らないが、この世界の貨幣は銅貨、銀貨、金貨だ。銅貨が一番価値が低く銀貨で銅貨一〇枚分、金貨で銀貨一〇枚文だな。但し高値の取引の場合は金塊や宝石等を使うことが多いようだ』
ゴッキー先生がフォローしてくれた。
最初から聞いておけばよかったかと思いつつも、まさか貨幣価値まで知ってるとはどれだけだよ! とも思う。
「さて、それじゃあそろそろ行動を再開しようか。ボヤボヤしてると日が暮れちゃうし、ヒカルの換金も間に合わなくなっちゃうわよ」
「あぁ、ここからだと川沿いを下っていって回り込んだ方が早いな。急ごうぜ」
ふたりのやり取りにヒカルも首肯し、そして街までの道を急ぐ。
街についたら勇義士か――と、不安と期待をその胸に宿しながら――
第二部へ続く
第一部終了となります。
次回更新からは第二部です。
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