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異世界で黒い悪魔と呼ばれています  作者: 空地 大乃
第一部 ゴッキー先生との出会い編
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第一五話 ゴキブリ男再び

「うわっぷ! おい! こら!」


 己の顔を叩きつける枝や葉に顔を歪めながらヒカルは叫んだ。

 さっきサルーサがその名を叫んでたが、このイエーレというのは相当に脚が速い。

 しかもただ速いだけではなく、俊敏ともいえる身のこなしをしている。

 速度としてはこの多量の木々が生い茂るなか六〇、七〇キロをだし更に障害物は全て右へ左へと避けている。

 

 変身したヒカル程ではないにしてもかなりの能力だ。

 しかし、とはいえ奇妙な獣だ。これも恐らくはマガモノなのだろうが、見た目には大きな鹿、だが四肢は象のように太く逞しく、頭に二本の角が生えている。


 その角も一本は頭と首を覆う盾のような形状をしており、ヒカルはその角に必死に捕まっている形だ。

 そしてもう一本は額の部分から突き出た独角で、光沢のある銀色とその鋭さも相まり、まるで中世の騎士が使用したランサーのようでもある。


 そんな奇妙なマガモノが全力疾走で掛けながら身体を大きく揺さぶっている。

 これはほぼ間違いなく、ヒカルをその身から引き剥がそうとしているのだろう。


『全く厄介なもんに目をつけられたものだ。こいつは相当に気性が荒い。特に人間には容赦がない。今のヒカルの姿じゃとても太刀打ち出来ないぞ』


「そんな事言われなくても判りますよ! でもどうしたら!」


『そんなの決まってる。変身するのさ。だがな、そのままじゃ無理だ。流石にそんな不安定な場所じゃ変身は難しい。一度離れるんだ』


「離れるって、これこのまま放して大丈夫なんすかね? 地面に落ちて平気なのか――」


『地面に落ちるのはそれほど心配しなくても大丈夫だが、恐らくただ放したんじゃそれに気づいた途端、こいつの角で突き刺されるね』


「駄目じゃん!」


『落ち着け。大丈夫だ。この先もう少し進むと向かって左側の傾斜が急な場所に出るはず、そこで飛び降りるんだ。後は斜面を必死に転がって落ちろ。イエーレはあまり坂を下るのは得意ではない』


 斜面? とヒカルが片目をこじ開け前方に集中する。

 するとふと顔にぶち当たる葉と枝の感触がなくなり、視界の開けた場所にでるが――


「これ斜面っていうには急すぎだろ!」


 確かにかなりの急勾配であり、転がるというには無茶がすぎる。

 だがこのまま掴まっていた所で状況は好転しない。


『ヒカル急げ!』


 先生に促され覚悟を決めたように、え~いままよ! とヒカルは角を掴んでいた手を放し、身体を捻るように動かして斜面にその身を預けた。

 背中に重い衝撃を感じ、かとおもえば勢い良くゴロゴロと転がり視界に映る景色が目まぐるしく入れ替わっていく。幸いなのはこれといった障害物がなかった事か。

 

 そして暫く転がり続けた後、再び落下の衝撃を身体に、そこから数回転した後にようやくヒカルの動きは止まった。


「あうぅう、頭がふらふらする」

 

 ヒカルはフラフラになりながらも立ち上がるが、ゴッキー先生は心配する素振りも見せず、とっとと変身するように促してくる。


「わ、わかりましたよ」


 ボヤくように呟きながらもヒカルは瞼を閉じ例の姿をイメージする。

 するとやはりどこからとも無く大量のゴキブリが出現しヒカルの身体に集まりだした。


「本当にどこにでもいるんだな――」


 そんな事を呟きながらも、この感触にも大分慣れたなと考えるヒカル。

 その影響もあるのか、二度目の変身は一度目より更にスムーズに進み、あっという間にゴキブリ戦士の姿に変化していた。


「でも本当にくるのかな……て来た!」


 怪訝な感じに呟くヒカルであったが、変身後のセンサーは優秀だ、速攻であのマガモノの接近を感じ取る。


「て、先生下りが苦手って、跳ねながらあれ下りてきてますが……」


『でも一回一回溜めながら飛んでるだろ? その分平坦な道を走るよりは動きが遅い』


 そういうことか、とヒカルはひとつ溜め息を吐く。苦手のレベルが自分の考えと次元が違いすぎた。


 そしてドスン! とヒカルの目の前に降り立つ鹿の化け物。

 因みに後ろではさらさらと穏やかに川が流れているが、再び対峙したイエーレには濁流のような動揺が浮かんで見える。


 まぁさっきまで角に掴まってた獲物が、全く違う姿に変わっていたのだ、困惑するのも仕方ないとも言えるが。


「さてっと――」


 誰にともなくいいながら、ヒカルは目の前の敵を見据えながら一考する。


『どうしたヒカル? 変身してしまえばいくらイエーレといえど問題ないであろう?』


『えぇまぁ確かにそうなんですがね。でも魔剣のオークみたいに倒してしまうと明らかに怪しまれる気がして――なので出来ればなんとか俺が倒したって感じに見えるようにしたいなと』


『なんだか面倒な事を言い出すものだな――』


『すみません。それで今回は出来れば自分の武器を使いたいんですが』


『だったら武器を取り出す場所だけ念じて空けて貰えばいい』


 ヒカルはそれでいいのか、とナイフを挿してある箇所に意識を集中させる。

 すると確かにその箇所から一旦ゴキブリが離れナイフを抜くことが出来た。


『だけどヒカル。そのやり方だと少しこの相手は厄介だと思うぞ』


 まぁそうだろうな、と思いつつ――前を見るとイエーレの独角が目の前に迫っていた。 

 うぉっ! と一瞬焦るヒカルだが件の超反応により、ヒカルの意志とは関係なく身体が回避行動を取る。


「ふぅ、ちょっと焦ったぜ」

 

 そんな事を独りごちりながら、槍の回避を行う身体を達観するように感じつつ、攻め手を窺う。


(ここだ!)


 ヒカルはイエーレの角の引き際を狙ってその側頭部を突きにかかる。

 上からだともう一本の角が邪魔で攻撃を加える事が出来ないからだ。

 だが横からならカバーできない――と、踏んだのだが、なんとイエーレの頭を覆うような角が瞬時に移動し、まるで盾のようにヒカルの一撃を防いだ。


「なっ!」


 思わずヒカルも声を上げる。そこへイエーレが身体を振り、同時に角による反撃を仕掛けてきた。

 しかしそれは見事超反応で回避する。


 そしてヒカルはそのままバックステップで距離を取った。


「参ったな、なんだよあれ」


『だから厄介だっていっただろ? イエーレは一方の角を盾にもう一方を槍にみたてた戦闘スタイルを取る。生半可な攻撃は全て角の盾で受け止められてしまうのだ』


 マジかよ、と呟き、イエーレの姿を見る。

 先生の話を聞いてから見ると、その姿がまるで腕の立つ騎士のようにも思えてしまう。


『蜚丸でなら角ごと断ち切れると思うがな』

『それじゃあ意味がありませんし――てかその名称まで読まれてたのですか!』

『別に恥ずかしがることでもないだろ』


 先生はそういうが同居している身とはいえプライベートは守って欲しいと思うヒカルでもある。

 そもそも最初はプライベートにまで踏み込む気は無いとも言ってたくせにとも愚痴りたくなるが。


『それとヒカル。あのイエーレは弱点が最初から盾で守られている首の上部だ。狙うならそこがいいだろ』


「いや簡単にいってくれてますが、そこが一番難しいところでしょう」


 思わず目を細め呻くように言ってしまう。


『自分で決めたことだ、何とかしてみることだな』

 

 やれやれ、と溜め息を付きつつ、再びイエーレを見据える。

 敵も少し慎重になっているようだ。

 先ほどの攻防でヒカルを警戒しだしたのかもしれない。


 しかしこのままお見合いを続けていても仕方がないのも事実だ。

 ヒカルは今度は自分から仕掛けてみる。

 加速し瞬時にイエーレの真横に移動した。

 

 そして逆手に持ったナイフを振り下ろす――が、ガキィイイイン! とイエーレの盾が反応し防がれた。

 だがこのマガモノは全てが見えているわけではないのは理解が出来た。

 

 実際横に移動した瞬間はイエーレの意識は追いついていなかったからだ。

 だがヒカルが一旦動きを止め刃を振り下ろした事で察し、本能的に盾を移動したようだ。


 盾で防いだ後はイエーレの胴体が動き同時に角の槍が振りぬかれる。

 勿論これは回避、ヒカルは再びバックステップで距離を離した。


 イエーレを見つめる赤い瞳。だがその仮面の奥でヒカルはある考えを巡らせていた。


(これならいけるかも)


 考えをまとめたヒカルは再びイエーレに向かっていき、そして攻撃を仕掛けた。

 マガモノの目の前で脚を止め、右手で横からの一撃。

 一見直前と全く代わり映えのない動き。


 だが、その手には何も握られていなかった。


 ヒカルはまず拳で横側を攻撃し盾を反応させた。やはりマガモノといってもこのタイプは獣と変わらない。

 攻撃の種類などは考慮していないのだ。

 

 そして拳に感じる鋼の感触。この角はやはりかなり頑強なようだ。が、その時点で既に勝負は決まっていた。

 ヒカルは右の拳を打ち込むとほぼ同時に左に持ち替えていたナイフをイエーレの首上部に叩き込んでいたのだ。

 そう先に撃ち込んだ拳は完全に囮だったのである。


 イエーレはその囮にまんまと引っかかり、盾を横にずらした。

 当然それによって上のガードは甘くなる。そこへヒカルの左に持ち替えたナイフが振り下ろされたのだ。


 確かな肉の感触。イエーレが短い悲鳴を上げた。

 それを聞き届けナイフを抜くと、鮮血が迸り、その身がピクピクと痙攣する。


 ドサリという重苦しい音が辺りに広がった。イエーレの倒れた音だった。


 終わった――とヒカルは独りごちる。

 イエーレの死体にはナイフの傷しかついていない。

 これであればヒカルがやったといってもなんとか信じてもらえそうだ。


『中々やるな。まさか本当にナイフで狩ってしまうとはな』

  

 一旦ナイフを身体の中に仕舞うと、先生の声が頭に響き、ははっ、と照れくさそうに笑みを浮かべつつ後頭部を擦る。

 が、その時――


「キャッ! あ、あいつあの化け物!」


 と、頭上から降り注ぐ声。

 首を擡げると斜面の上からこちらを覗き込む狐耳。


(て! マジかよ!)


「て、なんだよあれ! マジで化けもんじゃねぇか!」


 そして更に厄介な猿にも視認された。ヒカルは思わず頭を抱えたくなったが、とりあえずこの場は――


「逃げるが勝ち!」

「あ、こら待てっ!」


 だが、待てと言われて待てるものでもない。

 ヒカルは即効で身を翻し、ダッシュで森のなかに身を潜めた――

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