第一三話 ふたりの実力
何故かサルーサが急に先導役を買って出た事で、ヒカルとフォキュアはその後ろから彼についていく形となっていた。
但しあまりヒカルがフォキュアに近づくと、野生の勘なのか、首だけで振り返りヒカルを睨めつけてくる。
それが酷くウザったくもあったヒカルである。
そんなに気になるならサルーサが隣に来ればいいとも思うのだが、どうもそういった事が照れくさいと思う質なのかもしれない。
面倒なやつだなと思いつつも、ヒカルは森のなかをフォキュアのいう街に向けて付いて歩く。
そしてそうやって歩いている内に段々と木々が開けてきていることに気づく。
森の出口に近づくにつれ木々の間隔が広がり、地面を覆う叢も所々赤茶けた土がむき出しになった箇所が見て取れる。
「あともう少しだ。このまま突き進めば森をぬけるぜ」
サルーサの発言に軽く安堵する。何せ結構な時間森のなかにいる、いい加減緑も見飽きた頃であった。
(このまま問題なく抜けれるといいのだけど)
ふとそんな思いが頭の片隅に浮かんだその時――後方から枝がバキバキと折れるような音がなり、何かの影がヒカルとフォキュアの真上を通り過ぎた。
そして軽く頭を擡げたサルーサの頭上も通り過ぎ、まるで三人の行く手を遮るようにその巨体が着地した。
ドスンッ! という重苦しい音が広がり、その化け物が踏みつけた赤茶色の地面がずぶりと沈下する。
その化け物の体重の乗った着地に耐えられなかったのであろう。
それだけでも目の前に立ち塞がった相手の重量を推し量ることが出来る。
それはヒカルの知る限り、狸に近い様相をした化け物であった。
上背は二メートル近くあると思われ、逞しい両腕と両足はこの辺りに生え立つ樹木よりも遥かに太い。
そしてやたらと出っ張った太鼓腹は、狸は狸でも妖怪のそれに近い。
だがかといって愛嬌なんてものは全く感じられない。
何故ならその狸の化け物には巨大な目が一つ付いているだけであり、更に耳近くまで裂けた口からは無数の牙が生え揃われているからだ。
正直こんな薄気味悪い狸は当然だがヒカルは見たことがない。
「おいおいここにきてボンボコかよ」
ヒカルとフォキュアより数歩分前に立っているサルーサが、どこか面倒そうに言った。
勇義士という職に付いている彼らからしたら、ヒカルにとっては驚異的な化け物も珍しい存在ではないのだろう。
「あれもマガモノなのかい?」
ほぼそうだろうとは思ってはいるヒカルだが、念のため確認する。
するとフォキュアは言葉なく首肯した。
予想通りだなとヒカルは顔を引き締めるが。
『ボンボコとはな。あれは結構強いぞヒカル、戦うなら油断はしないことだ』
流石に一万年を生きてきたゴッキー先生はこの世界の生き物に詳しい。
緊張感のある様子で警告をもらい、ヒカルは気を引き締めるが。
「ま、この程度なら俺がなんとかしてやるよ」
首をぽきぽきと鳴らし、正面に見える背中の主であるサルーサが声を上げた。
自信の感じられる声音は、強がりでも何でもなく、自らの実力をしっかり把握しているからこそでたものに思える。
「さてと、それじゃあちゃっちゃと終わらせますか」
言ってサルーサがマガモノとの距離を一歩二歩と近づけ、そして鎧の両脇に収めているナイフへ手をのばそうとしたその時。
「サルーサ! 横!」
フォキュアの緊迫した声。
刹那――木々の間を縫うようにしながら飛び出して来た影が、横からサルーサに飛びかかる。
「チッ! 他にもいやがったのか!」
だがその影がサルーサの喉笛に食らいつく前に、彼の身は空中高く飛び上がっていた。
それは驚異的な身体能力であり、ヒカルも思わず目を瞬かせる。
その高さは狸の化け物であるボンボコの三倍近くにまで達し、しかも反動はほぼ付けず足の力だけでの跳躍。
その姿に猿というのは伊達じゃないなと思わず感嘆する。
だが、勢い余って身体が流された乱入者であったが、すぐさま方向転換し、落下を始めたサルーサに再度飛び掛かった。
「キラーファングか結構厄介ね」
フォキュアがその獣に目を向け口元を歪ませた。
それは青毛の狼であった。しかし狼と言ってもその体長はヒカルの知ってる狼の比ではない。
軽くその数倍は有り、図体だけで見れば昔動物園で見たベンガル虎を思い起こさせる。
そしてそんな巨体の狼が空中で自由に動けないサルーサに向かって二度目の襲撃を仕掛ける。
褐色の肌に青い影が重なりあい、そのままもつれ合うように森の奥へと消えていった。
「まっ、向こうはサルーサのやつに任せて、こっちは私がなんとかしないとね」
だが、フォキュアはまるで心配などしていない様子で、彼の代わりにボンボコというマガモノと対峙した。
「ヒカルはそこで見てて。ヘタに手助けしてもらっても邪魔になりそうだから」
フォキュアはヒカルには一瞥もくれずただ命じた。それは嫌味でも馬鹿にしてるわけでもなく、彼女なりにヒカルを心配しての事だろう。
そしてヒカルもそれに依存はない。彼女の強さはこれまでで十分すぎるほど理解している。
確かに今の姿のヒカルでは足手まといにしかならないだろ。
なので、掛け出したフォキュアの姿に視線を固定させる。サルーサに関しては、おらおらぁ! 等と元気な声が聞こえてくるので彼女の言うように問題ないのであろう。
寧ろ枝のガサゴソ喚く音が鬱陶しいぐらいだ。
そしてそんな事を思っている間にフォキュアが腰の尻尾アクセを揺らしながらボンボコに接近戦を挑もうとする。
だがその時ボンボコの両腕が動いた。冷静に考えると体格で考えたら妙に短い腕で、しかもやたら出っ張った真ん丸の腹が邪魔していそうで、一体どうやって攻撃を加える気なのか疑問に思う。
しかしヒカルのそんな浅はかな考えは直ぐに払拭された。
ボンボコはその両腕で己の腹を思いっきり叩き打ち鳴らした。
その瞬間ボンボコとフォキュアの間にあった透明感が歪みだし、ぐにゃりとその部分の景色が歪んだかと思えば弾け、周囲に強力な衝撃の波動を撒き散らしたのである。
これには思わずヒカルも片目を閉じ、腕で顔の前を覆ってしまった。
突然の暴風。土の表面にこびりついた砂や微小な土塊が浮き上がり、そして大量に流された事で視界が一気に悪くなる。
土臭い匂いが鼻腔をつき、土埃舞う視界の中、それでもヒカルはフォキュアの安否を心配し、忙しなく黒目を動かす。
だが、それほど心配するほどでもなく、彼女はボンボコの右側、木々の密集している部分を背にして立っている。
正面からではなく回りこむようにして攻めていた為、横の方へ吹き飛ばされたのだろう。
しかし、だとしたら威力はそうでもないのか? とヒカルは僅かに首を傾げた。
甘いかもしれないが、戦闘能力を持たない相手なのであれば、無理して戦う必要もないのではと思えてしまう。
勿論さっきのように、後から仲間を引き連れてやってくるならば別の話だが――
ヒカルがそう思った矢先。ボンボコは一瞬その大きな一つ目を不気味に細め、かと思えばつぶさにそれを見広げた。
刹那――眩いばかりの光がフォキュアに向けて放たれる。
ボンボコはその目から光線を生み出したのだ。
幸いフォキュアは弾けるように横に飛び出しその光線を躱したが、彼女の背中側にあった樹木はその光線によって何本もへし折られ、メキメキと呻き声のような音を奏でながら、次々と傾倒していく。
ヒカルは改めて自分の考えの甘さを思い知らされることとなった。
この世界で、戦わないですむならそれでいい等と甘いことを考えていては、いつ足元を掬われてもおかしくはないのだから――