第十一話 あれ? なんか勘違いされてる?
彼女の目の前まで寄ってきた男は、フォキュアにずいぶん親しげに話しかけていた。
見た目にはフォキュアよりは頭半個分ぐらい背の高い男性であるが、男として見るなら小柄な部類だろう。
何故か袖がギザギザに破れたような半袖のシャツを着ていて丈は胸下までしかないようだ。
そこから飛び出た腕は褐色。
顔も同じく褐色で日焼けの類ではなく地の色に感じられた。
シャツの上からは革製の鎧を装着しているが、臍より少し上ぐらいまでの尺の為、見事なまでに割れた腹筋部分が顕になっている。
その引き締まった肉体の為か、小柄でも弱々しい感じは全くしない。
ヒカルの記憶で行くならフライ級のプロボクサーのような体つきといったところか。
そんな彼がフォキュアに向けている瞳は、虹彩が紅で鋭い角度で吊りあがっている野性味溢れるものだ。
「それにしてもお前がこんな奴に苦戦するなんて珍しいな、なんだ暫く見ない内に腕が鈍ったか?」
右手を差し上げるようにして男がいう。挑発的な言葉だがそれに対して、馬鹿いえ、と返したフォキュアの顔には笑みが見える。
どうやら大分気心がしれた人物なのかもしれないとヒカルは考察した。
「まぁ別にいいけどな。でもこんな相手でも油断するのは感心できねぇぞ。こいつが一度逃げたら更に多くの仲間を連れて反撃に来るのは知らないわけじゃないだろ?」
そういう事か、とヒカルは心のなかで納得する。だからあの時彼女はヒカルを怒鳴ったのだろう。
「あの、すみません。実はそれは彼女のせいじゃなくて俺のせいなんですよ。俺が任されてたうちの一匹を逃しちゃって――」
「あん? 誰だテメェは?」
いきなり喧嘩腰で来られてしまった。どうやら彼にはヒカルの事が全く目に入ってなかったらしい。
フォキュアに対しての態度とは打って変わって目つきが尖り、不信と警戒の篭った光がヒカルを射抜く。
更にヒカルの方が背が高いため、下から覗き込まれるような形で睨みを効かせてくるので、ガラの悪いヤンキーにでも絡まれたような気分に陥る。
というか、改めて見ると髪の型が凄い。真上を貫くような逆だった髪は色も真っ赤で、勢いよく燃え上がる炎のようですらある。
そしてもみ上げが顎に達するほど長く、更に彼の後ろではぴょんぴょん跳ねまわる細長い尻尾が、尻尾?
ヒカルは思わず目を見張り、彼の腰のあたりを凝視した。
――確かに尻尾が生えている。
いや異世界なのとフォキュアの事を考えれば別にそこまで驚くことでもないが、ただそうなると――
「てめぇ! どこみてんだコラッ! 人と話すときは目を見て話せって親に言われなかったのかゴラッ! あぁ~~ん?」
顔を歪ませメンチを切るようなその態度と威圧を滲ませるその口調は紛れも無くヤンキーの……しかもちょっと古いタイプのヤンキーのそれだが、いってる事は意外とまともなのかもしれない。
「やめなさいサルーサ。彼は私といま一緒に行動してる仲間よ」
フォキュアの言葉が絡んできている炎髪の背中に突き立てられる。
すると下から覗き込むようにガンをつけていたその紅目が、首と一緒に後ろに向けられた。
そのまま流れるように背筋を伸ばし、仲間? と怪訝そうに訊き返す。
ヒカルからしてもそれはわりと意外な言葉であった。
確かに今は一緒に行動しているが、仲間といってもらえるとは思わなかったからだ。
でも悪い気はしない。
そしてサルーサと呼ばれた男は、彼女の返事をを待たずにズカズカと脚を進め、彼女の前に立ち止まり仁王立ちの姿勢で、
「あんなのが仲間って本気か? どうみても強そうにみえねぇぞ?」
と憮然とした口調で言い放った。
初対面で随分な言い草だなとヒカルは目を細める。
「強そうにみえないって初対面で失礼じゃない」
フォキュアがヒカルの気持ちの代弁をしてくれた。
少しだけ気分が良い。
「はぁ!? なんだよそれ! なんでお前あんな奴の事庇うんだよ!」
何か語気が荒くなってるのを感じる。
というかこれば庇われてることになるのだろうか? とヒカルは軽く首を傾げる。
「庇うって……あんたがいきなりヒカルに絡んでるから悪いんじゃない」
「はぁ? ヒカル? ヒカルってあのチンケな奴の名前か? 随分と親しそうじゃねぇか!」
「親しそうって出会ったのはついさっきなんだけど」
「ついさっきぃいいいいい! はぁ? お、お前そんなさっき出会ったばっかの奴と――し! 信じられねぇ! 見損なったぜ!」
あれ? 俺なにか変な勘違いされてるのか? と妙な方向に流れていってる会話になんとなく耳を傾けながらヒカルは考える。
「だからさっきから何いってんのよあんた! てかなんでそんなにカリカリしてるわけ?」
「はぁ!? カリカリなんかしてねぇよ! なんだよそれ! なんで俺がお前なんかの事でカリカリしねぇといけないんだよ!」
そこまで言い合ったところでフォキュアが、はぁ~、と強く溜め息を吐き出した。
「もういいわ。ごめんねヒカル、変なのに付きあわせちゃって」
「え? あぁいや俺は別に気にしてないから」
フォキュアがスルッとサルーサの脇をすり抜け、ヒカルの傍まで歩み寄り申し訳無さそうにいう。
しかし、別に彼女は何も悪くはないのでヒカルもかるい感じに返答する。
「おい! ちょっと待てよフォキュア!」
「じゃあそろそろいこうか。変な事に時間使っちゃったし」
「はぁ、でもいいのかな?」
ヒカルとしても正直どうでも良かったが、後ろで喚いてる男に軽く目を向けながら一応訊く。
「何が? あ、そうださっきの戦いのことだけど、出てきたマガモノは基本逃げられないよう注意してね」
「あ、それはゴメン。まさかそんなこととは知らず、いやそんな事言い訳にならないな、今度から気をつけ――」
「そうだてめぇ何一匹逃してんだこらぁ!」
サルーサが飛びかかるようにヒカルの胸ぐらを掴み、フォキュアから引き剥がす勢いで前に出る。
なんなんだ一体、と思いつつもヒカルの身体は下から持ち上げられるような形のまま移動し、無理やり樹木に背中を押し付けられる。
背は低いが凄い力だ。
そしてサルーサは尖った瞳を野獣の爪の如く鋭くさせ、ヒカルの顔を睨み上げてくる。
「おい、テメェ――」
腹の底から捻じり上げたような低めの声で口にし。
一泊置いて次を紡ぐ。
「フォキュアのなんなんだこら!」
ヒカルは思わず溜め息を付きたくなった。
半眼でサルーサを見下ろしながらどうしていいか頭を悩ませる。
何せ彼女自身がいっていたように、ヒカルは今日初めてフォキュアとあったばかりだ。
確かに今は道案内を受ける傍ら一緒に襲ってくる相手を倒したりしているが、どんな関係かと訊かれてもその程度でしか無い。
しかしこの頭に血が上った男にそれをそのままいって納得してくれるのか、いやそれ以前になんか自分からそれをそのまま告げるのが悔しい。
そんな事を考えながら返す言葉に逡巡していると、突如彼の背後からゴスンッ! という地面を打つ音、そして直後睨みを効かせてたサルサの目が真ん丸に変わり――
「――ギィ、ギャアアアアアアァアアァーーーー!」
背筋をピンっと伸ばし顔を歪め、自らのお尻の方へ両手を回し、獣の如き悲鳴を上げる。
その強烈な響きにヒカルも目を丸くさせるが、喚くサルーサの後ろに立つ靭やかなバディが目に入り、彼女の脚が尻尾を踏みつけているのをみて合点がいった。
――グリグリ、グリグリ、グリグリ……
肉感的な太腿を揺らしながら彼女の脚が左右に滑るように動く。
その度に彼が悲鳴を上げる。
「あんたそれ以上わけのわかんないことを言い続けるなら、これ踏み千切るわよ!」
可愛い顔して恐ろしいことを言うなとヒカルは苦笑する。
「わかった! わかったって! だから尻尾から脚どけてくれぇええぇ!」
さっきまで強気だったサルーサの情けない声が空に響く。
どうやら尾はかなり敏感の部位だったようだ――
「フ~フ~、つまりアレか? こいつはこの森のなかで迷子になってて、それをお前が案内してると」
「まぁそういうことね」
自分の尻尾を掴みあげ、フォキュアに踏まれた部分に息を吹きかけながらサルーサが説明された内容を簡単に繰り返す。
それを腰に両手をあてているフォキュアが頷いて返事した。
「なんだよ、だったら最初からそういえばいいじゃねぇか」
「あんたが話しも聞かずにいきなり突っかかっていったんでしょうが」
フォキュアは眉を落としながら呆れたようにいう。
その気持ちはヒカルも一緒であった。
初対面から絡まれていい迷惑である。
『こいつ赤猿族の獣人だね。全くこの種族はせっかちで話を聞かないとこがあるから厄介なことだ』
頭の中に先生の声が響く。赤猿族というのは道すがらフォキュアから聞いていた種族の名前だ。
なるほど、どうりで尻尾は猿に近いし耳もそう思ってみると猿っぽい。というかそもそも顔が猿っぽくすら思える。
「ほら、とにかくわかったらとっとと謝りなさいよヒカルに」
「はぁ? なんでだよ」
「いきなり彼の胸ぐら掴んでおいて何いってんのよ」
唸るように言葉を尖らせるフォキュア。
その様子に若干困惑した表情をみせつつ、ヒカルを振り返りサルーサが近づいてくる。
「あ~その、なんだ、いきなり怒鳴りつけて悪かったな」
目を逸らしながら頬を掻き、不承不承といった具合に謝罪の言葉を述べてくる。
本当に仕方なくという感じではありそうだが、ここで波風立てても仕方がないので、気にしてないから大丈夫、とだけ告げた。
「おお! そうだよな。大体てめぇもはっきりいわねぇから悪いわけだ――」
「サルーサ!」
彼の背中に激が飛ぶ。それをうけ肩を震わせ頭を擦りながらもう一回済まなかったと謝ってきた。
ヒカルもこれ以上こんなやり取りを続けていても仕方ないので、大丈夫ですから、とつげその後話題を少しでも変えていこうと自己紹介を行った。
既にヒカルという名前は知っていると思うが、一応フルネームを伝え、
「フォキュア、さんにはお世話になってます」
と呼び捨てにしたところで睨まれたので敬語ぽく返してしまった。
「別にさんとかいらないからね。今までみたいにフォキュアでいいから」
だがそんな気遣いも虚しく結局睨まれるヒカルである。
「俺は赤猿族のサルーサ・モンキスだ。まぁとりあえず宜しくだ」
「てかあんたなんでそんなに不機嫌なのよ」
確かに随分とむすっとした物言いでの自己紹介である。
だがその原因が隣のフォキュアにあることぐらいはヒカルにも直ぐにわかった。というか判りやすすぎる。
「別に不機嫌じゃねぇよいつもこんな感じだ」
「そう? まぁあんた時折カリカリしてる時あるけどね」
一旦瞼を閉じて返すも、フォキュアの声に反応し彼女の方の片目を開けその姿を睨めつける。
「ははっ、ふたりとも仲が良さそうだね」
取り敢えずヒカルは、微苦笑を浮かべながらもふたりに向かってそういった。
別に深い意味はなく少しでも空気を変えれればと思っていった言葉だったのだが、何を勘違いしたのかサルーサがドヤ顔で鼻息を荒くさせる。
「まぁ俺とフォキュアは付き合いが長いからな。昨日今日知り合ったお前と違って、一晩を一緒に過ごしたこともある仲だ」
「はぁなるほど」
ヒカルは他にいう言葉も見つからない。細かくいえば昨日今日というより今日知り合ったばかりであるが、とりあえず一晩の意味がきっと違うんだろうなというのは察することが出来た。
「ちょっと誤解与える言い方しないでよ。一晩って夜営で一緒になっただけじゃない」
「ん、まぁそうともいうか」
だろうね、とヒカルは心の中でだけ呟いた。やはり予想通りであるが中々ベタな話しである――