第一〇話 フォキュアの実力
フォキュアと一緒に丘を下る間は特に何事も無くおわ――るわけもなかった。
彼女が最初にいっていたように、やはりこの森は相当にマガモノというのが多いらしい。
野生動物が少なく感じるのはその要因も大きいようだ。
あのリトルグリーンこそマガモノではなかったが、気性の荒さなどを考えればほぼ一緒と考えてもいいのだろう。
だからこそこの森でも生きていけるのかもしれないが。
それにしても彼女は、ヒカルは何度も感嘆の声を漏らしてしまうほどに強かった。
正直自分があっさり倒してしまったオークにやられそうになっていたことから、その実力を見くびっていた部分もあったのだが。
しかし今のヒカルは完全に考えを改めている。そもそもヒカルがあのオークを倒せたのも変身のおかげ、あの状態が規格外すぎるというだけの話なのだ。
正直今の変身を解いた状態のヒカルでは多少身体能力が上がってるとはいえ、一〇〇回やってもフォキュアに勝てる気がしない。
こんな見目麗しい娘に勝てないというのも情けない話だが事実だから仕方がないだろう。
道すがらは黙っているのも落ち着かないので彼女と色々話もした。
それで彼女の事も多少しる事ができた。
年齢は一九歳で獣人族、ちなみにこの国の元服、女の子でいえば髪上げは一五歳らしい。
これはフォキュアに大人として年齢に達してるかどうか? という質問を通して知ることが出来た。
そして更に気になった人種についてはやはりヒカルの知ってるファンタジー小説と同じ獣人とのことであった。
正確には黄狐族という種族らしいが、他にも赤猿族、銀狼族、白犬族、黒猫族というのがいるらしい。
これらを総じて人族は獣人族と呼んでいるようだ。
こういう時よく小説などでは獣人は蔑まされ迫害されているというのが定番だが、流石に、差別されますか? なんてことを聞くわけにはいかないのでこの世界でどういう扱いかはヒカルには判らない。
ちなみに種族に細かい部分で特徴に違いがあるようだ。例えば彼女の黄狐族は結構珍しいそうなのだが、獣人族の中では尤も魔力に秀でた種族らしい。
そしてその魔力を物心ついた時には無意識に使えるようになってるそうだ。
他種族に比べて気配に敏感なのもそこに起因するらしい。
ただあまりに自然に馴染みすぎていて、人族の使う魔法みたいなのは逆に苦手なんだとか。
まだこの世界にきて間もないヒカルは実際の魔法はみていないが、話を聞いているぶんにはヒカルの持っている認識とほぼ同じだ。
そしてそんな話をしながらも当然マガモノとやらは容赦なく襲いかかってきたのだが、それらをフォキュアはまるで息をするように狩っていく。
梢からニュルニュルと現れたツインスネークを裂き、子供ぐらいの大きさの二本足で歩くアルマジロを貫き、嘴のやたら大きな鴉のようなマガモノの強襲も躱し切り払った。
この同道の中、現在までにヒカルが倒せたのはあのリトルグリーンと小説でよくみた角を生やしたウサギぐらいである。
なお使用してる武器は今も借りっぱなしの彼女のナイフだ。
「この川をわたって向こう岸にいけば残り三分の一ってところよ」
フォキュアが目の前でさらさらと流れる川を指さしながら言う。
川の名前はボンメア川というようで、ここから北北西に位置するスカラベオ山脈を源として下っている本流とのことだ。
水際は緑から開放された開けたスペースとなっていて、地面には細石、玉石などの磧礫が満ち溢れている。
彼女の話によると、この辺りは水深が彼女の腰が浸かるぐらい、流れも緩やかなので渡るならここが一番だとか。
対岸までの距離は目算で六、七メートルぐらいといったところだろう。
「橋とかはないんだね」
「この森はマガモノが多いからね。掛けようとしても途中で襲われたり、掛けるのに成功しても壊されたりするから無駄に終わるし、わざわざ危険をおかしてまで徒労に終わるような事をする酔狂な人もいないのよ」
なるほど、とヒカルは納得する。
確かにこれだけ沢山の化け物がいる森じゃ人の手を加えるのも厳しいのだろう。
そしてフォキュアは一旦空を見て何かを確認してから、大丈夫そうね、と呟いた。
恐らく空から襲ってくるマガモノを気にしたのだろう。
ここに来るまでもマガモノに空中から襲われている。
特にここは木々に囲まれてないぶん空からは丸見えとなる。
川をわたっている間は脚も取られがちだ、そんな時に襲われでもしたら厄介に違いない。
「じゃあ渡るけど、出来るだけ私の後ろを付いてきてね」
言い聞かせるような口調でヒカルに伝えた後、フォキュアが川を渡り始める。
その後をヒカルは慎重についていった。
川は緩やかでヒカルの太腿ぐらいの深さの川を一歩ずつ河床を踏みしめながら歩いた。
靴越しに砂礫の感触を感じながら川水を押し切るように進んでいく。
川の半ばまで進んだところで彼女がヒカルを一顧した。
ちゃんとついてこれてるか気にかけてくれてるのだろう。
半ばを過ぎた辺りで斜光が川面に落ち、反射光とフォキュアの狐色の髪に差し込む光が重なりあい、キラキラと幻想的な様相を醸し出す。
その様子に見惚れてしまい思わず脚を滑らしそうになったが、そこはなんとか堪えた――
「ふぅ、ここを渡ればあと少しね」
スカートの裾を、ぎゅ~っと搾りながらフォキュアが口にする。
当然だが川をわたった影響で彼女のスカートはすっかり水浸しだ。
それはヒカルも同じですっかりジーンズも重くなってしまったが、流石にここで脱ぐわけにはいかないのでヒカルはとりあえず我慢することにする。
しかし――なんとも眼福な光景である。
元々短いスカートの裾を掴んで搾っているため、美しく柔らかそうな肌が惜しみなく披露されている。
当然ヒカルの視線も思わず下がってしまうが、それには流石に彼女も気づいたらしい。
「どこみてるのよ……」
目を細めて言われてしまった。
やばい、とヒカルは顔をひくつかせる。
あわよくばスカートの奥のチラリが見えるかもと思ったとはとてもいえない、いえるわけがない。
「あ、いや、そのアクセサリー可愛いね」
咄嗟に目線を搾っている方とは逆に向けて思いついた言い訳を口にした。
無理があるかなとは思ったヒカルだが、フォキュアは目を丸くさせて、これ? と搾る手を止め、左手で尻尾の形をしたアクセサリーを掌に乗せてさし上げた。
「そうそうふさふさしてるし、そういうの好きなんだ俺」
思ってもいなかったことを、これ幸いとばかりに言い繕う。
だが彼女は納得してくれたのか、軽く頷き――そして寂しそうに笑った。
(あれ? 何かマズイこといってしまったか?)
ヒカルは弱ったように頬を掻く。
彼女は自分のアクセサリーを見つめたまま黙ってしまった。
今まで感じていた欲情もすっかり霧散してしまう。
だが、一泊の間を置いてフォキュアの顎が上がり、その濡れた碧眼がヒカルの顔を捉えた。
「ありがとう、そんな事をいってくれたのヒカルが初めてだよ」
川をバックに浮かんだ微笑みが周囲の空気を優しく包み込む――そんな気がした。
ヒカルの心臓がドキリと跳ねる。川のせせらぎがなければ彼女に聞こえてしまうんじゃないかと無駄な心配をしてしまった。
「さて、それじゃあいこうか」
「え? あ、うん、そうだね」
フォキュアがヒカルの脇を横切りながらいう。
その言葉に反応しながら、ヒカルは再び彼女の後をついて歩みを再開させた。
◇◆◇
川を渡ったところで残り三分の一といっても、やはりそれなりに距離はある。
しかしそれでも向こう側に比べたら多少は道のりもマシになっていた。
勿論森のなかは道無き道を進み続けてるに過ぎないのだが、丘はこちら側の方が緩やかなため若干脚も楽である。
そして草木の密度も低く、視界に関しては大分良い。
勿論それでも何もない平原なんかよりは制限されるが――
ただ、やはり危険な森であることは変わりないのか、何度か狼のようなマガモノにも襲われた。
正式名称はグレイルウルフで名前だけ聞くには普通に狼なのだが、顎門が獣の狼よりは長く外側から二本飛び出た牙に違いがあった。
獰猛で人に対しては躊躇いもなく襲ってくるタイプで、基本四~五匹で群れて行動している。
そして今藪の中から飛び出し襲ってきたグレイルウルフも同じで、やはり五匹が取り囲むようにして攻撃してきたのである。
しかしそれもフォキュアにとっては赤子の手を捻るより簡単な相手だったようで、左右から同時に襲ってきたグレイルウルフを目にも止まらない動きでほぼ左右同時に斬り捨て、頭の上から顎を広げた相手も続けざまに振るわれたすくい上げるような一閃で顎を裂き止めをさす。
その動きを見ながら見事だなと見惚れもしたが、ヒカルはヒカルで残り二匹を相手する必要があった為、爪牙にかけてきた相手を避け胴体にナイフを突き立て、絶命の鳴き声を聞きながら残った一匹に目を向ける。
するとその一匹はくるりと反転し逃げて敗走を始めた。
溜息混じりにそれを見送っていると、
「なにしてるの! ちゃんととどめを刺して!」
とフォキュアの激が飛ぶ。
かなりの剣幕に驚くヒカル。
するとがさがさとグレイルウルフの逃げていった方の葉が揺れ、かと思えば獣の鳴き声が風のように吹き抜けた。
方向でいったら逃げたグレイルウルフの声だった可能性が高そうだが――そう考えていると木々の隙間から人影が迫り、そしてグレイルウルフの骸を放り投げてきた。
ドサッ、という鈍い音と背中をパックリと切り開かれた獣の死体が横たわる。
事切れているのはひと目で判った。
「よぉ、フォキュア。お前も来てたのかよ」