プロローグ
プロローグは短めです
本日もう1話投稿します
腹が減った――
黒灸 光は今まさに命の灯火が消えかかっていた。
築四〇年木造アパート二階建て。その一階の一室四畳一間の畳の上。
電気も止められ当然ガスもとっくに点かず、更に最後のライフラインであった水すらも出てこない。
最悪の状況での最悪の死に様。
そんな己の未来が頭に浮かんで涙さえ出てくる。
――どうしてこうなった?
日雇い派遣で食い繋ぐ日々。決まらない仕事減る貯金。
そしていよいよ頼りの派遣の仕事も減り始めついにはなくなり――こうなったら一時しのぎでもと役所に駆け込み相談するも水際対策で拒否られ。
結果これである。
最早出るものも出尽くし唇もパサパサに乾き唾液さえ出てこない。
仰向けになり天井を見る。古びた木面に浮き上がる影が悪魔の顔にも見えた。
黒い悪魔――きっと死神が迎えにきたのだろう。
そう思った矢先、耳元からカサカサという異音。
その方向になんとなく顔を向けるとそこに一匹のゴキブリ。
体長は三十ミリほど。
黒褐色で油を塗ったような光沢を持ち扁平した体。
ギザギザした足に長い触覚。
そうゴキブリ。幸角のすぐ横で正しく黒い悪魔と読んでも差し支えない存在が蠢いているのだ。
それをぼーっとみやる。叫んだり飛び退いたりしない寧ろそんな元気が無い。
そしてそれよりもふと脳裏を過った感情。
――こいつ食えるかな?
光は前に一度テレビでゴキブリを食う男が紹介されていた事を思い出す。
人間いざとなったらとんでもないことを思いつくものだ。
そしてカサカサと嫌な動き方をしながら、彼の門前を通りすぎようとしたその時――
パクリッ! ――ごくん!
流石に咀嚼はしなかった。目を瞑り一気に飲み下した。
本来ゴキブリは感知能力に優れ攻撃された瞬間には避ける生物であるが――彼の本能から来た無意識の捕食には反応しきれなかったようである。
そしてゴキブリ一匹を喰らった光は再び天井をみやる。
(これで少しは栄養になったのだろうか?)
そんな事も思う。
だが――その瞬間。
「い、いたったったったあにゃたきゃたあああぁ!」
腹を押さえ悶えだす光。顔中に脂汗。半端でない痛み。
――やばい死ぬ!
頭のなかで警笛が鳴り響く。これまでにない痛みに意識が遠のく。携帯、救急車――そんな事も思うもどうせ使えないからと携帯はどっかその辺に投げ捨てたままだ。
(あぁ俺このまま死んじゃうのか)
目がかすみそんな事を思い始める。原因はやっぱりゴキブリなのかとも思う。
そういえばむかし芸人がゴキブリを食ったら胃の中で卵が孵って内臓食われて死んだんだっけ――とそんな事を思い。
よもやゴキブリが原因で死ぬとは――と呟き意識を手放した。
しかし光は知らなかった。その芸人の話は真っ赤なデマだった事を。
そしてこの死にはゴキブリは関係がない事を――たまたま不運が重なっただけな事を。
但し――彼がゴキブリを食べた事は決して無駄ではなく――