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黒鴉戦記  作者: 雅木レキ
01-《研修生”ジン・サクヤ”》
6/17

003-出撃

---003---

---出撃---




 轟音が響き周囲が揺れる。

 俺はなんとかバランスを崩さず踏みとどまった。

 一体なんだってんだ?

 何が起こっている?

 空中要塞にいるのに地震なんて起こるはずないのだ。


「おい、立てるか?」

 揺れが収まった後、俺は尻餅をついたヒメラギに手を差し出した。

 揺れに耐えきれず転んでしまったのだろう。彼女は身をわなわなと震わせていた。

 突然の出来事に周囲はざわついていた。

 無理も無い。

 俺は比較的冷静でいたが、皆それぞれ危機的状況に陥った反動で興奮状態であった。


 ただ、幸いというべきか。

 見渡した限り、つまりこの部屋に限って見れば建物に損害は無い様だ。

天上が落ちて来たり部屋の入り口が塞がれたりとかそんな事は無い。


「た、大尉!フレイヴ大尉!」

 慌ただしい様子で男が入って来る。

 フレイヴって大尉だったのか……。

 男は彼女に小声で何かを伝えていた。


「うん、しょっと。」

 ヒメラギが俺の手を掴んだ。

 俺はと言えば彼女ではなくフレイヴさんの様子を見ていた。


「……成る程。すぐに行くわ。」

 男は軽く会釈すると部屋から出て行った。

 そしてフレイヴがこちらに向き直る。

 様子から察するに、なにやら深刻そうだ。


「聞きなさい、受験生共。ディナイ(※1)アルがEブロックに出現したわ。故に、私は迎撃に向かう。試験は後日に引き延ばさせて頂く。今はここで待機していて。後で指示があるから、それに従って。」

 彼女はそれをいうなり男の後を追って部屋から出て行った。

 俺はヒメラギに手を握られたまま呆然と立ち尽くした。



『---ディナイアル』

 ……その名を聞く事は覚悟をしていた。

 だが、その言葉を聞いたら不意に目の前が歪む。

 俺の存在を否定された様な、そんなどうしようもなくやりきれない感覚に落ちいる。

 その言葉を聞いた後、瞼を閉じれば浮かぶのだ。


 ---真っ赤に黒光りする居住区の天上が。

 ---真っ赤に染まる、傷ついた人々の姿が。


「あい、つらッ……。」


 ”……もう、させない。”


「あ、ちょっと!? サクヤ、何処に行くの!?」

 後ろでヒメラギが叫んだ。

 だが、もう聞こえない。

 俺は駆け出した。

 教官に待機命令を出されたことも、さしたる問題では無い様な気がした。

 重要な事は1つだった。


 ”もう、させない!”


「ジン・サクヤ! 止まりなさい! 私のブレイドを返しなさいよォォォ!!!」

 悲痛な叫びは俺に届く事無く、部屋に虚しくこだました。



〈同日---軍内人材収容区にて。〉


 ---俺はまだ走っていた。

 息が切れるのも、武装した周囲の先輩ガーデナー達に不振な目で見られるのも構わなかった。

 俺の目的は1つしか無い。

 一刻も早くE地区に辿り着き、そこいらにいる敵を叩ききるのだ。

 今の俺ならそれが出来る。それが出来る武器を持っている。

 それをする為に、俺はここに来たんだから!


 軍用居住区からは直接軍事指令棟に入る事が出来る。

 司令棟を入ればすぐにターミナルがある。

 ポータル(※2)を使えば一発でE地区に行けるのだ。

 だから走った。


 周りも襲撃が行われたという事で厳戒態勢である。

 少数で多くのグループを成し、1つひとつが自分たちの戦力と役割を確認。

 それが済んだらターミナルに向かうのだ。

 ガーデナーは闘う者達である。

 故に、戦うにしても無駄な死者や負傷者を出さぬ為にも細心の注意を持ってして万全の状態で戦地に赴く必要がある。


 ……だけど、それじゃ遅いんだ!

 現に俺はアンタ達よりもずっと早くポータルに辿り着ける。

 アンタ達なんかよりずっと早く人を助け出せる!

 チカラがあるんだからもっと早く助け出せよ!

 そうすれば救われる命だってあるハズなんだから……!


 ……判っている。俺だって子供じゃない。

 そんなの無理だってことは判ってる。

 これが一番効率が良くて、それでいて戦士達の安全も高い”良い判断”だってことは判ってる!

 だけど、だけど納得は出来なかった。


 司令棟の扉を叩き開け、堂々とした態度でポータルへ駆ける。

 その時、ポータルを使用していたのは……。


「……ッ!あなた、ジン・サクヤ……?何で待機していないの?」

 フレイヴ教官だった。

 彼女は今まさに準備を終え、ポータルを起動させたところだった。


 彼女の姿が蜃気楼の様に歪み、かすむ。

 発した言葉も途切れ途切れで聞き取り辛い。

 まぁ、意味は判ったけど。


『今すぐ 元居た場所に 戻って待機なさい!』


 教官はこちらに指をさし表情を怒らせた。

 その表情はつまるところ無表情ではある。

 しかし目に蓄えた鋭い光は俺を責めていた。


「……俺は。」


 消えかかる教官に、俺は指を突き立てた。


「俺は、もう二度と繰り返さないッ……。”2度目の日(※3)の入”なんて、もう誰だって見たく無いんだッ……!」

 フレイヴの体が光の粒と成って消える。

 その間際、俺は叫んだ。


「今の俺にはソードがある! 武器がある! だったら何も持たない人を守ってみせるッ!!」

 その叫びが届いたか判らない。

 彼女の体は既に消えていた。

 転送が終了したのだろう。


「オマエ、研修生だな!?ポータルから離れ、ターミナルから出るんだ!」

 後ろで声がした。

 男の声だった。

 振り向かなくても判る。

 俺に銃を向けている。

 研修生の出撃なんて前代未聞の事態、彼等だって防ぎたいだろう。


 ---けどな。


「……やってやるっての!」

 俺はポータルに駆け寄り装置を起動させた。

 俺だって半端な気持ちでいるんじゃない。

 敵が見たいとか興味あるとか、活躍してやるとか。

 ……そんな感情微塵も無い。


「おま、待て!」

 男は銃を構え直した。

 しかし発砲はしない。

 当然だ。アイツにその覚悟は無い。

 俺を殺すことと軍の”事件”を防ぐことを天秤にかけて、ヤツには覚悟が無いからどっちを取る事も出来ない。


 ふと、目の前の景色が乱れた。

 転送が始まった。

 俺は目を瞑り、これから訪れる戦場の風景を思い描いた。

 ……何度想像しても、戦場といわれれば5年前の”アレ”が浮かぶ。



 ---絶対に阻止してみせるさ。

 俺は自分に言い聞かせ、腰に付けたソロパックを握りしめた。

《※1》ディナイアル

他次元世界との接触が行われる際、同時現状に存在する”可能性”が象徴化すること。

どのようなカタチに具現化されるかは不明であり、場合によっては象徴化した個体が危険な存在である場合もある。



《※2》ポータル

ターミナル内部にある機器の名称。

装置を起動させ、透明なカプセル状の装置に入る事で光子テレポーテーションが可能。

1人を運ぶのに1つが必要であり、ターミナルの規模にもよるが平均して一カ所に30は接地されている。

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