002-頭のいい模擬戦の勝ち方
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頭のいい模擬戦の勝ち方
「ッと!」
勇み声を上げた直後、ブレイドの剣先が俺のすぐ眉間の辺りを掠めた。
危ないだろ! 顔面狙いは流石にいかんだろ!!
どんなにファルスの出力が抑えられていたとして、刃が首を直撃したら焼き切れてしまいかねない。
今までの教導官と違ってお互い戦い慣れていない。
だから加減なんて出来ないし敵を気遣う余裕だって無い。
そりゃお違いそうだけどさ!
「っく、のォ!!」
ソードを振り上げ反撃を試みる。
青白い疑似刃が宙に軌跡を描き、真っ直ぐに彼女の喉仏に向かう。
……あ、俺も人のこと言えないや。気にしてる余裕、ホントに無い。
「……あ、あぁ!?」
ヒメラギだっけ。
彼女も紙一重で斬撃をかわす。
いやいや、攻撃したこっちの肝が冷えたぞ! 後ちょっとで彼女の首が飛んでいたかもしれない。
……疑似刃の出力調整など気休めでしかないな。
「あ、危ないじゃない!」
攻撃をかわしたヒメラギは俺に文句を言って来た。
だけど俺だって同じことされたんだ。
お互い余裕がないのだからおあいこにして欲しいモノだが……。
ちらりと教官を見遣る。
教官少女ことフレイヴは険しい表情でじっと戦況を見つめていた。
彼女の表情を見る限りちょっとマズいかもしれない。
……試験時、教官の存在理由は2つある。
1つは採点。もう1つは危険だと判断したら試験を中止すること。
あまり危なっかしい戦いをしていると試験中断なんてことになりかねない。
「ハッ!!」
ヒメラギがブレイドを振り回した。
ブレイドは刃にしかファルスが展開されていない。
故に腹の部分には当たっても大丈夫。かなり痛いだろうけど。
ソードを突き立てブレイドを止める。
腹の部分にソードの刃をあてがい、互いに硬直状態になった。
……刃同士をぶつけ合ったら間違いなく俺が不利になる。
リーチの関係上、相手が攻め続けることの出来る状況を維持してしまうからだ。
それにブレイドは刃の展開範囲を限定している代わりに出力が高い。
下手にソードで受けたら刃を貫通されかねない。
……かといって有効に防いでもこの硬直状態だ。
さて、どうしたものかな。
武器のリーチ、単純な性能では向こうの方に有利が付いていると思うが。
俺はソードを振り払い、ブレイドを弾いた。
短いソードで競り合いを続けていたらこっちが先に参ってしまう。
……そして下手な戦い方は出来ない。
両方の条件を考えれば俺は短期決戦を望むべきだろう。
向こうとしては長モノで安全にじっくりと追いつめたいところだろうが、そうはいかない。
一度ソードを構え直し、呼吸を整えた。
オーケー。いつまでも相手の土俵に乗ることは無い。
距離感を保って安全考えて戦ってちゃ俺がジリ貧負けする。
だったら……!
「ブレイドは駄目だろ! 長モノ禁止だ!」
俺は対戦相手に指を指し叫んだ。
ヒメラギはきょとんとした表情を浮かべた。
そりゃそうだ。まさか模擬戦中に武器を批難するヤツなんてそうはいない。
礼儀的にも常識的にもあり得ないからだ。
「な、なにを……。」
---んでだ。
戦闘中にお喋りするってのはなかなか隙を作る行動な訳だ。
特に『飛び道具を持っている相手』にはだ。
ん? 俺のソードにガンチェンジなんて付いてるわけないだろ? 俺には遠距離武装なんて無い。
ましてや2つ以上の武器を持つことは研修生は禁止されている。持っている武器はソードだけだ。
だったら、1つの武器を二通りの使い方で扱ってやればいい。
相手が遠距離で隙を晒したなら。
そして手にソードを持っているのなら……!
「隙が出来たァァ!!」
……ところで。
幼い頃、俺には”木の枝を真っ直ぐに飛ばす”練習をしていた時機があった。
その当時やっていたアニメの主人公の必殺技が剣を投擲する技だったからだ。
その主人公が投擲する剣は毎回決まって切っ先を相手に向け真っ直ぐ飛んだ。
それを真似しようと、何度も練習したわけだな。
最初は空中で枝が回転したり真っ直ぐ飛ばせなかったりで苦労したが……。
なんだかんだで最終的に出来る様になったんだよな、思った通り切っ先を真っ直ぐに木の枝を飛ばす様に。
木の枝を投げるのもソードを投げるのも容量は同じ。
剣の切っ先を相手に向け、腕ではなく肩を使って、全身をバネにして……!
---俺は渾身の力を込め、ソードをぶん投げた。
「い!? なッ!!」
手に持った剣を振ったってこの位置からじゃ刃は届かない。
だったら、刃が届く様に投げてやればいいのだ。
『飛び道具』と『飛んでいく近接武器』の何が違うのだろうか!
本来の使用用途? 知らんな。
重要なことに両者共射程は非情に長い。
ヒメラギは慌ててソードを迎撃した。
ブレイドを使って払い飛ばしたのだ。
俺の必殺技はあっけなく払われた。
……のだが。
俺は既に次の手に出ていたのだ。
ソードが当たるなんて最初から思っちゃいない。
重要なのは、アイツは今ブレイドを振りかざした後で隙だらけだということ。
それと飛んで来るソードに集中し過ぎて俺を見ていないことだ。
俺はヤツの懐に入り込んだ。
ヒメラギもそれに気がつく。
しかしまぁ、俺の接近に気づくのが遅すぎたな。
俺の勝ちだ。
振り切ったブレイドは未だ勢いを持っていてすぐには取り回せない。
そして長剣という武器自体が懐に入られた時に機能し辛い武器である。
彼女もそれに気がついた様で、ハッと俺を見つめた。
俺はと言えば、目が合ったのでにやりと笑ってやった。
「へへっ。悪いな!」
ブレイドの柄を掴み、強く引き寄せる。
同時にヒメラギを蹴りとばす。
女性を蹴るのはいささか心境穏やかには済まない行動だったが、これは負けられない重要な模擬戦だからな。
最初言った通り手加減はしない。
狙い通りだ。
彼女は槍から手を離し、地面にうつ伏せる様に倒れた。
俺はブレイドを手にした上で素早く、先程飛ばしたソードを回収した。
「いやはや、これでチェックメイトでしょうよ!」
俺はしてやったりと笑みを浮かべた。
武器を奪いダウンを取り、そして尚且つ俺無傷。
これ以上無い優秀な勝ち方だろう!
「ず、ズルい! 今のはズルい!」
ヒメラギが立ち上がり、したり顔でにやついていた俺に苦情を申し立てた。
「ズルいって、何がだ?」
俺はなるべくけろりとした様子に見える様に心がけて答える。
まぁ、言われるとは思ったがな。
「何もかもがよ!だってソードじゃなくて打撃だったし、言葉で隙を作ったし!」
「あのなぁ……。」
俺はため息まじりに声を発した。
ズルいとは良く言われるコトだが、決まっていつも俺はなんにもズルく無い。
今回だってそうだ。
俺は毎回ちょっと賢いだけだ。
「上等。」
反論しようとした俺の声を遮り、フレイヴ教官が声をあげた。
「戦いの最中に声をかけられたとして、敵の言葉に誘われる方が悪い。模擬戦でもそれは同義。更に武器の活用方法は人次第。武器を用いての戦術も同義。」
教官は淡々と語る。
ちょっと驚いたな。
俺の考えが外野から肯定されたのは初めてだ。
元来、俺は基本的な戦闘技術の習得なんて出来ていない。
才能が無かったのよね。
剣術の振り方は覚えてもすぐ忘れるし、狙撃の構えなんて一々壱工程ずつ覚えているわけじゃない。
だから俺は俺なりに工夫して戦っているのだ。
基本が出来てないなら工夫で補えばいい。それが俺の戦い方だ。
「使える物を最大限に使う。それは1つの才能よ。戦闘に役立つ思考能力はどんどん活用してくれて構わない。なんなら、突然ファルスの出力を最大にして武器の破壊を狙ったりするのもいいと思うわ。」
周囲の研修生がざわざわと声を上げ始めた。
お、おいおい……。
模擬戦では低出力維持が原則だろ?
教官とは思えないな、この子……。
可愛い顔して考えてることは俺より露骨そうだ。
「……次。時間が無いの。」
ざわざわした声が止んだ。
あ、俺の試験終わりね? 退いていいのね?
「次は?」
誰も名乗りを上げないため、フレイヴがぼそりと付け加えた。
周囲の研修生は互いの顔を見合わせる。
考えてることは分かる。皆同じこと考えてるんだ。
『お、お前行けよ……。』
『やだよ!お前こそいけよ!』
試験に緊張して名乗りを上げないのでは無い様だな。
フレイヴが恐くて前に出たがらないのだ。
ま、まぁ俺でもこの空気で率先して前に出ることはしなかっただろう。
「ねぇ。」
ふと、肩に手が置かれた。
「私のブレイド、返して。」
不機嫌そうにぼそぼそと発言するのはヒメラギだった。
そっか。そういえばブレイドを持ちっぱなしだった。
「あぁ、悪りぃ悪りぃ! ホラこれ……。」
ブレイドを返そうと、翳した瞬間だった。
突然、建物が異常な程に揺れたのだ。
《※1》ガンチェンジ
遠近両用に対応したガンモードとソードモードを切り替えることが出来る機能を持った剣。




