001-試験
-----001-----
-----試験-----
なんとなく落ち着かなくて辺りを見渡す。
この場に居る全員が全員、皆して辛気臭い表情を浮かべている。
場の空気が重い。全員が張りつめた心境でいるから殺気立っている様にも感じられる。
まぁ、当然だろう。この部屋にいる人間は全員”素人”だ。
俺を含めてみんなこの状況に緊張しているんだ。
実は俺も人のことを言えた口ではなかったりする。
内心ヘマった時のことを考えてびくびくしてる。
大丈夫、俺なら出来る。
自分にはそう言い聞かせて、俺は部屋の壁に寄りかかりただ待つ。
”教官”が来るまで俺を含めた皆が暇であり、そして不安だ。
---これから俺は”軍事演習”を行う。
コレは試験だ。ここで受かればやっとのことでガーデナーになれる。
この日の為に幾分も積み重ねてきた。五年の間、俺は必至に勉強し進学しここまでやって来た。
全てはこの日の為に。だから絶対に失敗は出来ない。
ガーデナー入りは俺の目標であり、また念願である。
その念願が叶うときが俺の目前まで訪れている。
……だが、それを目の前にしても俺は浮かれてなど居ない。
”目標”ではあるが”夢”ではない。
憧れはないんだ。
結局、これもただの就職活動と同義だ。
『ガーデナー』と大層な名前で呼ばれ様とも、突き詰めれば働き口の1つに過ぎない。
ま、そうは言っても俺はここ以外に職を置くつもりは無いのだが。
ここで行うコトこそが、俺のやりたいことだからだ。
……しかし待ち時間の長いこと。
少し憂鬱になってきた。
もしや選定の前にモチベーションを下げるのが目的か……?
忍耐力を試してるとか?
だとしたら負けられない。
俺は部屋に設置されたソファーに深く座った。立っているのにも疲れたのだ。
この待合室には全員が座る分のスペースがある。
しかしそれを有効に使っているのは俺の他には2人の同世代の男女だけだ。
それ以外はそわそわと部屋の中を歩き回る。唐突にスクワットをして身体を動かす。壁に向かってブツブツと何かを呟いている者も居た。
気持ちは分かるが、ちょっとみっともないな。
落ち着かないとちゃんとした成果は出せないのに。
他の生徒の様子を見ながら考え事をする。
この中から8人が合格して、後は研修生に戻るのだ。
……他の生徒なら試験に落ちても研修生に戻れるだろう。
だが、なんとしても俺はこの一回で合格せねばならん。
俺には再び一定期間研修生をするだけの金なんてない。
この一回が俺の最初で最後のチャンスだ。
俺には後が無い。
……っと、俺まで辛気臭いこと考えてる場合じゃ無いな。
やっと来た様だ。
俺達総勢13人の研修生の前にヒゲ面のオッサンが現れる。アイツが”教官”だな?
試験監督を行うのは今まで俺達を鍛えてくれた人物とは別の人間だと聞いている。
なんでも、教え子では情に流されて最適な裁定が出来ないからだとか。そんな理由らしい。
だから突然部屋に入って来た人物が見知らぬオッサンだったとしても全くもって違和感は抱かなかった。
……それにしてもこのオッサン、外見があまりに”それっぽい”ので一発で教官だと認識出来たぞ。
軍服にちょびっと伸びたあご髭、タバコ。
完璧に”それ”以外の何者でもないだろう。分かり易くていい。
強いて難点を言えばちょっとばかし典型的過ぎて面白みに欠けることか。
「えー、とだ。」
さて、教官殿が口を開いたぞ。
俺は背筋を正し、立上がった。
同時に俺と同じく座っていた2人も立上がる。
その他のヤツ等はその場で硬直した。
「研修生は実習棟3階に来いとのことだ。既に担当の者が待っている。……私は伝えたぞ!」
それだけ言うとオッサンは出て行ってしまった。
他の生徒は唖然としてそれを見るだけだ。
……え?それだけか?
今度は俺も呆然と立ち尽くしてしまった。
えっと、どういうことだ?
てか、今のオッサン誰だ?
”教官”じゃなかったのか……?
俺の勘違いだったのか。
……ま、まぁ別にいいか。
これしきのことでペーズを乱すな、俺。
考えてみれば誰が教官だろうと大した問題じゃない。
ヒゲ面で”いかにも!”って感じな人が教官じゃなかったとして、別にどうだっていいことだ。
受かるか受からないか。それが関わってこない限りは問題になりえない。
実習棟3階だろ?
行けばいいんだろ、行けば。
立ち尽くして動こうとしない辺りの生徒を置いて俺は1人部屋を出た。
<---実習棟・3階にて。>
指示された場所に一番早く辿りついてしまった。
他の生徒も俺の後を歩いていた様だが、ちょっと遅いな。
一足先に”実習棟”の設備の様子を拝見してやることにした。
この施設の構造は結構複雑である。
まぁ軍事要塞の軍事司令棟があまりに簡素な構造だったらそれはそれで嫌だが……。
ココは超巨大空中要塞『ラーヴィス』の中に作られた軍事基地だ。
軍事関連の施設、設備、人材は全てここ一カ所に集められている。
兵舎、武器庫、司令塔、出撃用シューター等、軍事に必要な全てがここにはある。
ある意味、俺のいるこの場所こそが『ラーヴィス』の核であると言っていいだろう。
先程述べた”戦力が集中する場所”というのを逆転して考えれば、要するに”ココ以外に戦力は無い”ということなのだから。
ここが機能しなくなったら最後、俺達善良なアージは全員ヤバンなレージどもに殺されてしまう。
必然的にこの場所は『カナメ』であり『最後の砦』であるのだ。
……んでだ。
そんなアージ最大戦力の中枢部には兵士育成の環境も整っている。
俺達兵士志願者はここで高い学費を払い学習し、そして成績を残すことでやっとガーデナー、”個”として兵士を名乗ることを許される。
ガーデナーに属してさえいればラーヴィスから武器が配布され、いざという時戦うことが出来る。
……兵士になれる。”戦う”力を得られるのだ。ココにいれば。
そして、先程言った通りコレは就職活動でもある。
ラーヴィスに”雇って”貰うわけだから金も入る。
ガーデナーはアージの中枢、所謂族長達が運営するかなり安定した職業だから将来的に絶対困らない。
それ故にガーデナーへの道は遠く険しい訳だが……。
「お、っと……。」
……部屋に入った俺は思わず言葉を発してしまった。
コレは本当に施設の、建物の中なのか?
まず、周囲が真っ白だ。
天上も壁も床も全て真っ白。そんな空間が広々としている。
とんでもない広さだ。
そこらの学校の運動場と大差ないスペースだぞ、この部屋。
外壁を見る限りこんなに広い場所があるとは思えないのだが……。
「……ん?」
周囲を見渡していた俺はふと、足下に落ちているものに気がついた。
ソロパック?なんだってこんなところに?
……簡潔に説明すると、コレは小さいがすっごく沢山の物や大きいものが入る、所謂バックパックみたいなものだ。
腰等に取り付ける事が出来る荷物持ち運び用デバイス。非情に小型で一般的に普及している物だ。
このラーヴィスは空中要塞だ。収容出来る人や物体の数や大きさには限りがある。
限られた空間で過ごすには”使用する空間を減らしてやればいい”という考えの元開発された機械である。
ちなみに俺の腰にも付いている。
それを拾い上げ、中身を確認しようとした時だ。
------壱撃。
拾い上げたパックは俺の手から弾かれる様に飛び出した。
後から銃声が部屋に響く。
俺の手から跳ね上がったパックは空中分解を起こしながら近くに落ちた。
……何が起こったか、理解するのに時間を要した。
おい、今、俺、狙撃された?
「随分隙のある研修生ね。」
後ろで声がした。
反射的に振り返ってみると……。
「一体、何を教わって過ごして来たのかしら?」
……俺に銃口が向けられていた。
随分遠距離だったし、構えられた銃はハンドガンだ。
しかしその俺に銃を向けているその人物こそ、俺の手の中のパックを打ち抜いた本人だろう。
あの距離からあの大きさの物を狙撃するなんて……。
しかも拳銃でそれを行うなんて……!
「あ、アンタ誰だよ?」
……思わず声が震えた。
俺の目の前にいるのはただの”少女”だったというのに。
---少女は長い黒髪であり、深い紺色の瞳を覗かせている。
着ている服装は正規のガーデナーの物だ。俺達研修生は黒いコートを着用しているが、彼女は青いコートを来ていた。
俺の問いかけに答えること無く少女は俺から銃口を外し、部屋の入り口を見遣った。
「さて、そろそろね。」
俺も振り返る。
ちょうど入り口から俺より後発で部屋から出た研修生達が入って来るところだ。
最初に入って来たのは、先程の部屋で俺と同じ様に椅子に座って落ち着いていた賢い女だ。
赤く短い髪を揺らしてきびきびと歩いてきた。
そんな彼女は部屋に入って来るなり黒髪の少女に手招きされた。
「さて。あまり時間を掛けてられないの。すぐにでも試験を始める。最初は貴方と、貴女。2人で戦って簡単に力量を測らせてもらうわ。」
「ま、待ってくれ!」
黒髪の子は淡々と話しを進めるが、俺としたらそうはいかない。
今隣にいる、赤髪の少女も同じ心境のようだ。
口こそ出さなかったが、いきなり呼び立てられ首を傾げている。
「もっかい聞くぞ?アンタ、何もんだよ?」
「フレイヴよ。」
俺の問いに、少女はただそう述べた。
「試験裁定を行う担当者ってところ。」
「つ、つま、り……。アンタが教官なのか……?」
……信じられなかった。
見たところ少女は明らかに俺より年下だ。
1つか2つ程年下のハズだ!
この子が”教官”?
おいおい、止してくれ。
前言撤回だ。
俺は、出来ればヒゲ面であからさまに”それっぽい”オッサンが教官であって欲しかった。
教官の年齢や性別等で軽蔑とかはしない。
ただ、信じられなくて面食らってしまう。
確かに腕は立つだろう。さっきのアレを喰らったからそりゃ分かるけどさ……。
「……分かりました。」
隣の赤髪少女は表情をキリリとしたそれに戻し、返事を返した。
「試験内容が戦闘だっていうのならツベコベ言わずやってみせればいいんでしょう! さぁ、アンタも構えなさいな!」
き、切り替え早いな!
少女は袖口に付けたソロパックを叩き、得物を取り出した。
……この娘と戦うことが試験か。
ま、筆記とかそんな面倒なことよりも全然いい。分かり易いからな。
それに、俺には失敗した後が無いからな。ガッツリ実力を見せれる試験の方が良い。
「あぁ、分かったよ……。けど、悪いが手を抜くつもりは無いぞ。」
彼女は得物の展開を終えた。
シンプルな形状の長剣だ。
実にオーソドックスな武器だな。
リーチは長く、しかし刃はファルスであるため非情に軽く取り回しがいい。
流石に訓練ということでファルス自体は出力を下げて展開している。
しかしまぁ、ありゃ当たれば痛いじゃすまないぞ。
ヤケド程度は覚悟しなきゃな。
「手加減なんて考えてたの? 試験はそんなに甘く無いわ! ……ルリ・ヒメラギ! ブレイドで戦います!」
武器名、名前を宣言するのは任務中の状況報告行動だ。
彼女はそれを叫んだ。
それを今する意味は無いが、きっと気合いを入れたのだろう。
ちょっとだけルリちゃんに俺はいい印象を抱いた。やる気に満ちているのはいいことだ。
お互い研修生だし、まずは雰囲気を出すところからってのは重要だよな。
彼女はやる気全開だ。……だったら、俺も全力でやるしかないな。
フレイヴ教官に実力を見せて、なんとしてでも今日ここでガーデナー入りを果たしてみせる!
俺は腰のデバイスを叩いた。
「ジン・サクヤ! ソードで! 行くぞ!!」
《※1》"ガーデナー"
ラーヴィス内に存在する傭兵の俗称。
傭兵達は基本的に一貫してガーデナーと名乗る。
その中で幾分もに階級や分別がなされ、1つひとつに名称がつけられている。
《※2》実習棟
軍事基地に存在する棟の1つ。
新たなガーデナーの育成や、ガーデナー同士の特訓、模擬戦等で使用される。
《※3》ラーヴィス(軍事要塞)
アージ最後の砦。空中をゆく超大規模移動要塞である。
軍事的な兵器や設備の他に、居住区、生産区などが内装されており、コレ単体で社会が成り立つ。
《※4》軍事司令棟
軍事基地内に存在する棟の1つ。
実践時のオペレーションや作戦会議などはココで行われる。
本部の様なものでもある。
《※5》出撃用シューター
各ブロックのターミナルにある光子テレポート端末と同等の物である。
一瞬で違う座標に飛ぶことが出来る。
《※6》アージ/レージ
数十年前の戦争で争った部族。両者人間である。
レージは知ることにどん欲な種族である。アージの科学力を盗み戦争を仕掛けた。
アージは優れた頭脳を持つ種族であり、技術を盗んだレージの戦術により敗北。地上を負われた。
《※7》ソロパック
アクセサリとして付けることが出来る手荷物収容デバイス。
元は限られた空間で物体を多く保管する為の技術。
剣などの兵装も一人分ぐらいなら1つに入れることが出来る。
もっと大型で大容量な物に”デュオパック”が存在する。
《※8》ファルス
疑似刃。
光子を一カ所に、高密度に固めて作る刃。
一カ所に光が集まっているような状態であり、光そのもので作られたその刃は非情に強い光と熱を放つ。
出力を下げることで切断能力を無くすことが出来るが、結局相手にヤケドを負わせてしまう。
刃に質量が無いため武器が軽くなることがメリット。




