--序章--
気晴らしに書く小説。
本編が詰まる度にストーリーが進む仕様です(汗
よって更新は不定期。
しかし書くからには真剣なのでどうかお付き合いの程宜しくお願いします。
--黒鴉戦記--
-----序章-----
------唐突だがある日のこと。
……俺は戦地のど真ん中に居た。
---俺は別に兵士じゃない。
戦いをする様な特別な使命のある人間でもない。
ただの子供だ。非力で世間知らずで、幸せだった。
……なんで俺はこんなところにいるのだろう。
もちろん好んで銃弾と爆風の舞う戦地に佇んでいるわけじゃないさ。
俺が場違いなのではない。
戦っているヤツ等がオカシイんだ。
---俺は走りながら周囲を見渡した。
俺が走っているのは町の大通りだ。
道幅が広く、周囲には沢山の人が逃げる為に走っている。
この辺りにある建物はまだ被害を受けていない。
……建物の背景に、真っ赤に黒光りする空が見える。
赤々と燃える空に黒や灰色の濁った煙が混じっている。
……町が、人が、幸せが燃えているのだ。
俺はそれを見て強い不快感と吐き気に襲われた。
……第一に、元々ここは戦地などでは無かったのだ。
今のこの惨状を見たのなら、信じがたいかも知れないが。
つい先程、ほんの10分程前まで俺は何事も無くレミアと一緒にここで遊んでいた。
公園のブランコに2人で腰掛け、いつも通りに過ごしていたのだ。
バカバカしくて、無駄な時間で、凄く楽しく尊い時間が流れていた。
そう、”ここ”で。
たった今、人が殺し合いをしているこのど真ん中でだ。
偶然にも程がある。
よりによって、俺の住む『R地区』が戦地になるなんて誰が予想出来た?
確かにどの居住区だって戦闘が発生する確立は一定だ。
ここでは誰だって、いつもその”確立”に怯えて過ごしているのだ。
だが、まさか自分がその”一定の確立”に巻き込まれるなんて誰か思うヤツがいるか?
少なくとも俺は思わなかった。
---不意に視界の隅に入ってたパン屋が崩壊した。
どこからともなく飛んで来た火球が命中し、爆発と同時に炎上したのだ。
俺は批難を共にしているレミアを庇った。
しっかりと身を引き寄せ、衝撃波に乗って飛んで来た小さな砂埃から守ってやったのだ。それくらいしか出来ない。
---今日の朝は朝食を済ませのんびり過ごし、急にレミアに呼び出されて公園に来た。
この流れはいつも通りだ。
コイツは昔から何かにつけて俺を呼び出し時間つぶしをする。
俺はそれが嫌じゃなかった。
だからいつも一緒に過ごしていた。
今日もそのハズだった。
……結果論だが、俺はレミアに命を救われた。
俺の家の付近は戦渦によって被害を受け、もう既に焼け野原になっていたのだ。
家のあった場所は燃え盛り、平地に等しい状態になっている。
レミアの家もきっと……。
……俺もレミアも分かっていた。
俺達には、もう帰る場所なんて無い。
もう迎えてくれる家族などいない。
『R居住ブロック』の外壁が音を立てて崩れ始めていた。
この戦場はもうすぐ『捨てられる』。
周囲の外壁部分を見渡してみれば、既に境鋼石によって作られた外壁は黒ずみ、本来の役割を果たせなくなっていた。
この居住ブロックは、もう目的を果たせない。
居住者を外敵から守れないのだ。
「---サク!早く!!」
レミアが俺を急かす。
言われなくたって全力で走っているさ。
家族がいなくなったって悟っても、哀しんで嘆いて絶望する時間など無い。
そんな人として当然の行動さえ後回しにしなければならない状況だった。
俺達は必至になって場から離れようと走る。
確かに走ればその分だけ戦場から離れることは出来る。
しかし戦火は今もまだ拡大を続けている。
走っても走っても、”戦場自体”が追いかけて来る。
「先にいけ! 俺はいいからッ!」
俺は叫んだ。
呼吸が乱れるのなんて気にせずに。
既に呼吸など無茶苦茶になってて、マトモに整えるのには時間が掛かりそうだ。
ずっと限界速度で走り続けているのだ。
文字通り俺は限界だ。
呼吸もそうだが、足がガクガクして上手く立つことだって困難になっている。
外傷は無いがこの場の混沌とした雰囲気が俺の不安をかき立てる。
不安は恐怖と絶望を拡大させ、俺の気力を蝕む。
”……もう、走れない。”
そんな俺に対してレミはまだまだ余裕がありそうだ。
コイツはまだ走れる。
だから先に行っていて欲しかった。
カッコつけてる訳じゃない。
単純に”もう駄目だ”と諦めたんだ。
……俺は、コイツが死ぬところなんて想像したく無かった。
だけどコイツが俺と一緒にいるコトを考えると、それだけでレミアが死ぬ瞬間が脳裏に浮かんで来るのだ。
今目の前に居るコイツは死んで、その後俺は泣き叫びながら火の中に飲込まれて……。
そんなシーンが頭を過って止まない。
所詮こんなモノは妄想だ。
だけど、それが凄く恐かった。
今まさに真後ろから迫り来る赤く黒い炎は、俺の妄想を現実にしかねない邪悪さを持っている。
この映像が現実になるのが恐い。死ぬことより恐い。
だからレミアだけでも逃げてもらって、その恐怖から解放されたかったんだ。
……さっきから家族の死ぬ瞬間の映像が頭を過るのだ。
実際に見たわけじゃないからコレも妄想。
だが、現に……!
母はもう俺に料理を作ってくれない。
父はもう俺に世界を教えてくれない。
妹はもう俺に笑いかけてはくれない。
「ば、バカ!置いていけるわけ……。」
レミアが叫んだ。
……そう言うと思った。
だから余計に恐ろしい。
レミアは俺を心配してくれてる。
俺を知ってて、思ってくれる最後の人かもしれない。
コイツはいい友達で、幼馴染で、大切で……。
------死んで欲しく無い。
俺自身の命はもういい。もう駄目だって悟ったからかもしれないが、もういいと思えていた。
「い、いいか……」
『いいから行け』
そう言いかけた。
背後から押し寄せて来た衝撃波に遮られなければ確実にそう言っていた。
空気の波に押し飛ばされた俺は、なんとか一緒に飛ばされたレミアを抱きしめて庇った。
戦地の中心部から広がった衝撃波は空気に波を作り、波に飲まれたものは全て宙を舞った。
建物の屋根は壊れ吹き飛び、道に植えられた木々は薙ぎ倒された。
レミアを庇いながら、俺は戦地の方を向き直った。
それで、一瞬だけ戦場の方を向き直った俺は……。
------、赤い瞳で、黒い体で、家なんかよりもっと大きく、強大で凶悪な怪物を見た。
それは二足歩行で歩いている。
2つの黒い翼が生えたそれはギラギラと鋭く、それでいて冷たい輝きを放つその瞳で周囲を見渡す。
そしてエモノを見つけると引き裂いた。踏みつぶした。
……俺には把握出来た。
アレは食欲の為に戦っているのではない。
内に秘めた破壊衝動に従って動いているのだ。
……俺には理解出来なかった。
何故、アイツ等はそんな衝動を持っている。何故人を殺す。
何故あんなヤツ等が存在する。何故ここに居る。
”それ”は巨大な尾をしならせ町の施設を薙ぎ払う。
そして鋭く、あまりに巨大なその爪を振り回して人を引き裂いた。
多くの人が踏みつぶされる。
多くの地形が消し飛ばされる。
今まで積み上げられて来た数々のものが一瞬で消えていく。
『……恐い。』
俺が感じたのはさっきまでのそれとは違った新たな恐怖だ。
俺は死ぬことが恐いのではない。
アレが……。あんな強大な存在が居ることが恐ろしい。
アレが俺と接触出来る間合いに存在していることが恐ろしいのだ。
アレは確か黒龍と呼ばれるモノだ。
神話や伝記などで語られるだけの存在。
それが今、俺の町で暴れている。
神話さながらの強大な力を持ってして俺達を狩り殺そうとしている。
俺はレミを強く抱いたまま地面に伏せていた。
周囲には俺達以外の人も大勢居る。
皆が戦火から逃れようと必至に走っている。
逃れる先はターミナルだ。
居住区を移動出来る装置が設けられた施設で、そこからなら脱出出来る。
皆、絶望の中に唯一の希望を見出していた。
”---ターミナルまで行き着ければ助かるかもしれない---”
黒龍はそんな弱者達に目をつけた。
脱出という小さな望みを持ったモノ達を狩り尽くしていく。
爪で引き裂き、足で踏みつぶして、牙で喰いちぎって。
図体がデカいのになんて俊敏なのだろうか。
逃げようとそぶりを見せた者達が次々に狩り殺されていく。
生きる為ではなく、自分の欲求を満たす為にこの怪物は人を狩っていく。
……もう無理だ。
あんなバケモノから逃げられっこ無い。
まだ別居住区への転移所までは結構遠い。
もう、おしまいなんだ。
「さ、サク……。」
レミアが縋る様に俺を見て来る。
地面にうつ伏せる様にしてレミアを抱いているから良くわかる。
……体が震えている。
レミアもアレをみてしまったのだろう。
レミアにギュッと抱き寄せられた。
縋る様な眼差しは依然俺に向けられている。
だけど、どうしようもない。
そんな行動だって意味は無いんだ。
唐突に涙があふれて来た。
俺の無力さが悔しくて。
強過ぎるあの黒龍が恐くて。
------レミアが死ぬと考えて、それが嫌で……イヤで……。
……気がつけば黒龍は俺の目の前に居た。
俺は身体を起こし、レミアを抱き寄せた。
無駄だと分かっている。
だけど、カタチだけでも守りたくて。
……なんて俺は無力なんだ。
目の前の怪物は冷徹で斬れる様な睨みを利かせて来る。
俺は涙をいっぱいに浮かべて、精一杯睨み返した。
それだけが俺の抵抗だった。
黒龍は爪を振り上げた。
俺は強く目を見開いた。
最後の瞬間まで自身を殺した相手を睨んでやろうとした。
------ああ、最後なんだな。コレ……。
小さく吐息を吐いた。
瞬間、頭の中が空っぽになって、周囲の轟音も風景も目に入らなくなって------。
------壱撃。
俺の視覚の外から細い光が横切った。
同時に黒龍が動きを止める。
かぎ爪が俺に当たる寸前で止められる。
俺は目を見開いたまま立ち尽くした。
……何が、起こったんだ?
なんで俺達まだ生きている?
俺の頭が事態を把握するまで状況は待ってくれなかった。
------弐撃。
黒龍は悶え、忌まわしいと言わんばかりに光が”飛んで来た”方向を見遣る。
光は黒龍の動を貫いた。
今度は整理する時間が出来た。
光が貫いた場所からどす黒い、それでいて紅い雫が足れる。
龍の体に巡る血だ。
……これって、攻撃なのか?
------参撃。
今度は黒龍の首が射抜かれた。
巨大な魔物は大きくのけぞるが、それでも倒れない。
……やはりそうだ。
コレは遠距離からの狙撃だ。
誰かがこのバケモノに有効打を与えているのだ。
俺は周囲を見渡したが、ふとこの居住区で狙撃に使えそうな高い場所などは既に多くが無くなっていることに気がついた。
この周辺にそんな場所は無い。
”周辺”と言えない程遠くからの攻撃だとでもいうのか。
黒龍自身も、自分が何処から何によって攻撃を与えられているのかが理解出来ない様子だ。
黒龍は傷つき進行力が衰える。
しかし尚、その瞳の光は消えなかった。
遠くを見据えていた黒龍は再び俺に向き直る。
黒龍にとって狙撃手は遠過ぎたのだろう。
だから、自身が傷ついたことで増した破壊衝動は身近なものに向けられる。
……俺達だ。
再び爪が振り上げられる。
俺は咄嗟に、先程光の飛んで来た方角を見遣った。
まだ砲撃が続けば逃げるチャンスがあるかもしれない……。
……しかし、狙撃手の攻撃は止んでいた。
弾丸補充だろうか。
……どちらにしろもう駄目だ。
仮に狙撃で黒龍が打ち抜かれたとしても、爪の勢いは止まらず俺達に当たる。
既に爪は振り下ろされていたのだ。
俺は目を瞑った。
レミアを突き飛ばす時間もない。
もっとも、どの道レミアは俺の服を掴んでいて突き飛ばし様がない。
「……ッ!!」
------甲高い金属音が響き、周囲が暗くなった。
叫び声を上げる暇さえ無かった。
とたんに、辺りは、暗くなって……。
---レミアが小さく震えているのが解る。
……何故だ。……俺はまだ、生きている?
俺はそっとまぶたを開いた。
「……ぁ、ぁぁ____。」
俺は思わず吐息をついた。
---黒龍の爪は俺達に届く寸前で止まっていた。
爪と俺との間に誰かが立っている。
両腕に短く、緩やかなしなりを持つ質素な剣を持っている。
片方は銀色で、片方が真っ黒。
その人物は左手に持った黒い方の剣だけで黒龍の爪を完全に止めていた。
「かみ、さま……?」
レミアが小さく呟いた。
かがんだ体勢である俺達を、圧倒的なチカラを押さえつけながら見下ろしているその様は、まさに”神”と呼ぶに相応しく思えた。
「……いいや。」
その人物は応える。
声がやけに幼い様に感じる。
なのに力強く、自信に溢れた声だ。
……俺はその人物と目を合わせた。
「ただの”鴉”さ。」
その人物はそう告げた。
……その人はどことなく哀しそうな瞳をしている。
同時にその瞳は、黒龍に撒けず劣らず冷徹で、そして斬れる様なぎらついた眼差しにも見えた。
※1”レミア”
主人公の友人。女性。
※2”R地区”
主人公の住む居住ブロック。ラーヴィスの中に複数に分けられて存在する。
居住ブロックはA,B,C...とアルファベット順に続きUまで存在する。
※3黒龍
伝説上の生物。おとぎ話の域の存在である。
※4ターミナル
人工居住区の管理を行っている場所。
特に防衛が強い設備でここからラーヴィス内の他ブロックへの光子テレポーテーションが可能。