011-何者だ…?
---011---
-何者だ…?-
ひ、膝がッ!
衝撃で足がッ!!
4階建てのビル、その屋上部分から飛び出してこれで済んだなら儲け物か……?
クソ、そんな訳が無いだろ! 階段があるのにどうして身投げしなきゃならなかったんだ!!
俺は痛みに呻いて小さく毒づいた。
あの娘について来ていて今までろくなことが無いぞ!
どうやら着地時に足に負担をかけ過ぎた。
俺はあまりに強い痛みの為、起き上がることが出来ないでいた。
戦場ど真ん中という訳では無く、ちょっとだけ外れた位置で足を抱えて横たわっていた。
声は出せない。
大声を出したらこちらに気がつかれる……。
……対して少女は悠々とした様子で戦地に踏み入った。
俺の『気づかれない様にする努力』など彼女の知ったところではないだろうが。
自分が動けるからって、こっちに火種は持ってこないでくれ……。今は駄目だ……。
……というか、あの娘はどういう体付きしてんだ?
いや、体型の話しで言えば凹凸が無くてぺったんこなのは知ってるけどさ。
あんな高い位置から飛び降りて平然としてるなんて普通なものか。
そもそもビルの屋上から飛び降りるって発想自体が普通じゃない。
そんなのんきな事を言っている場合ではない。
少女が戦地に立ち入った瞬間、場の雰囲気が変わった。
一進一退で五分の勝負だった戦闘の流れが変わった。
というか、戦場自体の様子が変わった。
ファルスの刃の数が目に見えて少なくなったのだ。
彼女は戦地のど真ん中よりも外側にて、早速ハンドガンを取り回した。
構え、しかし狙っているとは思えない程の速度で連射する。
1発。2発。3発。4発。
少女の持つ銃の銃身が跳ね上がり、その度に1つ、また1つとファルスの刃が発する光が消える。
人を傷つけず、彼女は無表情を浮かべ、リアクターのみを正確に撃抜いている。
彼女の狙いは正確無比であり弾丸は全て必中した。
とんでもない精度だ……。
俺は息を飲んだ。
足が笑って動かない俺を他所に、少女は無表情に確実に戦火を鎮圧していく。
それも戦場の外部からだ。
ただ、その時だ。
場の雰囲気の変化を察知した者が居た。
それはガーデナーだった。ヤツはまだファルスの展開された武器を持っている。
ソイツは俺には気がついていない様だったが、少女には気がついた。
ガーデナーは躊躇いも無く、若干戦地から外れた位置にいる彼女に向かって走った。
やっつけるつもりだな。
少女は接近するガーデナーにすぐに気がつく。
迎撃すべく銃を向け、そして撃つ。
---1発。
ガーデナーはそれを弾いた。
ファルスの展開された武器は、形状から察するに”槍”だ。
ブンと振り回し弾丸を弾いた。
少女は首を傾げ、2射目を撃つ。
---弾かれる。
ガーデナーは尚も距離を詰める。
俺の目には少女が小さく表情を濁らせたのが見えた。
---3発目から6発目までを連続して一気に放つ。
真っ直ぐに光の尾を引き、今度は急所めがけて銃弾が弾道を伸ばす。
薄明かりだったが、ガーデナーであるその男が小さくにやりと笑みを浮かべたのが見えた。
男は槍を振るう。
この男、凄く鮮麗された槍使いだ。
目にも止まらぬ早さで迫る光弾を無駄の無い動きで1つひとつ叩き割る。
振り上げ、振り下げ、そして薙ぎ払う。
全ての光弾が槍に叩き割られ煌びやかな軌跡を残して消える。
彼女はそれを確認し、表情を引き締めた。
「どっかで見た面構えだな!! えェ!?」
ガーデナーが斬り掛かった。
対して少女は咄嗟に銃を槍の柄に滑り込ませファルスの刃を遠ざけた。
一瞬でも判断が遅れていたら真っ二つになるところだ。
しかし少女は顔色1つ変えない。
この冷静さに違和感を覚える。
何者だ、この娘? わかっちゃいたけど、想像以上に俺の”女の子”の像から通すぎる。
如何考えても”普通”じゃない。
「そう言うキミは相変わらずだね、『アロン』。突っ込み癖は治っていない様だ。」
「あぁっ! 間違いじゃない、やっぱオマエは……!」
ガーデナーの男が一瞬たじろいだ。
彼女はその隙を突き、槍を銃身で弾き飛ばした。
更にバランスを崩したガーデナーに一撃、顔面に銃身を叩き付けた。
ありゃ痛いぞ……。
身体を半回転させて放った一撃は相当な勢いがついていただろう。
現に男は元居た戦場のど真ん中まで吹っ飛ばされ、身体を引きずった。
……男が立上がらないことを確認した少女は、ふと思い立った様にグレネイドのピンを抜いた。
それを真上に放り投げ、投げた先を目視することなくハンドガンで打ち抜いた。
空中で爆発が起こり、破片が降り注ぐ。
ただあまりに高い位置で爆発したためか、散らばった破片に威力は無かった。
爆発は光と爆音と衝撃波を放つ。こりゃ存在感抜群の打ち上げ花火だ。
全員が手を止め爆発を確認した。
自ら注意を引きつけたのか? なんでだよ?
……早速それを放った少女を確認し、両勢力とも少女に対して身構えた。
「両者そこまでだ。ボクはどちら側の味方をするつもりは無い。」
彼女は全く動じていない。
ま、まぁ”やった”からには最初からこうなる事は想定済みだったのだろうから、当然と言えば当然だが。
……いや、前言撤回だ。この人数相手に、しかも熟練ガーデナーやそれと互角に戦う相手達が武装して周囲を囲んでいるのだ。
あの落ち着き様は”当然”じゃない。
周囲の戦闘員の視線が一斉に少女に向けられた。
相変わらず俺は蚊帳の外だったのだが、悪いことにどうやら気がつかれた。
気がつけば両勢力はそれぞれが俺達を囲う様にポジションを取っていた。
クソ、逃げる間も逃げ道を模索する間もなく包囲された。
……この状況を引き起こした彼女自身は全く気にする様子は見せない。
頼むから、少しくらい焦った様子を見せてくれ。
逆に不安になるから……。
「……特にRoAは手を引け。既に勝敗は決している。これ以上続けるならば、今度はキミたちの武装を無力化しよう。」
そう述べた少女はいつも以上に大人びている。大人びた印象を俺に与えた。
俺には彼女の言った”勝敗が決している”との発言の意図が理解出来た。
ナルホド、そういうことか。
確かにガーデナーと敵対していた戦力達が持つ武器は全てがファルスを展開出来ない状態の様だ。
ガーデナー側の陣営が光り輝くファルスを携えているのに対し、もう一方は随分とお粗末で質素な印象の兵装だった。
さて、少女の言葉を聞いた両勢力は一層に強く身構える。
随分と緊迫した雰囲気だ。
その中で俺は1人だけ浮いている。
俺は未だ、ただ足の痺れと痛みに耐えて悶絶していた。
……不意に、少女はハンドガンを構えた。
彼女の突然の行動に反応するべく、遠距離武器を持つ者が皆得物を構えた。
ハンドガン、ライフル、ショートライフル。
主だってそんな武器が並んでいた。
町中でグレネードランチャーや光子ブラスターなんて使えるわけも無い。
低下力ながら歩兵同士の対決では強力な武装が揃っている。
ただ、少女は武器が構えきられる前に対応した。
全ての武器が、銃口を少女に向けること無く砕ける。
光子武器、実弾武器に限らず銃身を撃抜かれ銃自体のカタチを砕かれた。
彼女の持つ物を除き、場の全ての銃器が無力化した。
凄い狙いの早さ、そして正確さだ。
「……かといって、ボクに対しての戦闘行為は禁止させて頂こうか。だって危ないだろう。」
ふと、少女は俺を手招いた。
なんとか足の痛みを耐えて立上がる。
少女はフッと笑った。いつもの冷ややかな微笑だ。
「宣言しよう。ボクが剣を手にした時、キミたち全てを殲滅する。ボクにはそのチカラがあると断言しよう。」
「戯言だ!」
とある1人が叫び武器を取り出した。
それは槍だった。
しかしファルスは発生しない。リアクターは壊れているのだ。
叫んだのはガーデナーに敵対していた勢力の男だ。
少女は小さく彼の方を向きやった。
「信じた方が良い。ボクが剣を取れば、それはこの場全ての兵の必殺を意味する。」
突然、少女はハンドガンをその場に打ち捨てた。
自ら無防備を晒したのだ。
なのに、誰も動かない。
彼女は無防備であるが、無防備に”危うさ”は感じられ無い。
むしろ”安定感”がある。
この状況なのに、彼女は危険な状態には陥ってない。
2つの勢力が狙い付けているこの状況でさえ、彼女の身に危険は在り得なかった。
「ならば引け。この場で剣を手にする気は無い。……だから抜かせないでくれ。」
「そーだな! その嬢ちゃん相手には何をやったって無駄だぜ?」
ガーデナー側の陣営から一人の男が歩み寄って来た。
「おい、そっちのレージさん、お互い無闇な殺生はこれ以上無しにしようや。今の状況が圧倒的に不利なの判ってんだろ? 俺達としても……。」
男は少女を親指で指差す。
「こうなっちまったら見逃さざるを得ない訳だ。今なら逃げれるってこったぞ?」
男は少女ではなく、敵に語りかけた。
ただ、その後少女の方を見遣り小さいウィンクを飛ばした。
少女はその人物を一睨みすると、ただ背を向けた。
男はその様子を見て豪快に笑った。
「相変わらずの冷たい態度だな! まぁ、アンタとしちゃアージだろうがレージ相手にならないだろうからな! 仕方ないことかっ?」
「からかわないでくれ、アロン。今すぐ武装を解除してレージを見逃さないのなら、ボクはキミだろうが進行を阻止する。」
「言葉通じてるかー? もしもーし? 俺の今言った言葉、ちゃんと聞いてましたかー?」
俺はただ呆然としていた。
やりとりの内容が判らない。
なんだ、この娘はガーデナーの人と交流があったのか?
……というか。
「わーかったっての! この場はオマエさんに免じようじゃないか!」
男はまた豪快に笑った。
良くわからないが、敵を見逃すらしい。
”……なんでだ。”
俺はガーデナーとの敵対陣営を強く睨みつけた。
今の話しの流れを聞いてれば流石に判る。
……アイツ等が、”レージ”。
俺達の敵であり、ディナイアルを生み出している全ての元凶であり、そして……。
俺はソロパックを手に取ろうと腰に手を回した。
ソードでもウィップでもなんでもいい。武器を。
”---アイツ等だけはこの場で潰す。”
……しかし、俺の手は腰の辺りで宙を切った。
俺は腰についているはずのソロパックを探した。
無い、無い!?
「今、何を考えた? ジン?」
声に反応して少女を見る。
彼女は俺をじっと見つめていた。
その手に、いつの間にか俺のソロパックが握られている……!
「何って、アイツ等を逃がしていいのか!! アイツ等、レージなんだろッ!?」
「嬢ちゃん? このボウズは?」
「話せば長いよ。」
「おいッ!! 聞いてんのか!!?」
俺は少女に掴み掛かった。
その上でもう一度レージ共を見る。
アイツ等、揃いも揃って背を向けて逃げ出した。
その時に、俺と同じ意思を持ったガーデナーが居た様だ。
ソイツは接近武器を収納すると遠距離武器であるライフルを取り出した。
狙いを定め、後ろから撃つつもりだ。
「駄目だっての。」
先程まで少女と話していた、アロンと呼ばれた男が動いた。
男はその巨体に似合わない素早い動きでガーデナーから銃を奪った。
「この嬢ちゃんは怒らせない方がいい。おっかねぇから。……あー、つまりアレか。ある意味、この場は俺達が見逃して貰うことになる訳だな。やれやれ、報告書になんて書こうかしら。」
戯けた様子でガーデナーの男が呟いた。
もう、意味が判らない。
なんだよ、それ。
なんで敵を見逃すんだ。
レージなんて、何で庇うんだよ、オッサン! アンタ、ガーデナーだろうが!! その制服は何の為に着ているんだ!!?
クソ、この娘、なんなんだよ。
……気がついたら俺は、俺は少女の胸ぐらを掴んだまま叫んだ。
「アンタ等、最低だッ! 殺す勇気もなくてココにいるのかよ!! 返せよ俺の武装! アンタ達が情けないんだったら、俺がこの手でッッ!!!」
------ガツン、と。
脳天と頬にほぼ同時に衝撃が走った。
気がつくと俺の身体は宙を舞っていた。
おいおい、何度目だコレ。
暫し中を舞い、そして背中に強烈な衝撃を感じた。
思考が暗くなっていく。
地面に叩き付けられた俺はまぶたが急に重くなったのを感じた。
なんだ、前にも。
こんな、こと・あった、気、が……。
《※1》
銃弾はリアクターから光子を放出し、それを圧縮して弾丸にしたモノである。
リアクターから放出された光子はエネルギー体だが、圧縮して纏まり固まった時点で質量を持つので撃った反動も発生する。