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黒鴉戦記  作者: 雅木レキ
01-《研修生”ジン・サクヤ”》
11/17

008-宛の無い目的

---008---

宛の無い目的



 ……酷い目にあった。

 ホントに死ぬかと思った。

 あの時、少女は喋りながら天井メンテナンス用の下降穴を探していた。

 ……んでだ。俺をその上に来たタイミングで立ち止まらせ、そして落とした。


 ”外部装甲から侵入した場合はこの方法でしかブロックに降りられない”とか言われたって納得いかん。

 俺は少女に落とされた直後に気絶した。

 だからなんで自分が助かったか、正直分かってない。

 恐らく俺の目の前を悠々と歩く彼女が何かしたのだろう。

 他に俺の助かる様な様子は見当たらない。……何をしたのか凄く気になる。


 あの時何が起こったのか非情に気になる。

 だが、先程から聞き出すべく探りを入れても軽くあしらわれてしまう状況であった。

 俺はそのうち彼女から話しを聞く事を諦め、久々に訪れた我が家の在る町の雰囲気を楽しんでいた。

 このB居住ブロックは温暖な気候が保たれた快適な町になっている。

 むやみやたらと背の高い、騒がしいビル等は殆ど無く、緑に満ちた落ち着いた町並みである。

 温暖な気候と昼下がりの疑似太陽(※1)の程よい照りつけがそれを際立たせている。


 道の両側にはモダンな雰囲気の漂うコーヒー店、洋服店、パン屋などが立ち並ぶ。

 都心ブロックの様なキビキビした活気は無いが、ゆったりとしていて尚且つ活気のあるこの町は、他のブロックからの観光が多く人気が高い。

 普通に生活していても良い感じの雰囲気を漂わせたカップルをよく見る。

 カノジョが居れば歩いて回るには最適な町並みなんだろうな。ここは所謂デートスポットってヤツか。

 ……ま、俺には無縁の話しだが。


 ---ふと、少女が口を開いた。

「良い町だよね、ココは。……それにしても、まさか落としただけで気絶するとは思いもしなかったけれど。結果的に暴れられなくて助かった。運び易かったよ、ジン。」


 あー、そうかい。

 第一声がソレかい。

 ……少女の言うソレは嫌みなのか。

 淡々とした口調からは今ひとつ感情を読み取れない。

 俺は彼女の言葉には答えなかった。


「……さて、これからどうしようか。」

 すると少女が振り向き俺に尋ねる。


「決めて無かったのか?」

 俺に方針を聞かれても困る。

 俺はここまで何も知らされず彼女に連れてこられただけだ。

 ……独房入りが嫌だったから脱走しただけだ。それに連れ出されたからには何か目的があるものだと思っていた。

 俺が戸惑うと、彼女は間入れず言葉を発した。


「決めて無いさ、今この瞬間に行う行動に限ってはね。ただし将来的な目的は定まっている。けれど今はまだそれが出来る”時”じゃない。それを行う”時”が来るまでどうやって時間を潰そうか、という話しだ。待ち時間は1時間やそこらじゃない。日数を数える程度に先まで何をしていれば有意義かな?」


 ---”時”。


 意味ありげな言葉だ。

 彼女が言うと尚更意味ありげに聞こえる。

 故に。


「……そろそろ教えてくれないかな。君は一体なんなんだ?」

 コレは先程屁理屈を言われてしまった、言わば”反論を許す言い方”だったが、俺は敢えてこういう言い回しをした。

 この娘は何の為に”俺”を助けたのだろうか。

 少女は目的を持っているらしいが、それと俺はどう関係がある?

 彼女の目的はなんだ?

 彼女は先程からやけに回りくどい言い回しで俺と接している。

 仮に少女の目的がマズいことならば、俺は俺に出来ることを、然るべき対処をしなきゃならん。

 こういうのは少し気が引けるが、俺は俺という”罪人”を牢獄から引きずり出したこの少女を信用し切れていなかった。

 だからハグラカされてもちゃんとした答えが聞けるまで、今回は引き下がらないつもりだった。


「ボクが誰なのか。キミにとってそれはそんなに重要じゃない。キミの聞きたいのは要点だろう。話そうじゃないか。」

 少女は言いながらフラフラと喫茶店に立ち入った。

 ……今回はあしらわれない?

 俺は彼女に続いた。



 ---店内に入ると、彼女は既に注文をしているところであった。

 俺が近づくと少女に指であしらわれる。

 動作から察するに、『席を取っておけ』ということだろう。

 俺はなるべく近い客席に腰掛ける。

 ……さてさて、ちゃんと話して貰えるのだろうか。

 落ち着いた雰囲気の喫茶店にて、俺は向かいの空席を眺めながらソファに深く背中を埋めた。


「……モチロン。説明はするとも。」

 ふと声がして、振り返ると例の少女は2つマグカップと硝子のコップを持って立っていた。

 俺の心境を悟ったのだろうか。彼女はさっと適切な言葉をかけて来た。

 彼女は片方の器を俺の目の前に起き、自分も腰掛けた。

 俺のコップの中身はオレンジジュース。彼女はコーヒーを啜った。


「……いや、飲めるから。」

「ん?」

「俺もコーヒーくらい飲める。」

 なんだかバカにされた様な気分になる。

 俺を子供扱いしてるのか?

 いや、注文をしなかった俺がつべこべ言うのは如何なモノかと思うが、とりあえず”オレンジジュース”というチョイスには悪意を感じた。


「そうか、お気に召さなかったかな? まぁ、たまにはそういうのも良いんじゃないか?」

 彼女は何故か『したり顔』で言う。

 ……何かを言い返したかったがぐっと堪えた。

 聞くべきコトは別にあるのだ。話しの腰は折りたく無い。

「……んで。今度こそ答えてくれるのか?」

 話しを切り出す。

 少女は俺から目を逸らさない。

「あぁ、モチロン。そう言っただろ?」

 言いながら少女は更に一口、コーヒーを啜った。

 音も立てず、見ていて品のある風格だ。

 俺も負けれない。俺は彼女がコップと一緒に持って来たストローを紙袋から取り出すと、なるべく上品(・・)にジュースに差し入れ飲んだ。

 俺がジュースを飲みだしたのとほぼ同時に、彼女はカップから口を離し言葉を発した。

「……まずキミを独房から出した理由だが、それは単純にキミが”コトの次第”を知らない人間だからだ。しかも尚且つボクを知らず、そしてボクを知っている人間だから。……分かるかな、この意味が。」

「……。言葉遊びはやめてくれ。」

 ストローが邪魔でイラッと来た。

 俺はストローを取り出すと紙袋に戻し、もう見ない事にした。

 やっぱり普通に飲むのが一番だ。

「別に遊んでなんて無いさ。一番正しい説明をしているつもりだ。」

 少女は意味ありげに声を上擦らせた。

 読み取れってことか?

「---、意味が分からない……。」

 俺は目を瞑った。

 ”知らないのに知っている”とかナゾナゾの様なことを言われても仕方が無い。

 確信をついた一言が欲しかったんだ。


「納得いかない、と言った様子だ。……ならこういう理由ならどうだろう。キミはある意味でこの施設にいる人間で一番冷静な人物だ。ボクに話しを持ちかけられても比較的には安定した答えが望める。そしてボクを助けようとした行動を見るに悪人じゃないと、信頼出来るとボクが個人的に判断出来た。尚且つキミは汚点を背負った者であるから裏切られ難い。裏切るったって”先”が無いからね。そして仮に裏切られても、ボクにデメリットが少ない。」

 そこまで、少女は淡々と言ってのけた。

 その表情は何処となく俺を見透かす様で、しかも緩やかだった。

 けれど、彼女の語ったそれは本当の理由ではないのだろう。

 理には適っている様に見えるが……。

 ……なんとなく”違う”気がした。


 先に話した『言葉遊び』的な発現こそが、彼女の真意だ。

 真に迫った発現をしているのは分かっているのに、意味を読み解けないから納得いかない。

 ……これじゃ、あしらわれているのと同じだ。

 納得がいかない。


「……寂しい理由だ。”俺に一目惚れした”とかそういう理由が欲しかったな。」

 俺はフッと笑みを浮かべてみせた。

 意味が分からん状況だ。故にイライラしてちゃ始まらない。

 少しでも自分の余裕を確保出来る様に勤めたつもりだ。

 ただ……。


「笑えない冗談だ。」

 ……早口に、尚且つ的確に冷酷に言われた。

 寂しい。


「話しを進めようか。次にボクは”時”を待っている。そしてソレが起こるまでは行動を起こすことが出来ないんだ。」

 俺は彼女が言葉を切ってから、声をあげた。

「”時”がどうとか、その辺の意味も分からない。どういうことだ?」

 彼女は少しだけ考えてから、周りを見渡して声を殺した。

 俺に顔を近づけボソッと言う。

「次の戦闘はここで起こる。そしてそれは未然には防げない。ボク等は戦闘が起きる”時”を待つ。」


「なッ!?」

 にッ!?


 声を上げようとした俺の口は塞がれた。

 少女は俺と目を合わせる。


 ”落ち着け”。


 彼女は俺にそう伝えようとしている。

 冷静になって、俺は周囲を見渡した。

 若干数名がこちらをチラリと見たが、それだけだ。

 すぐにこちらへの関心を無くした。

 俺はほっと肩をなで下ろし、少女の手を退けた。


「……、なんでそんなことが言えるんだ?」

 彼女は小さく首を振る。

 理由を喋る気は無いらしい。

 けれど、俺は何故か彼女の言っている言葉に信憑性を感じた。

 何故か説得力があった。……なんでそう感じるんだ?


「だったらこんなところにいる場合じゃ無いだろ。すぐにでも軍部ブロックに戻って伝えるべきだ。」

「全く、分かってないな。」

 彼女はやれやれと再び首を振った。

 ……今度のそれは若干俺をからかったものに感じた。

 表情だろうか、態度だろうか。

 どちらにしろ少女は失礼だ。


「例えばキミがコレを伝えに言ったとしようか。いきなりこんな突拍子もない事言ったところで、如何考えてもガーデナーのヤツ等には信頼して貰えないだろう。それどころかキミの場合は脱走犯だから、もう一度捕まるだろうな。」

 ……成る程ね。

 いきなり”こんなこと”言われて信じろって言う方が無理だろう……。

 ガーデナーの様な職業についていれば尚更そうだ。


「ボクが言ってもそれは同じ。信頼の無い状態でこんなことを言えば逆に”疑われる”。そうしたら何も出来ず終わりだ。」

 ……冷静だ。

 この娘の言っているコトは実に理にかなっている。


「だけど、だけど何もしないで終わるなんて、そんなの……。」

「止めるさ。」

 俺の言葉を遮って、彼女は言った。

 ”未然”以外で止める。

 つまり、考えられる対抗策は1つ。


 俺は目を見開き少女を見遣った。

 この娘は戦闘に介入するつもりだ。

 ……だから、戦力として俺を呼んだ?

 そう考えればなんとなく繋がる。

 ”ボクを知り、ボクを知らない”とかいうナゾナゾを除けば納得のいく答えに辿り着ける。

 ……問題はこのナゾナゾと、仮に俺を戦力として見ているなら何処まで俺がやれるのかと言うコトだけだ。

 この少女の話しが本当だとすると、俺は戦闘を止める機会を与えられた。俺にその技量はあるか?


「……止める時はキミにも手伝って貰う。いいね?」

 しかし彼女は確信している。

 俺が協力するって信じている。

 研修生だって知った上で、俺を宛にしている。

 モチロンここを戦場にしないで済むのなら異論は無い。

 けど、その前に。


 俺はオレンジジュースをがぶ(・・)飲みし、彼女の目を見た。



「……確実に止められるのか?」

 俺の問いに、彼女は深く頷いた。

 ここまで話しを聞いていて思うが、胡散臭さがまるっきり無いとは言えない。

 しかし、彼女を信じることで発生するデメリットは無い。

 ……どの道、もうガーデナーにはなれないのだから。仮に介入行動で罰せられても今の俺なら大した痛手にはならない。せいぜい人生の何分の一を牢獄で過ごすだけだ。

 その程度の犠牲で、もし本当に戦いを止められるのなら、その為に必要な試みなら俺に不参加の選択肢は無い。

 別に、俺がガーデナーでなくとも良い。

 止められるならなんだっていい……。


「それに、ある意味コレはキミに対しての恩返しになる。未熟ながらキミは死力を尽くしてボクを守ろうとした。その心意気、先程言った通り素晴らしい。ボクはソレに報いたい思いも持っている。今は理解出来ないだろうが、ボクに協力することはキミにとって強力なメリットに成るんだよ。」

 彼女はコーヒーを飲み干した。

 ……確かにメリットなら十分あるさ。

 戦いをとめれるなら、それだけで。


「さて、行こうか?」

 彼女は席から立上がった。

 ……ふと、机に伏せられている伝票を見遣る。


「行こうかって、金は? ブロック間移動にも必要だし、コーヒーとジュース代どうするんだ?」

「いや、ここは男性であるキミが払うべきだ。」

 はぁ!?

 俺は耳を疑った。

 それから慌てて彼女を引き止めて捲し立てた。


「あ、あのな、俺はソロパックを没収されてるから一文無しだぞ?」

「……腰。」

 一瞬少女が何を示したか分からずに困惑する。

 しかし、不意に彼女の一言にハッとして腰に手をやる。

 ……あった。

 ソロパックが戻ってる!


「いつの間に……?」

 デバイスを展開して中身を見る。

 ソードも、ついでにヒメラギのブレイドも入っている!

 ……そして何より、ちゃんと金が入ってる。


「それじゃぁ、決算宜しくネ!」

 困惑する俺を他所に彼女は席から離れてゆく。


 彼女は……。

 今まであまり表情を出さなかった少女は、その瞬間だけニコリと笑顔を見せた。

※1《疑似太陽》

光子を集約させる事で作り出した擬似的な太陽。

ファルスと良く似た性質を持ち、熱を持ち本物の太陽とほぼ同質の恩恵を齎す。

出力する光子の量を調節する事で光の加減が可能である。

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