007-少女の受け答え
---007---
少女の受け答え
少女の提案するままに俺は従った。
最初に俺が壁際で中腰になり、彼女の足場になった。
単独で頭上高い位置にある通気孔へは戻れないのだ。
少女は容赦なく俺を踏み台にしてダクト穴に戻った。……彼女は後頭部を踏み台にして飛び上がったので、俺は壁に顔をぶつける事になった。
……クソ、踏まれて嬉しいって趣味は無いんだがな。
鼻を擦りながら涙をこらえる。
「ホラ、掴むんだ。」
通気孔から手を差し出す少女。
背伸びすればなんとか手に届きそうだ。
俺は軽く跳躍し、彼女の手を握った。
---っ、途端急激に強い力で引っ張られる。
体がふわりと浮かび、そして金属製の枠にブチ当たる。
「……~~~ッ!!」
頭が金属枠に当たり鈍い音が響いた。
幸いここの独房は防音対策も(稀に逆上して暴れる輩がいるのでなされている)バッチリなので今の音も外には聞こえてないだろう。
「……すまない、不注意だった。」
ダクト穴には入れた。
だが、その過程でたんこぶを1つ作ってしまった。
痛い……。
「いつまでそうやっている?」
少女は俺が痛みに呻いている間にどんどん進んでいる。
クソ、原因作ったのは誰だよ!
愚痴をこぼしかけて気がつく。
……少女の服装だが質素なシャツに、膝上程の丈しか無いスカートだ。
このダクトを進むってことは、つまりだ……。
2人とも四つん這いで進むしか無いわけで、必然的に俺は彼女の後ろを進むわけで……。
顔が熱くなるのを感じた。
下心無しでももしかしたら『見えて』しまうのでは……。
「……? 何をしている。早く付いて来てくれ。」
「あ、ああ。」
俺は小声で返事を返した。
……今はそんな場合じゃ無いだろ、俺。
自分に喝を入れ、彼女に続いた。
「---なぁ!」
ダクト穴を抜けた俺は早速少女に声をかけた。
穴を抜けて出た先はラーヴィスの外壁だった。
空高くを高速で飛び続ける飛行要塞の外壁はあまりに寒い。
そして風がすんごく強い。何かに捕まりながらでないと吹き飛ばされてしまいそうだ。
「なぁってば!」
反応がなかったのでもう一度叫ぶ。
風の音で自分の声もかき消されて聞こえない。
少女はと言えばこの強風の中で平然と立ち、そして何かを探していた。
幸い雲の中では無かったので視界は良い。
彼女は探し物をし易かっただろうし、俺も少女を見失わずにすんだ。
---ふと、少女が膝をついて外壁に触れた。
すると外壁の一部が開き、少女はそこから内部に入って行った。
慌てて俺も続く。
少女が通った後すぐ、装甲は再び閉じようとしたのだ。
「……なぁ、おいってば!」
なんとか少女に続いた俺は、無風で真っ暗なラーヴィス内部でもう一度声を掛けた。
「なんだ?」
暗くて表情は読み取れなかったが、少女は振り向いた様だった。
それを確認して俺は続ける。
「……なんなんだ?」
「は?」
質問が唐突すぎたか。
一度言葉を引っ込め、俺は言い直した。
「君は何者で、何が目的なんだ? どうして俺を外に出した?」
俺の質問に少女は肩をすくめた。
わざとらしいため息をつき、そして答えた。
「答え方はいろいろある。キミの質問は良い質問かもしれない。だがその言い方では”解釈の仕方”が何通りもあって答え辛いな。」
へ、屁理屈を……。
少女は結局答えず、俺に背を向け歩みだす。
俺も置いて行かれない様に続いた。
------少女が言葉を発しないため、無言で黙々と歩み続けた。
俺も喋らない。そのかわり頭をフルに回転させる。
いろいろなコトを考える。
整理しろ、状況を。
……今歩いているのはラーヴィスの外部装甲と居住ブロックの間にある、空中要塞の構造上の隙間だろう。
メンテナンスや修理などの為に意図的に作られた、人間の通れる外壁と内部を繋ぐ”物理的な”道。
基本的にラーヴィスの外に出るとしたら光子テレポーテーションで向かうものだ。
整備の時だって大凡の場所まではテレポーテーションを使えるが、結局細かな損傷や異常個所には人間が向かった方が確実だ。
んでだ。外壁のどの位置から入ったか、それを考慮して内部構造に思いを巡らせる。
研修中ラーヴィス内の構造把握は嫌というほどさせられてきた。
多分、このまま歩いたら多分Bブロックに辿り着く。
それは都合が良い。そこは今の俺の居住地区だ。
オーケー、位置把握は出来ている。
とりあえず迷子にはなっていない様だ。
次にだ。
コレが一番重要なことだが……。
この娘、何者なんだ……?
---流れで付いて来てしまったが、考えずともこの少女は異端だと判る。
初対面から”浮いた”印象は感じていたが、この娘の場合はもう”浮いている”ではすまない。
あの遅疑の群れに全く動じない。あの疑似を目の当たりにしてあの堂々とした態度。
その上ラーヴィスの軍部に忍び込んで来て、しかも発見されない。
……如何考えても普通の女の子じゃない。
何を聞いても彼女はそれとなく質問を避けてしまう。
だけどキッチリ聞いておかなきゃな。
知っておかなければならない気がする。
「サクヤ、そう言えばキミは正規のサガじゃなさそうだね?」
突然少女が語りかけて来る。
俺は一瞬戸惑ったが、頷いた。
「RoAか?」
「なんだそりゃ?」
俺は首を傾げる。
聞いたことの無い名称だった。
……ロア?
「俺は研修生だ。……いや、だった。昨日は試験で、だけど抜け出して……。それでおしまいだ。」
俺は小さく首を振った。
いつもみたいに話しを上手く纏める事が出来なかった。
それで、自分で言ってて、やっと実感出来た。
俺、もうガーデナーになれないんだな……。
「抜け出した? 英雄にでもなりたかったのか?」
少女は冷ややかに笑った。
その失笑は沈んだ俺の気持ちを抉るものだった。
俺の心境も知らないでそんな言葉を……。
だからちょっとムッとして、俺は言い返した。
「そんなんじゃない。危ない時でも君みたいに無謀で変なヤツがいるだろうから心配になったんだ。ちょっとでも、人を助けたかったんだ。」
「無謀で変なのはキミの方だ。」
彼女は足を止め、俺を正面に見据えた。
俺も立ち止まって彼女と向き合う。
「未熟な研修生のクセに戦いの場に出て来て、しかも弱いクセして自分の勝てない様な相手にまで立ち向かう。行動理念、要するに心意気は素晴らしいが、キミ以上に”無謀でヘンなヤツ”はあの場には居なかっただろうね。」
「うっ……。」
指摘が的確すぎて言い返せない……。
でも”未熟”とか”弱い”とか、自分を守ってくれた人に言うことかよ?
的を射ているから言い返せない。余計に悔しい。
「……まぁ、ともかくだ。話しは変わるがキミはスカイダイビングの経験はあるか?」
唐突に話題を変えて来た。
またはぐらかすのか?
”スカイダイビング”ってあれだろ?
空から身投げして地面に向かって落ちるのを楽しむ、意味の分からない娯楽だろ?
「いや、ないけど?」
……かなり上位クラスのガーデナーなら地上への降下手段として課目として学ぶことになるらしい。
けど俺は研修生だったからそんなの学ばされてないし、第一ガーデナー内でダイビング体験なんて出来る場所が無い。
故に、そんなことはしたこと無い。
「そうか。それはお気の毒に。」
「へ?」
彼女の言ったことを理解する前に、辺りに鋭く大きな金属音が響いた。
同時に俺の足下の鉄板が消え、すぐ下に居住区があった。
ふわっとした感じがして、俺の体は宙に浮いていた。
それで体がぐらりと傾いて、頭が地上の方を向いて、そこで俺の目の前は真っ暗になった。