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死に際のトリアイナ

作者: 紘月
掲載日:2026/05/07

*トリアイナとはポセイドンの持っている三叉の矛です。




1


信号機の赤い光がぼんやりと視界に映る。

隣には豪邸だろうか。何やら大きい銅像が見えた。そこへ人が群がる。


「うわぁぁ!」


誰かが叫び声を上げるとそれに連なって他の人も叫び出す。銅像にピントが合い見つめると人魚のような銅像が持つ鋭い槍が人の身体に貫通していた。見覚えがありそうで無いようなそんな顔だった。人々の声が落ち着いた頃、僕はそっと銅像へ向かい歩いていった。


銅像の正体はポセイドンで、刺さっていたのはポセイドンのもつ三叉の(さんさのほこ)だった。そこからは血が滴り落ちていて、死んでそこまでは経過していなさそうだった。僕はその体にそっと触れてみた。


その瞬間、頭に激しい痛みが走る。それと同時に頭の中で一つの映像が流れた。自分が豪邸の窓のところから何者かに突き落とされ、そのまま丸く軌道を描いて矛に刺さった。それはとても生々しく、リアルな感覚だったが矛に刺さる痛みは感じなかった。


そして映像が途切れてもとの視界に戻ると、パトカーのサイレンが街に響いていた。


2


「お前は何歳だ?」

「分かりません」

「分かりませんじゃずっと帰れないよ?」

「本当なんです!」


俺は貧乏ゆすりをして頭を掻きむしった。


「もう取り調べは諦めたらどうですか?」

「そんなん言われても殺人現場近くにいた奴をこのまま逃せないだろ」

「明日とかにまた来てもらいましょうよ」

「そうだな、もっと本格的な取り調べじゃないと行けないのかもしれない。上に連絡してみる。」

「じゃあお前は今日のうちは帰っていいぞ。だが、明日また連絡するからな。反応が無かったらお前のことを警察は追いかける。」

「はい。」


そういうと男は早歩きで警察署を出ていった。


「それにしてもなんなんすかね。心神喪失の殺人とか?」

「心神喪失であんなことできるか?普通に刃物とかでの殺害ならまだ有り得るが」

「事件の目撃者は無しで全員事件後の目撃か......」

「捜査は難航しそうですね」

「これは本庁に相談してみる。」


俺がそういうと後ろから扉を開ける音がした。振り向くと警察署長が立っていた。


「どうだ?状況は?」

「まだ全然ですね......あの男も何がしたいか分かりませんし」

「そうか。朗報かは分からないが新しく情報が入ってきたぞ。

あの死体は豪邸の主人の桐谷 双葉。

死因は大量出血で年齢は21歳だ。」

「それを知ったってという感じですがね。」

「あと事件後の目撃者がさっきの男が死体に触れているのを見たとの供述をしていた。」

「死体に触れる?何でですか?」

「ただ単に好奇心などの可能性もあるな。それか心神喪失だからとかも有り得る。」

「ふーん」

「で、本庁に相談するのか?」

「それは相談でしょうよ。こんな複雑で難しい事件なんていくら解決できたときの手柄が大きくてもできやしない。」

「分かった。明日までここで取り調べだ。」

「了解です。」


そうして警察署長は軽く頷いた。

僕は椅子に強くもたれて溜め息を吐いた。


3


記憶喪失なのかなんなのか、家もなく記憶もない僕は路上でホームレスのように座っていた。幸いポケットにスマホがあった。開いて何かできないかと考えたがパスワードが分からない。適当に思いついた「0423」を打ち込んでみた。しかしスマホは軽く振動して間違っていることを伝えるだけだった。ふと僕の誕生日はどうだろうと考える。なぜか誕生日だけは8月16日であると思い出せた。そうして0816と打ち込むと、画面には緑のチェックマークが出てきてロックが解除された。


「──もしかして自分の?本当に記憶喪失なのか?」


そう呟きながら画面を見つめた。そこで違和感に気づく。


「昨日、警察に連絡先を教えたよな......」


なぜだろう。そもそもスマホがあることに今気づいたというのにどうして連絡先を教えれたのだろう。


「もしかして記憶は完全に無くなっていない?」


そんなことを考えているとメッセージから

警察署から連絡があった。


「今日の午前10:00に警察署に来て下さい」


僕は連絡先は合ってたんだ、と驚きつつもその

連絡を承諾した。


ふと時計を確認すると9:46を示していた。


「そろそろか......」


僕は湿ったコンクリートの地面から立ち上がり警察署へと向かった。


4


「来たか」


腕時計の短針が丁度10の方を示したときにあの男はやってきた。


「失礼します」

「こっちへ来い」


そういって俺は扉を開けた。


「座れ」

「分かりました。」

「早速だが、君は事件当時何をしていた?」

「意識を失っていたのか、目を覚ましたらあそこにいました。」


やはり心神喪失や記憶喪失といったものか?そう考えつつも尋問を続けた。


「『死体に触れていた』との目撃情報があったがそれについてはどうだ。」


俺がそういうと男はハッとした。


「死体に触れたのは、自分でも何故なのかよく分かっていません。ですが触れたときになにか頭に映像が流れ始めたんです。それは僕があの銅像のあった豪邸の窓のところにいて、何者かに押されて......詳しくは覚えてないんですけど、恐らく円のような軌道だったと思います。そのままあの銅像の矛に刺さる、というものでした。」

「はぁ?そんなことが有り得るのか?君が記憶喪失に見せかけた殺人じゃないのか」

「まさか。なら事件の状況をわざわざこんなに細かくいうはずないでしょうに。」

「それはそうかもな。だが証拠が無い以上、しばらくは捜査一課等も君を疑うぞ。」

「捜査一課まで動くんですか?」

「こちらでは対処しきれずに。」

「本当に違います。」

「分かった分かった。取り敢えず捜査をする。操作をしているうちに真相が分かるだろうから。」

「じゃあ帰っていいですか?」

「ちょっと待ってくれ、一つ聞きたいんだが、窓から円のような軌道を描いたのなら紐などで吊るされてないとおかしいだろ?紐なんて現場になかった。」

「そこまで映像を記憶できた訳でもないので正確ではないかもしれませんが、明らかにただ単に落とされた軌道でないのは確かでした。紐は回収されたんでは?」

「豪邸から銅像の方向には数十メートル先まで壁などは無かった。紐を使うなら銅像側の電柱などに巻きつけて振り子のように落とすだろう?巻きつける紐がないのならそもそも紐をつけれない。」

「それは技術でしょう。」

「そうだ。何階からとかは覚えていないのか?」

「それは下見てませんから。」

「そこだけ覚えていないのか?さっきから有益で詳しく情報を知っていたのに。それは事件の核心をついているから言えないとかか?犯人なのか?」

「やめて下さいよ。怖いですって。」

「まあさっきも言ったが捜査一課がより詳しく捜査してくれるからな。」

「『くれる』って......」

「まあ次こそ帰っていいぞ。」

「ありがとうございます。あ、でも僕家がないんですよ。記憶が無いもんで。」

「一時生活支援事業を使わせてもらえ。色々と連絡しておく。」

「へ?」

「簡単に言うとシェルターみたいなもんだ。そこへ行けばいい。」

「それは有難い。ここまでしてくれるとは」

「そりゃ大事な容疑者が逃げたりしても困るからな。」

「そ、そうですか。」

「じゃあここで待ってろ。」

「はい。」

しばらくの間、沈黙が続き俺は口を開いた。

「事件についてなんだが、銅像の高さは土台が1メートルでポセイドンが1メートル70センチメートルだ。つまり2メートル70センチメートル。これくらいなら紐を使わずとも足場を使えばそこに刺せそうだが。」

「勢い無しであの矛に刺すのには相当な勇気と力が必要です。強靭な体でないとおかしいでしょう。」

「お前推理が妙に上手いな。」

「それほどでもないですよ。」

「しかもだ。どのように刺さったか覚えているか?」

「どうでしょうかね?腹からズドンとか?」

「腹からなのは正解だ。だがな、喉まで届くくらい深く斜めに刺さっていたんだ。」

「はぁ?それはおかしいですね。」

「さっきから反応が白々しいな。疑うことしかできないぞ。」

「酷いですよ。さっきまで褒めてくれたのに。」

「警察として、だ。」

「ふーん」

「じゃあお前の新しい住処の手続きをするからそこら辺で寝といてくれ」

「この地面で?」

「じゃあ寝なくていいぞ」


男は不満そうにこちらを見つめながら椅子へと座り直した。


5


「えー今回の豪邸の主が殺害された事件だが、豪邸の主は桐谷 双葉で死因は大量出血。21歳だ。そして容疑者第一候補のこの男だが、全く情報がない。」

「どういうことですか?下で捜査は進められているはずですよ?」

「そうはそうなんだが、役所からもどこからも、名前も出身地も年齢も何も出てこないんだ。似た条件の人はいたりするんだが、この男と条件が完全に一致する人はいなかった。」

「おかしくないですか?」

「そうだ。そしてその男は事件時に死体に触れてみた所、頭痛がして脳内で映像が再生、そこで自身があの銅像のあった豪邸の窓のところにいて、何者かに押されて円のような軌道を描いてそのままあの銅像の矛に刺さる。という映像だという。」

「そんなの信じられませんね......現実味がありません。」

「本当の可能性は一度捨てて、取り敢えず男を犯人と仮定して捜査を進めるぞ。」

「疑問があるのですが」

「いいぞ。」

「円のような軌道なのなら紐などの犯行に使った道具が残されているのではないのでしょうか。」

「それなんだが、円の軌道を描いて銅像の矛に刺そうとした場合、豪邸の反対側の方向に何かに紐を巻きつける必要があるだろうが、それも無い。また直接刺すとしたら相当な力が必要だ。」

「これは不可解ですね...」

「しかも腹から喉にかけて刺さっていた。」

「すでに殺しておいた体を仰向け状態で投げて刺した、とか?」

「だからといって奥まで刺せるのは別問題だ。」

「ただ単な落下ではそんなの無理じゃ無いんですか?」

「男も情報は不確定かも知れないと言っていたそうだ。」

「捜査は難航ですかね。色々と不明点が多い。」

「それでも犯人特定までやるのが捜査一課だろ。」

「分かりました!」

「なら今すぐ動け!」

「はい!」


6


「捜査一課に任せたものの、やはりこちら側で解決した方が評価が上がるのか。」


俺はそう呟いていた。すると同じ警察署の仲間に肩を叩かれた。


「すみません、情報なんですけど身元がどこにも存在しないようです。」

「へ?」

「いや、だから、名前も何もかも存在しないんです。あの男と一致するものが。」

「いや、お前夢から醒めろよ」

「本当なんですって!捜査一課からの情報です。」

「そこまですると違和感から奴は幽霊だったりするのか?そこまでしないと事件のトリックすら分からないぞ。」

「そっちこそ夢から醒めてくださいよ。幽霊な訳ないでしょう?きっと何か見落としていることがあるはずです。」

「そんなドラマの解決シーンのようなことを言っても頭に無いことは思いつかないんだよ。」

「それには反論できませんが、僅かな可能性を信じて頑張りましょう。」

「こっちだってパトロールやら色々あるんだぞ?」

「取り敢えずまだ捜査一課が手をつけていない豪邸の構造などについて調べてみますね。」

「おい、話聞いてんのか?」

「もちろん、これは個人的な捜査です。パトロールはしっかりとしますので」

「分かったよ......これは上には内緒で行えよ」

「了解です。」

「あぁあ」


俺は溜め息をついてパソコンを再び開いた。


7


「捜査一課ねぇ。取り調べと言っても自分だって記憶が無いのに何をすればいいんだか。」


施設の窓から差し込む光に当たりながらそういった。


「自分でも僕が犯人なのか分からないってのに。」


僕は頭を掻いて悩んでいた。そういえば何階か思い出していなかった。僕は必死にあのときの映像を自分で再生する。


あのときの感触、それはそこまで風が強くなかった。なんで頭の中の映像で五感が感じ取れていたかも分からないが、風が強くないならそこまで高くはない。死体に触れるときに見えた豪邸の階数は二階建てなのできっと一階か二階だろう。でも一階だとしたらあのときのように円のような軌道にはならなかったはずだ。それは一階の天井より上に銅像の矛があるのだから。


「僕が考えても無駄なのかもな」


そう呟くと僕はベッドにうつ伏せになってしまった。取り調べのことを考える気力も無くなっていた。家がないなら刑務所の方が楽、まるでホームレスのような考えになっていたのかも知れない。真偽は周りどころか自分にも分からない。これが凄くもどかしく苦しかった。


あの警察官も僕のことを擁護し切れなかったのだから、きっと捜査一課で僕が疑われて犯人に仕立て上げられるのも時間のうちだろう。そうなると自分ででも証拠を探した方がいいのかも、と考えていた。


すると、シェルターの外から男の人の声が聞こえてきた。


「すみません、ここに最近来た男はいませんか?犯行容疑があるとして取り調べをさせてもらいたのですが。」


8


「ここが豪邸ですか......流石豪邸だけあってでかいですね」


相手のいないなかで僕は一人感嘆していた。


「犯人特定は捜査一課の情報から良いとこ取りするとしてトリックくらいは判明させたいですよね。」


そう考えてポケットから大きめのメモ用紙を取り出し豪邸と銅像の構図を書き出した。自分の身長を頼りに高さや長さを把握すると、

豪邸高さ10m、豪邸一階あたり3m、銅像2m70 cm、銅像から豪邸までの直線距離2m豪邸から矛までの距離3m。

紐を掛けられる場所は豪邸の逆方向には無く、そして豪邸側は屋上の手すり部分くらいだった。しかしそうだとすると紐の長さは一階から落として9m程度で、半径9mとなり死体と同じように矛には刺さらない。紐を掛ける場所を作ったとするとそのパターンは未知数になる。やはり紐では無いのか。


考えれば考えるほど事件の不可解さと難解さが浮き彫りになってきた。銅像の近くまで行くと少しだけ豪邸方向に引きずられた跡があった。しかし手掛かりになるようなことはなかった。


「逆に円のような軌道が嘘だとしたらどう刺さっているだのか。」


ふと思いついたその考えに僕は直線移動した場合について考えてみた。腹から喉なので一階からなら横たわった状態から、二階からならほぼ立った状態から刺されば辻褄が合う。それとも銅像を動かして刺したという可能性もある。男の証言を信じるべきか。まるでライアーゲームをしているかのような思考回路で僕は豪邸を眺めていた。


「そういえば男が死体に触れて映像が流れたならもう一度見て貰えばいいのではないか?」


そう思い男の連絡先に電話をかけてみた。

もしもう一度見れるなら、何階かや銅像の位置、犯人の顔などを教えて貰えばよい。だが、男が嘘をついているなら、もう事件は迷宮入りとなるだろう。


9


「これから取り調べを始める。えーまず名前は?」

「それは私も分かりません。貴方達の方が調べるのは得意だと思いますよ。」

「それが役所にもどこにも君の情報が無いんだよ。」

「といいますと?」

「だから君の名前も出身も年齢もわからないと言っているんだ。」

「それはそれは。私も記憶喪失か何かで覚えていなくてですね。」

「そうか......まあいい。そこはまた調べる。豪邸の主 桐谷 双葉を知っているか?」


そう言って写真を見せられる。しかし知らない顔だった。死体に触れたときに流れた映像の人物だろう。


「知りません。あの映像にいたまでで。」

「その映像を見れたのは何故だ。」

「知りません。記憶喪失して知らないところに居たんだから転生とかですかね?」

「とぼけたことを言うな。」

「すみません。」

「それはそうとだ。あの映像について詳しく教えてくれないか?」

「詳しくって、昨日警察署で話したこと以外覚えていません。」

「不自然だろ。」

「それは確かにそうです。なら、もう一度あの死体に触れば見れるかも知れません。」

「死体安置所にいるだろうから身元確認者を装って行けばいい。」

「でもそれだったら僕嘘つき放題じゃないですか。」

「逆に頭にしか映像が流れないのにその場にいたら嘘をつかないとでも?」

「そ、それはそうかもです。」

「これから君が犯人だと考えて捜査を進める。完璧な証拠かアリバイが無い限り逃げられないと思え。」

「はい。」

「今日はここまでにする。だがより詳しい捜査が君を待っている。」

「死体安置所にいけばいいんですか?」

「できればの話だがな」

「さっき行けばいいと言ってくれたじゃないですか。」

「協力するとは言っていない。」

「なんだかなぞなぞみたいですね。」

「もういい。」

「じゃあ帰らせてもらいます。」


僕は対応に少し怒りを覚えながら足早に立ち去った。


10


「これが豪邸の写真です。」


そういって見せられたのは豪邸全体、銅像全体、外から見える豪邸の中など五枚ほどの写真だった。


「お前本当に行ったのか。」

「そりゃもちろんですよ。」

「何がお前をそこまで掻き立てるんだ。」

「やっぱ手柄でしょう。あと捜査一課はきっとあの男しか疑わないはずです。」

「犯人が本当に男だったら?」

「そのときはそのときです。」

「まあいい、何か手がかりはあったのか?」

「銅像の下に引きづられた跡のようなものがあったくらいです。」

「そんだけか?」

「だからあなたにも見せたんですよ。」

「なるほど。」


俺は写真に視線を向けた。

豪邸の窓の写真、全ての階の窓の左右には何かのパイプがついていた。そこに何やら不自然なものを見つけ、指をさした。


「ここがどうしたんです?」

「3階の窓の右のパイプに紐か何かをかけたような跡が見えないか?」

「確かにそうですね。だけど紐の可能性は考え尽くしたような気もしますけど......」

「ならこの跡は自然にできたというのか?」

「それは......」

「しかも三階だぞ?何か目的が無いとこんなことしない。」

「三階?三階から刺すのはほぼ不可能です。銅像を倒してそこから直立させたまま落とさないといけませんが、高さ2.7mの銅像なので推定1.3tですよ?どうやって一晩でそんなことができるんですか?」

「ならなんだというんだよ。」

「......やはりあの男にまた触れてもらうしか無いんですかね?」

「なら取り調べの後にあの男に連絡をしてみる。」

「いいんですか?ありがとうございます。」

「もちろん。」


そう返事をして缶コーヒーの蓋を開けた。


11


「急に連絡してきて、何の用ですか?取り調べはもうたくさんされましたけど。」

「あのだな、死体に触れてくれないか?」

「それ、捜査一課の方でも言われました。」

「なら丁度いい。桐谷 双葉の死体は近くの死体安置所にある。」

「分かりました。でもあれ頭がすっごい痛くなるんですよね......」

「犯人にされたいのか?」

「あっ、はい。やります。」


そういって警察の車に乗り込んだ。

数分車で移動するとコンクリートに囲まれて不気味な雰囲気な死体安置所に着いた。


「ここですか?」

「あぁ。」


そういって警察はドアを開ける。


「すみません。警察の者なんですが、桐谷 双葉の死体はありますか?」

「え、あ、はい!すぐに準備します。」


受付のような人は素早くどこかへと向かった。

数分が経った時、別のスタッフが出てきて、死体安置所を案内してくれた。警察は無言で案内されていった。


「これですか?」


警察がそう聞くと


「はい」と答えた。スタッフがガラガラと死体が入っているところを開けると中から桐谷双葉の足が見えてきた。


「まだ死体が安置されていてよかったな。火葬されたりしてたらお終いだったぞ。」

「どちらかというと警察達の終わりじゃないですかね。」

「早く触ってくれ。こっちだってこの事件の為なら何でもする訳じゃないんだ。」


そう言われて僕は呼吸を整え手でそっと触れた。


すると案の定、頭が激しい痛みに襲われる。そして映像が流れ始めた。車の中で警察に言われたことをしっかりと思い出す。


「階数は?」


そう思い下を見ると


「一、ニ、──階数は三階だ。」


それを確認して次に犯人の顔を見る。

後ろを見ると手に紐か何かを持っていて、眼鏡に黒いフードをつけていた。だが顔に見覚えはなかった。よく見ると手は赤くて辛そうだった。死ぬ前に何かしていたのだろうか。


「──!」


そうしていると急に突き落とされ、そのまま矛に突き刺さった。結構な速度でよく分からなかったが、円を描くような軌道というよりは斜めに落ちる感じだった。そして映像が終わる。しかし激しい頭痛でまた、意識が朦朧としてきてしまった。


「おい、おい!」


警察の声も段々と遠のいていった。


12


「だからあの男は下の警察経由でもう一度死体に触れたそうなんだが、どうやら犯人の男は何か紐のようなものを持っていて手が赤く、黒いフードに眼鏡だったそうだ。そして落ちる時は三階から結構な速度で刺さったそうだ。それは円を描く軌道というよりは斜めで──」


「ちょ、ちょっと待って下さいよ捜査一課長。円を描く軌道ではないなら現場の実証検査とかやり直しってことですか?」

「あぁそうだ。円を描く軌道と間違えるのことは有り得るかも知らないが、我らにとってはそれは許せないことだ。」

「まじですか......」

「必ず事件を解決するんだろ?ならそんな反応をするな。」

「と言うか三階から斜めって、銅像に当たらないでしょ。」

「あらゆる角度からのパターンなどを調べてみることはできないのか?」

「......分かりました。あと捜査一課長。犯人の目処がつきました。」

「早くいってくれよ。そっちが優先的に捜査されてるんだから。」

「すみません。情報収集が遅れました。えー犯人の可能性がある人物はあの身元不明の男、桐谷と大喧嘩になったことがあると親族から言われている男、それか桐谷の親族です。」

「ここまできてあの男じゃない方が変な気もするがな。まあ桐谷と喧嘩になった男も有り得るが。目撃情報が無さすぎるんだよな。夜だったりするのも悪いのかも知れん。」

「取り敢えずあの男が言うことは信じましょう。犯人であれ犯人でなかれとも恐らくあれは真実です。嘘だとして触れるだけで気絶するなんておかしいでしょうから。」

「でも映像の内容を嘘と言っている場合も考えないのか。」

「そんなんして捜査が進むと思いますか?全く、ちゃんとして下さいよ。面倒くさい。」

「悪かったな。じゃあ各自で捜査を進めろ。あの男を中心に親族や喧嘩となった男にも聞き取りを行え。斜め落下と仮定して現場検証も行え。」


皆は分かりました、と言って四方八方にばらけた。


13


「疲れたー。大事件に巻き込まれている人の気持ちを痛感しましたわ。」


そういって施設の椅子に座り、テレビの電源をつけた。


「以上が、最近話題のレジャー施設でした。続いてのニュースです。」


ここまでは普通だと思っていた。が、


「先週、豪邸に住む男が殺害されたという事件がありました。」


一気に心臓の鼓動が早くなった。


「死んだ男性は桐谷 双葉さん(21)で、犯人特定には未だ至っていません。警察らは素早い事件解決に向けて遅滞なく動いています。そしてこの事件には不可解な点がありました。では専門家の──」


僕は焦ってSNSを確認した。すると話題は僕の事件でいっぱいになっていた。考察系による事件の考察や警察への情報偽造疑惑など様々だった。


「一回、体に穴でも開けたくらいしないといけないだろ」

だとか

「シーソーで吹っ飛ばしたんじゃね?」

だとか

「銅像を気合いで落としたんやろ」


などと考察されていたが、どれもあの感覚と一致しなかった。ジェットコースターのように臓器はフワッとする感覚、そして妙な加速。そんな惜しいようで違う考察達に埋もれて、気になる考察があった。


「銅像側に紐を巻きつけて引っ張ったとか?」


何だか近い気がする。これだけは直感的に分かった。紐などが銅像に繋がっているのは見えなかったが、吸い寄せられるようなそんな加速だった。

一瞬で引っ張れて、尚且つ腹から喉に......

矛の角度が若干上を向いていたので75°くらいで飛んでいけばそうはなるのか?

でもそんなの可能なのか。何か特殊な機械や仕組みがあるのか。何か見逃していることがあるのか。


「何か頭の中にない考えがあるはずなのに。」


自分も動かなければならないのだと危機感を覚えた。しかしそれを行動に移すことはできなかった。今後、完全な証拠や真犯人の自首が無かったらこのまま僕は捕まってしまうだろう。そもそも、この能力さえも正しいものを見せているのか、自分の幻覚に過ぎないのか、それも分からないのが今は辛かった。徐々に事件に対する気持ちも弱くなっていった。


14


「何か見落としていることはないのか?」


そんなことで頭はいっぱいになり仕事に手をつけれていなかった。


「どうしたんすか?とても眠そうですけど」

「あぁ。すまない。少し考え事をしていてだな。」

「本当ですかね?もしかしてまだあの事件のこと考えてるんですか?捜査一課の仕事ですよ?」

「別の同僚が手柄欲しいからって自主的にやってんだよ。だから俺も少しは乗ってあげようと。」

「所でなんですけど、最近って奥さんとの調子どうですか?」

「本当に急だな。何事も無く平和だぞ。あの事件で少し触れ合う機会は減ってしまったが。」


「そうなんですね。実は僕の子が最近中学校に進学したんですけど、部活で弓道に凄いハマってて今めっちゃ腕上達してるんですよ!」


「それは凄いことだが、何の関係が?」

「いや、ちょっと自慢したくて。」


弓道。それは何かの関係がありそうだったが、それが何か思いつかなかった。だが確実に記憶に刻み込まれた。これが無駄な記憶になるのかは自分の行動次第だ。少なくとも今の自分には無駄な記憶だろう。


「なら話しかけないでくれるか。こっちだってそんなことに付き合っている暇はない。」

「本当にあの事件に取り憑かれちゃってますね。」

「自分ではそんな印象ないが。」

「ていうかそこまで事件のこと考えてるのなら犯人の目処とかついてるんですか?」

「捜査一課からの情報もあるが、恐らく被害者と大喧嘩をしていたと言われている男、染井 翔だ。」

「へ?」

「どうした。」

「きゅ、急に新しい容疑者の名前出さないで下さいよ。頭が情報過多です。というか、あの超能力者の男じゃないんですか?」

「あの男、言動的にも嘘はついてなさそうだし、男が殺したとしたら桐谷との関係が無さすぎるんだよ。」

「でも超能力者ですよ?何かと事件に関与してそうですし......」

「でも直感的にもあの男は違うと思うんだよ。長年やってての警察の勘だ。」

「それって大体刑事くらいの立場が言うイメージはありますけどね。」

「まあそれは置いておき、正直信じられないが、男本人も言っていたのは“転生”だ。よくある異世界モノのやつだな。」

「転生なんか起こり得るんですか?」

「あんな不可解な事件が起こってるんだからそれくらい起きてても不思議ではない。」

「だとしても誰が誰に転生したんですか?何故その能力持ってるのも不明だし。」

「もう変なことを考えるのはやめよう。取り敢えず今日は帰る。家で妻が待ってるからな。」

「分かりましたよ。」


15


「すみません。とある件で調査をしていてですね。貴方は染井 翔、ですね?」

「は、はい。どうしたんですか?」

「先週にあそこの豪邸に住んでいた桐谷 双葉さんが殺害されたのはご存知ですか?」

「はい。テレビのニュースで見ました。初めて見た時は衝撃でしたね。」

「そこで、貴方と桐谷さんは喧嘩していたと聞いたんですが。」

「その通りです。ちょっと双葉さんの妻と不倫しているっていう疑惑が出てきてそれで。不倫じゃなくてただ単に双葉さんに直接聞きにくいことを聞いただけなんですけどね。不倫は一回されかけたらしく敏感で、今日も突然男の人と会ってくる、と言った妻を疑ってつけてきていたらしいんですよ。だから不倫疑惑が出てきてしまいこんなことに......」

「随分とたっぷり話しましたね。」

「疑われたくないので。」

「そうですか、なら貴方は犯人ではないと?」

「もちろん。犯人ではありません。あんな残虐的な殺し方できませんよ。」

「まあ証拠不十分なので逮捕はしませんが、容疑者であることをお忘れなく。」

「はい。分かりました。」


男は戸惑いながらも相槌を打って玄関の扉を閉めた。そして再びあの豪邸へ向かった。遺族にも少しだけ質問をしたかったからだ。


そして豪邸に着くと、銅像の周り以外にテープは無く、現場検証も終えられていた。


「現場検証はどうだった。」

「そのまま落下させても、紐をつけてみても全く事件と同じようになることはありませんでした。」

「そうか、何か別の手があるのかもな。」


そう会話していると遺族が出てきた。


「あっ、遺族さんですか。現場検証にご協力頂きありがとうございました。」

「いえいえ。」

「それとなんですが、決して疑う訳ではありません。しかし桐谷さんが殺害された時のアリバイなどはありますか?」

「そんなの、答える必要あるんですか?」

「答えないなら最悪犯人にされますが。」

「やめて下さい。分かりましたアリバイですね。えぇと......」

「ありませんか?」

「ごめんなさい、でも一応証拠はないですが家族で外出してました。双葉は行けないと言っていました。人が来ると言って。」

「人?」

「はい。誰かは全く教えてくれませんでしたが。」

「そうですか。」

「ありがとうございます。では。」

「はい。こちらこそ捜査ありがとうございます。」


犯人が来ることを双葉本人が許可しているということはやはり身元不明の男なのだろうか。それとも......。いや、ここまできたら遺族のためにもやはり身元不明の男をさっさと逮捕しないといけない。証拠を掴まねば。


16


「犯人が分かったかも知れない。」


そう俺が言うと周りは一斉にこちらに視線を向けた。


「本当ですか?というかやっぱ事件についてまだ考えてたんですか?」

「あぁ。やはり捜査一課にこの事件の手柄が取られるのは嫌でな。」

「で、誰なんですか?」

「それは染井 翔だ。」

「何故?」

「一回、捜査一課が染井に情報収集をした後に染井に話しかけたんだよ。そのときに手が赤かった。」

「それだけとでも言うんですか?」

「いいや違う、もちろん大喧嘩したからというのもそうなんだが染井の職業を尋ねたときに機械系と言ったんだよ。」

「ほう?」

「機械系なら紐とかの扱いが人一倍詳しいんじゃないか?あと紐と仮定した時に人間を支えれるほどに強く結べるのも彼ならではだろう。決定打になるものはないが、──ここまでの人物、賭けるしかない。」

「確かにかもですね。」


「逮捕してみます?」

「そんなノリではいけない。あの殺人トリックを説明して自首させる。」

「何故そんなことを?」

「こんな下の立場の奴の意見をそう簡単に捜査一課が納得すると思うか?既に身元不明の男を犯人として事情聴取をしている捜査一課を納得させれるのは自首だけだ。」

「なるほど。」


しかし、自首させるのはかなり難しい。殺人トリックを説明させるくらいしないとやはり自首は無理なのだろうか。染井が虚言を言わなければの話だが。それに賭けるくらいしか我々警察の立場ではできない。


17


「じゃあ取り調べに向かうぞ。」

「え?署に連れて行くんですか?」

「あぁ。このまま自首を待っていたりしても埒が明かない。」

「分かりました。」


そうして歩くこと数分、ついに染井の住む家に着いた。


「ここが染井の家だ。インターホンを押すぞ。」

「どうぞ。」


「ピーンポーン」


チャイムの音で家から染井が出てきた。


「警察じゃないですか。なんですか?事情聴取とかはあまりやりたくないんですけど。」

「すみません。どうしても署まで同行して貰いたくて。取り調べが──」

「無理です。」

「は、はい?」

「いやだから無理ですって。」

「じゃあここで質問をしましょうか。」

「あなたは犯人ですか?」


染井は目を大きく開いた。


「まさか。違いますよ。」

「捜査一課の方からは桐谷さんは事件当日、何者かが自宅に来ることを知っていたとのことですが呼ばれなかったんですか?」

「知りませんね......」

「怪しい反応なこと。」

「勝手に決めつけないで下さい。」

「失礼、ちょっと身元不明な男と関わってきたので嘘に敏感で。」

「大体あんな男は嘘吐きに決まってるでしょう。」

「あなた事情聴取をしたくないと言った割には結構喋りますね。」

「そうですかね?」

「まあいいです。協力ありがとうございました。」

「はい。さようなら。」


そして勢いよく扉を閉められた。俺は後ろを向き歩き出した。


「あ、見て下さい!ここの学校で弓道してますよ!今人気なんですかね?」

「そんなことは無いと思うがね。」

「そうですかー?」


そこで俺の頭の中にまるであの身元不明の男のように映像が流れる。それは弓道の様子。引っ張って解き放つその動作。


「──おい。トリックが分かったかもしれない。」

「は、はい?急にですか?」

「そうだ。だが現場検証ができない。」

「ならどうすれば?」

「勘を信じて説得し自首させる。」

「そんな無茶です!」

「それ以外に方法は無い。だが、このトリックならば全ての辻褄が合う。」

「と、というか何で分かったんです?」

「それは後にする。こんなところで呑気に取り調べしている暇などない。」


18


「そろそろあの男を逮捕するしかない。そこまでしないと捜査一課としての恥だ。」




警察からも捜査一課からも連絡は来ないしこのまま一時生活支援事業の施設にいるのだろうか。不安と安堵の気持ちが入り混じる。

そんな時にチャイムが鳴った。


「すみませーん捜査一課の者ですが開けてもらうことは可能でしょうか。」


その時の僕は何も思ったのか何も警戒せずに扉を開けた。


「任意同行をおねが──」


するとまるで自分が犯人に決めつけられたように警察が腕を掴み飛びかかってきた。そのまま僕は抵抗できず腕を背中に回され手錠をかけられた。僕が何も言おうと聞く耳を持たなかった。


「午前10:24逮捕!」


そう大声を上げるとそのまま僕はパトカーのような乗り物に乗せられた。


「僕はやってません!というか捜査一課がこんなことやっていいはずないでしょう!」


しかし捜査一課らは誰一人として僕に反応を示さなかった。僕はもう半ば諦め気味で座っていた。


すると、捜査一課に電話がかかってきた。捜査一課はそれに応答した。


「はい?どちら様でしょうか。」

「警察署の者だ。君、あの身元不明の男を逮捕したな?」

「何故?」

「あの男が一時生活支援の施設にいないし、争ったような痕跡もある。まさか証拠不十分だとかほざいておいてそいつを証拠無しで逮捕するつもりか?」

「それはそうでしょうよ。逆に貴方はこの男が犯人ではない証拠を?まあそこまで豪語するのだったら持っていて当然でしょうね。」


「......」


警察側はしばらく沈黙していた。僕はこのまま逮捕されてしまうのではと焦りながら警察を信じて沈黙を耐えていた。


「無理ですか?残念ですね。」


そう捜査一課がいったとき、警察側も口を開いた。


「今......」

「今?なんですか?」

「今、証拠を待っている。」

「証拠を待っているって、何を言っているんですか?」

「もうすぐ真の犯人が自首しにくるだろうよ。」

「そんな推測当たりませんよ。最後の悪あがきですか?馬鹿馬鹿しい。」

「フッ──」

「なんの笑みですか?」


ここまできても捜査一課は買ったかのような満足げな声だった。


「来ました。真犯人、染井 翔が。」


19


「どういうことですか?」

「それはですね、染井 翔さんにトリックをお話したところ、反論できずに自首してきたんです。」

「どんなトリックで殺人を?紐でも殺人できなかったですし。」

「ヒントは同僚の弓道の話題でした。弓道は矢を引っ張って離すと勢いよく矢が飛んでいきます。犯人はそれを利用したんです。」


「随分偉そうな口調になりましたね。」


捜査一課からは冷静さでは隠しきれない焦りが見えた。


「彼の職場は機械系で、そこに強い弾力を持つゴムのようなものがあったんです。それは家宅捜索で分かりました。」


「どういうことだよ説明してみろよ。」


「それを使えば何ができると思います?」


「三階から銅像に突き刺さることができる?」


「つまり......?」


「引っ張って離す、そして加速し突き刺さる。分かりましたか?」


捜査一課は何も言わなかった。車も減速していった。


「これで警察の手柄ですかね。」


そう言い切った警察はそのまま電話を切った。捜査一課は急遽方向を変えて、警察署のある通りに向かっていった。そして、警察署の前で車が止まった。隣に座る捜査一課の一人が手錠を外してくれ、そのまま車から降ろされた。それは諦めたような行動だった。そして外には警察が待っていた。


「よかったな。」

「は、はい!助けてくれてありがとうございます。」

「正直、最初は君のことが本当なのか疑っていた。だが、この事件の真相に近づいていくうちに我々は君が真犯人ではないと思っていた。」

「本当にありがとうございます。自分でも真偽が分からない能力に精神が危うかったこともありました。だけど、今日一気にその気持ちが──無くなりました。」


そういって僕は笑みを浮かべた。


20


一週間前のとある豪邸にて



「ピーンポーン」


玄関のチャイムが鳴った。


「入っていいですよー。」


そういうと男が扉を開けて入ってきた。染井翔だ。僕はソファーのスペースを開けた。


「どうぞお座りに。」

「ありがとう。」

「で、今日は君から不倫していないということを弁明しに?」

「あぁ。」

「なんだかわざわざ言いにくるとなると怪しいですね。」

「悪い、ちょっとトイレを借りていいか?」

「まだ何も話していないのに。」

「すまない。家で済ませばよかった。」

「まあいい。ゆっくり話せる。」


そうして染井は座ったばかりの椅子からよいしょ、と声を出して立ち上がった。そのままトイレの方向へと向かっていった。


しかし、数分が経っても染井は帰ってこなかった。それどころか物音までしていた。もしかして不倫疑惑に怒って盗みを働こうと考えているのではないかと、部屋を確認していくことにした。そして、三階の部屋の扉を開けた途端、染井は拳をこちらに飛ばしてきた。


「うっ!」


そして拳を腹に数発当てられて、意識は若干朦朧になっていた。そのまま窓側に引きずられ、殺されるのかと思った。そして自分は抵抗ができないまま窓へ運ばれた。窓には黒い帯のようなものが張られている。


「や......めろ」


そんな声も虚しく部屋に響くだけだった。窓のサッシ部分に乗せられそのまま落とされるのかと思った。だけどその予想は外れた。黒い紐のようなものは引っ張られていた。男の拳は細かく揺れていた。──その瞬間、一気に弾き飛ばされたかのように加速した。そして勢いよく飛んでいった時、染井は何か言葉を発しているような気がした。


「これ......わり......だ......」


何と言ったかを深く考える前に、下の庭のポセイドンの銅像の矛に刺さった。体は反り返ってそのまま数秒で意識が朦朧としていった。刺さる瞬間、銅像も反動で鈍い音を立てて動いた。暗くなっていく視界の中で、黒い紐のようなものを回収している染井の姿が見えた。


21


「いやーよくやった。正直、捜査一課に勝てるわけないと思っていたが、君達の推理のおかげで警察の手柄となることができた。」

「ありがとうございます警察署長。」

「今日は近くの居酒屋で飲むか?」

「そうっすね!」

「そうと決まったらもう行くしかないな。今はもう夜の10時だ。」



「「「事件解決に乾杯!」」」

「はぁ!やっぱうまいですね。」

「そういえばあの事件だが、男の正体は分かったのか?」

「分かりません。あの後の犯人への取り調べでもトリックに間違いはないと言っていましたし本当の能力なんですよね。なんなんでしょう。」

「そういえば、あの男って他の死体にも同じことできるんすかね?」

「だとしたら未解決事件大量解決ですね。」

「そんな甘くはないと思うが......」

「ってか素直に楽しみましょうよ!ここの焼き鳥めっちゃ美味いっすよ」

「それは本当か?焼き鳥好きなんだよ。」

「それは良かったですね!」


「ビービー」


「あ、電話だ。ちょっと出ますね。」

「了解です。」

「はい。もしもし」

「あの、貴方達、事件を解決してくれましたよね?」


「双葉さんのことでしょうか?」

「はい。その、お礼に豪邸で宴会を開こうと思ってて、それに来ませんか?」

「え?いいんですか?そんな親族関係もなしに。」

「いいですよ!来れたら来て下さい。日時は明日の夜9時からです。」

「はーい。」

「え?宴会に招待されたんすか?」

「そうだ。みんなで行こう。」

「まじですか、やったー!」

「まあこれも俺らのおかげだしな。」

「あ!焼き鳥来ましたよ!」


22


「やっぱこの豪邸すげぇ綺麗っすね!」

「そうだな。」

「こんなところで宴会なんて、僕達幸せすぎます!」

「おい、丁寧にお出迎えしてくれているぞ」

「本当じゃないですか。有難い。」

「失礼します。」

「いえいえ、どうぞお入り下さい。」

「うわすっご!とっても豪華なお家ですね。」

「ありがとうございます。」

「あ!あの男の人って身元不明の人じゃないですか?」

「ん?本当だ。呼ばれたんだろうな。」

「ちょっと話しかけてきますね。」

「分かった。ちょっと俺はトイレに行ってくる。」

「了解っす。」


「すみません、あの時の人ですよね?」

「あ、警察の人ですか?前は本当にありがとうございました。」

「いえいえ。こちらこそ捜査に協力頂きありがとうございました。」

「そろそろ宴会の料理が来ますよ。」

「じゃあ行きましょうか。」


「ちょっと、ポッケから何か落としましたよ?」

「あ、すみません。記憶喪失の時の服で洗濯してないんですよね。」

「それをここで来てくるんですか〜?」

「いいだろ。これくらいしかないんだ。」

「てかこれなんです?名刺?」

「え?」

「てことは名前あるじゃないですか!えーと名前は......」

「そんなのあったっけ?知らないですよ?」


その名刺には「桐谷 双葉」と書かれていた。


「もしかして死ぬ直前が見えたのも......」





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