U.7「オーバーライド」
カオスは激怒していた。
なぜ倒したはずの人間が、また立ち上がってくるのか。理解できない。理解できないからこそ、怒りが膨れ上がる。
「これは本気でやらねば、ですね」
低く呟くと同時に、カオスは腕を前へ突き出し、必殺の名を叫んだ。
「オレハイーンダヨ!」
残像を引き裂くような速度で、カオスの一撃が勇者の化身を貫いた――かに見えた。
だが、勇者の化身の盾がその一撃を受け止めていた。カオスは、自身の必殺技が通じていない現実に動揺する。
その隙を逃さず、上太郎が反撃に転じた。
がむしゃらな連続打撃。しかし、その無骨な拳は確かにカオスへ届いていた。
「殴るだけじゃだめだ、上太郎」
イーコの声が飛ぶ。
上太郎は息を呑み、蹴りへと攻撃を切り替えた。すると、その蹴撃もまたカオスに予想以上のダメージを与えていた。
カオスの魔具人形――その形状が変わりつつあることに気づいた上太郎は、やりすぎたと感じて一度攻撃の手を止めた。
カオスは動かない。
「た、倒した……?」
上太郎が呟く。しかし、次の瞬間、ぼこぼこに歪んだ魔具人形の内部から、くぐもった笑い声が響いた。
「ついに、ついにこの時が来たか」
イーコと上太郎は意味がわからない。
何が来たというのか。
それでもカオスはよろめきながら立ち上がり、腕を突き合わせて呪文を唱えた。
「オーバーライド」
カオスの胸から一瞬、まばゆい光が迸る。
その光を起点に、魔具人形の外殻が皮を脱ぐように剥がれ落ち、内部から一回りも二回りも巨大な黒鋼の鎧が姿を現した。
「これが私の魔具人形の真の姿。これを見せたら最後、貴様は死ぬのだ」
太く、重くなった腕が上太郎へ襲いかかる。
その衝撃は、これまでとは明らかに違っていた。
上太郎は勢いよく吹き飛ばされ、勇者の化身も傷を負う。しかし、致命傷には至っていない。
「その魔具人形、頑丈なところだけは認めるよ。でも必殺技で終わらせるね」
カオスは再び腕を突き出し、必殺の名を叫ぶ。
「オレハイーンダヨ!」
上太郎は咄嗟に盾を構えた。
だが、ジリジリと押し込まれ、ついには盾が崩れ落ちる。
焼け落ちた盾の奥から、生身の腕が露出した。
カオスはとどめを刺すべく、再び構えを取る。
混乱する上太郎へ、イーコが叫んだ。
「相手を倒したいと、強く念じろ!」
上太郎はその言葉にハッとし、強く念じる。
“イーブン・カオスを倒したい”と。
その瞬間、カオスの必殺技が勇者の化身を飲み込んだ。
カオスは勝利を確信したように、不敵な笑みを浮かべる。
だが――勇者の化身はまだ立っていた。
赤い炎を纏ったような姿をかろうじて保ちながら。
イーコが安堵の息を漏らしたのも束の間、上太郎が重大な事実を叫ぶ。
「パワーROWがずっと鳴ってるぜ!」
パワーROWの鳴動――それはバトルスーツのエネルギーが尽きかけていることを示す警告音。
イーコも、魔具人形が魔力で動くことを知っていた。
カオスはその事実を聞き、拍子抜けしたように肩を落とす。
「一瞬焦りましたよ。私たちと同じく魔力を必要としない魔具人形だったらどうしようかと。
どこで見つけてきたか知りませんが、所詮は古い魔具人形だったということでしたね」
黒鋼の巨体を揺らしながら、カオスは再び上太郎へ向き直る。
戦いはまだ終わらない。
だが、上太郎の炎は確かに燃え上がっていた。




