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グリム・ワールド・ウォーカー  作者: おな太郎
【第1章】赤ずきんと嘘つきな森
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第7話 霧の導きと仮面の来訪者

 霧の中から、仮面の男は現れた。


 それは突然だった。獣を退け、ようやく安堵の息をつこうとしたそのとき——濃い霧の向こうに、人の形をした影が立っていた。


 「……誰だ?」


 タツキが構えかけると、その影はゆっくりと歩み寄ってきた。黒いローブに身を包み、仮面で顔を覆った男。


 「私はヴィスナー。この世界の“境界”を見張る者だ」


 低く静かな声。だがその言葉は霧を突き抜け、はっきりと二人に届く。


 「さっきの化け物……お前が放ったのか?」


 リゼッタが鋭く問い詰めるように一歩前に出た、その時だった。


 「赤ずきんはもう、少女ではない。かつては無垢な象徴だったが、今は……成長した肉体と、本能を隠しきれぬ感情のゆらぎが滲み出ている」


 ヴィスナーの静かな声に、リゼッタの表情が引きつる。


 「……なっ……! ど、どこ見てんのよっ!」


 怒鳴りながら胸元を抑えつつ、リゼッタがタツキの方へと後ずさる。ぶつかった瞬間——


 「わっ……!」


 二人はそのままバランスを崩して、倒れ込んだ。


 リゼッタの身体がタツキの胸元に乗るように重なり、タツキの右手が——偶然、彼女の胸元に触れてしまった。


 (うわっ……やわ……っ!)


 下着越しに感じた感触は、柔らかく、温かく、弾力に満ちていた。


 「ちょ、ちょっと! どこ触ってんのよっ!?」


 ばしんっ!


 タツキの頬に、見事な手形が刻まれた。


 「ち、違う! わざとじゃなくて……っ!」


 「言い訳禁止っ!」


 怒りと羞恥に真っ赤な顔のまま叫ぶリゼッタに、タツキは頭を抱えた。


 仮面の男——ヴィスナーは、そんな二人の様子を静かに見つめていた。


 「……私はこの世界の“境界”を見ている。お前たちが、どう進むかも、な」


 タツキは身を起こしながら、慎重に尋ねる。


 「“境界”? 選ばれし者って……どういう意味だよ」


 「お前は“境界”を越え、この地に現れた異界の来訪者。そしてその証が、お前の手に現れた“物語の力”だ」


 ヴィスナーは仮面越しにじっとタツキを見据える。


 「この世界は、かつて語られた“物語”の墓場。お前が踏み入れた地は、赤ずきんと呼ばれた童話の成れの果て」


 「それって……リゼッタのことを?」


 「そうとも。だが、語られなくなった物語は、やがて歪み、狂い、そして破滅へと向かう」


 リゼッタがわずかに眉をひそめる。だが口を閉じたまま、タツキとヴィスナーのやり取りを見守っている。


 タツキの胸がざわめいた。


 「じゃあ、俺がここに来たのも……その物語のため?」


 「あるいは、物語の“結末”を書き換えるためかもしれない」


 風が揺れ、霧の中の木々がざわめく。


 「選ぶのはお前だ。何を守り、何を変え、何を否定するのか。そのすべてが、“語られぬ物語”の行く末を決める」


 ヴィスナーの声は、不思議と心の奥に響いた。


 タツキは問いかける。


 「どうして、俺なんだよ……。ただの高校生で、なんの力もなかった俺が、なんで……」


 「“なかった”だろう?」


 仮面の奥から返ってきた言葉に、タツキははっと息を呑む。


 「力は、ただ眠っていただけだ。お前の中の“物語”が目覚めた。……それだけのことだ」


 沈黙。霧の奥から、ひときわ冷たい風が吹いた。


 リゼッタが小さく一歩前に出る。


 「あなたは……この世界のことをどれくらい知ってるの?」


 「知っているとも。いや、むしろ、私は“この世界の成れの果て”そのものと言ってもいい」


 その曖昧で不気味な言葉に、タツキは背筋を強張らせた。


 「物語は、終わりを忘れられたときに腐り始める。だが、お前たちがここで動いた——それはひとつの始まりだ」


 ヴィスナーは歩みを止め、ふたりを見渡す。


 「選択はすでに始まっている。次に訪れる歪みは、もっと深い傷を伴うだろう。……だが、乗り越えられるかは、お前たち次第だ」


 タツキとリゼッタは顔を見合わせた。重たい言葉の意味が、すぐには理解できない。


 だが——この出会いが、確かにただの偶然ではないことだけは、ふたりとも感じていた。


 「私はただ、告げに来ただけだ。——“選択”は始まっている、と」


 そう言い残し、男は再び霧の中へと歩き出した。


 姿が完全に霧に溶ける直前、仮面の男は振り返り、最後にこう言った。


 「次に物語を紡ぐのは、お前だ。異界の来訪者——周防辰樹」


 タツキは、言葉を失って立ち尽くした。


 リゼッタもまた、霧の奥を睨みながら、小さく呟く。


 「……信じるかは、まだわかんないけど」


 「でも、きっと……ここで立ち止まっちゃダメな気がする」


 その言葉が、妙にタツキの胸に残った。



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