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グリム・ワールド・ウォーカー  作者: おな太郎
【第1章】赤ずきんと嘘つきな森
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第4話 悪意の種と、村の闇

朝、目を覚ましたとき、隣にあったはずの温もりが消えていた。


 「……リゼッタ?」


 薄明かりの中で寝返りを打つと、すでに布団は綺麗に畳まれていた。

 それなのに、まだ体温がわずかに残っている。


 外からは、コツン、コツン、と規則正しい音が聞こえていた。


 扉を開けると、朝焼けに照らされながら、赤いフードをかぶったリゼッタが黙々と薪を割っていた。


 斧の扱いは見事だった。

 だが、それはまるで“何かを忘れようとするかのような”必死さすら感じさせた。


 その動きに目を奪われていると、ふと、目のやり場に困る瞬間があった。


 斧を振りかぶるたびに、赤いスカートの裾がふわっと揺れ、黒いタイツに包まれた太ももがちらちらと見える。

 そのタイツ越しでも、柔らかな曲線や、下着のラインが光の加減でわずかに浮かび上がるようで――


 (……タイツって、逆にやばくね?)


 慌てて視線を逸らそうとした瞬間、リゼッタがくるりと振り返る。


 「……いま、変なとこ見てなかった?」


 「み、見てない! 絶対見てない!!」


 「……2回言った……ま、まぁそ、そ。なら、いいけど?」


 ぷいっと顔を背けた彼女の頬は、かすかに赤く染まっていた。

 そのまま薪割りに戻る姿を見ながら、俺は思わず天を仰いだ。


 ――朝から試練が多すぎる。


 「おはよ」


 斧を振り終えたリゼッタが、ようやく微笑んだ。


 「起こす前に、少し体を動かしておこうと思って。……ほら、なんか寝苦しかったし」


 笑いながら言うその声は明るかったが、瞳の奥にはやはり翳りがあった。


 俺は声をかけようとしたが、結局何も言えず、その背中をただ見守った。


 朝食後、リゼッタは手斧を背にして言った。


 「……広場に、行ってみたいの」


 「広場?」


 「私が……“人間じゃなくなった日”、最後にいた場所よ」


 そう言った彼女の横顔は、覚悟と恐れがせめぎ合っていた。


 村への道を歩く途中、リゼッタは小さく呟いた。


 「小さい頃、母さんに言われたの。“強さは、優しさのなかにある”って」


 その言葉の真意を、きっと彼女自身も探していたのだろう。


 「……その優しさのせいで、私が呪われたって言われるんだよ? 変な話だよね」


 彼女は笑った。けれど、それはどこか張り詰めた笑みだった。


 「ねぇ、タツキ。優しいって、どういうことだと思う?」


 「相手の痛みを、自分のことみたいに思えること……かな」


 「……そっか。やっぱ、あなたも変わってる」


 広場に着くと、朝市の準備で賑わっていた村人たちの手が止まる。


 「……あれ、リゼッタじゃ……」


 「まだ村にいたのか……?」


 「やめておけ、関わるな」


 ひそひそとささやかれ、リゼッタに向けられる視線は、まるで異物を見るようだった。


 幼い子どもが親の手を引いて逃げるように背を向け、大人たちは硬い表情で無言の圧力を投げつけてくる。


 それでも、彼女はまっすぐ進んだ。


 「ここで、みんなと遊んでたの。かくれんぼ、鬼ごっこ……

 あの日までは、みんな笑ってた」


 その声に応えるように、ひとりの少年が口を開く。


 「リゼッタ……ぼく、覚えてるよ。森で迷ったとき助けてくれた」


 リゼッタの目が揺れる。


 だがその直後、母親が飛び出してきて叫んだ。


 「近づいちゃダメ! 呪いがうつるわ!」


 静まりかけた空気が、一気に緊張に変わる。


 誰かが何かを落とし、別の誰かがそれに驚いて声を上げる――その些細な音が導火線になったように、群衆は怒りと恐怖に火をつけた。


 「呪いだ! あの女がまた何かを!」


 「出て行け! 村に戻ってくるな!」


 そして、荷車が崩れ、子どもが泣き叫ぶ。


 「リゼッタのせいだ! 呪いだ!」


 村人たちが怒鳴り、石が飛ぶ。最初の一発を皮切りに、次々と石が空を裂く。


 「危ない!」


 俺は彼女の前に飛び出し、石の一つを肩で受け止めた。


 「やめろよっ! 事故だろ!? 彼女は、何もしてないじゃないか!!」


 その叫びは、まるで嵐の中で叫ぶように虚しく響いた。


 リゼッタは、ぽつりと呟いた。


 「ありがとう。でも、もういいの。わかってたから。

 私は、この場所に、もう“いない人間”なんだって」


 ――その夜、家に戻った彼女は、ペンダントを握りしめていた。


 「……私、どうしたらいいか、わからないよ」


 「それでも、生きてほしい。俺がそばにいる」


 しばらくの沈黙のあと、リゼッタは小さく息をついた。


 「ねえ、もし……もしも全部が終わったら、またどこか、普通の村で暮らせるかな」


 「その時は、隣に俺がいるよ」


 「家、ほしいな。小さくてもいいから、薪ストーブがあって、キッチンの横に窓があるような……」


 「じゃあ俺は、それに合うテーブルを作ってやる」


 「ふふ……夢みたいな話だね」


 その言葉に、リゼッタの目から、ひとすじの涙がこぼれた。


 けれどその涙は、希望のように、あたたかく光っていた。


――


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